第30黒 影の勝者――影使いシルフィ=レッドウィング
――蒼光の塔、上層回廊。
ヴァレンの分身が一斉に動き、
シルフィの影達も同時に跳んだ。
短剣と影刃、殺意と殺意。
二人の技が激突し、影と刃が乱れ飛ぶ。
カキィン!!
鋭い金属音。
シルフィの短剣がヴァレンの分身の刃を弾き、
その背後から別の影が飛び込む。
「遅いですよぉ」
影のシルフィが首元を薙ぐ。
ザシュッ――
分身の身体が霧のように崩れる。
だが同時に、
左右から二人のヴァレンが迫る。
「甘いんだよ!」
刃が閃く。
だが――
ヒュンッ
そこにいたシルフィは、影へと溶けた。
「チッ…囮か…」
次の瞬間――
ヴァレンの足元の影が膨れ上がる。
「下ですよぉ」
影から現れたシルフィの刃がヴァレンの脇腹を掠める。
「チッ……!」
ヴァレンが後退し、血が床へ滴った。
その様子を見て、シルフィは楽しそうに首を傾ける。
「へぇ……本体でしたかぁ」
回廊にはまだ多数の分身が残っている。
だが今の一撃で――
確実に“当たり”を引いた。
ヴァレンの目が細くなる。
(……こいつ)
指先で血を拭う。
(見えてやがる)
普通の暗殺者なら分身に翻弄される。
だがシルフィは違う。
「ふふ」
彼女が笑う。
「あなたの分身、便利ですねぇ」
指先で影を揺らすと、
床の影から次々にシルフィの影体が立ち上がる。
影の軍勢が回廊を埋め尽くす。
「でも、影の扱いなら、私の方が得意なんですよぉ」
金の瞳が細くなる。
影のシルフィ達が一斉に動く。
「いきますよぉ」
その一言で、闇が襲い掛かる。
ザザザザッ!!
影刃が四方八方から降り注ぎ
ヴァレンの分身が次々に斬り裂かれる。
「くそっ……!」
ヴァレンが跳び退く。
だが影が追う――
周りのすべての影が敵になる。
ズバァッ!!
また一撃。
今度は肩が裂けた。
「……ちっ」
ヴァレンの顔から笑みが消える。
(不味いな)
完全に読まれている。
分身術は奇襲の技――長期戦には向かない。
しかも相手は同じ影使い。
この空間では、むしろこちらが不利。
シルフィがゆっくり歩いてくる。
短剣をくるりと回しながら。
「どうしましたぁ?」
優しい声。
だが瞳は冷たい。
「さっきまで余裕そうだったのに…」
影達が包囲を狭める。
「もう終わりですかぁ?」
ヴァレンは黙る。
そして。
ふっと笑った。
「……はは」
シルフィが警戒するように身構える。
「いやいや」
肩をすくめる。
「思ったより面白い相手だっただからさ」
次の瞬間――
床へ何かを叩きつけた。
パァン!!
黒い煙が爆発しm視界が一瞬で真っ黒に染まる。
「逃がしませんよぉ」
シルフィの影が広がる。
煙を裂き、捕まえようとする。
だが――
そこにヴァレンの姿はなかった。
回廊の遠く。
すでに十数メートル先――
ヴァレンが振り返り、手を振る。
「今日はここまでにしておこう」
口元に皮肉な笑み。
「暗殺者はね」
影の中へと後退しながら言う。
「不利な戦いはしない主義なんだ」
次の瞬間。
ヴァレンの姿が闇へ溶けた。
完全に消える。
静寂の中で
シルフィは少しだけ眉をひそめた。
影達がゆっくりと消えていく。
「……逃げましたかぁ」
残念そうに息を吐く。
そして短剣をしまう。
「まあいいでしょう」
視線を塔の奥へ向ける。
リィナが進んだ方向。
「今はそっちが優先ですからねぇ」
シルフィは静かに歩き出す。
闇の暗殺者同士の戦いは――
そっと幕を閉じた。




