第35黒 “選ばれなかった天才”の末路
――崩壊したアポクリファの残骸。
黒い魔力が霧のように漂う中。
ウィザーは、ただ立っていた。
「……はは」
笑みを浮かばながらも、肩は震えている。
「……やられた?」
ぽつりと呟く。
「私が……?」
沈黙。
次の瞬間――
「ふざけないでよッ!!!」
魔力が爆発した。
床が砕け、空間が歪む。
それを見てヴェルミナが息を呑む。
「……来るわよ」
リィナが剣を構える。
だが――
様子がおかしい。
ウィザーの魔力が“揺れている”。
不安定で制御されていない。
「どうして……」
ウィザーの声が震える。
「どうしてなの……?」
顔を上げる。
その瞳は――
狂気と、涙で歪んでいた。
「ねぇ……どうしてなのよォォォッ!!?」
絶叫し、魔法陣が暴走するように展開される。
一つじゃない。
十、二十。
いくらウィザーでも制御不能な数だ。
「私の方が天才なのに……!!」
腕を振り、魔力が空間を引き裂く。
「何故選ばれるのはいつもあなたなのよ!!!」
過去の感情が、爆発し 魔力が膨れ上がる。
「地位も!!名誉も!!」
「彼からの愛もッ!!!」
空気が悲鳴を上げている。
「ウィザー…」
リィナの目が細くなる。
ウィザーが睨みつけ魔力が渦巻く。
「同情しないで!!!」
低く、歪んだ声。
「その目、それが一番、気に入らないのよ!!」
リィナは――何も言わない。
ただ、見ている。
真っ直ぐに。
それが――
ウィザーの神経を逆撫でする。
「……ああ、そう」
乾いた笑い。
「そういうところよ」
指が震える。
「全部、気に入らない」
ゆっくりと両手を広げる。
「私の思い通りにならない世界なんて――」
魔法陣が“崩壊”しながら再構築される。
理論を無視した術式。
未完成で危険な禁忌の術。
「いらないッ!!!」
ウィザーの叫び。
「全部壊してやるわァァァァァッ!!!!」
空間が裂ける。
≪禁術自己融合≫
ヴェルミナの顔色が変わる。
「ちょっと待って……それ」
「自分に取り込む気!?」
ウィザーが笑う。
「ええ」
狂気の笑み。
「完成してないけど……関係ないわ」
「私なら使える」
「だって――」
魔力が身体に流れ込み、骨が肉が歪む。
「私は天才なんだから」
バキィッ
腕が変形し黒い装甲のようなものが皮膚を突き破る。
「……っ」
リィナが歯を食いしばる。
ヴェルミナが呟く。
「やめなさい……」
「そんなの制御できるわけないわ……!」
だが――
ウィザーは止まらない。
「うるさいッ!!!できるに決まってるでしょ!!」
魔力が暴走する。
「全部計算通りよ!!」
だが――
明らかに、制御は崩れ
瞳の焦点が合っておらず、呼吸も乱れている。
「私は……私は……間違ってない……」
身体がさらに歪み、異形へと変わっていく。
「選ばれるべきは……」
「私なのよォォォォォッ!!!!」
人の形を辛うじて残した異形。
黒い翼のような魔力に歪んだ腕。
脈打つ核。
「……」
リィナが構える。
ヴェルミナが低く言う。
「完全に暴走してる」
「もう“人”じゃないわ」
ウィザーが、ゆっくりと顔を上げる。
「……リィナ」
声だけが、かろうじて残っている。
「証明してあげる」
一歩。
地面が崩れる。
「私の方が――上よッ!!」
ヴェルミナの声。
リィナが反応する。
ギィィン!!
咄嗟に剣で受けるが、桁違いの力に吹き飛ばされる。
「ぐっ……!!」
リィナが吹き飛ばされ、壁を砕く。
「速さも威力も……別物……!」
ヴェルミナが歯を食いしばる。
ウィザーが笑う。
「ほら見なさい……」
声が歪む。
「これが……“完成形”よ……」
だが――
次の瞬間。
ビクン、と身体が震える。
動きが止まる。
「……?」
リィナの目が細くなる。
「やはり制御、できてない」
ヴェルミナが即座に理解する。
「なら、…今しかない!!」
リィナが踏み込む。
だが――
ウィザーが無理やり動く。
「邪魔ァァァッ!!」
魔力の奔流。
リィナが紙一重で避けると
さっきまで自分がいた床が消滅していた。
「……やっぱり危険ね」
ヴェルミナが呟く。
「でも、穴だらけよ」
リィナが頷き、剣を構える。
「ええ。これで、終わらせる」
ウィザーが叫ぶ。
「終わるのはあなたよォォォ!!」
狂気を孕んだ絶叫と共に、一直線に突進する。
その姿はもはや魔術師ではない。
執念だけで動く獣だった。
だが――
ほんの刹那。
その足が、止まる。
視線が揺れる。
“何か”を見たかのように。
その隙を――
リィナは逃さない。
無駄のない動き。
呼吸すら研ぎ澄まされた静寂で
剣が、静かに構えられる。
その構えに――
ウィザーの瞳が、見開かれる。
「……その構え……まさか……」
脳裏に焼き付いた記憶。
リィナの唇が、わずかに動く。
≪白閃!!≫
迷いも、躊躇も、情も切り捨てた――
完成された一突き。
「その技は……”あの人”の……」
ウィザーの声が震える。
認めたくない。
だが、理解してしまう。
これは、彼の技だ。
自分が愛し、届かなかった存在――
唯一無二の一閃がウィザーの心臓を貫く。
静寂。
ウィザーの瞳が見開かれる。
「……あ……どう、して」
力が抜け、正気が戻る。
「……リィナ」
かすれた声。
昔のままの響き。
「……やっぱり」
ウィザーが僅かに微笑む。
「あなたに……勝てなかった」
リィナは、何も言わない。
ただ見ている。
ウィザーが呟く。
「ねぇ……」
弱く。
「もし……違う選択してたら……」
その言葉に――
リィナの瞳が、わずかに揺れたが
すぐに消える。
「……」
そして――
静かに口を開く。




