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Depend  作者: ホノユカ
Songs About Jane
9/26

Shiver

鮫島雪子は綺麗だ。


雪子と付き合い始めて3年が経った。今でも綺麗だと、そう思っている。僕とは到底釣り合わない。でも僕だってこの3年は頑張ってきた。それに世の中はそんなに苦しいだけじゃない事を知った。あの頃の弱い僕はもういなくなってしまったみたいで、思い返せば恥ずかしくなる。こんな事を思うなんて、まだ内面は変わりきっていないのかもしれないな。


雪子との3年間は本当に色々な事を体験した。全部が初めてだった。そんな日々はとても刺激的で、今までの僕の人生を否定するのには充分だった。なんていじけてつまらない人間だったんだろう。変われるならもっと早くから変わろうとすれば良かった。そうすれば雪子の前でちゃんと格好が良い男性になれていたかもしれない。今更悔やんでも仕方ないのは分かっている。


それでも、だ。

少なくとも「何もしてこなかった」訳じゃない。


仕事も投げ出さずに続けているし、雪子に合わせて無理もしてきた。自分の感情を押し殺して、雪子を尊重することが恋人の役目だと思い、それに従ってきた。昔の僕なら出来なかったかもしれない。だから、周囲から見比べられている瞬間があると、どうしても納得がいかず不安に駆られる。

努力してきた人間が認められないのは正直なところ不公平だろう?


それがほぼ毎回会うたびに感じるともなれば、精神衛生上に良くないのは当然だ。いじけているのではなく、正当に評価されていないと感じているだけだ。僕が愚痴を溢すのも、正当な権利として認めて欲しい。


…と、こんな愚痴を抱えているけれど、そう。これは全部僕の問題だ。少なくとも表面上は。僕が一人で劣等感を刺激されて、一人で悩み、一人で不満に思っている。雪子は、この件だけに関しては悪くない。


ただし、それは「この件だけ」に限った話だ。


雪子に不満がない訳じゃない。むしろ、はっきりとした不満はある。でも今はまだ伝えない。感情に任せてぶつけるほど、子どもじゃない。今まで喧嘩らしい喧嘩もせずにやってこれたんだ。今回も話し合いで解決すべきだろう。


踏み込む勇気が必要だと教えてくれたのは雪子だ。だったら、僕が踏み込むことを責められる筋合いはない。一歩でも起き踏み込んで話せばきっと分かるはずだ。分からない方がずれている。


まず、僕が不満に思っているのは、僕への対応が明らかに淡白になっていることだ。デートの回数は減り、毎日続いていた連絡も、今では週に2、3回。同じ職場にいるんだ。課が違うとはいえ、忙しさの程度は大体分かる。プライベートを削るほどじゃない。その言い訳は通らない。


それに『コウ』の存在。


僕と一緒にいても、コウから連絡が来ればそちらを優先する。まるで当然のように。僕との時間が「後回しにしてもいいもの」だと言われている気がしてならない。


はっきり言っておく。

『コウ』の名前が出るたびにイライラする。


それは独占欲とか、狭量さの問題じゃない。恋人という立場が軽んじられているからだ。その時の雪子が一番楽しそうなのも、余計に腹立たしい。その笑顔は、本来なら僕に向けられるべきものだろう。そう思うのは、恋人として自然な感情だ。


それでも今日は楽しむと決めていた。久々のデートだ。雪子が好きそうな店を選び、少し背伸びをしたホテルも予約した。出来る限りの準備をした。これは見返りを求めるためじゃない。ちゃんと向き合っているという意思表示だ。


実際、デートは楽しかった。会話もよく続いた。口下手だった僕が、ここまで話せるようになったのは明らかに成長だ。努力は、ちゃんと形になっている。少なくとも僕の中では。


そしてホテルへ。


僕が用意出来る精一杯だ。最高級じゃないが、高級だと言っていい部屋。夜景も、ベッドも、何もかも整っている。環境は完璧だ。あとは僕が雪子を抱くだけだった。


「ごめん。今日はそんな気分じゃないかな……」


その言葉を聞いた瞬間、頭の中で何かが切れた。


「今日は? 今日も、だろ?」


怒鳴ってしまった。でも、抑える理由が見つからなかった。これまで何度、同じやり取りをしてきただろう。いい加減、限界だった。


「最後にしたのは1年も前だ。僕から何度も誘って、その度に断られて……それって普通か? そんなに僕に抱かれたくないんだな!」


止まらなかった。でも、止める必要もないと思った。今まで我慢してきた分を、正直に吐き出しているだけだ。感情を隠し続ける方が、よほど不誠実だろう。無理をしないって条件を出したのはそもそも雪子だったはずだ。


「そうじゃないの…和彦にだけ抱かれるのが嫌な訳じゃなくて」


「知ってるよ」


分かっている。分かっているからこそ、余計に納得がいかない。


「セックスが気持ち悪いんだろ? 何度も聞いた。でも、それでも僕は合わせてきた。雪子を優先してきた。3年間だよ? 今日は付き合って3年目なんだ。特別な日くらい、僕の気持ちを優先してくれても良いんじゃないか?」


これは責めているんじゃない。正当な要求だ。恋人同士として、当たり前の話をしているだけだ。


雪子は俯いたまま、何も言わない。その沈黙が、答えだと分かってしまう。拒否だ。僕の存在より、自分の都合を選んだということだ。


「もういい。僕は帰る。いつもみたいに『コウ』にでも連絡すればいい」


最低な言葉だと分かっている。でも、嘘は言っていない。僕の中で積み重なってきた不満の、行き着く先がこれだっただけだ。


部屋を出る前、雪子が何か言った気がする。でも今は聞けなかった。聞いたところで、また僕が折れるだけだ。それはもうしたくない。


僕は間違っていない。

そう思わなければ、これまで我慢してきた自分を、否定することになる。


だから僕は、その場を離れた。

頭を冷やすためだ。

そして何より、自分を守るために。

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