第38黒 勝利の焚き火と、交差する影
――夜。
戦いの熱が、ようやく冷え始めていた。
崩れかけた協会の一角に、焚き火が灯る。
「夢じゃね…よな」
誰かの呟き。
「ああ、当たり前だろ。」
それを合図に――
「協会に勝ったぞッ!!」
歓声が上がる。
レジスタンスの面々が、互いに抱き合う。
涙を流す者。
笑い崩れる者。
長い恐怖から、ようやく解放された顔だった。
その喧騒の中。
リィナは、一歩引いた場所に立っている。
炎を見つめながら。
何も言わずに。
――スッ
気配。
「……無事で、なによりですよぉ」
背後から、柔らかい声。
振り向くまでもない。
シルフィ=レッドウィング。
いつの間にか、そこにいる。
音もなく。
影から滲み出るように。
銀髪が揺れ、淡い緑の瞳が、じっとリィナを見ている。
「……ずっと見ていましたからねぇ」
小さく微笑む。
「貴方が倒れる未来は、見えませんでしたけど」
一歩、近づく。
距離が近い。
少しだけ、近すぎる。
「それでも……」
声が、わずかに低くなる。
「ご無事で良かったですよぉ」
リィナは一瞬だけ視線を向ける。
「ええ……あなたもね」
短い返答。
シルフィの口元が、わずかに緩む。
――その時。
「へぇ……ずいぶん近いのね」
横から、別の声。
ゆったりとした足取りで現れたのは、ヴェルミナ=ブラッドムーン。
紫の瞳が、細く笑う。
その視線は――シルフィに向いている。
「距離感って、大事だと思うのだけれど?」
柔らかな声音。
だが、含まれる棘は隠さない。
シルフィは視線だけを動かす。
「……そうですかぁ?」
にこりと笑う。
「私は、これくらいがちょうどいいんですよぉ」
一歩、さらにリィナに寄る。
わざとだ。
ヴェルミナの眉が、わずかに動く。
「ふふふ……なるほど」
興味深そうに細められる瞳。
「あなた、“そういうタイプ”なのね」
「どういう意味ですかぁ?」
「独占欲が強い、ってこと」
空気が、わずかに張る。
だが――
シルフィは笑みを崩さない。
「ええ、そうですよぉ?」
あっさりと、肯定する。
「気に入ったものは、手放したくないですからぁ」
その視線は、リィナに向けられている。
ヴェルミナは、その視線を見て――
小さく、笑った。
「いいわね」
一歩、リィナの正面に立ち
真正面から、その瞳を覗き込む。
「そういうの、嫌いじゃないわ」
そして。
ほんのわずか、距離を詰める。
シルフィとは違う、真っ向からの距離。
「でも――
私も、譲るつもりはないの」
静かな宣戦布告。
リィナは、二人の間に立ちながら――
わずかに息を吐く。
「……何の話?」
本気で分かっていない声音。
一瞬の沈黙。
そして――
シルフィがくすりと笑う。
「気にしなくていいですよぉ」
ヴェルミナも肩を竦める。
「ええ、些細なことよ」
だが、その空気は消えていない。
見えない火花が、確かに散っていた。
そこへ――
一人の女性が近づいてくる。
レジスタンスのリーダー、ライラ。
戦いの傷をそのままに。
それでも、まっすぐ立っている。
「……リィナ」
静かに呼ぶ。
リィナが視線を向ける。
ライラは一歩進み――
深く、頭を下げた。
「……ありがとう」
周囲のざわめきが、少しだけ静まる。
「あなたがいなければ……私たちは、今もあいつに怯えていた」
拳を握る。
「仲間も……もっと失っていただろう」
顔を上げる。
「この勝利は、あなたのおかげだ」
リィナは、少しだけ沈黙する。
「……違うわ」
短く言う。
「あなた達が戦った結果よ」
それ以上は言わない。
だが、ライラは小さく笑う。
「その言い方……やはり”勇者”だな」
一歩下がる。
「言ったでしょ。もう勇者じゃないわ。」
「そうだったな、すまない。
だが…それでも我らはあなたの活躍を忘れない。」
胸に手を当てる。
「本当に……ありがとう」
その言葉に。
周囲からも、小さく声が上がる。
「ありがとう……!」
「助かった……!」
感謝の声。
だが――
リィナは、静かに背を向ける。
炎が、揺れる。その光の中で――
ヴェルミナが、ふと一歩前に出た。
「ねぇ、リィナ。一つ、いいかしら?」
自然な声音。
だが、その瞳は真っ直ぐだ。
リィナが視線を向ける。
「……何?」
ヴェルミナは、ほんの少しだけ笑う。
「あなたの復讐の果てに、何があるのか――」
「興味があるの」
静かな言葉。
軽くも、重くもない。
ただ“本心”。
シルフィの視線が、わずかに細くなるが
だが、何も言わない。
ヴェルミナは続ける。
「だから――」
ゆっくりと、告げる。
「あなたに付いていってもいいかしら?」
その言葉に。
周囲の空気が、わずかに変わる。
沈黙。
炎の音だけが響く。
リィナは、しばらく何も言わない。
やがて――
「……好きにすればいい」
短く。
それだけで、十分だった。
ヴェルミナの口元が、わずかに上がる。
「決まりね」
その横で。
シルフィが、静かに笑う。
「……うるさいのが増えてしまいましたかぁ」
柔らかい声。
「そうね。後ろで引き籠ってる子からしたら、
私は眩しく見えるのも仕方ないかもね」
三人の影が、地面に重なる。
だが――
その形は、決して一つにはならない。
どこか歪な、交差。
それでも、確かに繋がっている。
「やれやれ……賑やかになりそうだな」
カイゼルがそんな三人の様子を見て遠くから呟くのだった。




