第32黒 裏切りの天才魔導士ウィザーVS全てを奪われた復讐の黒百合――最深部決戦開幕
――蒼光の最深部、ウィザーの秘密の研究室。
重厚な扉が、音もなく閉じた。
その向こう側――
そこは、かつて“仲間”と共に立った場所に酷似している。
そして幾何学的に配置された魔法陣。
部屋そのものが、理性と計算で縛られているかのようだ。
リィナは無言で一歩踏み出す。
視線は、ただ一点。
魔法陣の中央に立つ女――ウィザー=アルヴァレン。
「……ここまで来たのね、リィナ」
ウィザーが静かに笑う。
「……」
リィナの瞳が細くなる。
その光景に――
一瞬だけ、過去がよぎる。
「合理的に考えて、次は私が援護するわ」
冷静な声。
戦場で何度も聞いた声だ。
「無茶はやめなさい、勇者様」
淡々とした指摘と彼女が操る魔法は、
誰よりも正確で――
絶対に裏切らないはずだった。
「忘れもしない……」
リィナの赤い瞳が、燃えるように揺れる。
懐かしさはない。
あるのは――吐き気を催すほどの怒り。
かつての笑顔、肩を並べた戦場。
背中を預けた夜。
――全部、踏みにじられた記憶。
ウィザーが肩をすくめる。
「私もよ、“白百合の勇者”さん」
空気が凍る。
「黙れ……」
リィナの声が怒りで震える。
「今更、仲間ヅラするな」
感情が、堰を切ったように溢れ出す。
「理解者みたいな顔をするなァァァ!!」
床が軋み、空気が悲鳴を上げる。
「あなたがやったのは“選択”なんかじゃない」
剣に、赤黒い魔力が集まる。
「裏切りよ!計算づくの――最低の裏切り!!」
「私から、全部奪っておいて……」
「よく平気な顔で立っていられるわね」
歯を食いしばり、
涙すら怒りに焼き尽くすように、睨みつける。
「……許さない」
低く、重い宣告。
「過去も、あなたも――
全部、ここで叩き潰す」
一歩、また一歩。
距離が詰まるたび、憎悪が濃くなる。
「あなたが否定した私が、今ここに立ってる理由――」
剣先が、ウィザーを真っ直ぐに指す。
「その身体で、思い知りなさい」
赤い瞳に宿るのは、慈悲ではない。
復讐でも、正義でもない。
――ただ、消したいという純粋な憎悪。
「フフフッ、その裏切り者にもう一度殺されるのは
どういう気分かしらね?」
次の瞬間、空気が歪んだ。
詠唱はない――
だが、五つの魔法陣が同時に展開される。
異なる属性。
異なる位相。
完全に独立した五系統魔法。
それが一切のズレなく、同時に。
「……っ」
ヴェルミナの目が細くなる。
「五重展開……しかも無詠唱」
小さく、吐き出すように言う。
「相変わらずね……あんた」
その言葉にウィザーが不敵に笑った。
「当然でしょう?私は天才なんだから。」
「天才と凡才の差、もう一度教えてあげる。」
ウィザーの指が、わずかに動く。
≪五重魔術同時行使≫
魔法陣が輝く。
≪上級光魔法!光槍雨≫
≪上級土魔法!重圧結界≫
≪上級闇魔法 拘束影鎖
《バインド・チェイン》≫
≪上記水魔法!圧縮海刃
《タイダル・エッジ》≫
≪上級炎魔法!灼熱魔弾
《インフェルノ・バレット》≫
完全同時発動。
「なっ――」
リィナが即座に踏み込む。
ズドォォッ!!
足元から重圧が発生し床が砕け、身体が沈む。
「ぐっ……!」
だが止まらない。
無理やり踏み抜く。
同時に――
上空から光槍の雨。
ヒュンッ!!
リィナは身体を捻り、最小動作で回避。
だが。
「チッ……!」
避けた先に、すでに追尾の魔弾。
回避の“先”を読まれている。
「相変わらず、単調な動きね。」
ウィザーが呟く。
だがその瞬間。
「――させないわよ」
ヴェルミナが指を鳴らした。
≪影干渉術式≫
魔法に干渉し軌道を“ずらす”。
完全無効ではない。
だが致命傷を外すには十分。
「そう計算通りにはいかないのよ。」
ウィザーの目が細くなる。
「……あなた」
わずかに興味を示す。
「その術式、誰に習ったの?」
ヴェルミナが笑う。
「さあね」
意味深に。
「昔、似たようなことやる女を見たことあるだけよ」
一瞬。
ウィザーの瞳が、ほんの僅かに揺れたような気がした。
「……そう。」
「でもこれは見た事ないでしょ?」
≪上級闇魔法!拘束影鎖≫
ギシィッ!!
二人の脚に魔法の鎖が絡みつき、動きが止まる。
「終わりよ」
ウィザーの指がわずかに傾く。
圧縮刃が横から迫る。
――だが。
その瞬間、リィナの剣が閃いた。
≪闇剣反転!!≫
鎖を斬り裂き、さらに体を捻り、刃を弾く。
「……!」
ウィザーの瞳がわずかに動く。
リィナはそのまま踏み込む。
「遅いわ!!」
一直線。
だが――
剣が触れる前に、ウィザーの姿が消える。
≪位相転移≫
後方十メートルでウィザーが
何事もなかったかのように立っている。
「近接戦に持ち込めば勝てると思った?」
「残念。そんな単純な話じゃないのよ」
再び魔法陣が増える。
六、いや七。
「まだ増やす気!?」
ヴェルミナが舌打ちする。
ウィザーは笑う。
「当然でしょ?私は“限界”なんて持たない」
圧倒的な演算。
圧倒的な支配。
「理解できないものは排除する。それが“正しい世界”よ」
その言葉に――
リィナの瞳が、深く染まる。
「……やっぱり変わってない」
剣を構える。
「あの日、私はあなたを止められなかった…」
一歩、踏み込み、床が砕ける。
「でも、今は違う!!今度は――」
剣先が、ウィザーを貫くように向けられる。
「奪い返す番よ!!」




