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Depend  作者: ホノユカ
Songs About Jane <西嶋和幸>
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This Love

予定ではMaroon5の「She will be loved」にするつもりでしたが、予想以上に文字数が多くなり、一曲分では終わらなかった為、同じアルバム収録の「This Love」にしました。

2025/08/20 誤字脱字の修正、影響がない程度の微小な展開の修正、文章構成の修正を行いました。

鮫島雪子は綺麗だ。


彼女は自分のことをそこそこで十分なんて言うけれど、僕はずっと彼女の事を綺麗だと思っていた。鮫島さんは綺麗だ。客観的に見ても十分に綺麗な部類だろう。そんな彼女からまさか食事に誘われるなんて。西嶋和幸33歳。年齢と彼女なし期間が一緒の僕は、この千載一遇のチャンスを絶対に逃したくはなかった。


僕と鮫島さんは同じ会社で働いている。とは言っても、立場も違えば部署も違う。本当なら縁もない。正直に言えば、僕は彼女を知っていた。仕事も卒なくこなして、評判もすこぶる良い。そして美人。中途採用とは言え、そんな新人が噂にならない訳がない。だからこそ僕に縁があるとは思えなかった。高嶺の花に手を出す雑草はいないだろう?


転機は社内パーティーだった。僕は一応ながらも係長という肩書きがある。ただ年齢に従って順番が回ってきただけだけど、この会社で役職を持てたのは僕の誇りだ。同時にここが僕の最高キャリアだ。これ以上はない。


そんな係長な僕の役割はパーティー会場の設営の取り仕切り。知らない若手の子達に指示を出しながら、滞りなく準備を進めていく。出来る気がしない。僕は仕事が出来ない訳ではない、とは思う。自信はないけど。はっきり言って僕は暗い。知らない20代の子達に指示を出すって、それだけで僕には無理難題に思える。そこにとびきり美人の鮫島雪子が加われば、しどろもどろになってしまうのを責める人はいないだろう。いや、部長と課長が責めてくる。なんで僕が係長なんだろうか。係長の誇り?そんなのないよ。


とはいえだ。仕事はきっちりこなす。それが僕の矜持だ。いつも通り自分の出来ること、出来ないことを仕分けしながら、丁寧に指示を出す。今の若い子は扱いが難しいって言われるけど、話してみれば普通の子だったりもする。僕が心配してたよりもずっと簡単に設営が進んでいく。それに鮫島さんの何気ないフォロー。男の僕じゃ気が付けない様な所にまでしっかり気を配ってくれて、本当に助かった。自分でも気持ち悪いと思うけど、こんな美人と仕事する機会なんてないからつい胸が高鳴ってしまう。動悸と言っても差し支えないと思う。我ながら本当に情けない。


そんなこんなでパーティーも終わり、今度は片付け時間。今度は時間に追われる事もない。ゆっくりと今度観に行く予定の映画に胸を馳せる。こう見えて僕は大の映画好きだ。特に今回観るのはシリーズの最終。嫌でも気合いが入る。嫌じゃないけど。そんな下らない事を考えながら片付けも終盤、どうも若手社員で打ち上げをしないかという話題になっている。本当に嬉しい事に、なんと僕にも声が掛かった。でも僕は一応係長、こんなんでも上司なんだ。そんな僕が行ったら気不味いのではないだろうか。それに今の若い子は飲み会は苦手っていうじゃないか。無理せず帰った方が良い。だから上司の僕が率先して帰る意思をみせないと。多分お金多く出さなきゃだし。飲みサークルみたいな空気になったらきっと僕は生きていられない。


「私も参加して良いのかな?」


僕よりも先に鮫島さんが答えていた。鮫島さんは参加するらしい。そうか、鮫島さんは参加するのか。よく考えてみれば、一緒に働いた仲だし、最後の締めは上司としてちゃんとしないとだよね。これはやっぱ参加するべきだ。何があろうが参加しなければならない。人間としての誇り?あるかそんなもん。


飲み会の場で僕は空気だった。当たり前だ。10個以上離れてる子がほとんどだ。共通の話題もなければ、楽しませる話術もない。端っこの席でみんなの邪魔にならないようにチビチビとお酒を飲む。どうせ多く払うのだ。少しでも飲んでおかないと損した気分になる。残念な事にお酒は好きでもないけど。


意外だったのは鮫島さんもほとんど空気だった事だ。こんな華やかな人なのに、なんでか存在感がない。どうにも目立つのが苦手なのかもしれない。気が付けばどんどん端に追いやられ、遂には誰も座っていなかった僕の目の前に座る。少し気不味いが多分気のせいだ。


「楽しまれてますか?」


不意にそう聞かれ、僕は頷く。楽しんでる?この状況を見て楽しんでるように見えるだろうか。ただ1人で黙々とチビチビと飲食してるだけだ。あれ?誠に遺憾だけど意外と悪くない気がした。


「準備の時から気になっていたんですが、その胸のペンって、今度やる映画のですよね?」


再び僕は頷く。本当は話したいよ。話したいけど言葉が出ないんだ。仕事でギリギリなら、仕事外で話せる訳がない。心臓が持たない。


「結構長いシリーズ物でしたよね、たしか。何度かチャレンジしようかなとは思っているんですけど、順番もあるみたいで何処から観たら良いか分からないんですよね。お勧めあります?」


三度僕は頷く。いや答えになってない。これはしっかり答えなくてはいけない。勇気を出す時だ。頑張る時だぞ、和幸。


「…ストーリーは1から観たほうが、良いかもしれないですけど、僕としては4、5、6って公開と同じ順番で観た方が楽しめる、様な気が…」


つっかえながらだけど言い切った。最後は何て言ってるか自分でも分からないけど、とにかく頑張った。


「やっぱりその順番が良いんですね。映画の予告観て凄く気になってたんですよ。早速明日から順番に観てみます」


話し方が落ち着いているのが、それだけで癒される。20代の勢いに気圧されてたし、落ち着きある空間を求めてた。ここが楽園だったか。


「さ、鮫島さんは、その、楽しんでいます?」


勇気を出し過ぎだ和幸。確かにここは楽園だ。けど、調子に乗れば一気に地獄になる。今までを忘れたか和幸。


「やっぱり若い子の話題に入ってくのは難しいですね。会話のテンポが早くて」


楽しめていないのだろうか。それに若いって、鮫島さんも十分に若い部類に入ってそうだけど。


「だからのんびり出来る方が良いかなって、それとなくこっちに移動してきましたが、もしかして迷惑だったでしょうか?」


全力で首を振る。迷惑だなんてとんでもない!こっちは楽園だー、何て舞い上がってるくらいなのに。


「それならここは30過ぎ同士でのんびり楽しみませんか?もっと映画の話も聞きたいですし」


「あ、映画の話なら、僕も…。え、さんじゅ?」


は?30過ぎてるの?この見た目で?嘘だぁ…。っていうかこの反応は失礼だよなぁ…やっちまったよなぁ…。


「ご、いえ、失礼しま、その、もっと若いと、勝手に、思ってて。その、失礼なこと言ってしまいました」


なんとか取り繕うと思ったけど焦りで上手く喋れない。本当にこういう所が駄目なんだよ和幸。係長だろ、もっと頑張れよ和幸。なりたくてなった訳じゃないけどさ。


「私が?いやいや、若いって言われるのは嘘でも嬉しいですけど、流石にちょっと無理がありますよ。私、西嶋さんとそう変わらないですし、多分ですが」


「ええぇ…嘘だぁ…」


つい言葉が漏れてしまった。和幸、お前、残念がすぎるぞ。


「す、すいません。その、女性の年齢とか、そのよく分からなくて」


「謝られることないですよ。男性の方だと確かに難しいかもしれませんし、それが普通だと思いますよ」


優しい。こういうフォロー、本当に嬉しい。それに綺麗な人から普通って言ってもらえるの嬉しい。だけど勘違いするな。和彦、お前は下の下の下、いや下の中くらいにしておこう。高の部類に入る人と可能性を考えるな。お前に可能性なぞある訳ないんだ。


「他に映画のお勧めってありますか。私も結構観てる方だと思うんですけど、あまりSF系は知らなくて」


「SFだったら、ちょっと昔に流行った、重力の映画、知ってますか…?僕はああいう宇宙っぽいのが好きで、そういうので良かったら…」


それからは話が弾んで、という事はなかったけど、僕なりに自然に話せたと思う。オタクを出し過ぎて早口にならないように気を付けながらだけど。鮫島さんも映画好きみたいで詳しくて。でも聞き上手で。楽しかった。人と話して楽しいなんて何年振りだろうか。


でも長続きはしなかった。トイレに行った戻り途中で聞こえてしまった。


「西嶋さん、少し独特っていうか、ちょっと面倒じゃない?」


「鮫島さんを見る目、言っちゃ悪いけど、ベトっとしてない。鮫島さん大丈夫?」


うん、これが現実だ。僕の日常。自分でも気持ち悪いって思ってるしな。30年以上こんなんだし、今更ショックなんて受けようもない。でもベトっと見てたつもりもないし、そもそも直視なんて出来ないし。そりゃ楽しいって思ってしまったけど。…泣きたくなる。ショック?当たり前だよ…。


「大丈夫ですよ。きっと照れ屋さんなだけじゃないですかね?すごく優しい人だと思いますけど。…ちょっと私もお手洗いに行ってきます」


という声が聞こえてすぐに個室の襖が開いて、隣で立っていた僕と鮫島さんの目が合った。気不味い。


「…聞こえてました?」


僕は頷く。四度目だ。でも今は声を出せる気がしない。先まであんな心が弾んでたのにな。このギャップは厳しい。でもやる事はやらなきゃ。


「鮫島さん、僕はこれで失礼しますので、これ皆さんに渡してください」


そう言って2万円を差し出す。相場は分かんないけど、少ないって事はないだろう。


「そうですか。ちょっと待ってもらって良いですか?」


そう言ってお金を受け取り、鮫島さんは再び個室へ戻っていく。


「ごめんなさい、西嶋さん体調が優れないらしくてこれで帰るみたいです。あと、これ西嶋さんから“遠慮なく楽しんでください”との事です。それでは私もこれで失礼します」


と、早口で捲し立てるように、でも淡々とした口調の鮫島さんの声が聞こえた。ここでもフォローがある。やっぱ泣きそうだ。


「お待たせしてすいません。では帰りましょう」


そう言ってスタスタと歩いて行く鮫島さん。慌てて追いかける僕。追いついたは良いけど無言のまま。こういう時に冗談の一つでも言えれば良いんだろうけど、生憎、僕にはそういう機能は付いていない。それに彼女がいない人生を歩んできた僕にもこれぐらいは分かる。


「さ、鮫島さん、その、なにか、お、怒ってます、よね?」


だって目付きが怖いし。さっき迄の凛々しいけど柔らかい感じとは違う。こう眉間に力が入っちゃてる感じ。これを怒りと言わずになんというか。


「ええ。そうですね。ちょっと怒ってるかもしれませんね」


言い方も怖いし。ちょっとではないよね絶対。


「だって失礼じゃないですか、あの子達。大して話した事もない人をいなくなった途端に笑い者にして。それに、今日の西嶋さんの仕事ぶりはとても馬鹿にされて良いものじゃないと思います。正直に言えば指示は行き届いてはいなかったかもしれないですけど、その分を自分で動いてしっかりカバーしてたじゃないですか。今日は西嶋さんがいたから上手く出来たっていうのに、よりもよってその人を馬鹿にするなんて」


「ご、ごめんなさい。ちょっと。ちょっとストップしましょう」


「…はい」


吃驚した。鮫島さんはもう少しクールな人だと思ってた。こんな感情を出す人でもあるんだ。それに、気のせいでなければ、僕の為に怒ってくれている。


「すいません。少し熱くなりました。ああいうのは昔から嫌いで、つい。それに勝手に仕事の内容で失礼な事を言ってしまいました。本当にすみませんでした」


「え、失礼な事ありました?褒められてる気がして嬉しかったんですが…あれ?」


「指示がって件、とても失礼だったと思うんですが」


「いや、それは自分が1番分かっていますので。昔から人に何か頼むのって苦手でして。それに今日、僕が仮にちゃんと仕事出来てたとしたら、それは鮫島さんがしっかりフォローしてくれたお陰です。本当に助かりました。ありがとうございます」


「いや、私は私が出来る事をしただけですから。今日の立役者は間違いなく西嶋さんです。ありがとうございました。でも、そうですね。仕事のお話はここまでにしましょうか」


うん、さっき迄の鮫島さんに戻ってくれた。怒ってる姿も綺麗だけど、こっちの方がやっぱり良い。


「不躾な質問ですが、西嶋さんは悔しくはないんですか?」


いやいや、悔しいに決まってます。でも、実際は僕が僕を気持ち悪いと思ってるから、言われても当然なんだと知っている。だけどやっぱり、人に言われるのは少し辛い。だけど。


「そうですね、やっぱ辛いです。けど、言い返して、喧嘩みたいになったり、変な空気にしてしまうのも、その、それも苦手で」


変な自虐を言っても、鮫島さんを困らせてしまうだけなのは想像出来る。だったら余計な事は言わずにいよう。


「西嶋さんは優しいですね。けど、少し優し過ぎるかもしれません」


「はは…ありがとうございます」


正直に思う。鮫島さんとこうやって2人で話をする機会をもらえたんだ。僕の事を気持ち悪いって言ってくれてありがとう。色んな意味を込めて君達の事は忘れないよ。何もしないけど。


「もう一つ、これも不躾な質問ですが、この後はご予定はありますか?もしなければ、お茶でも飲みながらもう少しお話ししませんか。映画の話も途中でしたし」


ん?予定ね。明日は休みだし、夜通し映画を観ようと気合い入れてた気がする。なかなかなか時間取れなくて、結構観たいのが貯まってたし、折角サブスクリプションでお金も払ってるんだし、観なきゃ勿体無い。違う。そういう事じゃない。そういう事じゃないだろ和幸。これからお茶しませんか、だよ。考えろ。こう見えてこっそり壺を持ってるかもしれないぞ。騙されるな。お前はお茶に誘われる奴じゃない。知ってるだろ?よし、断れ。断るんだ。無理か。断る方法も知らない。それにこう言われてまで卑下してるのもどうなの。脳内和幸、ちょっと黙ってろ。


「あの、予定があれば無理には」


「行きます!大丈です予定なんてないです!」


どうどう、ちょっと勢い付き過ぎちゃったな。ほら落ち着け。でも良くやった。ちょっと吃驚させちゃってるけど、微かに笑ってるんじゃない?いや笑われてるんじゃないか?どっちでも良いか。笑ってれば何でも。


「で、でもですね。僕、人と話すのが苦手で、こういう時どこ行ったら良いのか分からなくて、その」


「でしたら駅前のコーヒーショップなんてどうですか?あそこなら時間も気にしなくて良いですし。あ、お酒とかの方が良いですか?」


「いや、お酒はちょっと…。じゃあそこのコーヒー屋さんにしましょうか」


人生初の、女性と2人でお茶を飲む。それも僕の辿々しい話を嫌な素振りも見せずに聞いてくれる。生きてみるものだ。大袈裟じゃないよ。本当はもうとっくに嫌になってたんだ。最近じゃ好きだった映画も色味が消えた。そんなんじゃ観る気も起きやしない。だから貯まってく。だから今度の映画を最後に観て、そこで終わりにしようと思ってたんだ。だけど今はどうだ?ちゃんと色があるじゃないか。生きてみるもんだ。


だけど楽しい時間もここまで。気付けば2時間近く話してた。僕は歩いて帰れる距離だけど、鮫島さんは3駅ほど離れた場所らしい。だからここまで。せめて見送りだけでもしよう。とは言え駅前だ。すぐに着いてしまった。なぜ駅前にした。無念。それに都内でもないこの街は、電車が来るまでに多少時間が掛かる。会話が途切れた今だと沈黙が微妙に気不味く、べとつく汗が出てくる。最後なのにかっこ悪いな。でもさ、もう少しだけ勇気を出すことにするよ。


「…あの。もし良かったらなんですが、連絡先、交換しませんか?会社だと気軽に話せる人もいなくて、それにまた映画の話が出来たらって思いまして…」


うおおおおおおお!いったぞ!言ったぞ僕は!でも返事がない!やっちまったか!そうか、やっちまったかぁ…。もう駄目だぁ。おしまいだぁ…。断るなら早く断ってくれぇ…。


「…正直びっくりしました。西嶋さんから聞いてくれるって思っていなくて、ちょうど私が聞こうとしてましたので…」


と言って携帯を取り出してくれた。慌てて僕も取り出す。大丈夫なの…?


「…あれ、どうやって交換すれば良いんだろ?」


しまった、今まで個人的に連絡先交換なんてした時ないからやり方が分からない。こういうのは普通、SNSとかメールだよね。どうすれば良いの?現代テクノロジー難しいよ…。


「そしたら私のID、これなんで、検索してもらえれば出てくるかと思いますよ。…そう、それです。はい、これで大丈夫です」


本当に交換出来た。実感がない。というより感情がない。どうした脳内和彦。こういう時に五月蝿いのがお前だろ。黙ってると不安だ。何か言ってくれ。


「あ、そろそろ電車が来るみたいですので、それでは、今日はお疲れ様でした」


そう言って鮫島さんは軽くお辞儀をして、改札の向こうに行ってしまった。僕は何も挨拶できず、何となしに手を少し上げて見送るだけだった。見えなくなる直前、こちらを振り返ってもう一度会釈してくれた。綺麗だった。僕はまだ手を挙げていた。脳内和幸、ひょっとしてお前はもう死んでしまったのか。嬉死したのか。良かったな。


いい加減我に返り、僕も帰路に着く。無だ。何も考えてない。家に着いてもぼーっとしている。夢見心地とはこういう事をいのかもしれない。心地がいい。すると、普段微動だにしない携帯が震えた気がした。一応確認すると通知欄に鮫島さんの名前が出ている。


“今日はお付き合いしていただき、ありがとうございました。久々に羽を伸ばせて楽しかったです。先程家に着きました。それではおやすみなさい。”


まじか。実は妄想だったんじゃないか、本当は嫌だったんじゃないか。ずっと不安だった。そんな事はなかったのかもしれない。鮫島さんも楽しかったと言ってくれてる。おい、まじか。…脳内和彦、僕も嬉死しそうだよ。近い内に後を追うかもしれない。騙されても悔いはないよ。いや、ここまで来たら信じようぜ和彦。


「…しゃあああ!」


今まで何もなかった心に火が入った。今度は逆に感情が抑えられない。ハートに火を着いたらもう訳が分からない。なるほど、嵐の前に、バックドラフトの様な演出。嫌いじゃない。込み上げる高揚が声に出るし、過去最高のキレの良さでガッツポーズをしている。感情の発散はこんなにも気持ちが良い物だったのか。


“ドン!”


隣の部屋から壁ドンをされてしまった。ごめんなさい。でも感情が止まらないんです。止め方を知ってたら教えてください。とりあえず落ち着け和彦。枕でも何でも良いから口を塞ぐんだ。脳内和彦も復活した。そうだよな、感情止まってたら脳和も止まるよな。なんだかんだ僕だもん。でも本当に落ち着け僕。近所に迷惑を掛けるのは、それは違うだろ?


「…はぁ、明日死んでも全く悔いないや」


どうにか自分を落ち着かせてベッドに倒れ込む。勿論だけど死ぬ気はない。というよりも死ねなくなった。だって明日はもっと良いことがあるかもしれないって、どうしたって思ってしまう。僕は生きる希望を持ってしまったんだ。鮫島さんのせいじゃないけど、多分今日は眠れない。


“ブーブー”


いつの間にか寝ていたらしい。携帯のバイブ音で目を覚ましてしまった。休みの日に目覚ましを設定してしまうとは何足る失態。こうなっては責任を持ってもう一度寝る必要が…。視界がはっきりしないまま画面を確認すると、メッセージが着ている。送り主は鮫島雪子。


“おはようございます。早速観てみました”


という短文と一枚のテレビの画像。これは映画のエンドロールだ。ただテレビ外に映る部屋の様子に目が移ってしまう。シンプルで片付いてるのが少ない情報でも分かる。とてもイメージ通りの部屋だ。ああああ、返信しなきゃ。


“エピソード5のエンドロールですね。もう4も観られたのですか。すごいです。”


こんなんで良いのかな。分からないけど、無難な気がする。気を抜くと無駄に長文にしてしまいそうだ。けどそれは悪手だろう。気を抜くな。これで送信。すごいドキドキする。すぐに返信が届いた。


“これだけでEP.5って分かるんですね。流石です。4を観たら続きが気になっちゃって、つい夜更かししちゃいました。”


あ、いけない。また感情が爆発する。声にならない声を出しながら、再び人生トップのキレでガッツポーズが出る。


西嶋和彦33歳。雑草も雑草だけど、高嶺の花に恋をしてしまいました。

登場人物に寄せるように文章を考えていますが、どうしても作者の脳内で妄想した人物像になってしまい、私の中のモテないだろう男性が固定されてしまった。あと微細な感情や男性がなにを考えてるのかを深く考えなければいけず、これで合ってるのだろうかと思ってしまい、四苦八苦してます。

前の話と整合性を整える為、これから和幸を「そこそこ」の男性に仕上げなければならない。なかなか大変そうだ。

昔、ガンツという漫画がありました。主人公のクロノ君の彼女がタエちゃん。登場当初の設定は不細工な女の子。だけど、どういう訳か最後の方は完全に可愛くなってしまった。それを目指す。

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