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黒のカサブランカ ――裏切られし女勇者、闇に堕ちて魔王となる――  作者: 小鳥遊 千夜


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5/5

第5黒 黒の名に刻まれた過去 

 


 夜営地に、再び静けさが戻っていた。


 焚き火は小さく、炎は控えめに揺れている。

 傭兵たちの気配は、もう遠い。


 シルフィは膝を抱え、炎越しにリィナを見つめていた。

 闇の魔装に包まれたその横顔は、冷たくどこか遠い。


「……あのぉ。」


 控えめな声。


「さっき、あの人たち……“黒のカサブランカ”って……言ってましたねぇ。」


 リィナは答えない。

 焚き火に視線を落としたまま、剣の柄を親指でなぞる。


「……どうして、そう呼ばれるんですかぁ?」


 一瞬、沈黙。


 カイゼルが口を挟もうとして――

 リィナの気配に気づき、黙った。


「……昔の名の、名残よ。」


 低く、淡々とした声。


「私は、元々“()()”だった。」


 シルフィの瞳が、わずかに見開かれる。


「勇者……?」


「ええ。」


 焚き火の炎が、彼女の赤い瞳に映る。

 その奥に、一瞬だけ――白い光が揺れた。


「白銀の鎧を着て、聖剣を振るい……

 “白百合の勇者”と呼ばれていた。」


「百合……」


「正義の象徴。希望の花。」


 リィナは自嘲気味に息を吐く。


「……笑えるでしょう?」


 シルフィは、首を横に振った。


「……いえ。」


 静かな否定。


「……何があったんです……?」


 リィナの指が、ぴたりと止まる。


「……仲間に、裏切られた。」


 その一言に、余計な感情はない。

 だが、空気が冷えた。


「魔王を倒し、世界を救った直後――

 私は、全てを奪われた。」


 名誉も、力も、居場所も、


「罪を被せられ、追放され……

 勇者は、存在しなかったことにされた。」


 シルフィの胸が、きゅっと締め付けられる。


「……だから……」


「白は汚れた。」


 リィナは焚き火から目を逸らし、夜空を見る。


「人々は、私を忘れた。

 でも……“恐怖”だけは、覚えていた。」


 静かに、言い切る。


「裏から現れ、奪い、消える女。

 白百合が、闇で咲くなら……」


 赤い瞳が、シルフィを見る。


「――黒のカサブランカ。」


 沈黙。


 やがて、シルフィは小さく笑った。


「……綺麗な名前、ですねぇ。」


「皮肉よ。」


「それでも……」


 彼女は、少しだけ距離を詰める。


「影は……その花を、嫌いじゃないですよぉ。」


 リィナは、何も返さない。

 ただ、焚き火に(まき)を一本、くべた。


 炎が、少しだけ強くなる。


「……もう寝なさい。」


「はい、ですねぇ。」


 シルフィは素直に横になり、目を閉じる。


「……おやすみなさい。

 “白百合の勇者”さま。」


 一瞬だけ――

 リィナの表情が、ほんの僅かに緩んだ。


「……もうその名で呼ぶな。」


 夜は深く、黒百合は、まだ影の中で咲いている。




 ――またこの夢だ。


 光。眩い光が、どこまでも広がっていた。

 祝福の声、歓声、笑顔――

 世界は、リィナを称えていた。


「白百合の勇者リィナ!」

「あなたがいれば、魔王も恐れるに値しない!」


 白銀の鎧は太陽を反射し、聖剣は光を集めて輝く。

 その背中には、誰もが信頼する仲間たちがいた。

 剣士、魔導士、聖職者――

 皆、誇らしげに笑っている。


「さすがだな、リィナ!」

「勇者様は、我らの希望です!」


 その瞬間、リィナの胸に、熱い誇りが込み上げる。

 彼女は、世界を守るために戦ってきた――

 正義を信じ、希望を守り、仲間と共に歩んできた。


 だが――


 ふと、後ろに視線を向ける。

 笑顔の中で、誰かが少し遅れて拍手を打つ。

 微かに、目が泳いでいる。


「……気のせいよね?」


 自分にそう言い聞かせるが、違和感は消えない。


 次の場面。王城の大広間。

 勝利を祝う人々の笑顔。光に満ちた空間。


 だが――王の表情は硬く、空気は冷たい。


「リィナ――」


 その声に、温度がない。


「はい、陛下。」


 足を踏み出すたび、視線が背後で揺れる。

 仲間たちが、じっと彼女を見つめる。

 そして、誰も彼女を信じていない。


 次の瞬間、仲間たちが剣を抜く。

 光の中で、笑顔は歪む。


「――どういうこと?」


「リィナ、罪を問う。」


「え……!?」


 言葉が理解できないまま、

 白百合の勇者は孤立した。

 誰もが、自分を――裏切った。


「……仲間じゃなかったの……?」


 声にならない声が、空間に吸い込まれる。


 剣が突きつけられる。

 光は消え、白銀の鎧がひび割れる。

 誇りの象徴だった聖剣は、手から零れ落ちた。


「私は……!」


 周囲の声は、笑いにも、嘲りにも聞こえる。

 王の命令、仲間の視線、祝福の声は――すべて裏切りの刃となった。


 光の中で、白百合は――砕ける。

 希望は消え、信じた絆は泥にまみれた。


「……くそ……っ……」


 涙も声も出ない。

 ただ、全身を震わせる冷たい絶望。

 そして、命まで奪われようとしていることを、骨の髄まで理解した。


 夢の奥底で、誰かの笑い声が響く。

「勇者リィナ――

 世界はお前を必要としていない。」


 光は黒に塗りつぶされ、白百合は完全に枯れ落ちた。


 これが命懸けで守ってきた世界の答えと言うなら…私は世界を憎む。


「――くっ……ああっ……!」


 リィナはうなされるように荒い息を吐きながら、地面に膝をつく。

 汗に濡れた金色の髪が顔に張り付き、赤い瞳は震えながらも閉じられている。


「……っ……」


 短く吐息だけが漏れる夜の森。

 焚き火の淡い光が、彼女の輪郭を揺らす。


「リィナ様……?」


 シルフィ=レッドウィングが、気配を消したままそっと近づく。

 銀髪が夜の闇に溶け、淡い緑の瞳だけが彼女を見据える。


「……夢ですかぁ?」


 囁く声には、驚きと、少しの不安が混じっている。

 普段の冷静なリィナが、震えるように膝をつき、肩を揺らしているのを見て、シルフィは黙ってうなずく。


「……大丈夫ですよぉ……ここにいる影が……守ってますから。」


 シルフィの手が、静かにリィナの肩に触れる。

 柔らかな手の感触に、リィナは一瞬だけ呼吸を整え、

 荒い息を吐きながらも瞳を開ける。


「……ああ……ありがとう。」


 声はかすかだが、確かに意志が宿る。



 森の静寂の中、焚き火の揺らめきだけが二人の影を揺らしていた。


「影が……ここにいることを、忘れないでくださいねぇ。」


 シルフィは微笑む。

 そして、二人は再び闇の森を進む――

 まだ始まったばかりの、復讐の旅路の中で。




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