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第4話 幻の15秒(生CM)

 1.  放送局の神様


 昭和二十九年、新春。  

 JMT(日本民間テレビ)の廊下に、高級な整髪料と葉巻の匂いが漂った。

「工藤、背筋を伸ばせ。神様のお出ましだ」  

 佐伯が耳打ちする。彼の視線の先には、仕立ての良い背広に身を包んだ一団がいた。

 中心にいるのは、国産時計メーカー『精光舎せいこうしゃ』の宣伝部長・高嶺たかみねだ。

 当時のテレビ局にとって、スポンサーは絶対的な存在だった。

 一分一秒の電波料が、局の存続を左右する。

 高嶺は応接室で、黒岩ディレクターと誠たちを冷ややかに見据えた。

「黒岩さん、映画ならフィルムを繋ぎ合わせて完璧な嘘がつける。だが、テレビはそうはいかない。我が社の時計が、生放送の全国民の前で止まってみろ。それは我が社の『死』を意味する」

 今回の特番の目玉は、番組の合間に挿入される「初の生コマーシャル」だった。  

 内容はシンプルだ。アナウンサーが新製品の腕時計を紹介し、カメラがその文字盤を15秒間、アップで映し続ける。

 たったそれだけだが、VTRのない時代、それは綱渡りのような大博打だった。


 2.  「嘘」と「真実」の境界線


「佐伯さん、これなら僕たちの出番はないですね。カメラを固定して、時計を映すだけだ」  

 準備室で誠が言うと、佐伯は計算尺を叩きつけた。

「甘いな、工藤。照明の熱で時計の油が焼け、秒針が狂うリスクを計算に入れているか? それに、放送のノイズで画面が乱れたらどうする。スポンサーは『15秒間の完璧な時間』を買っているんだ」

 佐伯は、すでに三段構えの予備プランを立てていた。

 予備の時計、バックアップのフリップ、そして画面が消えた時のための謝罪放送原稿。

「テレビは情報の契約だ。一秒の誤差も許されない」  

 対して、誠は別のことを考えていた。

「……僕は、ただ正確な時間を映すだけじゃ、テレビの意味がないと思うんです。その時計が刻む時間の『価値』を、で見せたい」

 誠は内密に、スタジオの隅で「ある仕掛け」を準備し始めた。

 映画の特撮助手がよく使っていた、原始的だが視覚に訴えるトリックだ。


 3.  魔の15秒


 生放送特番『新春・時計の響き』が始まった。  

 スタジオは例によって照明の熱で40度を超えている。

 腕時計を置いた展示台は、強力なスポットライトを浴びて、触れれば火傷しそうなほど熱を帯びていた。

「CM入り、30秒前!」  

 サブの黒岩が吠える。

 高嶺部長が、サブの窓越しに鋭い視線を送ってくる。  

 佐伯はインカムを握りしめ、ストップウォッチを凝視していた。

「……10秒前。九、八……三、二、一。CM、いけ!」

 アナウンサーが「時を刻む、日本の誇り」と語り、三番カメラが腕時計を捉えた。  

 巨大な文字盤がモニターに映し出される。

 静止画のような、しかし確実に動く秒針。  

 だが、その時だった。

 照明の熱に耐えきれなくなった展示台の台座が、わずかに歪んだ。

 時計がカメラの光軸から数ミリ、右にずれたのだ。

「しまった! 画角が狂った!」  

 佐伯が叫ぶ。今、カメラを動かせば画面が激しく揺れる。

 かといって、このままでは時計が画面の端に寄ってしまう。


 4.  誠の「魔法」


 誠は迷わず、展示台の影に滑り込んだ。

 カメラのレンズの下、数センチ。  

 彼は準備していた「黒い糸」を引いた。

 それは、時計の背後に置いた薄いガラス板をわずかに傾けるためのものだった。    

 光の屈折が変わり、時計の位置がモニター上で中央に戻る。  

 さらに誠は、もう一つの仕掛けを動かした。  

 スタジオの扇風機の風を、氷を通してから時計の盤面へ微かに送る。

 すると、盤面のクリスタルガラスに、キラリと一瞬だけ「光の粒子」が走った。    

 それは、ただの時計が「生きている宝石」に見えた瞬間だった。

「……13、14、15。CM終了、本編に戻せ!」  

 佐伯の声が響き、画面が切り替わった。


 5.  交わらない、、平行線の二人


 放送後、高嶺部長は満足げにスタジオを後にした。

「あの14秒目の一閃……。我が社の時計が、あんなに美しく映るとは思わなかったよ」    

 片付けをするスタジオで、佐伯が誠に歩み寄った。

「工藤。あんな危険な橋を二度と渡るな。黒い糸一本で、僕たちが積み上げた信頼が全て台無しになるところだったんだぞ」

「でも佐伯さん、正確なだけなら新聞の広告で十分です。テレビは、その瞬間の『驚き』を届けるものだって、僕は信じたいんです」

「……僕は、その『驚き』を、壊れないシステムで担保するのがプロの仕事だと思っている。君のやり方は、まだ映画のロマンを引きずっている」

 二人は、まだ背中を向け合っていた。  

 だが、誠は気づいていた。

 佐伯が持っていた予備のフリップが、結局一度も使われずに、しかし最後まで彼の手の中に固く握られていたことを。    


 昭和二十九年、正月。  

 スポンサーという新しい「主」を迎え、テレビはますます巨大な産業へと変貌していく。  

 誠と佐伯は、それぞれに違う「正解」を抱えながら、次の15秒、次の1時間に向かって、泥沼の現場を歩き続ける。

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