第29黒 暗殺者ヴァレン=シャルク――影同士の戦い
――蒼光の塔、上層回廊。
戦闘の余波がまだ塔全体に残っている。
遠くで石壁が崩れる音が響き、魔導灯の光が不安定に揺れていた。
その静寂を破るように――
リィナ達の前方、回廊の奥で影が揺れる。
ゆっくりと、その影が人の形を取った。
長身の男。
黒い外套を纏い、指先で短剣をくるくると遊ぶように回している。
「カイランでは……止めきれなかったか」
低く、どこか愉快そうな声。
その男――
ヴァレン=シャルク。
王国魔法協会の“処刑人”と呼ばれる暗殺者。
鋭い瞳が、ゆっくりとリィナ達を舐めるように見回す。
「まったく……」
短剣が指の上で回転する。
「蒼光剣士が負けるなんてねぇ。少しは期待してたんだけど」
チッ、と舌打ちする。
「まあいい」
刃が止まり、その切っ先が――リィナへ向く。
「ここから先は通さないよ」
張り詰めた殺気が回廊を満たす。
「今度はあなたですかぁ…」
その時、柔らかい声が割り込んだ。
シルフィ=レッドウィング。
リィナの一歩前に出ると、腰の短剣を軽く抜き
ヴァレンを鋭く睨む。
「なら……ここは私の出番ですねぇ」
ヴァレンの口元が歪む。
興味深そうに首を傾ける。
「へぇ?君が相手…?」
ヴァレンの目が細まる。
「確か……影使い、だったかな?」
「ええ、」
シルフィはにこりと微笑む。
「あなたと同業者みたいなものですよぉ」
空気が一層重くなる。
その時――
「気を付けて」
リィナが小さく呟く。
視線はヴァレンから外さない。
だがその声は確かにシルフィへ向けられている。
シルフィは振り向かず、軽く肩をすくめて答える。
「大丈夫ですよぉ」
短剣を指で回す。
「生き残ることには長けてますから」
そして少しだけ振り返り、金色の瞳がリィナを見る。
「それよりも…」
口元に柔らかい笑み。
「あなたの方こそ気を付けて下さいねぇ」
視線が塔のさらに奥へ向く。
そこには――
この作戦の最大の敵がいる。
「相手はあのウィザーなんですからぁ…」
リィナは短く頷く。
「分かったわ…」
言葉はそれだけ。
だが、その瞳は決意に満ちていた。
そして――
リィナは歩き出す。
ヴァルミナを連れ、塔の奥へ。
石床を叩く足音が遠ざかる。
静かに。
その背中を見送りながら――
シルフィは小さく呟いた。
「リィナ様…」
その声は、先ほどまでの軽さとは違う。
「どうかご武運を」
本心だった。
心からの祈り。
その瞬間――
「くくっ…」
低い笑い声が響く。
「お別れは済んだかい?」
ヴァレンが楽しそうに笑いながら、
短剣がカチカチと鳴らす。
「ええ…」
シルフィは振り向く。
その笑みは、先ほどよりも冷たい。
「それに、死ぬのはあなたですけどねぇ…」
一瞬の静寂。
次の瞬間――
ヴァレンの姿が揺れる。
「くくっ…いいね。その強気な目が…
苦痛に歪むのをじっくりと楽しませてもらうよ。」
影が分裂し回廊に並ぶ十人のヴァレンの姿。
すべてが同じ笑みを浮かべている。
≪影分裂術!!≫
幻影ではない。
すべてが実体を持つ分身。
「数で押し潰すのは、暗殺の基本だからねぇ」
ヴァレンが舌なめずりする。
だが――
シルフィも笑う。
「ふふ……数が増えるのは…」
足元の影が揺れ、
床に広がる闇が蠢き始めた。
「あなたの特権じゃないことを…」
影が立ち上あがり、闇で出来た5人のシルフィが現れる。
≪影術式!!≫
「教えてあげますよぉ」
回廊が――影と影で埋め尽くされる。
「影対決か。面白いじゃないか!!」
次の瞬間
ヴァレンが先に踏み込んだ。
「やれ!!」




