表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒のカサブランカ ――裏切られし女勇者、闇に堕ちて魔王となる――  作者: 小鳥遊 千夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/5

第4黒 黒のカサブランカ”と呼ばれた夜

 

「……お前が“黒のカサブランカ”だな?」


 その声が放たれた瞬間、

 森の空気が、冷えた。


 音が減った。

 風が止み、虫の羽音が途切れる。

 傭兵たちの呼吸だけが、やけに大きく耳に残る。


 リィナは振り返らない。

 視線は前。

 剣を、半歩だけ引き抜く。


 金属が擦れるはずの音は、

 闇に吸われ、存在しなかったことにされた。


「金で雇われただけのクズと話す気はないわ。」


 淡々とした声。

 それが、合図だった。


 ――影が、動く。


「影が……来ますよぉ。」


 シルフィの囁きと同時に、

 傭兵団の後方で地面が呻り声を上げ、炸裂した。


「ぐあっ!?」

「な、何だ!?」


 仕掛け糸が弾け、

 土中に埋められていた符と杭が連動して跳ね上がる。

 足を取られ、転び、武器を落とす。


 視界が乱れた、その刹那。


 リィナは、すでに距離を詰めていた。


 一歩。


 踏み込んだ足は音を立てず、

 剣閃は月明かりすら映さない。


 次の瞬間、

 傭兵の剣が、握り手ごと宙を舞った。


「――なっ!?」


 斬られた感覚はない。

 だが、指が開かない。

 腕が、重力を忘れたように落ちる。


 膝が折れ、男は地面に崩れた。


「囲め! 囲めぇ!! 数で――」


 団長の声は、途中で噛み砕かれた。


 闇の中から、

 “何か”が滑るように現れたからだ。


 黒い影。

 人の輪郭をしているのに、人の理屈で動いていない。


 リィナの動きは夜という闇を駆ける漆黒の一刃であった。


 剣の腹で肘を叩き、

 柄で膝裏を打ち、

 踏み込みの軸足を、正確に削ぐ。


「ぐ……っ!」

「足が……!」


 恐怖が、遅れて追いつく。


「ふふ……、遅いですねぇ。」


 その声が、背後から聞こえた。


「――え?」


 振り向いた瞬間、喉に冷たい感覚。


 呼吸が乱れ、視界が揺れる。


「な、何だ!? 見えな――」


影走シャドウ・ステップ。」


 耳元で囁かれ、

 短剣の刃が首筋を切り裂くと

 男は、糸を切られた人形のように沈んだ。


「く、くそっ……魔法使いが二人も――!」


「違うわ。」


 リィナの声が、森全体に落ちる。


「――処刑人よ。」


 その言葉と同時に、

 上空で嗤い声が弾けた。


「では、俺は“恐怖の装飾”といこう。」


 カイゼルが腕を広げる。

 闇が、脈打つ。


 木々の間、枝の影。


 そこに――

 数十の赤い瞳が灯った。


「な……仲間が……増えてる……?」

「囲まれてるぞ! いつの間に――!?」


 分かっている。幻影だ。

 だが、心臓は理解を拒否する。


 誰かが、叫んだ。

 誰かが、走り出した。


 それが、崩壊の合図だった。


「待て! 陣形を――!」


 言葉より早く、

 闇が、奪う。


 リィナは歩く。

 追わない。

 ただ、距離を詰める。


 それだけで、傭兵たちは後ずさる。


 剣は、最短距離だけを描く。

 腕を弾き、脚を止め、

 喉元に刃を突き刺す。


「た、助けてくれ……!」


 誰かが転び、

 誰かが仲間を踏み、

 誰かが森に飲まれて消える。


 団長だけが、歯を食いしばり踏みとどまっていた。


「……化け物め。」


 震える手で剣を構えながら、悟る。


「噂以上だ……“黒のカサブランカ”。」


 一瞬の沈黙。


 そして、剣を引いた。


「……撤退だ! 生きて帰るぞ!!」


 命令というより、悲鳴。


 残った傭兵たちは武器も誇りも捨て、

 闇の森へと、必死に無様に逃げていく。


 転び、叫び、振り返りながら。


 だが――追撃はない。


 森は、ただ沈黙している。


 リィナは剣を納め、背を向けた。


「……逃がすのですかぁ?」


 シルフィが、小さく首を傾げる。


「情報を持ち帰らせる。」


 冷え切った声。


「恐怖は……生き延びた者の口から、最もよく広がるわ。」


 カイゼルが、満足そうに嗤った。


「はは……いい“伝説”になりそうだな。」

「“黒のカサブランカ”。」


 リィナは夜の森を見つめる。


「呼び名なんて、どうでもいい。」


 ただ一つ、確かなこと。


 ――彼女が現れた場所には、

 敵の心に、消えない闇が残る。


 影の中で、銀の刃が、静かに笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ