Times Like These
最終話です。
鮫島雪子は消えた。
なら私はなんだろう。目の前には私だったものが相対している。宇宙を漂うのはこんな感じなのかもしれない。ただ宇宙のように暗闇ではなく、至る所に今までの私が映像のように流れて、そして消えていく。意識だけの私から記憶の私が分離していく。
消えていくだけではない。映像が消えたスペースを埋めるように新しい私の映像が流れていく。意識だけだった私が、次第に質量を感じ、違う私になっていく。
“さようなら”
声は出せないはずだけど、確かにそう聞こえた。
目を覚ましたのは、見知らぬ部屋だった。
「おはよう、良い夢だった?」
「…おはようございます。良い夢だった気がするけど、頭痛が酷すぎて最悪な気分ね…ああぁ…もう…」
悶絶したくなる頭痛に襲われて、苦悶の声が漏れる。
「いきなり二人分の記憶が入ってきたら、脳もびっくりするんじゃない?大丈夫、すぐに慣れるから」
だと良いのだけど。だけど、実際に“姉”の言う通り、頭痛はすぐに収まってくれた。それでも得意顔には腹が立つ。
そう。私は佐々木さんの“妹”になっている。つまり私も佐々木だ。事前に打ち合わせた通りだから戸惑いはないけれど、これからなんて呼ぶべきか少し悩む。
「お姉ちゃんで良いのに」
思考を読まれた。ここでもそれは続くのかと思うと、どうしようもなく気が重くなる。
「却下。恥ずかしくて呼べやしない…姉さんが妥協点かしら」
「私はなんて呼ぼうかな。“ゆきな”ちゃん?」
「ちゃんは絶対に無理」
私の新しい名前。佐々木幸和。一応、これでも“ゆきな”と読む。ゆきかずではない。立派な女性の名前だ。鮫島雪子が正当にも曲がりなりにも、どんな言い訳していても、愛した二人には違いない。せめて名前だけでも私の一部にしたかった。
「いやぁ…趣味の悪さにびっくりしちゃったよね。面白いから良いけど」
いちいち頭の中を覗かれるのは気が落ち着かない。これも受け入れられるようになるのだろうか。きっとなるんだろう。だから私はここにいる。
「それで。これからどうすれば良いの?」
「今日はお休み。私もやりたいことあるし。幸和もお出かけしてくれば良いよ」
どうにも“姉”が板に付いていて、少し悔しく思う。私は…これも受け入れるしかないけれど、何もかもが慣れず、妹として振る舞えない。
「だからお出かけしてきなよ。その顔で。その身体で。その心で。どうせなら、鮫島雪子の分まで、誰にも縛られない人生を謳歌してみなよ」
誰にも縛られない人生。きっとそれは一筋縄でいくような類の人生じゃない。何かに依存して、誰かに依存されて、流されるままに生きられれば楽かもしれない。
鮫島雪子は消えた。依存して依存されて、愛のために消えていった。
だから新しい私はどうする。また同じような轍を歩むのだろうか。“そこそこ”の人生を、今度こそ目指してみても良いかもしれない。いつか愛して、愛されて、依存して、依存されるかも。悩んで苦しんで、でも楽しいこともあるのかもしれない。今からいくら考えても答えはない。けれどそれでいい。そうであって欲しい。
私はようやく人生の最初の一歩を踏み出した。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
拙い箇所は幾らでもあるかと思います。
この作品はそれで良いのです。
初期衝動で作られた名盤用に、未完成だけど気持ちで押し通したい。
そんな思いで書かせていただきました。
良かったら感想教えてください。辛辣でも短文でも一言でも。
誰かの心の一部になれたら。




