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Depend  作者: ホノユカ
Grunge
22/24

Fell On Black Days

「和彦さん!?」


見間違うはずもない。モニターに映っているのは西嶋和彦だ。なぜ私の部屋にいるのか、何が起きてるのか想像もつかない。


「この人が来ちゃうのは意外でした?でも、鮫島さんが呼んでるんですよ、ほら。あれ?もしかして、この時の記憶は残ってない感じでしたか」


モニターが遡り、今度は私と滝上幸がいるバーに場面が飛ぶ。


「ほら、ここ!良く見てください、スマホをポチポチしてるでしょう?これ、この人に”助けて”ってメールしてるんです、しかもコイツの画像付きで」


そう言って滝上幸を指差し、演技と丸わかりのジェスチャーで怒った振りをする佐々木さん。そんなこと言われても記憶がない。スマホに履歴が、と思い付くも肝心のスマホがない。


「なんで送ったか、それを鮫島さんが知る術はないです。私は知っていますけど、教える義理も今はないですし。ただ、鮫島さんが助けを求めたから彼はここに来た。それは確かですよ」


知る術がない、というからには私が自力でそこに辿り着くのは無理なのだろう。だからと言って、そう理性が正常に働いて、「はいそうですか」と言うことを聞くとは限らない。現に今、様々な“何故”が単細胞の分裂を繰り返すように増殖し、それが再び“何故”を広げていく。


「それで相談ですけど、もし私と一緒に働くとして。そうなった場合には鮫島雪子という存在を、世界中の全てから抹消します。簡単に言えば、誰も貴女の事を覚えていないし、生きた記録も消えます」


私の記憶がどうなろうとも、私はここで死ぬ。関係しない事には交渉にもならない。だから今はこの意味のない条件提示は雑音にしか聞こえず、黙れと内心で罵る。


「やっと取り乱してくれましたね、ふふ。けれどこれは私なりの優しさだと思ってください。鮫島さんを守るためになんて都合の良い事は言いませんが、この条件の意味、鮫島さんなら分かってくれると信じていますからね」


それでは、と佐々木さんが指を鳴らす。モニター映像がぐちゃぐちゃに入れ替わり続けたかと思うと、外を走っているような人物の視点に切り替わる。


“なんだよ、なんだよ、なんだよ”


何度も聞いた声がスピーカーから聞こえてくる。和彦さんの声だ。この道は私の家の方に向かっているのが分かる。


「いやですね、彼、私のお店にも来たんですよ。それはもうすごい剣幕で。それで“サチさんは雪子はどこにいる!”なんて凄むものですから、私もたじたじになっちゃってー。つい、家に行くって言ってましたって、教えてしまったんですよね」


と佐々木さんが舌を出して手を合わせている。どうでも良い。


やがて和彦さんは私の家に着いた。道中はずっと私への謝罪ばかりを念仏のように唱えて。アパート前に着くとしばらく動かないでいる。感情は聞こえない。心臓の音が大きくなっていくのが画面を通して伝わってくる。


意を決したのか、再び走り出し、一気に階段を駆け上がる。私の部屋の前に着くと、そのままドアを開こうとするが空振り、体勢が崩れて勢い良く転ぶ。訳も分からず戸惑っているのか視点があちこちに向かう。本来ドアに着いてるはずのドアノブがそこになく、困惑がありありと伝わってくる。


「だって軽く引っ張ったら抜けちゃったんですよ…そもそも!女性の一人暮らしでー」


何やら喚いているがどうでも良い。モニターにしか今は目がいかない。今はどんな状況だ。和彦さんも只事ではない事を感じたのか、静かにそっとドアを引っ張り中に入る。


玄関に入ると、何かに気付いたのか、ビクッと肩が上がる。視界にはまだ何も映らない。慎重にゆっくりと部屋に進んでいく。


リビングに辿り着く前には誰かがいるのが見えてくる。もちろん、そこにいるのは幸だ。そして床一面が血で赤く染まっている。それはもちろん、私だ。どう見ても死んでいるのは一目で分かる。自分が死んでいる姿を見て、つい口を手で押さえるが、目はモニターから外せない。


和彦さんの目線が滝上幸に戻る。滝上幸が油の切れた機械のように、ぎこちなく首を動かし、和彦さんに目を向ける。目が黒く染まり、真っ赤に染まった服が異様を物語っている。


“ぁわあぁああああ“


和彦さんが叫び、滝上幸に向かって駆け出す。止まらずにぶつかり合う二人。滝上幸は女性でも小振りの部類。男性からの本気の体当たりをまともに受けて、勢いよく壁にぶつかり、跳ね返る。立つ事さえできず、それでも本能で逃げようとしているのか、ゴキブリが這って逃げ惑うように手足をばたつかせている。


和彦さんが落ちている包丁を掴み、滝上幸に近づいていく。


「…駄目」


私の口から声が漏れるが、モニターの先に届く事はない。そのままもがいている滝上幸の背に乗り、包丁を振り落とす。滝上幸が一瞬だけ跳ね上がるが、更に和彦さんが包丁を振り下ろす。何度も続けて。滝上幸が私にしたように何度も。


「…やめてよ、お願い。やめて…」


私は懇願した。誰に。佐々木さんに。和彦さんに。届く事はない。それでも懇願しか出来ない。佐々木さんは何も言わない。


何度刺したか分からない。滝上幸はぴくりともせずにいる。絶命しているのは確実だ。和彦さんは立ち上がり、床に倒れている私を起こし、抱きしめた。泣いている。“ごめんなさいごめんなさいごめんなさい”と繰り返す震えた声。私も涙が溢れる。それでもモニターを見続ける。


“…僕は君に謝らないと”


そう最後に囁く。和彦さんは立ち上がり、包丁を構える。自分に向けて。心臓が高鳴っている。そして包丁が振り下ろされた。


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