第11黒 屋敷侵入、月明かりの襲撃者
夜の魔都。
月明かりは塔の隙間をかすかに照らすだけで、街は闇に沈んでいた。
リィナ=エーべルヴァインは、闇に溶け込むように街の屋根伝いを移動する。
黒の魔装が月光を吸い込み、赤い瞳だけが鋭く光っていた。
貴族街の最奥、石壁と魔術結界に守られた一際大きな屋敷。
――オルベール=カインハート子爵の私邸。
「……屋敷は、この奥だ。中はオルベールの手先が守っている可能性が高い。」
レジスタンスのリーダー・ライラが低く囁く。
「作戦通り、我々は途中までの道案内と脱出路を確保して置く。」
リィナは剣を軽く握り、唇を引き結ぶ。
「……ええ。十分よ。」
屋敷の壁際に潜む影。リィナの指先が軽く触れ、魔力が静かに流れ込む。
その瞬間、視界が微かに歪む。ステルス――姿が世界から消えた。
「……行くわよ。」
二人の黒衣のレジスタンスとともに、リィナは屋敷の裏口から静かに侵入する。
扉は古く錆びていたが、鍵はかかっていた。
「ここは任せろ。」
レジスタンスのメンバーが魔法障壁を解除し、音もなく扉を開く。
屋敷内部。
豪華な調度品が闇に溶け、足音は床に吸い込まれる。
壁の小さな窓から漏れる月光が、赤い瞳を一層妖しく浮かび上がらせる。
「警戒は?」
リィナの問いに、レジスタンスの一人が耳打ちする。
「見張りは居ますが、数は少ない。夜勤の者だけです。」
その時、ライラが扉を指さす。
「……書類庫がある。
オルベールの部下が、重要書類を保管しているはずだ。」
リィナは無言で頷き、影のように歩を進める。
月光に照らされる赤い瞳は、標的を捉えて離さない。
書斎の扉の前。
リィナの手が軽く触れると、鍵は音もなく解かれる。
扉を押すと、香木と紙の匂いが漂った。
中には、オルベールの名入りの書類と、貴族らしい豪華な調度品。
シルフィが素早く周囲を警戒する。
「誰もいません。今がチャンスですよぉ」
リィナは書類を手に取り、中身を確認する。
「なるほど。……ウィザーの研究資金の流れも、奴らの策略も、全てここにある。」
指先でページをめくるたび、闇の魔力が微かに反応する。
リィナは書類を閉じ、闇に溶けるように姿を消す。
「情報は手に入った。あとはオルベールを消すだけね。」
雨に濡れた石畳が月光を反射し、建物の影は長く伸びる。
警戒の魔灯が淡く揺れ、屋敷の中には複数の武装した手下が巡回していた。
だが――
その警戒網に、”穴”が開く。
「……今の私は、闇を統べるものだ。」
音もなく、闇から闇へ――リィナが現れた。
次の瞬間。
「な――っ!?」
見張りの一人が声を上げる前に、
黒い剣閃が喉元で止まる。
「……終わりよ。」
鈍い音。
男はその場に崩れ落ちた。
異変に気づいた別の手下が振り向く。
「敵だ! 警――」
言葉は続かない。
影の中から、銀色の閃光。
「影が……通りますよぉ。」
シルフィの短剣が、武器を握る手を正確に叩き落とす。
怯んだ瞬間、背後から首筋に一撃。
「な、何が起きて――」
その続きが紡がれることは二度と無かった。
屋敷の中庭。
巡回していた者たちが次々と倒れていく。
逃げようとする者。
助けを呼ぼうとする者。
武器を構えて抵抗する者。
――すべて、同じ結末を迎えた。
「逃げ場はないわ。」
リィナの剣は、最短距離だけを描く。
殺気だけが先に届き、理解した時には、もう遅い。
数分後。
屋敷の警備は完全に沈黙した。
血の匂いと、恐怖の余韻だけが残る。
カイゼルが、空中で低く笑う。
「ふは……見事だな。
ここまで一方的だとは。」
「雑音は嫌いなの。」
リィナは淡々と答える。
「本命に、集中したいだけ。」
「オルベールはおそらくこの奥ですよぉ。残りの雑魚は私達に任せてくださいねぇ。」
シルフィが通路の奥を示しながら小さく呟く。
「分かったわ」
仲間と離れ、リィナはオルベールの下へ急ぐ。




