Bullet With Butterfly Wings
「やめて!」
私は堪らずに叫んだ。モニターに映っていた映像が消え、暗闇だけが残る。動悸が治らず、呼吸がままならない。佐々木さんが私の目の前に水を置き、ゆっくりと話し始める。
「と、鮫島さんが死ぬことでこんな感じの未来が待っているんです。私はこれを鮫島さんが望んでいるとは、ちょっと思えないんですよねぇ」
今までと違い、優しく語りかけてくる。
「さすがの鮫島さんでも、今は深く考えられないと思いますので、まずはゆっくりと呼吸を整えてください。落ち着いたら、その水を飲んでくださいね」
言われるがままに、今は呼吸を整える。それしか出来ない。早く浅い呼吸が徐々に深く長く吸えるようになる。充分に動悸が静まりだしたところで、一気に水を飲み干す。喉に突っかかり盛大にむせ込むことになったが、却って一息で呼吸を取り戻すきっかけにもなった。
「…確認だけど、これは絶対に起きる話なの?」
「何度繰り返しても寸分の狂いもなく決まっています」
どんなに性格が悪くても嘘は言わないだろう。いや、言っているかもしれないけど、それは確認しようがない。なら可能性は無視して信じるしかない。余計な押し問答は私を焦らせるだけで、碌なことにならない。なら出来る限り単純にいく。
佐々木さんは私の存在を消すことを“優しさ”と表現した。なら私が望まない形にはならない、はず。私が望んでいたことは“和彦さんへの謝罪”だけど、それは出来ないことと決められた。だからその線を考える必要はない。今の私の願いは“和彦さんが死なないこと”。彼には死んで欲しくない。しかも私なんかの為に自殺なんて…。
「…“私”が全てこの世界から無くなれば、和彦さんは死ぬことはない…?」
「うんうん。さて、それは何故です?」
「何故って…私の存在の痕跡がないということは、つまり私がいない世界で、当たり前だけど和彦さんと私が出会うこともなかった。そうすれば彼が誰かを想って殺すことも死ぬこともなかった、そういうことでしょう?」
「んー概ねそんな流れですけど、もう一つ欲しいですね。例えば記憶を消さないで鮫島さんが生きた場合。何故それをしないと思います?」
それは…なんで?こっちが聞きたいことでしょう?
「それはちょっとした就職試験とでも思ってください。一緒に働くことに値するのか、その確認です」
佐々木さんが眼鏡をクイッと上げる。面接官の真似事だとは思うけれど、リアルの生死に関わる圧迫面接なんて死んでも受けたくない。死ぬって選択は奪われた訳ではあるけれど。
いつの間にか立場が逆転していた。体感で数分までは“働かずに死ぬ”しか選択する気がなかった。今は“生きて働く”しか選択がない。佐々木さんの手の中で無様に踊っている。それでも、どれだけ無様でも辱めを受けても、私は私の価値を認めさせなければいけなくなっていた。
「…想像しか出来ないけれど、私が生きて存在もそのままの場合。あれだけ刺された上で生きてるなんてあり得ないって思うけど…だからこそでしょうね。生きただけ。無事なはずがない。何らかの後遺症は残るでしょうし、それで一緒に働くのは無理が出る」
言い終わり、佐々木さんを見る。今の推測が合っているのか確認したいが、すっと手の平を私に向け、にこっと笑いかけられる。”もっと“ということだ。
「…それで。…私が死んだと思った和彦さんは滝上幸を殺してしまう…?そしたら、和彦さんはどうする。きっと、さっきと同じように私を抱きしめる。その時に私が生きていると知る。願い通り、私に謝る。よって私を追って死ぬことはない。私が生きているのだから」
思考と場面が繋がり、つらつらと言葉が口を衝いて出てくる。想像でしかない。だけど真実として確信している。起こり得るだろう予測が頭の中を駆け巡り、結果がどうなるかを次々と示す。
「もちろん人を殺した彼は殺人の罪を負う。情状酌量とか詳しくは知らない。けれど手放しで幸せになれる可能性はない。私の存在が縛りになるから」
「驚きました。まるで見てきたかのようです。そう、彼は死なないけれど、同時に幸せの道を閉ざされる」
それはつまり。私は和彦さんを生かす事も殺す事も、幸せを作る事も出来る。だけど。
「私が存在する限り和彦さんの安寧はない」
完結まであと少し。
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