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黒のカサブランカ ――裏切られし女勇者、闇に堕ちて魔王となる――  作者: 小鳥遊 千夜
序章

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8/40

第8黒 黒百合は慈悲を知らない

 

 館の奥。

 オルフェン=グレイスナー子爵は部屋の中央に立たされ、

 壁際には剣や闇の魔力が影のように揺れる。


「……まさか、ここまで……」


 声が震え、汗が額を伝う。


 リィナはゆっくり歩み寄る。

 金色の髪の一部が闇に溶け、赤い瞳が冷徹に光る。

 剣はまだ鞘に収められたまま。

 だが、その気配だけで子爵の心臓は跳ね上がる。


「“黒のカサブランカ”……」


 子爵は声にならない呻き。

 その名が、皮膚の奥まで刺さる。


「……あなたも知っているでしょ?

 私が誰を許さず、誰を回収するか。」


 リィナの声は低く、氷のように冷たい。

 空気が張り詰める。

 子爵は無意識に後ずさる。


「……最後に、何か言いたいことはあるかしら?」


 その瞳の奥に、赤い炎が揺れる。


「ま、待て……!金ならいくらでも出す!

 爵位も!領地も!何でもくれてやる!!」


 子爵は必死に叫ぶ。

 その声は醜く裏返り、かつての威厳は微塵も残っていない。


「俺を殺せば……王国が黙っていないぞ!

 お前も追われる身になる!それでもいいのか!?」


 必死の脅し。

 だが、その言葉の直後。


 部屋の空気が、ふっと歪んだ。


 闇の奥から、低く愉悦を含んだ笑い声が響く。


「――くくくっ……それは脅しのつもりか?。」


 影が(うごめ)き、闇が凝縮していく。

 そこから現れたのは、黒衣の男。


 鋭い金の瞳を細め、口元に傲慢な笑みを浮かべる。


 カイゼル=ダークロード。



 子爵の顔が、完全に血の気を失う。


「ま、魔王……!?

 な、なぜ……ここに……!」


 カイゼルはゆっくり歩み出る。

 その一歩ごとに、空気が重く沈む。


()だがな。まぁ、そんなことはどうでもいいか…。

 お前程度の命で、国が動くと思っているのか?」


 カイゼルが鼻で笑う。


「お前の地位?財産?

 そんなもの……俺の力の前では無に等しい。」


 子爵の喉から、掠れた悲鳴が漏れる。


 カイゼルはさらに近づき、見下ろした。


「まだ理解していないようだな。

 お前はもう、“助かるかどうか”を交渉する立場ではない。」


 低く、冷酷な声。


「――お前は既に、()()()()()()()だ。」


 その言葉は、魂を直接締め上げるように重かった。


 子爵は崩れ落ち、床に額を打ちつける。


「た、助けてくれ……!

 俺は命令に従っただけだ!

 本当に悪いのは……()()()()()だ!!」


 必死の責任転嫁。


 カイゼルは、ゆっくりと目を細める。


「ふん、ここまで来ても、まだ他人に罪を押し付けるとは。

 最後まで滑稽(こっけい)な生き物だ。」


 そして、囁くように告げた。


「地獄に堕ちる覚悟はできているか?」


 その瞬間、子爵の精神が音を立てて崩れた。


「いやだ……いやだぁぁぁああ!!」


 リィナは静かに剣を抜き、闇の魔力を刃に流す。

 ダーク・リベリオンの刃身に、暗黒の紋章が浮かび上がる。

 血のように赤く、怒りと復讐心に応じて光が揺れる。


「痛みは……理解しても、慈悲はない。」


 子爵の目の前で、刃が振り下ろされる――。


 だが、斬撃は彼の肉体には触れず、魂だけを縛るように、剣の紋章が光を放った。


「う、うあああああっ!」


 彼の身体は震え、床に這いつくばる。

 幻影のように、森や街で自分が奪った人々の絶叫と恐怖が、子爵の視界に同時に押し寄せる。


 カイゼルが低く呟く。


「お前のその汚れた魂ごと縛り上げてあげてやろう…。」


 影が彼を締め上げ、動きを奪う。


「これでお前は……すべてを失う。」


 リィナの声が重なる。


「能力も、地位も……そして――命を。」


 子爵は叫び、何度も首を振るが、幻影は消えない。


 そして、最後の瞬間――


「……最後に私の名を、胸に刻み。闇に落ちてゆけ。」


 剣身が光と闇の極致で揺れ、オルフェンの意識が闇に吸い込まれる。


 (うめ)き声も、断末魔も消え


 館に残ったのは、冷たい闇と赤い瞳の残像だけだった。


 カイゼルは静かに鼻を鳴らす。


「ふん……実につまらん最期だ。

 だが――」


 ちらりとリィナを見る。


「お前の憎しみは、まだ燃えているようだな。

 それでこそ面白い。」


 シルフィの呼び声が聞こえる。


「…何やら興味深いものがありましたよぉ。」


 シルフィから一つの封筒が手渡される。


「この封筒で誰かと連絡を取っていたようです。」


 封筒には、ヴァルディス王国内で活動している魔導士の名と、移動先の記録が記されている。


「……ようやく見つけたわ。」


 赤い瞳に、怒りと復讐の炎が揺れる。


 それは、かつて自分を裏切った勇者仲間――

 ”ウィザー=アルヴァレン”への手掛かりだった。


 シルフィは短く呟く。


「……次の獲物というわけですねぇ。」


 リィナは静かに剣を収め、館を後にする。


 闇の中で、黒百合の恐怖はさらに深まった――。


 その背を見送りながら、カイゼルは小さく笑った。


「昔の英雄がここまで冷たくなるとは……

 くくくっ…実に、愉快だ。」



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