第15黒 決戦前夜――天才魔導士を殺す作戦会議
――静かな準備――
夜明け前。
魔都の外れ。
かつて神を祀っていたはずの礼拝堂は今や半ば崩れ落ちた廃墟となっていた。
屋根の一部は崩れ、割れた天井から月の残光が差し込み、
砕けたステンドグラスの欠片が床に散らばっている。
色褪せた祭壇には、古びた聖印。
だがその前に置かれているのは祈りではなく、
地図、武器、そして血の匂いを予感させる作戦書。
そこは今、
レジスタンスの隠れ家となっているのだ。
礼拝堂の地下で
朽ちた長椅子の影に、数人の影が集まっている。
その中心に座っているのは――
“黒のカサブランカ”と恐れられる、リィナ=エーべルヴァイン。
彼女は崩れた石床の上に静かに腰を下ろし、
剣を膝の上に置いていた。
長い黒髪が肩を流れ、
赤い瞳だけが、月光をわずかに反射している。
かつて勇者として戦場に立った少女。
だが今、その目に映るのは
栄光ではなく、復讐に燃える静かな炎のみ。
その沈黙を破ったのは、
レジスタンスの女戦士――ライラだった。
「次はいよいよ、本命――
“ウィザー・ヴァレンタイン”の首だな」
腕を組みながら言う声には、
修羅場を潜ってきた者特有の荒さがある。
その言葉に、
周囲のレジスタンスたちがわずかに息を飲む。
だがリィナは、顔を上げることなく答えた。
「ええ……」
ゆっくりと指が剣の柄をなぞる。
「準備は?」
低く、抑えた声。
しかしその一言だけで、場の空気が張り詰める。
「問題ありませんよぉ」
柔らかな声が、背後から落ちた。
いつの間にか、
崩れた柱の影から一人の少女が現れる。
影が似合う元奴隷のハーフエルフ。――シルフィ=レッドウィング。
彼女は軽やかに歩み寄ると、
指先で小さな魔力光を灯し、空中に地図を浮かび上がらせた。
淡い光で描かれた都市の立体図。
そこには王国魔法協会本部≪蒼光≫
の内部通路が細かく表示されている。
「蒼光の巡回、結界の周期、全部把握しましたぁ」
細い指が、光の点をなぞる。
「ウィザーの研究室はおそらくこの辺りで…ほぼ確定ですよぉ」
その声はいつも通り柔らかい。
だが、淡い緑の瞳の奥には、
明確な敵意が灯っていた。
「……天才魔導士、ですかぁ」
くすり、と笑う。
「影には、驕った光ほどよく見えますよぉ」
ふわりと宙に浮かぶカイゼルが腕を組みながら、
鼻を鳴らす。
「それで、どう近づくつもりだ?
相手は自分のテリトリーに加えて多勢に無勢。
正面からやり合えば、面倒極まりないぞ?」
その言葉に、リィナは答えた。
「正面からは行かないわ」
赤い瞳が、
地図の一点を鋭く射抜く。
「彼女は“合理”を信じている。
だからこそ、想定外を嫌う。」
剣の柄に指がかかる。
「蒼光の部隊を動かし、
包囲と封印で来るでしょう」
「……だから、その前提を壊す」
リィナは冷たく言い放つ。
シルフィが、楽しそうに首を傾げる。
「ふふ……つまり、奇襲ですねぇ?」
リィナは頷いた。
「ええ」
「彼女が一番、油断する場所から…」
すると、ライラが一歩前へ出た。
「なら、陽動は我らレジスタンスが引き受けよう。」
拳を胸に当てる。
「魔法協会の連中が慌てるくらいの騒ぎは起こしてやる。決行は明日の夜。」
「……決まりだな」
カイゼルが口角を吊り上げた。
「魔法協会の心臓部に、
黒のカサブランカが咲く……か」
恍惚と笑う。
「いい趣味だ」
リィナは答えない。
ただ――
代わりにゆっくりと剣を抜いた。
その刃は、
夜の光を拒絶するかのような黒だった。
月光を吸い込む黒刃。
かつて勇者として振るった聖剣とは、
まるで別の存在。
復讐のために鍛え直された、
死の剣。
「ウィザー=アルヴァレン」
名を口にした瞬間、
周りの空気が、わずかに重くなる。
「私から、いえ私達から奪ったもの――
全部、返してもらうわ」
赤い瞳が、静かに燃える。
シルフィは一歩下がり、
深く頭を下げた。
「最後までお支えますよぉ。
貴方が迷わない限り……影は迷いませんからぁ」
ライラが拳を掲げる。
「頼んだぞ、勇者――いや、黒百合の女帝殿。」
それに続きレジスタンスの戦士たちが、
次々と武器を掲げた。
静かな決意が礼拝堂を満たす。
「我々で協会を打ち倒すのだ。」
カイゼルもまた、愉快そうに笑う。
「さぁ――
天才様の計算を、全部狂わせてやろう」
再び、礼拝堂に静寂が落ちる。
それは、嵐の前触れか。
あるいは――
戦争の夜明けか。
黒百合は、次に咲く場所を決めたのであった。




