第20黒 幻影五十の包囲網、黒百合は毒に沈む――だが”禁呪の魔女”が現れた
崩れた魔法協会・蒼光塔の廊下。
リィナ達は結界に閉じ込められ、周りには罠。数も向こうの方が優位。
状況は、誰の目にも明らかだ。
ヴァレンの声が、愉しそうに空間に溶ける。
「さすがだな、黒のカサブランカ。」
幻影の一体が、ゆっくり歩み出る。
「でも――」
背後の幻影が囁く。
「一人で全部背負う人間は直ぐ壊れるんだよ」
その瞬間――
殺気。
リィナの首筋へ、短剣が滑り込む。
だが、リィナの剣が幻影の一体を切り裂く。
「……遅いわ」
リィナが静かに呟く。
≪黒百合魔装!!≫
影が花のように咲き床一面に広がると、
黒い刃が空間から突き出し幻影を貫く。
「おや?」
ヴァレンの声が笑う。
「領域型魔法か…」
「なら、これはどうだい?」
今度は六体のヴァレンが同時に動く。
四方から囲むようにリィナに迫る。
≪光影双刃!!≫
眩い閃光と幻影の斬撃。
上下左右から十字の斬撃が走る。
だが。
リィナはその場から動かない。
≪黒百合ノ守護!!≫
黒い花弁が旋回しリィナを守る。
ギィィィン!!
斬撃が弾かれ、火花が舞う。
その瞬間。
リィナの瞳が細くなる。
「そこよ…」
黒い魔力を纏った斬撃を放つ。。
≪黒百合斬!!≫
幻影をすり抜け――
空間の“何か”を斬った。
「……っ」
小さく息を呑む声。
ヴァレンの本体が、影から飛び退く。
肩から血が滲んでいる…。
「今のは危なかった」
ヴァレンが軽く笑う。だが瞳は冷たい。
「幻影の中から本体を当てるとはね……なら僕ももう少し本気を出そう。」
空気が揺れ、さらに幻影が増える。
二十、三十…五十近い数だ。
包囲が完全に閉じる。
「…きりが無いわね。」
リィナが周りを見ながら呟く。
「くく……さあ、大人しく諦めたらどうだい?」
ヴァレン=シャルクが再び姿を消し声だけが、
四方八方から響く。
シルフィが周りを警戒しながら話す。
「結界、二重……いや三重ですねぇ」
外周封鎖に魔力遮断。
それに転移阻害。
脱出は困難だ。
「中からの突破は難しいですよぉ」
シルフィが肩を竦めた。
加えて結界の奥には、蒼光剣士のカイラン。
逃げ道となる通路を完全に封じている。
後退すれば、斬られる。
「……厄介ね」
リィナは短く息を吐いた。
肩がわずかに上下する。
激しい戦闘が続いた証拠だった。
魔力はまだ残っている。
だが、確実に消耗している。
その時。
床に刻まれていた魔法陣が――
一斉に光った。
ガァァァン!!
石床に刻まれた数十の紋様が同時に起動する。
拘束陣に魔力抑制。
リィナの足元を白い魔法線が絡め取る。
「かかったな…!!」
ヴァレンの囁きが空気を裂く。
次の瞬間――紫色の霧が辺りを包む。
「これは毒っ…!!」
リィナの肺に、焼けるような刺激が走る。
視界がわずかに歪み魔力の循環を鈍らせる。
ただの毒ではない。
神経麻痺型の魔法毒だ。
リィナの足が、鈍くなる。
その一瞬を――
ヴァレンは逃さない。
「貰ったっ!!」
闇の中から、短剣が閃く。
暗殺者の一撃。首筋を狙う完璧な軌道。
致命の間合い。
――しかしその瞬間。
空気が“変わった”。
「……あら」
甘く絡みつくような声。
「その罠、もう“古い”わよ?」
空間が黒く染まり床の魔法陣が、軋む。
光の紋様が消える。
「な――」
ヴァレンの声が止まる。
床の魔法陣が、内側から“侵食”されていた。
光が黒く染まり、魔力の構造が書き換えられていく。
「呪詛魔法、展開よ」
黒い円環が、静かに広がる。
それは魔法陣ではない。
呪い、古代系統の”禁呪”だ。
空間そのものへ刻まれる“拒絶”。
「これもあげるわ。」
その瞬間、ヴァレンの足元の影が――
絡みついた。
黒い鎖のような呪詛が足首を捕らえる。
身体が重く魔力が奪われていく。
「……っ!」
ヴァレンが即座に跳ぼうとするが――
動きが遅い。
呪詛結界、それは動けば動くほど呪いが絡む仕掛けになっているのだ。
「くそっ……面倒だな」
ヴァレンが舌打ちした。
その時――
空間が裂けるように開き1人の人物が姿を現す。
長い黒髪に夜のように深い紫の瞳。
漆黒と紫の魔女服、裾には月の刺繍が施されている。
年齢は20代といった所の妖艶な女性。
彼女はゆっくりと歩み出る。
その足取りは、まるで散歩でもしているかのように悠然としていて
リィナの赤い瞳が、わずかに見開かれる。
「誰なの……?」
その声には、わずかな動揺があった。
この戦場に割り込める魔力。
しかも結界を逆転させる程の術を扱う。
普通ではない。
彼女は肩越しに振り返りくすりと笑う。
「自己紹介は後」
紫の瞳が細くなる。
その視線の先には、まだ動けないヴァレン。
「今は撤退でしょ?」
そう言って、彼女は指を鳴らした。




