第3話 都電と銀幕のプライド
1. 「電気芝居」への宣戦布告
昭和二十八年、冬。
日本中が、松竹映画『君の名は』の第三部公開に沸き返っていた。
真知子巻きのストールを巻いた女性たちが映画館の前に長蛇の列を作り、主題歌が街のあちこちから聞こえてくる。
映画こそが娯楽の王様であり、唯一無二の「銀幕の聖域」だった。
そんな中、JMT(日本民間テレビ)の制作室に激震が走った。
「……五社協定、発動か」
黒岩ディレクターが、インクの匂いが残る夕刊を机に叩きつけた。
松竹、東宝、大映、新東宝、東映。
大手五社が「自社の専属俳優をテレビには出演させない」と正式に決議したのだ。
誠は、手元のキャスティング表を呆然と見つめた。
「黒岩さん、次の正月特番の主役……東映の時代劇スターにお願いするはずじゃなかったんですか?」
「断られたよ。さっきな。撮影所の所長から電話があって、『電気芝居に出るような奴は、うちの門を二度と潜らせん』だとよ」
映画界にとって、テレビは「タダで見られる粗悪な見世物」に過ぎない。
映画の観客を奪う不届き者として、徹底的な封鎖作戦が始まったのだ。
2. 華やかなる断絶
「工藤、無駄な交渉はやめろ。これが組織の決定だ」
佐伯が、数字の並んだ資料を携えて現れた。
「映画会社は、テレビを『敵』と認定した。今、僕たちが有名俳優を追えば追うほど、制作費と時間は浪費される。映画館で『地獄門』や『東京物語』を観て感動している層を、今のテレビに振り向かせるのは不可能だ」
佐伯の言葉は冷酷だが正しい。
当時の映画はカンヌ国際映画祭でグランプリを獲るほどの黄金期。
それに対し、テレビの画面は小さく、ノイズだらけで、出演者はスタジオの熱で汗だくになる。
「じゃあ、どうするんですか。役者なしで番組を作るんですか?」
誠が食ってかかると、佐伯は眼鏡の奥で不敵に笑った。
「『銀幕』がダメなら、『舞台』がある。
浅草や新橋の、泥にまみれた板の上だ」
3. 浅草の「異端児」たち
黒岩の命を受け、誠と佐伯は都電に揺られて浅草へ向かった。
雷門を抜け、興行師たちの怒号が飛び交う裏通り。
そこには映画スターのような端正な顔立ちではなく、人生の酸いも甘いも噛み分けた、強烈な「個性の塊」たちがいた。
「テレビ? あんな小箱に俺の芸が収まると思ってんのかい」
安酒場の隅で、軽演劇の一座を率いる老役者が鼻で笑った。
「映画の旦那衆は綺麗に着飾って、一コマ一コマ時間をかけて撮る。だが俺たちは、客が野次を飛ばす中で一発勝負だ。あんたらの『生放送』ってのは、俺たちの板の上と同じか?」
誠は、その老役者の濁った、だが鋭い眼光を見て直感した。
「同じです。一度幕が上がったら、何が起きても止まらない。客の反応が、電波を通じてダイレクトに届く。映画のような『作り物』じゃない、剥き出しの人間を撮りたいんです!」
佐伯が横から具体的なギャラと、放送後の波及効果を理路整然と説明し始める。
誠の情熱と、佐伯の計算。
二人の攻勢に、老役者は「……面白い。一度だけ、その『小箱』に乗ってやろうじゃないか」とニヤリと笑った。
4. スタジオの反乱
収録当日。
スタジオには、映画界の「お決まり」を無視した、型破りな役者たちが集まった。
彼らはカメラの前に立っても、台本通りには動かない。
アドリブで勝手に動き回り、カメラマンを困惑させる。
「三番カメラ、追え! 役者の呼吸を読め!」
誠は必死に指示を飛ばした。
映画のように「ここに立て」というマーキング(バミリ)は通用しない。彼らは生きている。
その場、その瞬間の衝動で動いている。
モニター越しに映る彼らの顔は、銀幕のスターのような完璧な美しさはない。
だが、汗をかき、唾を飛ばし、レンズの向こう側の視聴者に語りかけるその姿には、映画にはない「身近な熱量と迫力」があった。
「佐伯さん、見てください。これがテレビの『画』だ」
誠が呟くと、佐伯は珍しく無言で頷いた。
「……ああ。美しさじゃない。『実在感』だ。映画が『神話』なら、テレビは『隣人』になれるかもしれない」
5. 宣戦布告の返礼
放送後、視聴者からのハガキが山のように届いた。
「浅草のあの役者が、うちの居間に来たみたいで驚いた」
「映画よりも親近感が湧く」
そのハガキの束を眺めながら、黒岩はパイプを燻らせた。
「五社協定か。奴らは自分たちの首を絞めることになる。テレビは、映画が捨てた『泥臭さ』を拾って大きくなるんだ」
誠は、夜のスタジオの外に出た。
遠くで映画館の看板が見える。
そこには最新作の華やかなポスターが貼られているが、誠の耳には、先ほどスタジオで弾けた、名もなき役者たちの野太い笑い声が残っていた。
昭和二十八年、冬。
銀幕という巨大な城壁に、テレビという名の小さなドリルが、確かに穴を開け始めた夜だった。




