第14黒 勝った方が正義――蒼光塔の大魔導士ウィザー
――蒼光塔・作戦準備室――
蒼い魔法陣が床一面に展開され、
無数の光の糸が空間を走る。
その中心に立つのは、
蒼銀の髪を束ねた大魔導士――ウィザー=アルヴァレン。
彼女は、白く細い指先で宙に描かれた魔法陣を軽く弾いた。
澄んだ音とともに、幾重にも重なった光の文様が微細に震える。
表情一つ変えず、ウィザーは冷静に、淡々と告げた。
「合理的に考えて。
正面戦力で彼女に当たるのは愚策よ」
一瞬、室内に緊張が走る。
「……正面からじゃ、勝てないってことか?」
低く問い返したのは、蒼光剣士隊長――カイラン=ブルーム。
その声にも、ウィザーは視線すら向けない。
「“勝てない”じゃないわ」
淡々と訂正する。
「消耗が大きすぎるの。
無意味な戦闘は、戦略とは呼ばない」
光の糸が再編され、
空中に街の立体地図が浮かび上がる。
地上の通り、地下経路、結界網。
まるで都市そのものを解体したかのような精度だった。
「カイラン、あなたは牽制役よ」
ウィザーの指が、前線に想定された地点をなぞる。
「彼女の注意を引くつけてくれればいいわ」
カイランは小さく舌打ちする。
「……随分と控えめだな。
俺じゃ斬れないとでも思ってるのか?」
「無駄死にさせる趣味はないわ」
即答だった。
「あなたは“使える駒”。
だからこそ、生きていなさい」
一瞬、空気が凍る。
「……チッ」
それでもカイランは剣の柄に手を置き、頷いた。
「了解だ、大魔導士様」
ウィザーの指先が別の光点を強める。
「そして、ルシオ」
壁際に立つ魔導師――ルシオ=アストレアが、眼鏡越しに地図を睨む。
「範囲制圧と魔法封印を最優先」
「彼女の“自由”を奪いなさい」
「……封印、ね。」
ルシオは不機嫌そうに鼻で笑う。
「…面倒くさい仕事は全部僕に押し付けて、大体僕はお前の指図なんぞ…」
「あら?出来ないのかしら?」
ウィザーの冷ややかな声。
「フン…僕を誰だと思ってる?お前なんかよりも完璧にやってやるよ。」
「それじゃあ、決まりね。」
次に、ウィザーは影の濃い一角へ言葉を投げる。
「ヴァレン」
暗殺者――ヴァレン=シャルクの輪郭が、わずかに揺れた。
「あなたはまだ直接手を下さず、偵察と裏工作に勤めてちょうだい。」
「へぇ……」
どこか軽薄な声が返る。
「随分慎重だな…。」
「ええ、この作戦は協会長直々の任務。失敗は許されない…それに…。いや何でもないわ。」
ウィザーの脳裏に懸念材料が浮かぶが極力表情が崩れないように続ける。
「あなたの得意分野でしょう」
「……了解。」
最後に、全員を一瞥する。
「……生き残りたいなら、命令は守ることね」
その一言で、議論は終わった。
部下たちはそれぞれ役割を胸に刻み、静かに部屋を後にする。
残ったのは――ウィザー一人。
魔法陣の光が床を照らし、
彼女の影を不自然なほど長く引き延ばしていた。
「……ふふ。まさか生きていたとはね、リィナ…でも」
喉の奥で転がすような、乾いた笑い。
「才能の差って、残酷よね。
努力じゃ埋まらないもの」
指先に、淡い氷の刃が生まれる。
完璧な形状を描いたまま、次の瞬間には消え失せた。
「私の方が優れてた」
低く、確信を込めて。
「理論も、魔法も、全部……」
唇がわずかに歪む。
「……なのに、どうして
あなたが選ばれたのよ、リィナ」
魔法陣の中央に、
赤い瞳の少女の残像が浮かび上がる。
かつて並び立ち、
そして決定的に分かたれた存在。
そして、自分に言い聞かせるように囁く。
「私は“勝てる側”を選んだだけ」
「”あの男”は私を捨てた。
だから死んだの。私を選ばなかった人間が悪いのよ。」
蒼銀の髪が、漏れ出す魔力に揺れた。
「あなたを倒せば、
私が間違っていなかった証明になる」
薄紫の瞳が、刃のように細められる。
「勝った方が正義」
微笑みの奥に、歪んだ確信を宿して。
「――昔から、ずっと」
そして、静かに、愉しむように笑った。
「さぁ……勇者様、正しいのはわたしか、あなたか決着を付けましょ。」
魔法陣の光が消え、
部屋には彼女の笑みだけが残された。




