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Depend  作者: ホノユカ
1/3

Be be your love

Rachael Yamagataというアーティストの曲を題材にして短編を書きました。

とても好きな曲です。是非聴いてみてください。

鮫島雪子はため息を吐く。

これから冬本番を迎える街は、どこを見ても多彩なライトに彩られ、夜の薄暗さが遠くに感じる。今し方に恋人から別れを告げられた私には逃げ場がないように思えた。

私は「そこそこ」を目指してきた。そこそこ良い学校を出て、そこそこ良い会社に勤め、そこそこ良い恋人も出来た。容姿も特段に恵まれている訳ではないが、悲観するほど残念な訳ではない。過大評価はしないが決して過小評価もしない。それが私の矜持だ。

「愛されてると思えない、か」

正直に言えばその通り。今までにも「そこそこ」に恋愛を経験してきているが、同じような理由で終わりを迎えている。好意は持ちたかったと思う。が、愛しているかと言われれば、それ程の情熱はない。人も環境も境遇も違った上で、4回も繰り返し同じことを言われれば、嫌でも何かの感情が欠けている事を自覚する。


三十も半ばを迎え、アラフォーに差し掛かるような年齢になった。結婚願望はそこまで高くないが、人生を逆算して、絵に描いたような「そこそこ」な暮らしを実現するには、もう猶予は残されていない。先を考えれば気持ちが暗くなる。

私たちには少し背伸びをしたようなバーで、開口一番に別れを告げられた。料金は多めに払っておくからと先に出られてしまい、残された私は得意ではないアルコールを飲む羽目になった。それでも、得意ではない筈の酒を飲みたい気分にさせてくれたのは幸いだった。

バーの外に出れば冬の冷気が肌に触れる。飲み過ぎて温まった体には心地良い。酔い覚ましに歩いて帰るのも悪くない。

帰り途中でメールが届いた。送り主は滝上幸。数少ないちゃんとした友人だ。ちゃんとしたというのは、私生活はちゃんとしていない。私とは違い人生設計なんて知らないような、その場限りの思い付きで行動してきた子だ。言い方を変えればどこか抜けている、天真爛漫な子だ。それでも私の「そこそこ主義」を知った上で、付き合いを変えずにいてくれる友人だ。

内容は「面白いバーを発見!今から一緒に行ってみない?」と、店のホームページのURLが添付されていた。バー帰りにバーへのお誘いがあるとはと思わず、表情に苦笑いが浮かぶ。了解、と短く返事を送り、ホームページに乗っている住所を調べる。ここからそう遠くはない。ゆっくり歩いても幸が来るまでには着くだろう。それまでに少しでも酔いを覚ましたい。

バーの名前はdepend。ホームページはとてもシンプルな作りで、黒い外観に住所が載っているだけだった。それなのに惹きつけられる何かがある。魅せ方なのだろうか。

地図を頼りに向かっているが、どんどんと表通りから離れていく。いつの間にか先程まで恨めしく思いもした光彩が消えている。不安はあるが暗闇に包まれるのも悪くない気分だ。まるで自己陶酔している様にも思える。まだ酔いが残っているのだろうか。


程なくして店先には到着した。周囲に電灯もないだけにバーの灯りが一際目立つ。女1人で入るにはそれなりの勇気が必要な店構えをしている為、いい加減寒さを感じるが、店には入らずに幸を待つことにした。

5分もせずに幸がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。私同様に携帯片手に地図を頼りにして歩いているのだろうか。携帯の画面が幸の顔だけを照らし、まるで暗闇に顔だけが浮かんでいる様で不気味な面白さがある。ついつい携帯のカメラを向けていると、幸が顔を上げ目が合う。

「遅れてごめんね!」

と大声で叫び出し、閑静な路地に響き渡るから堪ったものではない。唇に人差し指を当て、黙るようにジェスチャーを送る。

すると手を振りながら駆け寄ってくる。学習はした様で声は出ていない。35歳の女性がやるには少し痛々しい気もするが、童顔低身長の幸は実年齢よりもかなり幼く見える。多少痛々しい行動をしても世間的には許容されるだろう。

「ごめんごめん、雪が見えて安心して大声出しちゃった。あと、急に誘ってごめんね。ネット見てたらたまたま見つけて、ずっと気になっちゃってさ」

「いいよ別に、私も着いたばかりだし。それにちょっと話がしたい気分」

「えー、なにそれ。気になるじゃん」

挨拶と雑談を交えながら扉を開ける。1人では不気味にも思えたが、2人では何も気無しに普通に思えるから不思議なものだ。

店内は青いネオンのみが灯り全体的に薄暗い。ムスクの香りが程よく感じられ、甘い妖しげな雰囲気を増長させる。カウンターは4席のみ、他に4人用のテーブル席が1つと、地方都市にある普通のこじんまりとした隠れ家的なバーだ。

「いらっしゃいませ。お好きな席へお座りください」

奥から溌剌とした若い女性の声がした。そちらに目をやると、白シャツに細めのジーンズ、それにエプロンをしてるだけの、とてもカジュアルな服装の女性が立っていた。挨拶や装いから店員だと分かるが、場に合わないようなカジュアル過ぎる服装と薄暗い青光がアンバランスな空気を生み出す。また、女優と言われれば信じられるほど整った容姿だ。人に見られる事も仕事であるバーテンダーは美男美女が多いと聞くが、なるほどと思え、つい見惚れてしまう。

「お客様、初めての方ですよね。ちょっと準備するので座ってお待ちください」

幸とアイコンタクトを取り、カウンター席に座る。客は他にいないらしい。音楽も流れずにいる店内は静寂に包まれていて、言葉を発していいか迷う。緊張に包まれているが、非日常な空間に高揚している自分もいる。

「お待たせしました。初めに自己紹介となりますが、本日の担当をさせて頂きます。佐々木とお呼びください。当店には特殊なルールがありますので、まずはこちらを確認ください」

そう言われ、黒革で閉じられたメニューブックを渡された。中にはアルコールやフードの種類が書いてある。オーソドックスな銘柄が揃うが豊富ではない。それに料金が載っていない。

「すいません、料金設定ってどの程度ですか?」

地方とは言え、ぼったくりはある。確認は必要だ。

「当店は定額料金制で、チャージ料も含んで1時間4,000円です」

4,000円で飲み放題は破格だ。少し時間は短い気もするけれど、この低料金なら仕方もないのだろう。それに気になる事はまだある。メニューブックの半分は今確認したメニューだが、もう半分は不可解な内容だ。

“次第にお客様の耳に音楽が流れ始めます。選曲はこちらで選びますが、お客様の心情に合う選曲がなされます。短い間ですが音楽を楽しんでいただけたら幸いです”

”流れる曲はお客様それぞれで違います。お連れの方と何が流れてるかを話し合うのも自由です。ですが音楽にはプライバシーが多く含んでいますという事は忠告させて頂きます“

「…これはどういう?」

「これが他のお店と当店との大きな違いです。私から説明しても良いのですが、まずは体験をしていただく事をお勧めしています。皆様、初めはとても驚かれますから」

そう言われてしまえば、どうしたって興味をもつ。それ以上は聞かず、私と幸はそれぞれに注文をした。派手なパフォーマンスはないがカクテルが作られていく様は、手慣れた所作が老練とは言わずもとても洗礼されていて美しい。

「こちらがブルーラグーン、こちらがジンライムです。少し度数は低めに調整しています。まずはお酒を飲みながら気ままに楽しんでいただければ」

青と透明のカクテルが私と幸に配られる。カクテルの種類に詳しくはないが、洒落たグラスに瑞々しい果物が添えられたカクテルを見るとバーらしいなと思える。

「それで。話したい事て何があったの?」

幸が興味津々な様子を隠さずに聞いてくる。私でも意味深に話したい気分なんて言われて、そこでお預けを食らっていたら、聞きたくてウズウズするだろう。

「さっき別れちゃったんだ。いつもと一緒。愛されてるとは思えないんだって」

「あらら、それはキツいね。和幸君だっけ。写真しか知らないけど、ちょっと神経質っぽい感じはしてたんだよね」

「私が悪いんだと思う。愛してるかと言われれば、それはないなって分かってる。でも好意はあった、いや、好きになりたかったって感じかもしれない」

容姿、年収はそこそこだが、彼はとても優しかった。ただ、付き合うだけならまだ良いけれど、結婚を前提にした場合、彼は耐えられないと思ったのだろう。愛というものはそれほどに重要なのだ。

「ねぇ幸、愛ってなんだろうね。愛するってどうすれば良いの」

「それはきっと答えが出ないテーマね。私はきっと相性だと思う。会話、趣味、体。そういう相性が合うのがまずは前提じゃないかなぁ」

「相性だと会話もセンスも良かったよ。でも体か。それは良くなかったかもなぁ」

私はセックスが苦手だ。触れられれば気持ち良いし、性的な欲求も確かにある。だけど異物が体に入ってくる感覚がどうにも慣れない。だから今までセックスを楽しめた事もない。誘われても適当な理由を付けて逃げてしまう。

「雪は昔から苦手だからね。それは知ってる。でも私は1番愛されてるなって感じるし、特に男性はしたがるじゃない。付き合ってる段階であまりしないのは男性にはキツいと思う」

「やっぱそこなのかな。けどさ、セックスで愛の有無が決まっちゃうのは、少し動物過ぎる気がする」

「そういうとこだよ。雪は倫理観が強いって言うのかな、ちょっと固すぎるんだよ。私みたいに長い付き合いになればそんな事ないって分かるけど、感情の起伏が分かりにくいんだよね。だからもっと情熱的になってもいいんじゃないかな」

友人とのセックス談義は少し気不味い。あまり聞きたくもないし、聞かせたくもない。自覚があるだけにバツが悪く、誤魔化すようにグラスに口をつける。すると、頭の中に薄らと、次第に大きく音楽が鳴り始めた。あり得ないが音が耳を通っていない。頭の中でのみ音が鳴っている。突然の今まで経験した事がない感覚に、つい動揺してグラスを落としそうになる。

「吃驚しますよね?」

佐々木さんが察したようで話しかけてきた。これも不思議なもので、頭の中ではずっと音楽が流れているが、佐々木さんの声もよく聞こえる。全く邪魔にもならない。

「これは、どうやって…?いや、どうなってるの…?」

「それを教える事は出来なくて。当店だけのオリジナルですから。ごめんなさい」

佐々木さんはそう言うと私に一枚の紙を渡した。紙には「Rachael Yamagata」、「Be be your love」とだけ書かれている。恐らく頭の中で流れている曲とアーティストだろう。

「店内では私だけが、皆様が聴いている曲を把握出来ていますので、こうやって紙に書いて教える事にしてるんです。誰が、なんて曲を歌っているのかを知ってるだけで格段に没入感が高くなりますから」

「わざわざ紙に書くのはどうしてです?」

「注意書きにも書いてありましたが、音楽はプライバシーを存外に多く含んでいます。もしお連れの方が早く帰りたい、という趣旨の曲を聴いているのを私が話して知ってしまったら、この楽しい時間に水を差してしまう事になります。それではバーテンダーとして失格ですからね」

と、少し悪戯な表情で微笑む。笑顔には惹かれるが、言っている意味は分かるような分からないような絶妙な塩梅ではあった。そういうものかと納得するしかない。

私も幸も音楽には詳しくはない。日常に流れる曲をなんとなしに聴く程度で、本格的な洋楽には縁がない。だけどこの曲はそんな私にもとても耳馴染みが良い。音楽の批評なんて普段はしないが、少しハスキーで力強い声と優しいピアノの旋律が気に入った。なるほど、これは心に響く。

幸の反応が気になり隣に目を向けると、さほど驚いた様子もなく、少々目が細くなっている程度。恐らく訝しんでいる、という表現が近いだろうか。

「ねぇ幸、今流れてるでしょ?どう?」

私はなんとなく受け入れているけど、怪しく思う気持ちも分かる。寧ろ怪しんで当然だろう。幸はこういう突然のドッキリ様な事は昔から苦手だった。どう思ってるかは知っておきたい。

「びっくりした…かな?本当にびっくりした。いちょっと気持ち悪いくらいかも。だって怖くない?どうなってるのこれ?」

得体の知れない恐怖か。確かにそれはある。だけど、それ以上にこの曲を聴いていると、そんな事はどうでもいいと思えてしまう。今はこの空間を味わっていたい。

「よく言われます。ですが、怪しい事は一切していませんので、それについてはご安心ください。でもそうですね…。ではネタバラシにならない程度ですが、ちょっとしたヒントを。お客様の表情や話し方、服装などの見た目から、どんなお酒が好まれるかくらいは、私程度でもなんとなく分かります。どうでしょう、お口に合わないでしょうか」

そう問われれば、間違いなく美味しいとは思う。衝撃で味なんて気にしていなかったけど。それに薄めにしてくれているのは、きっとハシゴしてきているのも読まれたのだろう。

「言われてみれば。飲みやすいですし、とても美味しいですね」

「ありがとうございます。と、このように何となくの情報だけで、私程度でもこれくらいは読み取れるんです。それが人間よりも正確に読み取れたら、どんな音楽を望まれてるかくらいはどうって事はない、かもしれませんね」

今の機械の発展は止まることはなく、一進月歩と言える。AIとお喋りする時代だ。そういうのがあってもおかしくないのかもしれない。含みを持たせる言い方だが、店のコンセプトがあるならば、それを楽しむのも客の役目だと私は思う。

「なるほどね…今のってすごいんだね。ところでさ、雪は今どんな曲聴いてるの?」

幸も腑に落ちたのか、もう興味はなしと言った感じだ。もっと食い付いたり、驚いても良さそうだが、そう言えば昔から機械関係には興味がなかった気がする。

「んーどんな曲かぁ。優しいけど、切ないような気もする。それに静かな情熱がある、のかな。ただ凄く良い曲。それは確かね」

「へー!雪がそういうのは珍しいね。それは気になっちゃうなー。なんて曲なの?」

「んー…そうね。ほら、これに書いてあったじゃない?あまり言わない方がいいかもみたいなの。だから秘密。幸はどんな曲なの?」

なんとなくだけど誤魔化してしまった。幸にこの曲の事を教えるのは抵抗がある。なるほど、プライバシーを含んでいるとはこういう事か。これは確かに軽はずみには言えない。

「私?私のはねぇ…ちょっと可愛らしいのかな。キラキラしてる感じっていうのかなー。クラブとかで流れてそう」

幸らしいなって思えた。こんなところが幸の良いところだ。地味で変に真面目ぶっている私にはない魅力があって、キラキラしてそうな曲はとても似合いそうだ。

それからはゆっくりと幸と雑談しつつ、最近の近況を伝えあった。幸と話している時間は好きだ。幸の笑った顔を見ていると心が安らぐ。もう振られたショックは消えた。だから恋人だった和幸に、最後のメッセージを送る。これで本当におしまい。もう会う事はない。期待に応えてあげられなくてごめんね。


私と幸は小学生の時からの関係だ。幸は当時から少し抜けていて、ぽっちゃりとした体型とはっきりしない性格も相まって、少しクラスメイトから煙たがられる様な存在だった。でも私はそんな彼女がいつも真面目に係当番をやっているのを知ってたし、押し付けられたあれこれも困った顔でやっているのを知っていた。抜けていたのではない、幸は優しかった。それに気が付いてからは、幸と一緒にいる事が増えた。中学や高校も一緒に過ごした。時には喧嘩する事もあったけど、いつも幸から謝ってくれて、仲直りのきっかけを作ってくれた。そんな幸が本当に好きだった。

本当はずっと前から気が付いていたと思う。けど、それは許されないじゃない?普通じゃないもの。だから「そこそこ」を望んだの。普通が良い。それが1番幸せだと思ったんだ。だから愛してもいない男にも抱かれて、気持ちを殺して。情熱なんてとても無理だった。私は男性を愛せないんだから。

けど、一度気持ちを直視しちゃうともう駄目な気がする。“Be be your love”、訳せば“あなたの愛が欲しい”かな。ねぇ、幸は知ってる?私が愛せるのは幸だけ。私はあなたの愛が欲しい。



駆け足のなっちゃった。


曲名と曲の雰囲気で書く事にしていましたが、書いている途中で歌詞の内容が気になり、訳してみました。鳥肌が立ちました。内容とマッチしちゃった…いや、多分本当は立場的な感じであなたとの愛は許されないわ、って感じなんでしょうけど。びびるよ。


短編予定ですけど、続きも書きます。

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