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第五章 主従 「男同士の友情とは?」 「男にとっては完成系、女にとっては一歩手前」

 卑徒とは、たった五人の個体を総称するものであるらしい。

 このイシュトヴァーンは魔族が支配する世界である。そこに突如として現れ、殺戮の限りを繰り返したのが――卑徒。

 奴らは純白の羽を持ち、その羽根を体内に埋め込まれた魔族は《卑徒化》し、奴らの眷属となり果てるのだという。

「つまり、あのギュスターヴとかいう豚は卑徒の眷属になったと、そういうことか」

「ええ、そうなります……恐らくは、その絶大なる力に魅了されてしまったのでしょう」

 と、リーネ。


 眷属にはすぐさま《卑徒化》してしまうものもいれば、ある程度そのままの姿を保っていられる場合もあるらしい。

 いずれにせよ、一度《卑徒化》した魔族が元に戻ることはない。ただただ暴れ狂う怪物と化すだけだ。

 今回、ギュスターヴを眷属にしたのはレヴル・レヴルという卑徒だと、リーネは言った。


 無邪気なる悪意――卑徒レヴル・レヴル。

 灰色の道化師――卑徒グラト・グラト。

 大淫の鬼女――卑徒ラスト・ラスト。

 その他、個体名不詳の二体。


「なるほど。そいつらが魔族の敵、というわけだ」

「はい……眷属と接触して、どうでしたか?」

「私と、同じだ」

「え……」


 そう、同じなのだ。欲望に塗れたあの醜い姿。あれは私の鏡写しに他ならない。

 都合のいい力を手に入れ、それに酔いしれる。まさに同じ穴の貉というやつだろう。だが、それでいい。

 同一であるからこそ、同じ力を存分に振るうことができる。私は正義を気取るつもりも、救世主になるつもりも決してない。

 私は私の思うがままに、やりたいことをやるだけだ。それこそが私の存在意義なのだから。


「いいか、リーネ。勘違いしてくれるな。私は使命だとか同情だとか、そんな安っぽい感情で動くのではないのだと。君に希われたからではなく、自らの意思で選択し、道を切り開くことを誓ったのだと。そう理解して欲しい」

 理解して欲しい。それもまた一つの欲望であり希望でもある。私はこの感情をこそ、尊いと思う。

 人間よ、欲深くあれ。

 結局――私はただの強欲者だということだ。


「では……!」

 リーネが顔を綻ばせる。花が咲くような笑顔が、実に眩しかった。

 私は答える。強欲者が答える。それは、誓いの言葉。そして、始まりの言葉でもあった。


「私が――この世界を、奪ってやろう」

 欲しいものは手に入れる。邪魔なものは消し飛ばす。この宣誓は、そのための第一歩。この世界に来てからの、大きな二歩目である。

「――ええ! よろしくお願いしますね、カズキ」

 私はようやく、この世界で歩き始めることができたのだ。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 歩み始めた私がまず第一にしたことは、メイドに頭を下げることであった。

「……執事になりたい?」

 怪訝な表情で言い放つメイドのクレス。狐耳がまたピクピクと動く。どうやら感情にリンクしているらしく、この馬鹿は突然何を言い出すんだ、という気配がひしひしと伝わってくる。

 とはいえそれも当然の反応だろう。ここはこちらの誠意を見せなければならない。


「ええ、そうなんです。ですので、少々稽古をつけて頂けないかと」

 敬語は苦手だ。しかしここは異世界、どういう法則で会話が通じているのかは謎であるし、細かい表現に関しては目を瞑ってくれるだろう。

「はぁ……それはまた。何故そんなことを?」

「話せば長くなるのですが……」


 リーネは、私がギュスターヴを倒したことを仲間にも隠し通したらしい。それはつまり、私にジョーカーになれということだ。

 私としても余計な注目を浴びるのは避けたいところであるし、やはり視線の件もある。警戒しておくに越したことはないだろう。

 だが、そこで問題が生じた。周囲からすれば私はタダ飯ぐらいのニート同然だ。役に立たないなら捨てろ、という意見が議題に上がったらしい。

 リーネは「勝手に召喚しておいて厚かましいことを」とひたすらに頭を下げていたが、私とてそのような状態に甘んじたいわけではない。


 というわけで、私は自ら執事をやらせてくれ、と頼んだのである。

 無論、これには理由がある。執事というのは――ハーレム計画のファーストプランに他ならない。

 私はこの世界でハーレム王国を設立するのだ!


 人間よ、欲深くあれ。やりたいことをやりたいように。卑徒も倒す。ハーレムも作る。私に一切のブレはない。

 別に皿洗いでも家畜の世話でも何でもよかったのだが、執事ならば女につくことで急接近することが出来るのだ。

 魔王城では、リーネが女性というのもあるのか地位の高い女魔族が比較的多い。

 さらに、教育係としてクレスともお近づきになれる。これを逃す手はなかった。


「まあそういうわけで、何かお役に立てはしないだろうかと思い立ったのです」

 私はいい笑顔で言った。我ながら爽やかな紳士スマイルだといえよう。

「……何か企んでいませんか?」

「いえそんな。滅相もない」

 さらに歯を光らせてみせる。相変わらずジト目でこちらを怪しんでいたクレスだが、リーネからも頼まれたと言えば断れない。


「はぁ。いいでしょう、ただしわたくしは容赦しませんからそのつもりで。執事に相応しくないと判断した場合、即刻諦めてもらいます」

「構いません。覚悟はできています」

 ハーレムのためなら、な。命を捨てても構わない覚悟だ。


「そうですね……では丁度いい時間ですし、料理の腕を見せてもらいましょうか」

 ふむ、料理か。それなりに自信はあるが、こちらの食材に慣れ親しんでいない私には少々酷ではないだろうか。  

 と思うものの口には出さない。このドSなメイドのことだ。何かしらの難癖をつけて追い出すつもりだろう。

「魔王城では、基本的に食事は大食堂か自室でとることになっています。しかし、主人が望んだならばその料理を振る舞わなくてはなりません」

「なるほど。ところで、リ……いや、魔王様は何をお好みになられるので?」

「魔王様はあれで甘い物に目がありません。ケーキを作って差し上げるとそれはもう大喜びされますよ」


 ほほう、いいことを聞いた。なかなかどうしてお子様な味覚をしているらしい。ケーキを満面の笑みで頬張る姿が脳内再生される。

 クレスもリーネのことを語るときは心なしか嬉しそうだ。主人の話をすると喜ぶ、と。メモメモ。

「メモを取るのはいい心がけですね。てっきり口だけかと思っていましたが」

「確かに、口では何とでも言えますからね。では行動で示すとしましょう」


 私はサラリと返して大食堂の厨房へ。忙しそうに働く魔族たちを横目に、物色を開始する。

 一通りの器具は揃っているようだ。さらには魔道具とでも呼ぶべきか、魔力を込めることで稼働する機械を使って加熱を行っているようだ。

 魔力はあまり使いたくはないのだが……。

「では、わたくしの好物を作っていただきます」

 と、クレス。


 狐耳を思わず見つめる。狐の好物……おいなりさんか?

 私のおいなりさんではダメだろうか。ダメか。ダメだな。

 作り方を教わると、どうやらプディングのようなものらしい。材料にと渡された卵がやたらと振動しているのが気になったが、テキパキと作業を進めた。

 卵に砂糖(多分)、牛乳(何故か赤い)、バニラエッセンス(なのか?)を加え、かき混ぜる。火を通す時の魔力調節に難儀したものの、その後の作業は滞りなく終了した。


「どうでしょうか、お味の方は」

「…………む」


 スプーンで一口掬うと、クレスが顔を顰めた。何か間違っていただろうか。地球のものとは違ったのかもしれない。

 だが、そんな不安を払うようにして一心不乱にスプーンを口に運ぶクレス。

「ひとまず料理は合格、としておきます」

 そう言ってほほ笑むクレスは、よければ夜食用にもう一つ、と恥ずかしそうに付け加えた。

 喜んでご用意させていただきます。


 その後も研修は続いた。給仕、食器や酒などの管理、洗濯からお茶の入れ方。そして、たった今最後の項目である掃除を終えたところだった。

 数年単位で放置されていたに違いない物置部屋はすっかり荒れ果てており、気付けば日も沈んでいた。

 見違えるように綺麗になった物置部屋を、エリスは黙って見渡す。


「正直……驚きました」

「というと?」

「あなたは、少なくとも有能な人材だということですよ。それとも、異世界人は誰でもこのようなことが出来るのですか?」

「さて、どうでしょうね」

 私は曖昧に答えた。いや、あまり答えたくなかった、が正解だろうか。


 しかし、クレスは見逃さなかったようだ。

「どうして、震えているのです?」

 私はその一言に震え上がった。体だけでなく、心もまた憤怒に震えている。


 あの夢を見たせいだろう。とうに振り切った過去だと思っていたはずが、私はまだ亡霊に怯えていたのか。

「いえ、何でも……ありません」

 馬鹿か、私は。せめて嘘くらいまともに吐いてみせろ。感づかれるような真似をするんじゃない。

 そんな必死な思いが通じたのか、エリスは疑問を胸にしまいこんでくれたらしい。懐から何かを取り出し、私に手渡した。


「これは?」

「大したものではありませんよ。ただのお守りです。試験に合格した印だと思って下さいな」

「ではありがたく頂戴します」

 金色の懐中時計だった。古びてはいるが、かなり高価なもののように見受けられる。さきほどこの物置部屋で見つけたものだ。

 その輝きを前にして、震えが収まった気がする。お守りか、なるほど。


「その懐中時計は、元々はわたくしが所有していたものです。失くしたと思っていましたが、こんなところで見つかるなんて……これも何かの縁ということなのでしょう」

「貰ってしまってもよろしいので?」

「ええ、一度失くしたものですし。あと、敬語はもう結構ですよ。あなたはもう同僚です。一応、まだわたくしの方が先輩ということになりますが、お気になさらず」

「ふむ、それはありがたい。はっきり言って窮屈な喋り方は好みではないものでね」

 ようやく調子が戻ってきた。クレスもそれが分かったのか、僅かに微笑んで手を差し出す。


「これからよろしくお願いしますね」

「ああ。こちらこそ」


 私はそう言って、クレスの手――を通り越し、滑らかな曲線を描くクレスの尻を撫でた。

 ううむ、なんと素晴らしき弾力。好物がプリンだからか。それがこの桃尻を生み出しているとでも言うのか。

 と、私がだらしなく鼻の下を伸ばしていると、クレスがどこからともなく短刀を取り出して構える。


「前言撤回します。死ね! 死に腐れ!」

 おっと、もしやこのメイド戦闘もいける系だったか!

 しばらく追い回されていた私は、プリンをひたすら作り続けることでようやく許されたのだった。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 さて、晴れて執事として認められた私は、次の日からさっそく働くこととなった。

 昨夜はプリンを作りながら魔力の調節の練習をしていたので、賢者モードではない。これからは毎晩効率のいい魔力の運用法を試していくこととしよう。

 そんなこんなで、私はリーネと共に私の主人となる魔族の元へと向かっていた。


「リーネよ、ちゃんと可愛い主人に配属してくれたのだろうな?」

「心配ご無用です。それはもう、とてもとても可愛らしい方ですよ」

「ほう。ならば期待しておくとしよう」


 妄想が広がる。基本的に私は美幼女、美少女、美女、美熟女なんでもこいだ。私の愛は二十四時間年中無休である。

 リーネは珍しくニコニコと朗らかな笑みを絶やさない。そう、笑みだ。笑みのはずだ。

 だが、リーネの眉が一瞬上下したのを私は見逃さなかった。すごく、嫌な予感。


 予感は、的中した。


「着きました。こちらが《黒の隊》隊長のテオドールです。今日からあなたのご主人様になる魔族ですよ」

「騙された! 詐欺だ! 詐欺ではないかこれは!」


 待ち構えていたのは、憮然と腕を組む狼男。黒い毛並に覆われてはいるものの、鎧のような筋肉が垣間見える。

 凄まじい目つきで私を睨んでいた。まるで親の仇が目の前にいるかのような形相だ。

 しかしリーネはどこ吹く風で、テオドールの頭を撫でようと必死に背伸びをしていた。


「何を言っているのですか。よく見て下さい、ワンちゃんですよ? 可愛いでしょう!」

「……魔王様、それはこのテオドールを侮辱しているのですか」

「滅相もありません! ほらテオ、お手!」

 しぶしぶと手を差し伸べるテオドール。そのもふもふとした手が触れる寸前で、リーネが手を引いた。


「あ、ごめんなさい。毛が付くのでやっぱりいいです」

 ひでえ。この魔王様やっぱ鬼だ。


 自身のプライドを押し殺してまでお手をしようとしたテオドールは、自責のためか小刻みに震えていた。宙でさまよう右手が哀愁を感じさせる。

「まあそういうわけですので仲良くしてあげて下さいね、テオ。カズキはこちらの世界に来て間もないですから、何か粗相をしても許してあげて下さい」

「……それは、構いませんが。しかし魔王様、私には使用人など不要なのです」

 テオドールは不機嫌そうにこちらへ向き直る。こんなやつに付きまとわれたくねえ、という気配が窺える。


 もちろん私とて犬は好きだが、馬鹿デカイ狼男の世話をしたいかと言われれば否である。そもそも今回のこれは不必要に注目されないための仮の立場という措置のはず。

 そこにハーレム計画などという邪な感情を抱いていることに感づかれたか。リーネめ、焼き餅というやつか?

 いや、違うな。絶対違う。楽しんでいる顔だあれは。


「まーまーまー、そう言わずに、ね? 今回はちょっとしたお試し期間ですから」

「はあ……そうですか。それでしたら……」

 やはり納得がいっていない様子のテオドールだが、リーネに無茶を吹っかけられるのには慣れっこという感じだ。しまいにはその毛並もハゲるぞ。可哀想に。


 という言葉を堪え、私はゆるやかに一礼する。

「トウジョウ・カズキと申します。ご主人様にお仕えできることは何にも勝る光栄でございます。以後御傍に控えることをお許しいただければ幸いです」

「……フン、口だけは達者なようだ。いいだろう、ただしこき使ってやるから覚悟しておけ」

「はい。ありがたき幸せ」


 媚びるのは、得意だ。顔色を窺うのも。得意になってしまった。

 だが、これでいい。真に過去と決別するというのなら、これくらいのことは望んでやらねばなるまい。

 しかし犬に仕えるとは面白い展開だ。もっとも、彼もエイミーと同じく隊長格だというのならば、それ相応の実力は有しているのだろう。

 じゃあねー、と気安く手を振って魔王は去って行った。後でケーキでも作って持って行ってやろう。次はせめて女主人に、とな。

 そしてテオドールも私を一瞥して歩き出した。恐らくは修練所だろう。私は主人にならって、沈黙を貫くことにした。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 修練所では、既に模擬戦が始まっていた。

 響き渡る剣戟の音はまるで魂まで揺さぶるよう。激しい旋律は止まることを知らない。

 テオドールが近づくと、それだけでギャラリーたちが道を開けた。私もそれに続く。


 戦っているのは、エイミーと着物のような衣装を身にまとう小柄な少女。ギャラリーたちの声に耳を澄ますと、どうやら隊長同士の模擬戦のようだ。着物の少女はコトネという名であるらしい。

 決闘ではないからか魔力を使っている気配はなく、得物も刃を潰した模造刀だろう。しかし、その剣舞は本物だった。


 直剣を大振りに振り回し、合間に鎌のような蹴りを放つエイミー。対するコトネはその悉くを流し、捌き、変幻自在の攻撃を加えていく。

 エイミーの太刀筋は真っ直ぐだ。時折フェイントを織り交ぜながらも、あくまで足技の囮だと割り切っている。故にどこまでも鋭く、迷いがない。

 コトネの太刀筋は曲線を描いている。詰め将棋のように、一手ごとに相手を追い詰める魔性の刀技。故にどこまでも滑らかで、隙がない。

 実力はほぼ拮抗していると見ていいだろう。互いに決め手を打てぬまま勝負は膠着していた。


 と、そこでエイミーと私の目が合った。それはまったくの偶然と呼ぶべきものだろう。隣に巨漢の狼男がいるのだから目立つのは仕方のないことだが。

 瞬間、エイミーは駆けていた。予備動作すら感じさせず、愚直にも一直線に突っ込んでいく。

 コトネは冷静だった。突き出される切っ先を凝視しながら、刀を突きだす。


 ――迎え撃つ気か!?


 私は驚愕を隠せなかった。フェントもなにもない、ただの突きだ。コトネの実力、そして戦闘スタイルなら回避して反撃を入れれば終わりのはず。

 しかし。私の予想など容易く覆す光景が、目前には広がっていた。


 コトネの刀が、まるで蛇のようにエイミーの剣に絡みついた。正しくそう表現するしかない。

 そして、コトネが刀をかち上げる。剣が魔法のように宙を舞った。相手の得物を奪う妙剣であった。

 だがエイミーは剣士ではない。戦士なのだ。剣を奪われた程度で怯む彼女ではなかった。


 鞭のようにしなる回し蹴り。それすらも読んでいたのか、コトネは回転しながら跳躍し回避する。その回転を利用するようにして、右の手から刀が閃いた。

 刀の一撃を、エイミーはあろうことか右手で弾いてみせた。流石は戦士の拳といったところか、片手で放たれた刀などものともしないというように。

 ――では、何故片手だったのか。その答えを、私は目の当たりにした。


 コトネの左手が、宙を舞うエイミーの剣を掴んでいる。

 咄嗟にガードしようとするエイミーだったが、間に合うはずもなく。自身の剣がその白い首筋に吸い込まれ――


「そこまでっ!」


 ――ることなく、停止。空中から放った一撃を寸止めする技量とは、一体どれほどの物なのだろう。

 猫のようにしなやかに着地するコトネ。一方エイミーは悔しそうな表情を浮かべていた。

 一瞬の静寂の後、大歓声が沸き起こった。見ればテオドールも満足げに頷いている。それほどの試合だったのだろう。


 コトネの曲芸じみた体捌きや剣術も凄まじいが、何よりも私の目を引いたのは、あの胸だ。

 幼い顔立ちと小柄な肢体に反比例するかのごとく、自身を主張する胸は溢れんばかり。大変けしからん。

 是非ともハーレムに加えたいものだ。

 私がそうやって眺めていると、エイミーとコトネの二人がこちらへと向かってきた。


「あーあ、負けちゃった。あんな技があるだなんて聞いてないわよ」

「油断、大敵。エイミーが、勝負を焦ってなければ……分からなかった」

 と、コトネが私に意味ありげな視線を寄越しながら、エイミーを肘で小突いた。つんのめったエイミーが私の目の前に。


「とても素晴らしい試合でしたよ、お嬢様」

 私は必殺紳士スマイルを浮かべた。今の私は使用人、公私のけじめはつけなければならない。

 だというのに、エイミーは赤くなりながら素っ頓狂な声を上げた。

「お、お嬢様ぁ!? って、カズキ何よその格好!」


 今更気付いたのか。私の学生服は穴だらけの血まみれでダメになってしまったので、今は由緒正しき執事服を身にまとっている。

 結構ノリノリな私であった。

「どうやら、こいつは俺の使用人ということになっているらしい」

 テオドールが耐えかねたように言う。そんなに嫌か。嫌なんだろうな。


「し、使用人って……どういうことよ」

「仕方がないだろう。俺だってわざわざ異世界人を使用人にするなど考えはせんさ。だが、魔王様の言いつけなのだ」

「魔王様が? カズキ……もしかして無理やりやらされてるの?」

 エイミーが気の毒そうに言った。 


「いいえ、これは私が望んでやっていることなのです、お嬢様」

「そう、ならいいんだけど……また変なこと考えたわね」

 心外だなお嬢様。それでは私が変な目的のためにやっているようではないか。実際その通りであるが。

 

 私とエイミーが仲睦まじげに話していると、今まで沈黙を保ってきたコトネがぼそりと呟いた。

「……テオちゃん、ピンチ」

「…………っ!」

 その呟きに過敏に反応する私の主人。その感情は……嫉妬?

 ははーん。分かった、この狼男はエイミーに惚れているようだ。私に対する風当たりが強いのは当然か。

 きっ、と私を睨むテオドール。今にも胸ぐらをつかまれそうな勢いだ。


「まあまあ、その辺にしときなよテオ。コトネ君も煽らないように」

 どうしたものかと考えていると、長髪の優男が間に入ってテオドールを諌めた。

「むぅ……」

 低く唸るテオドール。隊長である彼を愛称で呼ぶということは、この優男も同格の人物なのだろう。

「失礼ですが、あなたは?」

「おっと、僕としたことが名乗るのが遅れたね。僕の名はエディ。《紫の隊》の副隊長をやってるよ。よろしくね、救世主さん」

 

 長い髪をかき分ける仕草が実に様になっている。相当のイケメンだった。さらに隙のない身のこなし。ただのイケメンではないということか。

 副隊長とはいえ他の隊長格に並ぶ貫禄がある。

 大事なことなのでもう一度言うが、イケメンである。要注意人物だ。

「こちらこそ申し遅れました、トウジョウ・カズキです。今は救世主ではなく、ご主人様の執事でございます」

「ははは、そうだったね。ではカズキ君、テオが話があるそうなので少し時間をくれないか」

 とは言うものの、有無を言わさずエディとテオドールに連れて行かされる。エイミーとコトネの前ではできない話、ということか。

 

 ギャラリーたちに囲まれるエイミーとコトネから距離を取ると、エディが小声で言う。

「単刀直入にいこう。君はエイミー君のことをどう思っているのだい? 君のご主人様と同じ気持ちなのかな?」

 なるほど、そう来るか。テオドールが何故バレているのだ、という驚愕を浮かべているが無視。

 というかバレていないとでも思っていたのか。エイミーに気付いた様子はなさそうだったが。

 さて、どう答えるべきか。いいや、答えはもう決まっている。


「私は、欲しいものは全て手に入れる主義です」

 淡々と言ってのけた。エディとテオドールの二人は数秒固まった後、

「っく、くくく……」

「は、はははははははははははは!」

 腹を抱えて笑い出した。私が何が可笑しいのかという表情をすると、さらに抱腹絶倒する。


「いいね、カズキ君! 気に入ったよ! ただし、コトネ君は死んでも渡すつもりはないからそのつもりで」

「フン、それだけ吠えれば上等だ。俺の執事というならば腑抜けでは困る。エイミーは俺が幸せにするが」


 二人は口々に挑戦を叩き付けた。今まで隠してきたのだろう、どこか晴れやかな気配すら感じさせる。

 なんとも剛毅な。これが地球ならば考えられないが、ここはイシュトヴァーン。支配とは即ち力であるこの世界ならば、覇を唱えるのはむしろ歓迎されることであるらしい。

 もっとも、力を伴わなければただの案山子に他ならない。だというのにこの反応。ただの冗談と取ったか、それとも……。

 何にせよ、少しは認めてくれたようだ。 


 こうして私たちは、恋のライバルと書いて、友と呼ぶ間柄となったのだった。

 




 


 

 



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