Nutshell
「それで」
パンと一度だけ手を叩いた音が鳴り、意識が強制的に佐々木さんへ戻る。
「本題ですが、鮫島さんは死ぬ間際に“まだ生きたい”と思いましたよね?だからこの場にいる訳ですが。その動機はなぜ?」
頭の中を読めるのだから、本来ならこんな事を聞く必要もなく、佐々木さんが既に知っているのは明らかだろう。つまり私に言わせたいのだ。本当に性格が悪い、この神様もどきは。
「…最後に和彦さんの顔を見たら、愛していたんだなぁって実感しちゃったの。最後に気付くなんて悔しくて。それに謝りたいな」
「謝りたい。浮気しちゃうような男に?それは少し卑屈じゃないです?」
「そこまで追い込んだのは私。それは言い訳のしようもないもの」
「優しいですね」
言葉にすれば想いが強くなる。それが怖くて黙っていたのを見透かされていた。冷静に努めることで気持ちを抑えていたのにそれも無駄になる。何もかもが自分のためだ。それを“優しい”。本当に性格が悪い。
「やだな、穿ち過ぎですよ、ふふ」
どこまでも演技臭い。あえての三文芝居なのか、本当に芝居が出来ないのか。…前者の一択しかない。そう捉えればかなりの演技派とも言える。
「鮫島さんは余裕ですね。もっと“あのあとどうなったんだー!”とか“ここはどこなんだー!”とか欲しいです。演技でも良いので取り乱しません?」
「知りたいけど、聞いても素直に教えてくれなさそう」
「あーひどい。心外ですね。ふふ」
あの後どうなったのかは知りたいって気持ちは多少ある。けれどあくまで多少で、結末は割とどうでも良いとも思っている。こんな神様もどきと駆け引きをして得るには割が合わない。そもそもどうしたいのだろうか。
「でも、そうかー。んー、でも、それは諦めてもらうしかないかもです」
「それ?」
「だからその、彼に謝りたいってことをです」
痛いところを突かれた。この佐々木さんだったらもしかしたら、と淡い期待をしていた事を読まれていた。私が生を望んだ理由なのだから、ここを突くのは佐々木さんなら当然だ。
「…一言、一言だけ彼に謝る。それは全能の佐々木さんでも難しいという事?」
「んー私の個人的なルールと、私の今回の狙いと噛み合わないんですよねー。だから、出来ないってよりやりたくない、って事になりますね」
とりつく島もなく、使い慣れない浅い挑発も無駄に終わる。しかし、やりたくないだけで、出来る事は知れた。あとは交渉し
「ごめんなさい。希望を持たせるのも酷なのではっきり言いますが、私がやりたくないと言った事は覆りません。それは絶対です」
今までとは違い言葉に圧を感じる。息が出来ないほどに空気が張り詰めていく。その絶対的な言葉に怯み、これ以上しがみつく事は出来ない事を知る。
「分かってくれる人で良かったです、ふふ。ただ、納得も難しいでしょうし、私のルールと狙いは教えますね」
ふっ、と張り詰めた空気が解ける。私は思い違いをしていた。対等ではないが、交渉の余地はあると。そんな事はなかった。気分で生かされているだけ。私に出来るのは、精々渡された選択肢を選ぶのみ。
「私は今回の件で決めている事があるんですよ。運命を捻じ曲げるのは一人だけ。理由がちゃんとあるんです。一人の運命を変えちゃえば結局は他も変わっちゃうので、あんまり弄り回すのはちょっと…」
映画で使い古された事象。確か”バタフライエフェクト“という言葉。現実では観測しようもないけれど、本当に起こることなの?
「それそれ、よくご存知ですね。最後にOasisの曲が流れるところは最高に粋でしたよねぇ。名作です…と。なので今回は鮫島さんの運命をちょちょいと曲げて、死から逃そうって考えています」
「…どうして私に?」
「滝上さんのあの狂いっぷりは観察してて面白いと思いますが、飽きも早そうですよね。それにあの人。鮫島さんを刺し殺した後、死ぬのが怖くなっちゃって。全く失礼な人ですよ」
頭を抱える。あの瞬間、確かに愛を受け入れたと実感したのに、まさかの勘違いだったとは。
「その点、鮫島さんは立派でした。ちゃんと受け入れましたからね。正しい狂気です。それに、一緒に働くなら真面目な人が良いですし」
「はたらく?」
「はい、鮫島さんとなら一緒に働きたいなって、直感で思いました。言っておきますが、本気ですよ」
本気という言葉を聞き、つい身構える。先ほどの圧力は恐怖そのものだった。
「大丈夫です。私が本気で働きたいと思っているだけで、ここは鮫島さんの意思を尊重します。ですが一緒に働いてもらえない場合は、このまま死んでもらうことになるので…出来れば熟慮して欲しいなぁと思いますよ」
考えるまでもなかった。このまま死ねるなら、それに越した事はない。目的が叶わないなら生きる意味もない。でも、また殺されるっていうのも怖くはある。
「…苦しまずに殺してもらえる?」
「ふふ。実はですね、ここはもう”あの世“なんです。まだ死んでないだけ。んー、確認してもらう方が分かりやすいかもですね」
佐々木さんが指を鳴らすと、カウンターの上にモニターが現れる。そこに映っているのは私の部屋。それに倒れている私と滝上幸。
「これはライブ映像で、一時停止中です」
ライブなのに一時停止とは?と疑問には思うけれど、なるほど。意味は通じた。この出来事はまだ過去になっていないのだ。
「このまま再生すれば3秒くらいで鮫島さんは死にます。もう苦しみもなかったと思いますので、楽に死ぬ事は出来ます」
「それなら、このまま…」
「だと思います。鮫島さんならそう選ぶだろうなって私も思いました。けど、これを観たらどうなりますかねー」
佐々木さんがそう言うと、モニターが早送りされていく。そしてある時点で画面が止まる。
そこに映されたのは和彦さんだった。
確実に終幕に向かっています。
複雑に過去と未来が繋がって来ています。
見直すと面白い発見があるかもしれません。
今回も読んでいただきありがとうございます。




