一々菊間のなんでもない日常
夏も終わりに差し掛かった八月の二十九日、高校の宿題をやっとこさ片づけた俺は、ガキ共の笑声飛び交う矢場公園の段差に腰かけ、クラスメイトの到来をいまかいまかと待ち構えていた。
残暑はまだまだ衰えることを知らず、後頭部をジリジリと焼き続ける日光に殺意を覚える。全裸の状態で両手を広げて屹立する露出狂じみた金像の陰に隠れ、直射日光をやり過ごそうと試みた。
ビルの合間に作られた、遊具一つだけの、だだっ広い公園。公園というよりも、グラウンドと形容した方が適切かもしれん。
園内にはガキ共の他に無数のジジババが群れ、ベンチ付近で当たり障りのない世間話をしていた。その禿頭に照りつける太陽光線が彼ら彼女らか弱き老体を天に召してしまわないかと密かに危惧する俺のもとに、突如、
「ゴメン創ー。まった?」
とまあ随分と間延びした、平和ボケ成分百パーセントの声がかけられた。
俺は聞こえよがしに舌を打ちながら、その場で起立。十メートルほど遠方から、こちらに向かってくるコンビがいた。
一人は、見知った優男。女かと思える低身長で、腰にベルトポーチを装着している。
もう一人は七歳くらいの、どこの馬の骨とも知れない女のガキだ。
俺は男の方を睨んで、正当なる文句を述べた。
「てめえな。この暑さの中、人を三十分も待たせていいと思ってんのか」
「まあそうカッチョ悪い不良口調で怒らないでよ創。お隣のカフェで奢るからさ。いまちょうど、戦国BASARAのキャンペーンやってるんだよ、あそこ」
にこやかな笑顔を浮かべながら、わざとらしく両手を合わせて頭を垂れるクラスメイト―― 一々菊間。長ズボンと薄手のシャツという暑苦しい組み合わせのくせに、汗一つ額に浮かべていない。
「つうか、どこのガキだよ、コレ」
人見知りがちに菊間の腰へとしがみつくガキを、俺は顎で示した。首に巻いたチョーカーの位置を調整しながら、菊間は応じる。
「僕の十年後のお嫁さんだよ」
「なるほど。ご近所さんか」
面白くもないジョークを無視して、ガキを見下ろす。ガキは怯えたように、コソコソと菊間の陰に隠れた。高そうなワンピースから推するに、そこそこの中流家庭に住んでやがるらしい。聞けばやはり近所の住民で、さっき公園の入り口でたまたま出くわしたのだという。
「ネコがいなくなったの」
ガキは言った。アーモンド型のでっかい瞳が、微かに涙ぐんでいる。
「プーっていう、こぉんなに太ったネコ。おひるごろ、この公園にひとりでいって、まだかえってきてないの」
両手を大きく広げて飛び跳ねながら、猫の大きさを説明するガキ。根は社交的な性格なのだろう。俺の態度にも少しは慣れたらしく、オーバーアクションを交えながら説明を続けた。
「いくらさがしてもどこにもいなくて……。だから、『名探偵』の菊兄ちゃんにおねがいしたの」
「で、一緒にプーを捜そうって話になったんだ。プーはこの矢場公園が大好きで、日向ぼっこしようと毎日のように訪れてたんだって」
ガキの台詞を受け継ぐ菊間。
「ふうん。で、今回はなにを交換条件に引き出したんだ。勿論、無料で引き受けたわけじゃないんだろ」
コイツが無償で探偵行為をするところなんざ、見たことがない。流石にガキ相手に小銭をふんだくったりはしないだろうが、それでもなんらかの対価を求めたであろうことは間違いない。菊間にとって、探偵活動とはあくまで慈善事業でなく副業なのだ。だから一度引き受けた仕事は、どんなに不真面目に見えても、短時間でキッチリ解決に導く。俺の旧友はそういう奴だった。
「お金を取ったりはしないよ。その代わり、この子の宝物を、一つ貰い受けたんだ」
菊間はそう言って、右手を掲げる。腕に嵌められた物体が、太陽光を反射しキラキラと輝いた。
色取り取りのビーズによって作られた、とても下手糞なブレスレット。
それが今回、一々菊間が手に入れた、宝物だった。
「こんなの貰って、嬉しいのかよ」
菊間の腕に取り付けられたそれを、指先で引っ張る。菊間は困ったように苦笑しながら、弱々しい声音で言った。
「カノジョに見つかったら、なんて言い訳をしようかな」
「いや……流石にこれを見て、浮気してるとは思われんだろ」
だけど、どうだろうなあ。あの女、ツンツルテンなナリしといて、本性はクマだからな。
「こら、ゆめちゃん。勝手に先へ行っちゃ駄目でしょ」
立ち話をする俺たちの間に、割って入る人がいた。三十手前くらいの、品位漂う婦人だ。ゆめちゃんというのは、このガキの名前だろう。
ガキを叱ったオバサンは、菊間に向かって親しげに微笑んだ後、今度は俺の方を見、
「ど、どうも。この子の母です」
ビクッと肩を震わせ、ぎこちない動きで会釈した。ふん、面白くもない反応だ。
俺は鼻を鳴らしつつ、母親の全身に五~六秒ほど目を通した。色白の肌に、清潔そうな身形。ネイルを施した右手の爪に、黒土らしきものが挟まっている。
「プーがいなくなったのは、だいたい何時ぐらいか覚えてます?」
挨拶もそこそこに、菊間はいきなり本題を切り出した。
「ええと……。最後に見たのは、確か午後一時くらいだったかな」
きゅっと細まった菊間のまなざしを受け、きょどきょどと視線を右往左往させる母親。
午後一時、か。とすると、いなくなったのはいまからざっと二時間前ってことになる。
「その頃、お母さんとゆめちゃんは、どこでなにを?」
「私は庭で、日課であるガーデニングをしていたわ。ゆめは多分、ずっと居間にいたんじゃないかしら」
「うん。ろくがしたプリキュアみてた」
「へえ、プリキュアをね……」
なにやら真剣に考え込む菊間。おいおい、いまはプリキュアなんかどうでもいいだろ。
「そのとき、窓側のカーテンは? 確か、ゆめちゃん家の庭と居間、ガラス戸一枚で行き来できましたよね」
カーテン? また妙な物を気にするな。
「……流石に覚えてないわ。多分、開いていたんじゃないかな。日当たりも良かったし」
「じゃあもし、カーテンが閉まっていたら――プーが消えても、ゆめちゃんは気づけないですよね」
「そうね。プーが外出するのを見たのは、私一人だけだったし。縁側で日に当たっていたと思ったら、突然飛び起きて――そのまま塀を越えて行ってしまったの」
「ちなみにお母さんは、午前中どんなことをしていましたか?」
「特にいつもどおりね。やらなきゃいけない家事がそれなりにあったから、外出とかはしなかったけど」
「うーん。大体の事情は解りました。僕たちも、できるだけ力になりたいと思います」
母親から大方の情報を収集し終えた菊間は、わざとらしく首を捻った後、親子に向かってぺこりと一礼した。バイバイと手を振るガキ。俺は思わず振り返しそうになり、慌てて自制した。
向かう先は、カフェ・ビアンコ。
俺たち御用達の店である。
「すいませーん。DEATH BITEシーフード冷麺と、MAGNUM STRIKEブルーパインスカッシュを一つ。それから、烈火イチゴカルピスもお願いしまーす」
聞いてるこっちが赤面してしまう品名を堂々とした声量で店員に告げ、菊間は椅子に深く座りなおした。まったく。なんでこの店が、あのハッチャケ戦国合戦モドキとコラボなんかしちまったんだ? 小奇麗な店舗の外に飾られたファンキーな戦国武将たちの幟が、良くも悪くも異彩を放っている。
「うわひゃ。こりゃおいひい」
運ばれてきた冷麺を汚い音と共に啜り上げながら、菊間は俺の顔をジッと見た。
「このキャンペーン、明後日までなんだってさ。だから今日を逃したら、多分もう二度と食べれないんだよ、このDEATH BITEシーフード冷麺」
「さいですか」
俺は空になったパインスカッシュのグラスを机上に置き、ハンカチで口元を拭った。
「正直どうでもいいっての。別に冷麺なんて、ヨソでいくらでも喰えるじゃねえか」
「確かに、そうかもね」
スープの一滴に至るまで残さず飲み干し、器に箸を置く菊間。眉毛の弓形が消え、少し寂しそうな口調になる。
「でも、DEATH BITEシーフード冷麺は、今日このときを逃せば、二度と食べられない」
「……」
思いのほかシリアスな表情で断言する菊間に気圧され、俺は閉口した。
「世の中には、いくら嘆いても取り返しのつかないことが、沢山あるんだ」
菊間はなにやら意味深に言い放ち、席を立った。財布片手に勘定場へと向かっていく友人に、俺は訊ねる。
「しかしどこから調べる? 俺の予想じゃ、矢場公園は完全にシロだ。あんな開けたスペースに、猫が隠れているとは思えない」
すると菊間は、キョトンとした表情をかたどり、
「調べる? なにを調べる必要があるのさ」
心底不思議そうな眼差しで、俺を見た。
「プーの居場所なら、最初から解ってるよ」
毎度毎度、なんの前触れもなく言うな、コイツは。解ってたんなら、もったいぶらずにさっさと言え。
「だってさ。先にプーが居る場所まで行っちゃったら、この店に来るのが億劫になるじゃないか。せっかく近くまで来たんだから、このチャンスを逃す手はないって思ったんだよ」
菊間は言った。普段は細い双眸を、猫のように見開きながら。
「ねえ創。これはまさしく、巧妙でもなければ狡猾でもない――そんな子供騙しのような猫騙しのような、稚拙な謎かけに過ぎなかったんだ」
その目は笑っていなかった。
プーの死骸は、飼い主宅の庭隅に埋められていた。
茂みの奥の土が、こんもりと盛り上がっていて。
木板が一本、そこに突き立っている。
誰の目にも明らかな――墓だった。
「おかーさん」
俺と菊間の背後に突っ立ったガキが、真横の母親に訊ねた。
「これ、どういうこと」
母親は、答えない。振り返ると、唇を噛み締めながら棒立ちする、弱い女の姿があった。
「お母さん」墓標を凝視していた菊間が、振り返らないまま彼女に質問する。「プーの死因は、老衰ですか?」
その問いを聞いて――母親は観念したように、結んでいた唇を紐解いた。
「ええ。十八歳。大往生だったわ」
彼女が庭で死んでいるプーを見つけたのは、午後一時。正しく、プーが居なくなった時間と、ピッタリ一致する。
……こういうのも、まあ、居なくなった範疇に入るのかな。
体はそこにあるのに。
魂はもう、この世のどこにも、存在していたりはしない。
だから取り方によっては、確かにプーは、ガキの前から姿を消したのだ。
永遠に。
「どうしてわかったの? 私が、プーをこの場所に埋めたってことが」
そう問う母親に、菊間は無言で、彼女の右手を示した。
「お母さんの爪の間に、土がはさがっていたからですよ」
母親は自身の指先に、ハッと視線を動かす。
「その爪に挟まっているのは、土仕事とかによく使われる黒土です。少なくとも、矢場公園のグラウンドのような、パサパサに乾いた土には見えない」
そしてこの庭の土は――大体が黒。
だがしかし、だ。
「待てよ菊間。このオバサンの趣味をよく思い出してみろ。ガーデニングだぞ? 庭土が黒であることなんかおかしくないし、それなら爪の間の土にも言い訳が立つ」
「確かにねー。だけどさ、創。これからガーデニングをしようなんていう人間が――特に、指に土が入るような作業をしようとする人がさ。わざわざネイルなんて施すものかな?」
「む。それは……」
指摘されて、言葉に詰まる。
「ガーデニングの後に、ネイルをやったのかもしれん」
「それは考えられないよ。なにせこの土、少し離れた僕らでさえ認識できるほど、びっしり付着していたんだから。もし土作業の後にネイルアートをしたのなら、汚れに気づいて取り除くはずだ」
しかし、と俺は尚も反論する。
「別の用事で出かけていて、その際にネイルしたのかもしれないじゃないか。それで出かけ先から帰ってきた後、うっかりそのまま庭作業をしちまったのかもしれん」
「覚えていない? 創。さっき尋問した際、お母さんは『今日はどこにも行かなかった』と言ったんだ。つまりこのことから察するに」
菊間は振り向き、母親の瞳を視界に捕らえた。母親は目を伏せ、顔を俯かせる。
「お母さん。あなたは指先にネイルを施した後、ガーデニングとは別の用事で庭に出て――そこで事切れているプーを発見したんじゃないですか」
ガーデニングとは別の用事? 洗濯とかか。
「いんや。干すのはベランダでやってるみたい。草花に水をあげているとき、洗濯物にかかったら台無しだからね。だから多分、お母さんがやろうとしていたのは、水撒きの方だよ。これなら、爪に土が入ることもないしね」
「どうしてなの、おかーさん」
無言で立ち尽くす母親のスカートを、ガキの小さな手が掴む。
「どうして――わたしに、うそをついたの」
母親は答えなかった。無言の四人の合間を、夕暮れの暖気が吹き抜ける。遠くでヒグラシの鳴く声がした。
「……見たくなかったのよ」
やがて母親は、ポツリと、そうこぼした。
「プーが死んで、ゆめちゃんが泣くところ」
子供の泣き顔を見たくない。
親としては、これ以上ないくらい正当かつ真っ当な理由と言えよう。
「だってゆめとプーは、ずっと一緒に育ってきたんですもの。ゆめが生まれたときから、ずっと。あのね、ゆめ。私はね。プーが死んでいるのを見たとき、まず真っ先にこう思ったの」
――なんとしても、ゆめにだけは見つからないようにしなければ。
それはほんのささやかな、母親なりの手心だったのだろう。
だがそれは――このガキにとっては、どんな隠し事よりも、重罪だ。
死んだ家族を、生きているように見せかけるなんて。
それは、死んだ奴の気持ちを、蔑ろにするに等しい。
ガキはギュッと両目を細めた。左右の瞳から搾り出された涙が、紅潮した頬を伝う。
二度目の静けさに包まれる庭内。ひっくひっくという幼い嗚咽だけが、辺りに響いた。
ガキは言った。
「プーが死んだなんて……うそだ」
その言葉に、菊間が動いた。
「おい、なにやって……」
制止の声も聞かず、墓前に這いつくばって、一心不乱に土を掘る。やがて中から、灰色の猫の死骸が現れた。
目前の現実から顔を背け、そっぽを向くガキ。その頭に、菊間が土塗れの手を置く。
「ゆめちゃん」そして、少し力を入れた手で、ガキを再び前へと向かせた。「ちゃんと見るんだ」
土に汚れた、灰色の家族。
太ってはいたものの。
気のせいか――どこか萎縮し、小さくなっていた。
「大事なのは、プーを忘れることじゃない。ゆめちゃん自身がプーの死と向き合って、強くなっていくことなんだ。自分の死を、まるで無かったことみたいにされちゃったら……いくらプーが能天気でも、やっぱり少し、悲しいんじゃないかな」
俺たちは改めて凝視した。死んでいるプーを。
「プー」
ガキが一声呼びかけ、プーへと歩み寄る。おっかなびっくりとした手つきで、しかし穏やかに、プーの毛についた泥をはねた。
「ありがとう。バイバイ」
止まっていた涙が数秒間のブランクを取り戻すべく、ガキの頬を大量に伝う。俺と菊間は、再びプーの死骸を埋め立てにかかった。ふと見ると、母親の目にも、一筋の雫が伝っている。その口がぼそりと呟いた。ごめんね、プー ――と。
なんだかなあ。
正直、こういう雰囲気は苦手だ。目の前で誰かに泣かれると、どうしたらいいか解らなくなる。
「ゆめちゃんを元気づけてあげてよ」
このうえ、菊間までもがそう耳打ちしてきやがった。喉の奥にすっぱい汁が込み上げる。どいつもこいつも、俺に厄介ごとをふっかけやがって。
「おうガキ」
俺は少しの逡巡の後、ガキの頭に手を置いた。涙を止め、不思議そうに見上げるガキを、凄みの利いた眼差しで睨みつける。
「公園で遊ぶぞコラ」
「か~ら~す~、なぜ鳴くの~。カラスの勝手でしょ~」
ガキと別れ、なぜだかルンルン気分の菊間と二人、当てもなく道を歩く。
時刻は既に六時半を回っているが、精力満タンな夏の太陽は未だ残照を残しつつ、アスファルトを熱し続けていた。ビルに囲まれた周囲には帰宅途中と見られる自動車が行き交い、それなりに華やかな様相を呈している。
歩き続けて、三十分。
特に目的地があるわけではない。
不意に菊間が、ベルトポーチからなにか、長方形の筒らしき物を取り出した。
「なんだそれ」
「夏期限定スイカういろう」
言って、包み紙を剥く。すると中から、赤と緑の配色が成された、ようかんの如き菓子が現れた。
「一人で食べるには少し多すぎるから」
言って菊間はそれを半分にちぎり、片方を俺に差し出した。
「食べよっ」
蕩けるような微笑を拒めず、俺はういろうをひとかじりする。途端、水気すら漂うスイカの甘味が、口の中に広がった。なるほど。確かにこれは、立派なスイカだ。
というか、今日こいつが遅刻した原因って……まさか。
「ゴメンゴメン。今日で店じまいだってこと、出かける直前に思い出してさ」
なら連絡の一つくらいよこせこのケータイ音痴が。で、どこで買ったんだ。この奇妙奇天烈なういろうはさ。
「松坂屋だよ。名古屋駅店の」
やっぱりな。
店じまい、という言葉を聞いてなんとなく確信していた。そうか、今日が最終日だったな。名古屋駅店は。
「世の中には、いくら嘆いても取り返しのつかないことが、沢山あるんだ」
そう言って、菊間は足を止め――目前にそびえるビルを見上げた。
松坂屋・名古屋駅店。
周辺には沢山の人が集まっており、三十六年付き添った地元店との別れを惜しんでいた。一言で言えば大変賑々しく、あまりしんみりするムードでもない。
しかし、夕日に照らされた百貨店の姿は、どこか物悲しげだった。
まるで、夏の終わりを――三十六年続いた孟夏の終わりを、さり気なく告げているかに見える。
「大切なものは、ある日突然、なんの前触れもなく失われてく。そうなっても嘆かないよう、僕たちは常日頃から、しっかりとそのものの価値を再認していく必要がある。そしてその存在の損失を、強く胸に受け止めなくちゃいけない」
ビルを見上げていた菊間が、ボソッとそう口にした。
思えば、俺たちは高二。来年には受験が控えている。
こうして二人、肩を並べて歩くことも、じきに無くなるだろう。
俺は菊間との出会いを思い出していた。まだ小学生だった頃。コイツは転入生で、俺はクラスの外れ者。お互い友達がいない、孤独な身の上だった。
そんなとき、俺はとある事件に巻き込まれた。それを解決したのが菊間だった。菊間は探偵行動への見返りとして、俺に一つの対価を要求したのだ。
『僕の親友になってくれない?』
「行こっ、創」
不意に袖を引っ張られ、俺は歩き出した。道すがら、ふところからケータイを取り出し、目前の百貨店へと向ける。閃光が瞬いた。ケータイを閉じ、再びポケットへとしまう。
赤い空。黄色い雲。スイカ味のういろう。そして松坂屋。
せめてまあ。
今日という記念のために、一枚くらい残しておこう。