第一話 本と魔法とアーティファクト
ーーー転生から2年近くが経過した。
この2年間、特に何か大きなイベントが起こることなく過ごすことができた。
最初は、寝返りすら打てずにぼーっと上を見て時間を過ごすしかなかったため、苦痛以外の何者でもなかったが、最近はある程度自由に動くことができている。
父さんと母さんは、動き回るのを心配して、ベットに柵をかけた。だが、俺の前では、柵なんて関係はない。乗り越える柵は高いほど燃える。
家庭環境はすこぶる良好で、父さんと母さんの仲は凄く良く、おしどり夫婦という表現がピッタリであった。
そんな感じで、両親は俺の転生した天久周理を余すことなく可愛がっている。
俺は赤ん坊という短い期間しか使えないジョーカー的なカードを遺憾なく使っている。
特に『周理スマイル』が、必殺の武器になっている。
すっかり忘れて居たが、赤ん坊というのはつくづく便利なものである。
物を壊しても、漏らしても怒られない。
お腹空いたり、暇になったり、まだ本を読んでたかったり。何か困ったらとりあえず泣けばいい。
世界中で1番赤ちゃんライフを楽しんでいる自信がある。
天久周理は2度目の赤ちゃんライフを絶賛謳歌中である。
「よし、いないな。」
ハイハイもついに卒業し、普通に歩けるようにもなってきた。まだ、長い時間歩くと疲れてしまうがそれは鍛えていけば良い話だ。
勝手に歩くと母さんに連れ戻されるため、居ないタイミングを見計らってベットから脱走する。
今日も書斎に行って新しい知識を得ていくとするか。
ドアを開けると、見慣れた薄暗い部屋が広がる。古びた本や奇妙な道具が整然と並べられていた。多分、母さんが整理をしているんだろう。
ここに入ると、いつも心臓が高鳴るのを感じる。別に悪いことをしてはいないのであるけけれど。
「今日は父さんいるんだったな。」
父さんと母さんと3人で暮らしている。
父さんはギルドに所属しているため、ほとんど家に帰ってこないし、帰ってきてもすぐに寝て、すぐに出発してしまう。
冒険者というものはすごく大変である。
有名な冒険者になることができれば、莫大な富と名声を手に入れることができる。
しかし、リスクも当然ある。
魔物と戦うことは、命の保障は無いし、一度出発してしまうと、数ヶ月帰ってこないこともある。
実際、母さんも少し寂しそうな顔をしている時もある。
ただ、感謝しないといけない部分はある。
父さんにはある程度の実力がある。
冒険者として、ある程度名が轟いており、生活には困らない。
それに、書斎には魔法や剣やこの世界の歴史について書かれた本がたくさんある。
俺はここ1年、色々な本を読み漁り知識を得てきた。
そして、分かったことがいくつかある。
ーーー500年前、ある科学者が有史以来の発見をした。
『人には、隠された力がある!それを引き出せばこの世界を豊かにできる!』と。
『エネ』と後に呼ばれるその力は、その後の歴史に多大なる影響を与えた。
あるものは火を放ち、あるものはただのナイフで岩を裂き、あるものは水の無いところから洪水を起こすことができる。
人間は新たなる力に歓喜し、平和へと向かう希望の光になると考えた。
しかし、数千年以上に渡って争い続けた人間にとってそれは大きすぎる力となってしまった。
大国はその大きすぎる力を恐れた。いずれ力を持つものが現れ、支配される側に回るのでは無いかと。
そしてその恐れは、例に漏れず争いの火種ともなったのだ。
それは世界を巻き込む大きな波となりたくさんの命が失われてしまった。
人々は『エネ』を恐れ、やがて使うこと自体を禁じた。
突如として「魔物」が現れるでは。
突然、世界に襲来した魔物は、疲弊した人類を根こそぎ狩り尽くすかのように蹂躙していった。
武器や兵器。人間はあらゆる手を尽くして対抗していった。
しかし、魔物の前ではなんの意味もなさなかった。
人々はこう思った。
『我々は神の怒りに触れてしまった。』と。
人間達はあらゆる手を尽くして対抗しようとしていた。
しかし、現実は非情であった。圧倒的な力の前に人は絶望し、淘汰されるのを待つしかなかった。
追い詰められた中で、対抗する手段は一つしか残されて居なかった。そう、『エネ』である。
人々はなんとか力を手に入れ、対抗し何とか抑え込もうとした。
血で血を洗う泥沼の戦いが続いていった。
その中で、12人の英雄が現れた。
後に『英雄12士』と呼ばれる12人は、各地の魔物を撃破。
人口の2割を失った人類を勝利へと導いた。
戦争後、再び魔物が現れた時のために、12人の英雄が世界を12個の国へと分け、統括していった。
第一国から第十二国まで分けられた。
それぞれの国は英雄の元、平和を謳歌したいた。
しかし、英雄が亡き後に再び魔物が現れ、世界は混沌へと向かっていってしまった。
それから500年後の現在。
一部では魔物が支配する地域もあるなど、未だ魔物の脅威に世界は晒されている。
果たして魔物から世界を守り抜くことはできるのか。
戦いは続いていく。ーーー
これはとある歴史小説の冒頭だ。
俺が本で読んで学んできた歴史も大体こんな感じであった。
魔物との闘いの中で記録が無くなったりして、歴史は飛んでしまっていることもあるがここ500年以上は大体、戦っているらしい。
ちなみに、俺が住んでいるところは、剣神と呼ばれる瑠千山って英雄が統治していたらしい。元の日本とほとんど同じ場所である。
そのためか、周りを見渡しても俺にとって馴染みのあるかつての日本の面影が残った街並みをしている。
街並みは似ていても俺の知っている日本とは大違いだな。
事実は小説より奇なりか。
前世で読んだどんな小説よりもファンタジーだ。
父さんの本棚には数百冊ほど本が置かれている。
冒険者に必要な知識の書かれた本や魔法指南書、はたまたファンタジー小説まで、多種多様な本が置かれている。
俺はこの1年で10冊も読めて無い。
集中力が切れてしまうからだ。
前世で碌な本を読まなかったことを恨めしく思うよ。
とりあえず、分かった情報から整理する。
この世界は、冒険者と呼ばれる者たちが存在ししている。
この冒険者が魔物と戦い世界を守っている。今の時代において、なくてはならない存在だ。
まぁ、簡単にいってしまえば、ここがファンタジー小説で軸になるところだろう。
剣と魔法を駆使して、命をかけて戦う。世の中の男子であるならば、一度は憧れたであろう。
冒険者になるには、まずは冒険者本部で登録しなければならない。
ただ、冒険者登録をしなくても魔物は狩れる。陰で暗躍する謎の冒険者というものも憧れであるが、素材の買取や武器装飾の貸与や支給、購入。最新の魔物の情報、その他諸々の手当が得られないので、入らないという選択肢は実質的には無い。
その他ギルドや冒険者ランクとかあるのだが、細かいことは後。
さてと、今日はなんの本を読もうかな。
「あう?」
なんだこの本、本棚の奥に隠されるように置いてある。
もしかして、何か重要な本じゃないか!読むしか無い!
タイトルは…漆黒の日々…。
作者は天陽〜ヘブンサンライズ〜…。
書き出しは俺の邪眼の力が発動した時、世界は闇に包まれるか…。
天陽、天陽…天久…陽一。
今、何故か父の名前が浮かんでしまった。
俺は、とんでもないアーティファクトを掘り起こしてしまったようだ。
怪我では済まない傷を負ってしまいそうだ。
これは、男と男の秘密にしておこう。
「はっ。」
…こんなこと考えてる場合じゃなかった。
日課をこなさなくちゃ。
前で手を組み、座禅するようにっと…。
日課とは、身体中に力を込めてマナを向上させること。
まず、エネを集める前に気を整えることから始める。集中力を高めるのもそうだが、空気を取り入れることで自然の力を体内に取り入れるらしい。
自身を自然の中に溶け込ませ、自然の力を己の中に宿す。
そうやって、エネが成長していく。
禁忌のインペリアルという本で読んだ情報だが、なかなかに使える。
広辞苑ほどでかいんじゃないかと思うが、その中でも、まだ数ページ程度しか内容を理解できていない。内容が正直難しすぎる。
しかし、たった数ページの中の内容、これだけで実践しただけで成長を実感できる。
赤ちゃんの俺にもめちゃ分かりやすい。
…こんなに良い本を漆黒の日々を隠すためだけのように上に重ねてたのかよ。父さんは、意外と残念な人なのかな…?
具体的な修行方法としては、呼吸法や特定の部位に力を入れること。そうすることによってエネは自然と集まってくる。
今は、特にお腹周りに力を入れている。
簡単そうに見えるが実に難しい。
エネを感じ取れるようになるまで、1年はかかってしまった。
他の人はどうなのだろうか。
普通なのか早いのか、はたまた遅いのか全く分からない。
とりあえず、今は自分のペースでやるしかない。
今できることを、やっていくだけだ。
エネを持てる量には上限がある。
簡単に言うと水槽に水を入れるイメージ。
今の特訓はこの水槽の大きさを大きくする訓練。
上限を超えたエネは溢れ出してしまう。
溢れ出しすぎると、エネに体が侵食され、中毒みたいな感じになる燃料溺体症って症状が出たり、体が爆散したりするらしい。恐ろしい話である。
しかし、エネを使うことが無い今は容量アップに集中できる。
魔法を使うよりも先にエネの容量アップが先だ。
足が短くて座りづらいけど、今は我慢我慢。
「周りから流れ込んでくる。」
前よりも、エネをずっと強く感じることが出来るようになった気がする。
お腹の周りにスーッと力が漲ってくる感じだ。
こうやって良くなっていくのを実感できるとモチベーションが上がってくる。
勉強はやる気にならないけど、これはファンタジーの修行パートみたいですごく楽しい。
よし、今日はもう一つ新しいことだ。
思い切って全力で力を込めよう!
腹回りを意識して…
「ううっ!」
あ、待って。
肛門から何かが…臭っ!
「…ふっ。」
こりゃあれだ。またやっちまった。
笑うしかない。
最近は慣れてきたけど、一応元高校生だったか少し恥ずかしい。
…また泣かないとか。
いや、厳密に言うと叫ぶだが。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「どうしたの、周理!?とんでもない、叫び声が聞こえたよ!?」
母さんが飛んでくる。
毎回、両手に洗濯物か洗い物を持っているから、申し訳なる。しかし、そのままにしておくと、お尻がかぶれるから、しょうがない。
最近は泣くのは疲れるから叫んでいる。
叫び声の方が腹を鍛えられる気がするからだ。決して横着では無い。修行だ修行。
そんな、大きな声じゃないと思うのに母親って本当にすごいな。
「あら、うんちね。おむつ交換しましょうね。」
うぅ…慣れない。
女の人に隅から隅まで見られるのは本当に恥ずかしい。
最初は興奮するとか思ってたけど、人間の尊厳を失ってるみたいで非常に苦しくなる。
「これでよしと。」
慣れた手つきでものの数分でオムツ交換を完了させた。
最近は特に早くなってありがたい、尊厳踏み躙ら
れる時間が減っていくから。
オムツが蒸れて痒くなった時も躊躇いなく泣けるようになった。
「あ、また本を読んでたのね!本当に好きねー!お利口さんだから、ママが抱っこしてあげる。」
軽々と持ち上げるなぁ。
俺も相当重くなったはずなのに。
最初は高いから怖かったけど、こっちはだいぶ慣れた。
「ママ、力持ち。」
ここ最近、自分の意思をそのまま話せるようになった。
舌がまだ周りからないから、単語単語にどうしてもなってしまうが、今までコミュケーション取らないで泣きまわるしかなかったからだいぶ進歩した。
異世界転生をした人はみんなこの苦痛を味わったのだろうか。
「そうでしょ周理!ママは凄いんだから!この本は何かしら?漆黒の日々?これを読んでたのかしら。あとでパパに見せようっと!」
ん?今なんて言った?気のせいか?
「さて、パパはどこにいましゅかねー、周理。」
決して広くは無い家の中をパタパタと足音を立てて軽快に走っていく。
当たり前であるが、家の構造は熟知しているため、スムーズに進んでいく。
やがて、庭の方へと進んでいくと、父さんの姿が見える。
「あ、いたいた!パパー。」
「おー、ママと周理じゃないか!周理、げんきにしてまちたかー!」
父さんは子煩悩である。
俺の姿を視認すると真っ先に駆け寄り、頭を撫でながらでちゅよ言葉を放ってくる。
大の大人であれば恥ずかしくて出来ないのであるが、子供の魔法とは凄いものだ。
「パパー、何やってたの?」
俺の手を掴み、フルフルと振るように揺らす。
父さんはいつも忙しそうだ。
ほとんど村に滞在しないお陰で、村の人たちからは「変な人」と呼ばわりされている。
俺たち家族は、父さんがどんなことをしているかは知っていらけれども、村の人たちにとっては理解できないのであろう。
「ん?魔法の修行だ。今度新しい魔法を使ってみたくてな。」
魔法!?しかも新作!
人というものは新作という表現に弱いとつくづく思う。
「危ない魔法じゃ無いでしょうね?」
「うーん?どうだろうか?」
そこは、安全だよって言ってくれよ。
じゃないと母さんが許可してくれないだろう。
ほら、眉間に皺がよってるじゃないか。
まあこんな時は…。
「パパー見たい!」
必殺の周理スマイルだ。
満面の笑みとちょっとの上目遣いを加えて。
我ながら完璧だと思う。
「う…!」
「うわぁ、可愛い。」
ほら、デレデレしてる。
これはもう落ちたな。
「はぁ、分かったわ。一度だけだよ?」
ふふ…作戦通り…!
「よーし!じゃあ気合いを入れるぞー!」
そういうと、ふーっと息を吐きながら手を差し出し、父さんは目を瞑る。
バチバチと音を立て、光が手先に集まってくるのを感じる。
自然の流れが変わり、一瞬で俺の上限を軽く超えるエネが集まった。
集められたエネは、まばゆいばかりの光と姿を変えて、周囲を照らしている。
信じられない光景だ。
今まで、物を引き寄せたり、火をつけたりあくまで日常の延長のような魔法を見てきた。
しかし、今は違う。初めて、魔法に触れた時以上の衝撃が降ってくるのと同時に恐怖すらも覚えた。
俺は目を見開き、息を呑む。
「見てろよー、2人とも!フォトン・イメージ!」
光が宙を舞い、まるで生きているかのように形を変えていく。
少しずつ形を変えていき、見たことがある形となった。
「槍!?」
キラキラと輝く光の中に間違いなくそれはあった。
「すごいね周理、綺麗ねー。」
父さんは槍を手に取る。
すごい!光を持てるレベルまで具現化したのか!
武器の具現化。恐らく上級レベルだ。
父さんはそこまでのレベルの冒険者なのか?
「くぅぅ。」
しかし、バチンと弾ける音がして光の槍は消えてしまった。
「ダメだー!やっぱり難しいなー。」
父さんは、悔しそうに拳をぐっと握る。
「ううん!具現化は難しいからあそこまで行くのはすごいよ!」
「ありがとう周理!具現化なんて難しい言葉良く知ってるな!どこで習ったんだ!」
父さんは、母さんから俺を取り上げるようにヒョイっと持ち上げる。
ゴツゴツした硬い手だ。
母さんの方は包まれるって感じがするけど、父さんの方は安定感がすごいって感じだ。
「パパの本!パパみたいな魔法使えるようになりたいんだ!」
そういうと、父さんは嬉しそうにニコリと笑う。
「あ、そうだ。周理がこんな本を読んでたよ!」
そういうと、母さんが手に持った本をヒラヒラと見せる。
「おー、将来は学者にでもなるのかな!それとも魔法使いか!楽しみだ!」
気が早い。
父さんも母さんも本当に仲が良いな。
「見たことない本なんだけど、一体どんな本なのだろう?」
母さんがページを開こうとする。
手に持つのは真っ黒い本だ。
「ん?どんな本なんだい?」
パラパラとページを捲る母さんの手を横から覗き込むようにする。
しかし、なぜか父さんの動きはピタリと止まってしまう。
どうしたんだろう。どこかで読んだ本だな。
…ん?真っ黒い本…?
これまずい。
「ぐ、ぐやぁぁぁぁぁ。」
ほら、聞いたことない声出しながら、床をのたうち回ってるじゃないか。
「ど、どうしたのパパ!体調でも悪くなったの?」
母さんのせいだよ!
たった今、体調悪化なんか比較にならないくらいに心に深〜い傷を負ったんだよ!
「返せ!」
父さんは、母さんの隙をつき本を持ってどこかへ走って行ってしまった。
「なんなのかしら、変なパパ。」
「ハハハ…ッ。」
フォローする言葉が見つからない。
とりあえず、中身は見られたけど内容はよく分かっていないらしい。
このことは、後でパパに教えてあげよう。
どんな回復魔法よりも間違いなく回復するだろうから。
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