Something in the way
鮫島雪子は顔を手で隠す。
そうでもしないと涙が流れそうになるから。人生の最後に愛せたと思えた彼は、私がいれば不幸になる運命にいる。私の人生に意味はないと死を選びたい。だけど、それさえ許されずにいる。
「まぁまぁ。そんな悲観的にならなくても。元より既に別れていたんだし」
頬を思いっきり叩きつけてやりたい衝動に駆られるが、なんとか堪える。佐々木さんの不興を買う訳にはいかない。私が生きるという術を失うことは和彦さんを殺すことに繋がる。それだけは避けたい。
「それが良いですよー。これでも滅多なことでは怒りませんが、私の機嫌を損ねないように一生懸命頑張ってくださいね」
「…それで一緒に働くというのは、何をすれば良いの?」
働くということを後ろ向きにでも目指せば、どういう仕事なのかは気になる。こんな超常現象の塊みたいなのと、どう働けば良いのだろうか。
「そういえば説明を忘れてましたか。でも私と一緒に働くんですよ?何するかわかりません?本当に?」
「もしかして…ここで?」
指を鳴らして私を指差す。当たっているということだ。それにしても、佐々木さんの見た目は20代後半の女性。その割には古臭いジェスチャーを何度も繰り返す。これも私への挑発なのだろうかと真面目に考えている。大袈裟ではなく気を抜ける瞬間がない。
「でも、バーテンダーなんてやった時もないのに。それにお酒も知らないし。向いてないんじゃないかしら」
「技術も知識も働いていればそのうち付きますよ。大切なのはお客様の相手をちゃんと適切にしてもらえるか」
“適切”とはなんだろう。普通に相手をするのとは違うのだろうか。考えるにはまだ材料が少ない。
「おっとっと、これはそんな本気で考えないで良いですよ。これでも繁盛しちゃってまして。うちの名前、Dependっていうのですけど、依存って意味なんですよね。でですね、本当は強い依存を抱えてる人だけが来るお店だったんですが、なぜか繁盛しちゃいました」
言われてみれば、気持ちを曲にしてくれるなんてシステム。聞いたこともないし、もっと話題になってもおかしくない。というよりも、話題にならないのはおかしいかも。
「なるほど…言葉の通りに依存を抱えてる人だけが“来れる”ってことね」
「なんとなく私との付き合い方も慣れてきたみたいですねー。嬉しい限りです、ふふ」
理屈は分からないけれど、そうなっているんだろう。佐々木さんの場合はそれも加味して考えるべき。でも、依存がある人しか来れないはずなのに、混んでしまっている。今の世の中は、何かしらを心に抱えてる人が多いのかも。…私も人のこと言えないか。
「正直に言いますと、人手不足なんですよ。私一人じゃあ、全てのお客様に対応するのはとても大変で大変で。良い人いないかなーって、こっそり探してたんですよー」
「未来も分かっているんでしょう?こうなるってことくらい、分かっていたんじゃない?」
「全部知っちゃってたら、何も面白味がないじゃないですか。内容知ってる映画や本を心から楽しめます?」
それはまぁ。そこそこには楽しめると思う。けど、やはり初めの感動には敵わないか。…いつの間にか冷静に考えている。佐々木さんのペースに乗せられているのもあるけど…薄情だな、私は。
「ということで、あまり先のことは見ないようにしてるんですよ。こうやって交渉材料に使うのも、普段はしませんし」
それは信用出来る気がする。
「それで、どうせならお客様の依存しちゃってるような大きな感情を受け入れることが出来て、そこから更に気持ちよく増幅させられるような人を求めてました…おやおや。まるで鮫島さんの天職じゃないですか!」
すぐに心当たりに思い当たり、つい顔を手で隠す。今度は涙は出ないが、代わりに力なく溜息が漏れる。
「…確かに滝上幸も和彦さんもそうよね」
「お二人とも貴女に強く依存していましたね。それに鮫島さんも二人の依存を受け入れちゃってるから、人格乖離なんて起きちゃいましたし」
「そこ。そこなんだけど、本当に私で良いの?またおかしくなってしまうかもしれない。リスクが高くない?」
「そこは適切に対応してもらって。むしろそうなった方が私的には面白そうで、今からワクワクしちゃいますよ」
結局は佐々木さんが楽しみたいから。それが全てに勝るのはもう知っている。
「でも私、接客すらやったことないし、それにバーテンダーの人って綺麗な人がやるものでしょ?それが恥ずかしいというか、場違いなんじゃ…」
「それあまり言わない方が良いですよ?謙遜も行き過ぎると嫌味ですからね。そう教育されたから仕方ないのは知ってますが、鮫島さんはとてもお綺麗ですよ、本当に」
いつの間にか鏡が目の前に置かれている。見えるのはいつもの顔。いや、とても疲れてる顔だ。目の下の隈が特に酷く、一段と窪んでいるように見せる。頭蓋骨を思わせる不吉な顔。綺麗と言われてること自体が嫌味じゃないかと思う。
「面倒ですねー。では目を瞑って、自分が1番だったって時の顔を思い浮かべてください」
素直に目を瞑る。言われるがままに想像してみるが、自分が1番と思っていた顔を想像するのが少しむず痒く恥ずかしい。しかもこの思考は見られているのも知っている為、辱めを受けている気分になる。
突然、パチンと指が弾かれる音が響く。今度は何があったのか不安になる。この音が鳴ると碌なことになっていない。逆らいようもない現状にげんなりしながら、言われた通りに目を瞑り、待ち続けることにした。
あと2話で完結です。(あとでエピローグを作るかもですが)
あと少し。最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。




