第三話 修行とプレゼント
ーーー庭の隅にある古びた木の下。
目下ここが俺たちの修行場所である。友達になってから10年。15歳になった俺たちは自然とここに集まるようになっている。
まさに、秘密基地と言っても良い。
今日も今日とて、俺たちは修行をしている。
と言っても、誰か師匠がいるとか、何かすごい装置があるとかそう言うわけではない。
修行の始まりは突然だった。
ある日、エリが俺に向かって「剣の修行なら私に任せなさい!」と言ってきた。
魔法が使えないと知ってから、剣の練習を始めようとした。
一応、剣だけで Sランク冒険者になった者もいると聞く。
どうせ暇だし、やるだけ損ではないだろう。
エリの気まぐれで俺たちの剣の修行が始まった訳なのだが。正直めんどくさい。
木刀での毎日素振りと実技の繰り返し。
俺の心の中には「また修行かよ」というめんどくさい気持ちが大半を占めていた。
別に嫌とかそういうわけではないが。
魔法と違って一目でわかる進歩が無いため、モチベーションが上がりにくい。
まぁ、剣を振り回すのは楽しいけれど、別に剣を極めようとしていないエリに教えを請うても意味があるのかと思う日々である。
ただの、お遊びをこんなに毎日やる必要があるのか?と日々自問自答してしまっている。
こんなことバレたらエリに何か言われるか分からんけどな。
「はい、次はもっと大きく振ってみて!」と。
今日もエリが元気よく言った。
15歳を迎えた、エリは師匠気取りのせいか、少し角が取れた気がする。
エリは剣術の腕前はかなりすごいと思う。素人まではあるが、まるで舞を踊るような感じ。最初は、見惚れてしまった。
しかし、彼女には剣の道に行こうという気はないと思う。それは剣が嫌いとかそう言う話では無くて、仕方ない話だと思う。この世界は魔法第一。多少なりとも魔法の才能を持ち合わせていれば、そっちの道に行ってしまうのはサガである。だから、魔法よりも剣の方が才能があると思うから、そっちを目指せ。なんて、そんなことを言うつもりは無い。自分の考えてる事や事実を言えば、良いってもんじゃ無いからな。
「ほらほら!それじゃ終わらないよ!」
明るい性格で、俺を引っ張り上げようとしてくれているのだが、いかんせん同じ15歳の剣術。確かに、習うことはある。しかし、正直才能だけでやっているような剣術であるため、これで良いのかと思えてきてしまう。
まぁ、俺より強いのは確か。
実戦で何度も戦ってはいるものの一回だって勝てたためしはない。
ここは、おとなしく従うとしましょうかね…。
「わかったよ。しかし、まぁ、どうしてそんなに熱心なの?」
俺は剣を持ちながら、彼女の顔をチラッと見る。彼女の目は輝いていて、まるで俺を恋しそうに見つめているかのようだ。
「だって、あなたが強くなるのを見たいから!」
ふふんと胸を張る。
胸はほとんどないけどな。
どういう訳か、最近俺はエリに気に入られている気がする。
育成ゲームの主人公にでもなった気分。
俺を育てるのを楽しみにしてるのかな。てか、エリってゲーム下手そう。
「頑張ります…。」
そういうと、俺はもう一度剣を振り始める。
どういう訳か、剣の方は多少なりとも才能があるらしい。
魔法の修行を付けてもらっていた時はどうやっても上達しなかったが、剣の方はというと、エリのいうことを少しずつではあるが実行できている。
「すごいすごい!」
エリは、手をポンと叩き、ニコリと笑う。
正直、教え方はあまり上手くはないと思う。
基本的に、口からは感覚的な言葉ばかりしか出てこないので、お手本を見ながら実践してやっていく。手探りでやっていくので、どうしても時間はかかってしまう。
しかし、褒め上手というか、モチベーターとしては優れている。
些細な上達でも結構褒めてくれるので、悪い気はしない。
「エリって、学校の先生とか似合いそう。」
その言葉に、エリはバッとこちらを向く。
「そ、そうかな?」
…めちゃくちゃ嬉しそう。
この世界でも、学校というものがある。
基本的には前世と同じ、小・中・高まである。
呼び方は小中は同じような感じ。学ぶ内容としても基礎的な学問を学ぶ。
歴史やエネの使い方、そして、魔法の実践まで割と幅広くやっている。
俺たちは15歳になった。
「中学でも、教えるの上手いって言われてたしなぁ。」
先日、中学校を卒業し、次のステップとしては冒険者予備学校へと入学していく。
まぁ、高校みたいなものであるが、この世界の実情にあった内容となっている。簡単に言えば、冒険者になるための最後の準備期間である。
良い成績を残せば、より良いギルドからスカウトされたり、冒険者ランクをいきなり優遇してもらえたりする。
逆に悪い成績であれば、ギルドからスカウトされずに、フリーになるとか雑用になるしかない。
基本的に、みな冒険者になっていくのだが、挫折したものはその他の職業へと進んでいく。
ちなみに、俺の父親はCランクの冒険者で、母親も引退はしたが、元Dランクの冒険者。Fランクまであるのを考えるとそこそこ高いらしい。
あれ、エリさんなんで顔赤くなってるの。
「よし、もう一度やってみよう!まずは構えから!」
エリが顔を大きく左右に振り、誤魔化すように教え始める。
彼女の動きは優雅で、まるで舞っているかのようだ。私はその姿を見ながら、少しだけ嫉妬心を覚えた。天は二物も三物も与えるものなのかと。
何十回。いや、何百回も見た動きだ。
正直、見惚れてしまう。
「もっと力を込めて!剣は自分の延長だと思って!」
エリが叫ぶ。
「うお!」
俺は力を入れながら、剣を大きく振った。
しかし、もちろん結果は惨敗。剣が地面に叩きつけられ、ガキンという音ともに土埃が舞い上がる。
俺って工事かなんかしてるんだっけと思うレベルだ。
「大丈夫、大丈夫!最初はみんなそんなもんよ!」
エリが笑いながら、俺の肩を叩く。
やっぱりこいつと一緒にいると、ちょっと頑張れそうな気がするな。
「次は、こんな感じ!パンパンとやって、柔らかく!」
うん!分からん!
柔らかくはなんとなく分かるけど、パンパンって…バンダの名前みたい。
「もう少し手首を柔らかく使って、リズムを意識してとか?」
意訳するとこんな感じかな?
「そうそう!それでやってみて!」
エリの指示が飛ぶ。
どうやら正解だったらしい。
私は心の中で「またかよ」と嘆くが、彼女の声に従う。剣の動きが少しずつなめらかになってくると、リナの視線が感じられる。
じーっと見られると、なんだか恥ずかしくなってくる。
「お、いい感じじゃない?」
エリがほめてくれる。
私の心の中で小さな喜びが芽生える。
とはいえ、まだまだ自分の技術には不満が残ってしまうレベルではあるけど。
「エリって、この剣術どんくらいでできるようになった?」
聞いてしまった。ここ数ヶ月、剣の上達スピードが落ちてしまっているこの現状で1番聞いてはいけない事だ。
「うーん?1ヶ月かからなかったかな?」
「うわ、すげ。」
わかっていたが少し凹む。
多分、今の俺よりも大分小さい頃だろ?
「そんなに落ち込まないの!みんなで強くなりたいから、一緒に修行しているんだよ。」
そう言いながら、リナは少し恥ずかしそうに笑った。
最近の、エリはシンプルに可愛いと思う。
「じゃあ、もっと頑張らないとな。エリ…いや、師匠に負けたくないし!」
剣を構え、再び振りかぶる。
少しは、エリの期待に応えてみせようと思えてくる。彼女の目に映る自分を少しでもかっこよく見せたいと思う。
「そうそう、気合を入れて!周理ならできる!」 エリの声が響く。
一振り、一振りに全力を込めていく。
庭の中に響く剣の音とともに、俺たちの笑い声が重なり、少しずつ修行が楽しくなっていく。
「やっぱり、1人よりも仲間と一緒に修行するのはいいな。」
そんなことを思いながら、剣を振り続けた。
部活とかってこんな感じなのだろうか。
すごく青春の甘酸っぱさ的なものを感じて、ムズムズしてくる。
「うん!強くなろう!これからも、ずっと一緒に居たいし!」
エリがまっすぐにこちらを見つめてくる。
なんか、大分告白チックな事言ってない?
どういう意味これ。
いや、待てもしかしたら。
俺のこと好きなんじゃかとか思ったがそれは無いだろう。
好きだったら、毎日毎日俺の頭をぶっ叩かないはず。剣よりも先にコブが成長してしまっている。
まぁ、聞いてみるだけ良いか。
頭叩かれて終わりだろうし。
「もしかして、俺のこと好きなの?」
この言葉を聞いたエリは沈黙する。
先ほどまで伸ばしていた背中を丸くする。
さながら老人…いや、猫のようである。
「…///」
エリは、少し頬を赤らめながら俯いてまった。
おいおい、そんな反応をされると、こっちが照れてしまうじゃないか。
…余計に集中できなくなってしまった。
「ごめん、悪かったから怒るなよ。頑張るからさ…。」
今の反応は、反則。ちょっと可愛かっただろ…。
俺は心の中で葛藤しながら剣を構え直す。
周りの景色がぼんやりとしたまま、エリの顔が頭に残る。
俺は雑念を払うように剣を振り始める。
「おお、頑張ってるじゃん!」
突然、後ろから声をかけられる。
後ろを振り返るとそこには精悍な顔つきになってきた男子が立っていた。
「ん?悠令か。待ってたぞ!」
ここで、剣の修行を続けていると、大体悠令か明日香のどちらかはやってくる。示し合わせた訳で無いのだが、不思議なものである。
今日は悠令が俺たちを呼んだんだが。
「もっと力を入れて!よそ見をしないの!真剣にやらないと!」
エリの声が飛んでくる。
その声には怒気の成分が少し混じっているように感じた。
エリの言う通り、ここは集中しなければならないな。
「ははは、周理。怒られてやがる。」
悠令、他人事だと思って笑ってやがる。
少し、痛い目を見せてやろうか。
「エリー!悠令も一緒にやりたいってよ。」
「え、ちょ!」
焦ってやがる。
少し大人気なかったと思う。
「え、本当!」
エリが悠令を見つめる。
彼女の目には少し期待がこもっている。
こうなるともう断れない。一緒にタンコブ作ろうぜ。
「はぁ。しょうがないなぁ。」
悠令は、嫌がりつつも腰掛けに置いてある短剣をひょいと拾い上げる。
「じゃあ、まずは基本の一撃から!一振り目は力強く、二振り目はスピードを意識して!」
エリが指示を出す。私は彼女の言葉を胸に刻み、剣を振りかぶった。
「1、2、3……!」
エリのカウントに合わせて、剣を振る。最初の一撃は地面を深く切り裂くように、次の一撃は素早く相手を捉えるように。リズムゲームをやってたから、なんとなく一定の調子でやるのは得意だ。
「いいよ、その調子!悠令は、もう少しリズム良くして!」
エリの声が響く。
「くっ。」
悠令の剣のリズムは少しずつぎこちなくなっていく。
と言っても、ある程度は上達している。最初の頃は二太刀目からリズムが狂っていたから。
「うん、2人ともいい感じ!でも、次の攻撃はもう少しフーッて感じを意識して!」
フーッて何?
悠令助けて!
俺は、懇願するように悠令をチラリと見る。
「バランスのことだよ。」
悠令が冷静なアドバイスを送る。
さすが、幼馴染。
その言葉に従い、さらに集中して剣を振り続ける。
「力を込めすぎないで!リズムを大事に!」
エリその言葉を心に留め、リズムに乗って剣を振る。次第に動きがなめらかになっていく。
「やった!今のは本当にいい感じだったよ!」
エリが目を輝かせて言う。
よし、今日はもうこれで終わりで。
「よし、次はもっとハードな連続攻撃に挑戦しよう!」
おい!なんでこんなにスパルタなんだよ!
「ちょ、ちょっと待って!実は、明日香以外を呼んだのは理由があって!」
悠令が慌てるように、エリの暴走を制する。
「なに?」
エリはムッとした表情を見せながらも、こちらを向いてくる。
「明日香の誕生日があるだろ!今日は3人でそのプレゼントを選ぼうと思って!」
気が利く男だ。
エリは納得してないけど。
ここは助け舟を出すとしますか。
「良いねそれ。真剣に選べばその分貰った方は喜ぶしさ。」
「周理がそう言うなら。」
そういうと、エリは渋々承知するのだった。
ーーー
ーーー街の賑わいに包まれながら、明日香のための誕生日プレゼントを探しに出かけていた。
悠令は、こういうのは慣れないと先に帰ってしまった。
エリは不機嫌に先に行ってしまったので、1人で買い物をしている。
まぁ、俺の中で女子にプレゼントするなら、これしか思いつかない。そう、香水である。
「ダークスライムの香り…。」
俺の厨二病心を惹きつけて止まない、『ダーク』と言う文字。スライムって無臭な気がするが、きっとダーク成分が多い分何か起こるのだろう。
心の中では、明日香の喜ぶ顔を思い描き、ワクワクが止まらない。
とりあえず、自分用と送る用の2つ買った。
「なに?周理。そんなものを贈るの?」
エリの視線が少し厳しいことに気づいていなかった。
「え?ダメなの?女の子って香水の匂い好きじゃ無いの?」
すると、さらにエリの顔は一層厳しくなってしまう。
「…。匂えばなんでも良い訳じゃ無いのよ。あげるならもっとお花とか果物の匂いだよ…。」
知らなかった。匂えばなんでも良いのかと。前世の俺の知識がつうようしないとは。
こめかみ抑えちゃったよ。
「そうなんだ。」
「まあ、私はそう言う冒険するの嫌いじゃ無いけど。」
エリは呆れながら言う。
フォローしてくれたのだろうか。
なんにせよちょうど良い。
「んじゃ、これあげる。」
2個入らないからな。それに、お礼を貸しをあんまり作りたくもない。
「え、私にくれるの!?」
エリの目が輝く。
やっぱり、物がもらえるなら要らないものでもなんでも嬉しいよな。
「おう。さっきのお礼だ。」
「ありがとう!」
なんでそんなに嬉しそうなんだよ!
実はダークスライムの匂いが気になってたんじゃ無いのか?
「んじゃ、そういうことで。」
俺は、その場から立ち去ろうとすると。
ガシッと腕を掴んでくる。
エリの顔は明らかに不満そうだ。
「どうしたの?」
エリに問う。
「明日香のプレゼント、何を選ぶつもりなの?」
少し不機嫌そうに聞いてくる。
感情の起伏がジェットコースターくらい凄いんだけど。
「まだ決めてないよ。あげようと思ったのを却下されたし。明日香が好きそうなものとか思ってたんだけど、逆に想像できないやつとか。ネックレスありかな。頑張って見つけるよ。」
ん?エリの表情、一瞬硬くなったか?
俺の気のせいか。
とりあえず、プレゼントの中身は当たり障り無ければ何も問題はない。
結局のところ、何を貰ったよりも誰から貰ったの方が大事だから。
「頑張るんだ…。」
エリはため息をつき、少し冷たい口調で言った。
なんでこんなに機嫌悪いの。剣の修行中断されたのそんなに嫌だったの。
「よし、エリ一緒に行くぞ。一緒に頑張って選ぶぞ!」
こんな時は、一緒に選ばせよう。
ぐずる子供だって一緒に何かやると。気が紛れて機嫌がなおる。
「ちょ、ちょっと!」
俺はエリの叫びに耳を貸さずに、ズンズンと進んで行く。
やがて、街のはずれに小洒落たアクセサリー屋を見つけた。
「この店、アクセサリーがたくさんあるよ。見てみようか?」
俺はいつにもなく明るい声で提案した。
エリは少し渋い顔をしながらも、結局は頷いてついてきた。本当に子供みたいだな。
「本当に、明日香のために何か特別なものを選ぶつもりなの?」
サラが少し皮肉っぽく聞く。
その意図を全く理解出来なかったが、明日香だけを特別扱いしてると思っている。おそらくこれが原因であろう。
なんて、めんどくさいだろう。
世の男たちはどうやってこの局面を切り抜けていたのだろうか。
「もちろん。明日香には特別な日だから、特別なプレゼントを用意したいんだろ?」
エリからの返答は無かった。
俺は気にせず、店内を物色し始める。
色とりどりのアクセサリーが並んでいる。
俺には、明日香が気に入りそうなものは分からない。手探りで探し始めた。
「これなんてどうかな?」
俺は可愛らしいブレスレットを指さす。
エリはそのブレスレットを一瞥し、
「明日香には少し子供っぽすぎるかもね」と言った。
まるで拗ねた子供のようだ。
今日は、終始エリの機嫌が悪い。
「そうか、じゃあ他にもっと大人っぽいものを探そう!」
俺はエリの機嫌の悪さに気付かないように元気よく答える。他のアイテムを見て回る。エリはその様子を冷ややかに見つめていたが、俺は気づかないフリをしていた。
正直、ほっといてプレゼント探してやろうかとも思ったけど、俺のセンスじゃ不安だ。
エリのアドバイスは必要。
「これなんかどう?」
私はシンプルなネックレスを見つけて提案する。
エリは、じーっとネックレスを見る。
なんか、少し目が輝いてるな。これで決まりかな。俺はそう思った。
「明日香はもっと華やかなものが好きなんじゃない?」
明日香はネックレスから、目を逸らし答える。
予想外の答えだった。
あの目の輝き、てっきりこれで決まりと思った。
プレゼントって難しいな。
ここまで、30分ほど選んでいる。そろそろ決めないと。日が暮れる。
「じゃあ、もっとキラキラしたものを探してみよう!」
しばらく店内を探索しているうちに、ついに目を引くアイテムを見つけた。
「これ、どう思う?すごく素敵だと思うんだけど!」
輝くストーンが埋め込まれた美しいペンダントが、俺の視線を捉えた。
「あ、そのデザインは……」
エリはそのペンダントを見て、少し驚いたように目を見開いた。彼女の言葉に興味を持ち、ペンダントを手に取った。
エリは心の中で何かを考えている様子だった。少し沈黙しながら、俺の様子を見つめる。
「明日香のためにこんなに気を使うなんて、あなたも本当に優しいね」
エリが言った。
「まあ、友達だからな。」
エリの目に少し嫉妬の色が見えた。
なるほど、そういうことか。
非モテの俺には分からなかったが、このデザインのものが欲しいのだろう。
「じゃあ、これに決めよう!」
エリは渋々頷いた。
買い物を終え、包装をお願いした。
店を出てしばらく、歩くとやがて別れ道に辿り着く。左に少し行けば、エリの家。
俺は、心がウキウキと踊るのを感じていた。
「明日香の喜ぶ顔が楽しみだな!」
「そうだね、きっと喜ぶよ」
エリは微笑みながらも、どこか心の中で葛藤を抱えているようだった。
「ほら、これ。」
俺は、先ほど買ったネックレスをエリに見せた。
「え、うん。明日香へのプレゼントでしょ?」
エリはキョトンとした反応を見せる。
「違うよ。明日香へのプレゼントは、最初に選んだシンプルなやつ。これはエリへのプレゼント。」
静寂が流れる。
静かな街、陽が傾き始める少し前の時間。
その時、何気なく手に取ったネックレスを、今ここで渡すことに決めた。
特別な意識は無い。
ただの、友達としての『気遣い』だ。
「さっき店で欲しそうにしてたから、つい…。もしかして、いらなかった?」
しばらくの沈黙に耐えられず、声を出してしまう。冷静を装うが、少し照れてしまった。内心の緊張が顔に出ていないか心配だった。
エリの顔を覗いてみる。
目が大きく見開かれ、驚いた表情を浮かべている。まさに驚きの表情だ。
「え…私に?」
彼女の声が少し震えている。エリは、箱をゆっくりと手に取り、私の目を見つめる。
「本当に、これ、私にくれるの?」
エリは箱を開けると、目の前では鮮やかな色合いのネックレスが顔を覗かせる。彼女の目がキラキラと輝いている。
「まあ、友達だし、ね。」
俺は余裕そうに軽く肩をすくめる。
内心では、心臓バクバクだけど。
「ありがとう!こんなの、私にはもったいないよ!」
エリは目を輝かせながら、私を見上げてくる。
その瞬間、彼女の瞳の中にこっそりと隠れていた期待の感情が見えた。
やばい、かわいい。
「まぁ、頑張ってるエリにはピッタリだと思ったんだ。」
こんな時に、気の利いた言葉でも言えたらなと思う。益々、前世での非モテが恨めしい。
「本当に、嬉しい。こんなのもらえるなんて夢みたい。」
彼女は笑顔で、まるで夢中の淵にいるかのようだ。心の中で自分自身が灯った何かの感情が大きくなっていくようだった。
「おう、大事にしろよ。俺の人生初のプレゼントだからな!」
「うん!」
もしかしたら、この瞬間俺には友達以上の感情が芽生えているのかもしれない。
思えば、前世の時のような感情である。
早速、エリは首からネックレスを下げ、嬉しそうにこちらに笑いかけた。
派手なはずのネックレスの輝きですらも、飲み込むくらいに輝いているように見えた。
友達でいれる間は何も考えず自分の思ったことに従おう。
運命の分岐点はいつどう起こるのかは分からないのだから。
だから、今は楽しもう。
こんな何気ない日常でさえも、あの時のように一瞬で崩れ去ってしまうのだから。ーーー