表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/11

第3話 都電と銀幕のプライド

 1.  「電気芝居」への宣戦布告


 昭和二十八年、冬。  

 日本中が、松竹映画『君の名は』の第三部公開に沸き返っていた。

 真知子巻きのストールを巻いた女性たちが映画館の前に長蛇の列を作り、主題歌が街のあちこちから聞こえてくる。

 映画こそが娯楽の王様であり、唯一無二の「銀幕の聖域」だった。


 そんな中、JMT(日本民間テレビ)の制作室に激震が走った。

「……五社協定、発動か」  

 黒岩ディレクターが、インクの匂いが残る夕刊を机に叩きつけた。

 松竹、東宝、大映、新東宝、東映。

 大手五社が「自社の専属俳優をテレビには出演させない」と正式に決議したのだ。

 誠は、手元のキャスティング表を呆然と見つめた。

「黒岩さん、次の正月特番の主役……東映の時代劇スターにお願いするはずじゃなかったんですか?」

「断られたよ。さっきな。撮影所の所長から電話があって、『電気芝居に出るような奴は、うちの門を二度と潜らせん』だとよ」

 映画界にとって、テレビは「タダで見られる粗悪な見世物」に過ぎない。

 映画の観客を奪う不届き者として、徹底的な封鎖作戦が始まったのだ。


 2.  華やかなる断絶


「工藤、無駄な交渉はやめろ。これが組織の決定だ」  

 佐伯が、数字の並んだ資料を携えて現れた。

「映画会社は、テレビを『敵』と認定した。今、僕たちが有名俳優を追えば追うほど、制作費と時間は浪費される。映画館で『地獄門』や『東京物語』を観て感動している層を、今のテレビに振り向かせるのは不可能だ」

 佐伯の言葉は冷酷だが正しい。

 当時の映画はカンヌ国際映画祭でグランプリを獲るほどの黄金期。

 それに対し、テレビの画面は小さく、ノイズだらけで、出演者はスタジオの熱で汗だくになる。

「じゃあ、どうするんですか。役者なしで番組を作るんですか?」  

 誠が食ってかかると、佐伯は眼鏡の奥で不敵に笑った。

「『銀幕』がダメなら、『舞台』がある。

 浅草や新橋の、泥にまみれた板の上だ」


 3.  浅草の「異端児」たち


 黒岩の命を受け、誠と佐伯は都電に揺られて浅草へ向かった。  

 雷門を抜け、興行師たちの怒号が飛び交う裏通り。

 そこには映画スターのような端正な顔立ちではなく、人生の酸いも甘いも噛み分けた、強烈な「個性の塊」たちがいた。

「テレビ? あんな小箱に俺の芸が収まると思ってんのかい」  

 安酒場の隅で、軽演劇の一座を率いる老役者が鼻で笑った。

「映画の旦那衆は綺麗に着飾って、一コマ一コマ時間をかけて撮る。だが俺たちは、客が野次を飛ばす中で一発勝負だ。あんたらの『生放送』ってのは、俺たちの板の上と同じか?」

 誠は、その老役者の濁った、だが鋭い眼光を見て直感した。

「同じです。一度幕が上がったら、何が起きても止まらない。客の反応が、電波を通じてダイレクトに届く。映画のような『作り物』じゃない、剥き出しの人間を撮りたいんです!」

 佐伯が横から具体的なギャラと、放送後の波及効果を理路整然と説明し始める。

 誠の情熱と、佐伯の計算。

 二人の攻勢に、老役者は「……面白い。一度だけ、その『小箱』に乗ってやろうじゃないか」とニヤリと笑った。


 4.  スタジオの反乱


 収録当日。

 スタジオには、映画界の「お決まり」を無視した、型破りな役者たちが集まった。  

 彼らはカメラの前に立っても、台本通りには動かない。

 アドリブで勝手に動き回り、カメラマンを困惑させる。

「三番カメラ、追え! 役者の呼吸を読め!」  

 誠は必死に指示を飛ばした。

 映画のように「ここに立て」というマーキング(バミリ)は通用しない。彼らは生きている。

 その場、その瞬間の衝動で動いている。

 モニター越しに映る彼らの顔は、銀幕のスターのような完璧な美しさはない。

 だが、汗をかき、唾を飛ばし、レンズの向こう側の視聴者に語りかけるその姿には、映画にはない「身近な熱量と迫力」があった。

「佐伯さん、見てください。これがテレビの『画』だ」  

 誠が呟くと、佐伯は珍しく無言で頷いた。

「……ああ。美しさじゃない。『実在感』だ。映画が『神話』なら、テレビは『隣人』になれるかもしれない」


 5.  宣戦布告の返礼


 放送後、視聴者からのハガキが山のように届いた。

「浅草のあの役者が、うちの居間に来たみたいで驚いた」

「映画よりも親近感が湧く」

 そのハガキの束を眺めながら、黒岩はパイプを燻らせた。

「五社協定か。奴らは自分たちの首を絞めることになる。テレビは、映画が捨てた『泥臭さ』を拾って大きくなるんだ」

 誠は、夜のスタジオの外に出た。  

 遠くで映画館の看板が見える。

 そこには最新作の華やかなポスターが貼られているが、誠の耳には、先ほどスタジオで弾けた、名もなき役者たちの野太い笑い声が残っていた。


 昭和二十八年、冬。  

 銀幕という巨大な城壁に、テレビという名の小さなドリルが、確かに穴を開け始めた夜だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ