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Depend  作者: ホノユカ
Songs About Jane
10/25

Not coming home

3年前は良かった。本当に何もかもが新鮮で、何をやっていても雪子の全てが愛おしくて。僕からはもちろん、雪子も「恋人」って役割を果たそうと真剣だった。初めてのデートも、初めてのキスも、初めて繋がった時も、雪子は僕を受け入れようと真剣だったんだ。


雪子は付き合う時に感情が乏しいかもって自分で言っていた。だけど、そんな事はなかった。見た目はとても落ち着いていて、慌てることなんてなさそうに見えるけど、映画を観て涙を流す事もあれば、お笑いを観ては声を出して大笑いする事もある。そんな至って普通の女性だ。強いて言えば少し内気なくらいで、わざと明るく振る舞っているとか、そんな偽っているようにはとても見えなかった。


何度目かのセックスの時に、悲しそうな、それに嫌そうな顔をしている事に気が付いたんだ。その時にセックスが苦手だって知ったんだ。それでも僕が喜ぶから頑張って受け入れるって言ってくれてた。


…それも最初のうちだけだった。体を合わせる事はどんどんと減っていった。僕もそれで良いと思った。僕も雪子が嫌がる事をしたくはない。正直に言えばセックスはしたい。僕だって男だ。性欲なんて当たり前に持っている。それでも雪子の為なら、そのくらいの我慢は苦じゃなかった。


けれど“コウ”の名前が出てきてから、雪子は変わっていった。いつからだろう、気が付いたら毎日“コウ”の名前が出てきていた。「コウだったら」「コウの方が」って具合に、何をしても基準が“コウ”になる。でも、これもまだ平気だった。長年の付き合いみたいだし、無二の親友なんだろう。そんな関係もあるかもしれない。友達なんていなかった僕には計りかねるけど。


僕が許せないのは、“コウ”の話しをしている時の雪子がとても幸せそうな顔の事だ。間違いなく僕と他愛のない話しをしている時よりも、“コウ”のエピソードを話している時方が安堵しているような多幸感に溢れているのだから。その顔は恋人の僕に向けるべきなのではないだろうか。


それも自覚がないんだ。一度だけ「“コウ”だけじゃなくて他の事も話さない?」って提案したら、「そんなに話してるかなぁ」と返事が来た。これだけ話していてそれはないだろう?こっちは毎日“コウ”の事を話されているのに。それにこれだけ話題に出てるのに、僕は一度も会った時もなければ、写真も見た時がないんだ。何度も家にだって行ってるのに、親友の写真の一枚もないなんておかしくないだろうか。僕や家族、あと学生時代の友人の写真も飾られているのに。


こうなると他に男がいるんじゃ?と怪しんでも、特別おかしくなんてないだろう?


だから今日、初めて雪子に怒鳴ってしまったのも仕方なかったんだ。僕よりも“コウ”を優先する雪子が悪いんだ。僕だって怒る時は怒らねばいけない。


そうとは理解していても、心の騒めきは収まらない。普段から興奮して怒鳴るなんて、そんな事に慣れてしまうような性分をしていない。非日常に胸が高鳴り続けている。いや、それだけじゃないんだ。本当は気が付いている。


罪悪感。


そう。これは紛れもなく罪悪感なんだ。僕が勝手に疑い、逆上してしまっただけ。一方的に心無い事を捲し立て、罵倒して、傷付けて。とても恋人として失格な行動だった。そんな事は本当は分かっているんだ。色々言い訳並べたけど、僕は雪子に認められたいだけなんだ。3年経っても、それは悲しい事に変わらなかった。


目的もなく夜の街を歩いていると、初デートの前に髪を切ってもらった美容室が見えた。あの時の店長さんは亡くなったらしい。僕に靴を渡した後に事故にあったとか。あの時に一緒にいた店員さんから教えてもらった。


そういえば、その時になんか嫌な事あったら飲んで忘れろ的なメッセージをもらったっけ。ふと思い出したら苦笑が漏れそうになる。確かその時に聞いたお店の名前は…。ああ、そうだ。Dependだ。名前だけでお洒落な感じがして

行く事ないだろうなって思ってたけど、今だったら行けそうだし、初心を思い出す為にも、今は亡き店長さんに従ってみようか。


思いついたら即行動。この3年間で僕が変わったポイントだと思う。とりあえずウダウダと悩むくらいなら、やってみて失敗した方が僕の糧になる事を知った。バーなんて行った事もないけれど、これも経験だと思える程度には成長している。雰囲気が良かったら雪子を誘って行こう。その前にちゃんと謝らないとだ。


バーは検索すればすぐに分かった。店に着いて見れば、見るからにお洒落で今になって一見でも入れるのか心配になってきた。佇まいが渋いと言うのか、思った以上に敷居が高く感じる。そんな気後れして格好が悪い気持ちを無視して、僕は平静を装って店に入ってみた。


店の中は雰囲気の割に賑わっていた。4人掛けのテーブル席は埋まり、4席しかないカウンターにも恐らくカップルだろう2人が座っていたため、自ずと一席空けて座る。勝手に座ってしまったが、多分大丈夫だろうと言い聞かす。全体的に暗く、微かにネオンが照らすだけで、数席離れた客の顔も見えにくい。それにこの甘い匂い。何か怪しげに思え、警戒が強まってしまう。


「いらっしゃいませ。お客様は初めてからですよね?」


不意に挨拶されビクリと肩が動いてしまった。周りを観察するのに夢中になっており、目の前の店員にきがつかなかった。いやバーだからバーテンダーさんと言うのか。それにしてもすごい美形だ。雪子もかなりの美人だけど、この人は芸能人と比べてもトップレベルではないだろうか。だけどどこか怖い。なぜだろうか。


「当店のシステムは定額制です。1時間4,000円でお飲み物はお客様のペースで好きな様に飲んでいただけます」


僕が返事をする前に説明が始まってしまった。一見でも大丈夫と分かったという事で良しとしよう。


残念な事に僕はアルコールが苦手だ。付き合いで飲む事はあっても、自分から飲むなんて稀な事だ。メニューを渡されてもどうしたら良いのか分からない。それにメニュー以外はオカルトというかSFみたいな内容が書かれている。こういうものだろうか。きっとこういうものなのだろう。


「お客様、よろしければお勧めは如何でしょうか」


「あ、はい。それでお願いします。それと出来れば、アルコールは弱めで…」


軽く会釈して何やら動き出す。気を使ってくれたのだろう。バーテンダーさんからどうしたら良いか示してくれた。メニューを見たってどんな酒なのか想像も出来ていないのだから、渡に船だ。やはり僕にはバーは敷居が高いのかもしれない。


なかったはずの自信が更になくなっていくのを噛み締めていると、テーブル席を埋めていた集団客がゾロゾロと帰っていった。残るはカウンター席のカップルと僕だけ。はっきり言ってかなり気まずい。一杯だけ飲んで帰ろうか1人でに決心すると、再び入り口のドアが開く。


「佐々木さん、カウンター空いてる?」


佐々木呼ばれたのは状況からバーテンダーの人だろう。そうか、当たり前だけどちゃんと名前があったか。その佐々木さんが無言で僕の隣の席を目だけで促す。そりゃそうだ。そこしか空いていない。


「珍しくカウンターが混んでるのね。そっかぁ。すいません、これからお連れの方とか来られますか?」


僕に話しかけているのは明白だ。しまったな。この聞かれ方は断りにくい。


「あ、大丈夫ですよ」


これ以外に答えようがない。それにこう答えれば返ってくる言葉は…


「ありがとうございます、隣に座らせてもらいますね!」


うん。こうなる事は自明だった。正直に嫌だと言えれば良いけれど、それは僕には無理だ。これが渋い大人の男性だったら良かった。若い女性だと肩身が狭く感じる。今でこそ雪子とは普通に話せるけど、女性に対しては基本的に緊張してしまう。実際に女性慣れしていないんだから仕方ない。そんな所が雪子からは信用しやすいって高評価されていたけれど。


「お待たせしました。ピーチウーロンです」


僕の席に細長いお洒落なコップが置かれる。見た目は薄いウーロン茶のようだけど、とても綺麗な色だと思えた。雰囲気にやられている気がしないでもない。こんだけお洒落になってしまうと、僕には似合わないんじゃないかと不安になってしまう。


「お兄さん、もしかして初めてですか?」


オシャレカクテルと対峙していると、隣の女性に声を掛けられてしまった。不審に見えたかもしれない。女性に初めてですか?と聞かれると、つい見栄を張りたくなる気がするけれど、僕は正直に「実は」とだけ答えた。


「ふふ、そしたらちょっと見学させてもらっちゃお」


不意な笑顔についドキッとしてしまったが、バーで初めて飲む事は見学されるような事なのだろうか、真剣に疑問だ。楽しみ方が全く理解できない。それでも隣の女性はワクワクを隠さないでいる。笑顔は可愛らしいけど変な人だなと思わざるを得なかった。


気を取り直し、グラスを手に取り覚悟を決めてグッと飲む。


「ふぁ!?」


突然頭の中に直接音楽が流れ始めた。店内のスピーカーからではない。直接頭に入ってくる。五感は一切の音を捉えていない感覚は分かるのに。


「おー偉い!グラス落とさなかったね!」


女性が楽しそうに笑っている。僕はまだ状況を飲み込めていないけれど、なるほど。この反応を期待していたのか。


「メニューブックを特別気にされなかったようですので、先ほどは説明は省かせて頂きましたが、当店はお酒と音楽を楽しんで頂く事をテーマにしています。今お客様だけが聴かれている曲は、お客様の心を読み取り流れています」


と今更の一応の説明と一緒に紙を渡された。曲名とアーティスト名だ。


「またまたぁ。佐々木さん時々イタズラするからね。わざとびっくりするように仕向けたよ。あと“これ”、自分にしか聴こえないように出来てるんだって。不思議だよねぇ」


確かに未知の体験に驚いた。でも驚き以上に曲が心に沁み渡る。僕はこの曲を知っている。心を読み取った結果がなぜこの曲なのか。


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