第40黒 ビション=ヴァルテス――その光、救いにあらず
帝国教団――聖灰教団本部。
白と金に彩られた聖堂。
天井は高く、柱は天へ祈るように伸びている。
余計な装飾はない。
ただ“純粋さ”だけを象徴する空間。
静寂が支配していた。
音がないのではない。
音が“許されていない”。
息をすることすら、どこか罪深く感じるような――
そんな圧が、空間そのものに染みついている。
その中心に――
大司祭ビション=ヴァルテスは立っていた。
ただ“そこにいる”。
それだけで――
空気が、緊張する。
存在そのものが“規律”だった。
その前に、ヴァレンが片膝をつく。
形式としての忠誠。
だがその内側には、明確な“遊び”が混ざっている。
「報告を」
静かな命令。
声量は小さいが――逆らう余地は、一切ない。
「はっ」
ヴァレンが口を開く。
「蒼光協会――壊滅」
「ウィザー=ヴァレンタイン……死亡」
空気が、わずかに沈む。
「討ったのは黒のカサブランカ――”リィナ”」
沈黙。
音が消える。
ビションは、ゆっくりと目を閉じる。
「……そうですか」
穏やかな声。
肯定でも否定でもない。
ただ、受け取ったというだけの響き。
――その直後。
ほんの一瞬だけ。
「……リィナ」
零れるように。
「……生きていたんですね」
それは驚きか。
それとも確認か。
だが――
完全な無機質でもなかった。
その余韻すら、すぐに切り捨てるように。
ビションは再び、静寂へと戻る。
「そしてウィザーの敗北……」
小さく、呟く。
「やはり……」
結論に至るまでの、わずかな間。
口元が、ほんの少しだけ歪む。
「甘かった、ということですね」
情はない。
惜しむ色もない。
先ほどの“揺らぎ”は、すでに消えており、
ただ“評価”として切り捨てる。
ヴァレンが楽しげに笑う。
「お仲間だったんじゃないんですか?」
ビションは、視線すら動かさずに答える。
「かつて、ですよ」
その一言で、過去は切断される。
「過去の関係に意味はございません」
温度のない声。
記憶はあっても、感情はない。
――いや。
“必要な分だけ、切り離している”。
ゆっくりと目を開く。
「重要なのは――“結果”のみ」
絶対の物差し。
ヴァレンが肩をすくめる。
「で、その“結果”ですが……」
「次に狙われるのは――”あなた”かもしれませんよ」
にやりと笑う。わずかな挑発。
だが。
ビションは――
微笑む。
それは優しさではない。
“確信”の形をした微笑。
「ええ、来るでしょうね」
「彼女は、そういう人間です」
かつてを知る者だけが持つ、確信。
理解している。
思考も、行動も、その果ても。
「ですが――」
一歩、踏み出す。
「問題はございません」
静かに。
絶対的に。
「私の相手ではありませんので」
その一言で。
場の支配権が、完全に確定する。
抗うという発想そのものが、意味を失う。
ヴァレンが、わずかに目を細める。
(これは……本物だな)
遊び半分の興味が、わずかに“警戒”へと変わる。
「力とは、秩序のためにあるもの」
教義のように。
だがそれは、信仰ではない。
“確信”だ。
「感情に振り回される者に――
勝機など、ございません」
洗練された儀式のように。
淡い光が、指先に宿る。
神聖な輝き。
だが――
温かさはない。
まるで、光そのものが“裁き”であるかのように。
「仮に現れたとしても――」
視線を落とす。
そこにいるはずのない“対象”へ。
「裁くだけです」
絶対の自信。
そして――
それが“現実になる”と錯覚させる圧。
ヴァレンが、くつくつと笑う。
「いいですねぇ……。そういうの、嫌いじゃない」
だが、ビションは興味を示さず、視線すら向けない。
ただ静かに告げる。
「準備を」
それ命令ではない。
開始の宣言。
「異端の排除を開始いたします」
その声は――
裁きそのもの。
逃げる余地も。
抗う意味も。
全てを否定する響き。
「私の光が…」
完璧に整えられた表情でわずかに微笑む。
「闇を、正しく導きましょう」
この場にいる誰もが理解する。
“逃げ場はない”。
新たな脅威は、既に動き出しているのだと。




