第22黒 信頼なき契約――復讐者と異端魔女
その夜の街の影で。
蒼光の塔から遠く離れた街外れ。
人気のない丘の上に、朽ちかけた廃礼拝堂がひっそりと佇んでいた。
かつては祈りの声が響いていたであろう石造りの建物も
今は半ば崩れ、屋根もところどころ抜け落ちている。
そこの地下は現在レジスタンス達のアジトとなっている。
その中心に、リィナ達が立っていた。
リィナは、剣を納めず
黒い刃をわずかに下げたまま謎の彼女を鋭く見つめる。
助けられた事実はある。
だが。
信用とは別だ。
「…助けは認める」
リィナが口を開く。
声は淡々としている。
だが、距離を明確に保った響き。
「……でも、得体の知れない人間を信用出来ないわ」
礼拝堂の空気が、わずかに張り詰める。
だが。
彼女は気にした様子もなく、壊れた長椅子の背に軽く腰を預ける。
黒髪が肩から流れ、紫の瞳が月光を受けて鈍く光る。
「ヴェルミナ。ヴェルミナ=ブラッドムーン。異端魔女よ。」
指先で宙に小さな魔法陣を描きつつ、
くすりと笑いながら名乗る。
「王国にも帝国にも嫌われてるの。
だから――あなた側」
ヴェルミナは肩をすくめ、楽しげに笑う。
まるで状況そのものを娯楽にしているようだ。
「ふふ。信頼なんて、後からで十分」
紫の瞳が、リィナを真っ直ぐに見た。
「今は利害が一致してるだけ……」
その言葉に、奥で様子を伺っていたシルフィが一歩前に出る。
影が床を這う。
「目的も見えない…人を食ったような態度……」
シルフィの声はいつものように柔らかいが、視線は鋭い。
「あなた、いつ裏切ってもおかしくないように思えますよぉ」
礼拝堂の空気が、さらに冷える。
だが。
ヴェルミナは――
嬉しそうに笑った。
「正直ね」
彼女は指先で黒髪をくるくると弄ぶと
月光が髪に反射する。
「でも安心して…」
紫の瞳がわずかに細まる。
「裏切るなら、もっと“得”になる相手を選ぶわ」
一瞬。空気が凍った。
冗談なのか、本気なのか。
誰にも分からない。
その沈黙を破ったのは、リィナだった。
「……条件を言いなさい」
視線をそらさず、剣も下ろさないまま言う。
ヴェルミナは満足そうに笑うと、
指を一本、ゆっくり立てる。
「簡単よ。条件は一つ」
「ウィザーへの道筋に、私を同行させること」
紫の瞳が光る。
その名を口にした瞬間、空気が重くなる。
「見返りは?」
リィナが短く聞く。
ヴェルミナは即答した。
「私も魔法協会には恨みがあるの」
その声は軽い。
だが、ほんの一瞬。瞳の奥が冷たく光る。
「それに…」
紫の瞳が、リィナを見つめる。
「あなたの復讐、嫌いじゃないもの」
礼拝堂に沈黙が落ちる。
風が吹き、崩れたステンドグラスがカタカタと鳴る。
リィナは相手の真意を探るように、
しばらくヴァルミナを睨むと、
ゆっくり頷く。
「…分かった」
剣をほんの少し下げる。
「一時的に、手を組む」
その言葉は、同盟ではない。
ただ、お互いの利害が一致しただけだ。
「裏切れば――」
リィナが続けようとした瞬間。
「分かってる」
ヴェルミナが遮る。
「殺される。でしょ?」
そう続ると、ほんのわずかな笑みを浮かべる。
恐れではない。
どこか楽しそうな笑み。
ヴェルミナはゆっくり立ち上がり
リィナへ一歩だけ近づいた。
月光の下。
紫の瞳が、赤い瞳を覗き込むと低く囁く。
「それじゃあ、”契約成立”ね」
わざとらしく首を傾ける。
「えーと復讐者さん?…」
リィナは短く答えた。
「リィナよ…」
ヴェルミナは楽しそうに笑った。
「そう、よろしくね。……リィナ。」
その声が礼拝堂の影に溶ける。
廃礼拝堂の影で、
二人の思惑が、静かに交差する。
それは仲間ではない。
信頼もない。
ただ――
同じ敵を前にした、期限付きの同盟。
そしてその先にいるのは、共通の敵。
蒼光の大魔導士。ウィザー=アルヴァレン。
その名を、誰もが胸の奥で思い浮かべていた。




