プロローグ 異世界転生
ーーー異世界なんてあるわけが無い。
俺はそう思っていた。
いや、そう思おうとしていた。
もしあると知っていたら、俺は甘えてしまっていただろうから。
普通に高校に通い、友達と遊び、家に帰ってゲームとか漫画で暇を潰す。
生活の中に不満は何一つ無かった。
普通と違う点といえば、親が居ないこと。
両親は若い頃に離婚した。俺は母親について行ったが、その母も死別した。
すでに、新しい家庭を築いていた父親は引き取りを拒否し、俺は孤独になった。
ただ、父親だった人はこまめに、生活費を送ってくれるもんだから、衣食住には困ってないし、ちょっとした贅沢だってできた。
正直、何不自由ない生活だろう。
ただ漠然とモヤモヤは感じていた。孤独を感じていた訳でも、日々変わらない生活に対しても無い。 心の中につっかえがあるようなモヤモヤがある。
そんなに真剣な悩みがあるわけでは無い。
俺は誰かに認められたかったのかもしれない。
テレビで見た、ファンタジーの中みたいに国を、世界を救う。
そして、みんなからチヤホヤされる。
まぁ理想は理想。現実にはならない。
勉強も運動も平均以下の俺は、そんなことに妄想を膨らませ続けることしかできなかったのだ。
あの日が訪れるまではーーー
ーーー昼下がりの学校の屋上は、澄み渡るような青空が広がり、穏やかな風が頬を撫でていた。
俺はただ一人、その空間の静けさを楽しんでいた。何もかもが普通で、平穏無事な日常だと思あるようだった。
だが、運命が俺を試すかのように、全てが変わってしまった。
『峰山くん、ごめんね。あなたと付き合うことは出来ないわ。』
この言葉がずっと胸に突き刺さる。
ズキズキと痛むような感じ。
身を焦がすような思いと聞いて、どんなことを想像するだろう。
多くの人は恋焦がれた時を想像するだろうか。
それか、直接的な表現で実際に身が焦げるほど熱いところを想像するだろうか。
人それぞれあると思うが前者はつい数刻前に破れた。
そして、後者は現在進行形で感じている。
「お主、何を惚けているでござるか?」
ただ1人楽しんでいたと思っていた空間に邪魔者が入ったようだ。
振り返ると見覚えがある姿が1人。
俺は、少し目配せをした後、無視を決め込むことにした。
「あー、あっちー。」
タコであれば茹蛸に、アイスであればすぐに液体となってしまうような、暑さがまとわりつく。
今日の最高気温は36℃って本当か?
それ以上に暑く感じるんだが。溶けるって表現しか出てこない。
休み時間なのに、休めなさすぎる。
2100年を迎えた日本の夏は鬼のように熱い。
夏は平均気温は40℃近くになり、年々昼間に外出する人が減っている気がする。
俺の憩いの場所である屋上は夏場に限っては地獄と化してしまう。
本当は、エアコンの効いた教室でのんびり過ごしたいが、お生憎ぼっちの俺はそんな場所にいるのはこの地獄にあるよりも地獄、大地獄である。
「無、無視でござるか!?」
男は叫ぶ。
この暑さであるため、余計に耳に響いて鬱陶しい。
そんな、俺に構わず1人で続ける。
「デュフフフ、貴様も甘いでござるな!」
相変わらず、笑い方変だなこいつ。
見た目も、相まってめちゃくちゃ変わり者と思われているが、喋ってみると良いやつだと思う。
「そんな汗かいてるやつに言われたく無いよ。」
インキャでコミュ障の俺は、そんな奴に大いに救われている面がある。
まぁ、いわゆるボッチでお互いの傷を舐め合っているだけなのだが…。
「僕のように、鍛え抜いたボディーさえあれば、暑さなど、なんの問題もないのさ!」
鍛え…?抜いた…?ボディー…?
下から上までワガママ三昧の体してるのに?
こいつ基準だと、炭酸ジュースとお菓子詰め込んだら鍛えた判定もらえるの?
「もしかして、笑うところ?」
「なんで、笑う必要があるのでござるか!いたって真剣であります!」
こいつのポジティブさに呆れつつも少し羨ましい感じもする。
「真剣なんだ…。」
基準甘いなこいつ。まぁ、いいけど。
「しかし、貴様も不憫でありますな。まさか、あんなに盛大に振られてしまうとは。」
先刻の黒歴史を早速ほじくり返すとは、相変わらずのデリカシーの無さである。
てか、なんで知ってるの?もう広まってるの?
まぁ、良いけれども。
「言うな、佐久山。男たるもの、勝負に行く時は行かなくちゃだろ?」
そう。今日、俺は告白をした。
小学校の時から片思いをしてる美咲ちゃんに。
きっかけは本当になんでも無かったと思う。席替えで隣になった時に仲良くしてくれた。
ただそれだけ。
小学生はすごく単純なのだろう。
ちょっとしたことで、色々なことに興味を持ってしまう。
大抵はすぐ忘れてしまうのであるが、俺は今日まで忘れなかった。
「お主、一途だったからな。拙者と違って女の子に誘われても断ってたでござる。」
肩トントンってすんな、お前に慰められるほど落ちぶれちゃいないぞ。
「あぁ、確かに。佐久山は…頑張ってるからな。」
危ない危ない。佐久山は誘われたことすらないからな。と思わず口にするところだった。
事実は時に、人を傷つけてしまう。
なんでも本当のことを言えばいいってもんじゃない。
「てっきり華山さんは、お主のことが好きなのだと思っていたでござる。」
華山美玲。俺がさっき告白し振られた女子の名前。
可愛らしい顔もそうだが、スポーツ万能で頭も良く。天に愛されていると言っても過言ではないだろう。
「俺もそう思ってだんだけどな。華山は小学校に入る前から知ってたし。ただの、お隣さんだけだったんだ。」
そう、ただ家が隣で毎日遊んでいただけ。
そして、時々俺を助けてくれただけ。
そこには、恋愛感情は無かっただけだ。
「それよりもだ、佐久山。お前の口調はいつ定まってくれるんだい?めちゃくちゃむずむずするんだけど。」
「キャ、キャラがまだ決められないであります。」
そういえば、キャラ変するって言って口調変えてたな。
キャラ変と言えばって、流石に小手先すぎる。
「恋は甘くない、でござるな。」
見慣れたドヤ顔。
思えば、この1年半はこいつとばっかりいる気がする。
「うるせぇ。なんか奢れよな。」
「分かったでござるよ。って、あれ華山さん?大丈夫でありますか?」
「ん?」
華山、なんかフラフラしてないか?
脱水でもしてんのか?
いや、違う。
あいつ、体が弱いんだ。
この暑さだ。脱水症状なら低血糖が重なってるんだ。
「おい、佐久山、このお菓子と飲み物を華山に渡してやってくれ。」
「良いのでござるか?お主の株が上がるチャンスでありますのに。」
「良いんだよ。振られた男だし、もしかしたらお前に新しいチャンスが来るかもだろ?ほら、座り込んでフェンスに寄っかかって…」
ミシミシという明らかにその場には似つかない音が響いた。
たしか、そこはフェンスの金網が弱ってるところだ。この前、業者が修理したけど暑さのせいで、金具が外れやすくなってるんだ!
この情報はここの主である俺しか知らない!
「華山!!!そこ危ない!」
力の限り叫ぶ。
ついさっきまで名前を呼ぶのも憚れていたが、そんな場合ではない。
「ん?景ちゃん?」
彼女も驚いた表情で、こちらを見つめている。
やばい、暑さで理解できてない。
これは、まずい!
「早く離れろ!」
頼む、気付いてくれ!
「さっきはごめんn…きゃあーーー!」
その時、突然、何かが崩れ落ちる音がした。
そして、目の前でフェンスが崩れ去る。
反射的に、彼女を庇うように前に出た。
頭よりも先に足が動いた。
「フェンスが!」
崩れた。
なんでよりによってあそこに寄りかかるんだよ!
今までないくらいに体が反応した。
先ほどまで茹だるような暑さであったが、風を感じるほどの速さで涼しさすら感じられた。
間に合え、手を伸ばせ!好きな人を死なせるわけには!
「華山!!!」
心臓が激しく鼓動し、恐怖が全身を駆け巡る。
フェンスが崩れる瞬間、私の視界が暗転した。
「景ちゃん!」
俺は身を投げ出すように手を差し伸べる。
華山が必死に俺の手を求め掴んだ。
俺は全身の力を込めて引っ張り上げた。
「良かった。」
走っている間の時の流れががスローモーションのように遅く感じた。
俺の中で何かを制限していたリミッターのようなものが外れた。そんな感じがした。
腕伸ばしてみるもんだな。助けられて良かった。
さっき振られた女の子を助けるなんて、案外俺はお人好しだな。
ってなんで俺は、華山のこと見上げてるんだ?
さっきまで俺が上にいたのに。
何が起こったのか、理解する間もなく地面が迫ってくる。
華山の驚愕の表情が、心に焼き付いた。
そうか、俺落ちたんだ。
よかった、華山じゃなくて。
落ちていく瞬間、時間が止まったかのように感じた。彼女の驚きの表情が、ゆっくりと遠ざかっていく。彼女を守るために、私は何も考えずに行動していた。不思議と俺の命はどうでよく、ただ、華山の無事を願っていた。
俺ってお人好しなのかも。
ドシャッ!
という音が鳴り響いた。
一瞬、静寂が訪れる。
周りのみんなが俺に注目したいる気がする、なんだろうか。
その音から一瞬遅れて、傷みが雷のように降ってくる。
時間が止まったかのようだった。
身体が地面にぶつかり、激痛が走ったのを理解するのに時間はかからなかった。
意識が朦朧とし、周囲の音が遠くに感じる。
「い…たい…。」
なんだこれ、体が動かない、痛い。意識が飛びそうだ。
「キャーーーッ!」
「誰か落ちたぞ!」
「誰か救急車呼べ!」
周りの叫び声がかすかに聞こえる。
不思議と冷静に状況を把握することができた。
「…ゴフッ。」
俺、落ちたのか。
痛い痛い、体が痛い。
全身の骨が折れている。周りの血反吐は全て俺が吐き散らかしたと、何故か直感的に把握することができた。
「…ァー。」
声出すこともできない。
俺死ぬのか。
まだ、何も成し遂げて居ないのに。
「景ちゃん…。」
華山の声は不思議とはっきりと聞こえる。
華山、そんな顔で俺をみるなよ。
…落ちたのが俺で良かった。
華山は無事ならそれで良い。
そういえば、さっき名前を呼んでくれたな。咄嗟のことだったけど、ここ最近は苗字で君付けだったもんな。少し、昔に戻れた気分になった。
華山が俺の手をしっかりと握っている。
先ほどから一瞬のうちに降りてきたのか。
「景ちゃん、しっかりして!私を庇って…。」
顔が青ざめ、涙が溢れそうになっている。
不思議と死んでしまうのは怖くは無かった。
そうか、思えばこの命はほとんど華山から貰ったものだった。
助けてくれたあの日から俺はずっと…。
いや、よそう。無駄なことだ。
「華山、俺は…大丈夫だ。」
無理に笑顔を作ろうとするが、痛みで声がかすれる。
彼女の目が、不安と恐怖に満ちているのが分かる。
「俺は…君を守れてよかった。」
最後に一つ恩返しができたかな。
俺の言葉を聞き届けると、華山は決心したような顔をし、こちらを真っ直ぐに見据える。
「ごめんさっきは。私思わず断っちゃって。でも、本当は景ちゃんののことが好k」
「相棒ーーー!」
佐久山なんてタイミングだよ!今、なんか大事なこと言おうとしてなかったか!?
「ちょっ…抱きつくな…」
痛い痛いほんとに死んでしまう。
「相棒!相棒ーーー!」
意識が朦朧としてきた。
嘘だろ?
俺の最後の光景は、佐久山とのハグかよ。
なんでこうなっちゃうの…。
ここで、俺の意識が完全に途切れた。
ーーー
ーーーなんだ、息苦しいな。目覚まし鳴ってないからまだ寝てられるのに…。
って、ん?知らない天井…ここはどこだ…?
「んー。」
ダメだ、振り向こうにも首が回ってくれない。
それに、声も出しずらい感じだ。
「どうしたの?周理。」
「ギャッ!」
び、びっくりした。なんだこの若い女は、見たことがないぞ。
黒髪で長髪。クリクリとした目をしていて、活発そうな女性である。
そういえば、俺はあの後どうなったのだろうか?
もしかして、助かって、この女性に連れてきてもらったのか?
お礼を言わねば!
「アウアウアウ…。」
あれ、待ってくれ。
なんか、舌が回らない。
なぜだろう、アウアウアウしか話せない。
それに、頭に靄がかかったような感じ。眠気というか、気怠さというか。凄く嫌な感じだ。
「ねぇ!パパ!この子何か話そうとしてるよ!」
パパ?この人のお父さんか?
「おぉ!本当か!この子は俺たちに似て凄く賢いのだろうな!」
随分とゴツい体してるな。精悍な顔立ちだし、もしかして、格闘技かなんかをやってるのか?
年齢的にはこの人の旦那さんだろうか?
それに、この子って誰のこと?
分からないことだらけだ。
とりあえず、なんとかして情報を聞き出さなければ。
「マママ。」
ダメだどうしても、破裂音とか簡単な単語しか話せない。
「パパ!今この子ママって言ったよ!」
「…!パパ!パパって言ってごらん。」
なんだこの2人は頭おかしいんじゃないか?
パパって言って欲しいなら言ってやろうか。
「ばば。」
ダメだやっぱり口が回らない。
それに、少し考えると靄みたいなものが頭に流れてくる。なんだこれは。
「くー、惜しい!」
「次は、言えるよね!…周理、眠いの?眉間に皺を寄せて顰めっ面して、しわできちゃうよ。」
周理さん、呼ばれてますよ。
って、ぐいーーーって、眉間を伸ばさないで下さい。
まるで俺が周理で、顰めっ面してるみたいじゃないですか。
「…周理?どうしたのオドオドして?抱っこしようか?」
じっとこちらを見つめてくる。
本当綺麗な目だ。吸い込まれそうになる。
って、体の下に手を入れてきた、まさか抱っこするんじゃないか!?
「よいしょっと。」
む、無理だって。
確かに、もやしだなんて言われるくらいには細いけど、一応高校生ですし、抱っこだなんてそんなこと、華奢な女の人じゃ無理だって!
「よし、周理おいで!」
あ、あれ軽々と持ち上げられた。
どうなってんだって…鏡…。
短い足に短い腕、そして女性に似た綺麗なクリクリの目…。
な、なんだと…。
なんだこれ、なんで俺赤ちゃんになってんだよ?
「ほら、高い高い。」
「うわ、周理楽しそう!高い高い本当に好きだな!」
ダメだ揺らさないで、感情も頭の中もぐちゃぐちゃになってくる。
「オギャーーーーッ!!!」
ダメだ。何故か情緒がめちゃくちゃだ。
悲しくないのに込み上げてくる。
「あー、よしよしごめんね。高かったかしらね。大丈夫、ママがついてるからね!」
「よし、俺の盆栽コレクションを見て、落ち着かせようか!」
そんなんで落ち着くわけが無いだろ!
「アウアウ…。」
なんだこの胸の安らぎ。
これがお母さんパワーなのか。
…これだけ状況が揃えば嫌でも分かる。俺は恐らく転生したのだろう。
そして、ここにいる2人の子供。
姿からして本当に生後間もないって感じだ。
この両親の顔の感じからして、同じ日本人。
そもそも、話してる言語が日本語だから、まず間違い無いだろう。
ただ、分からないことだらけだ。一体どこで誰の元に生まれたのだろう。
そもそも時代は2100年なのか?
ダメださっきよりも靄が強くなってきた。
急激な眠気が襲って力が抜けてくる…。
全身の力が抜けて…
『ぷぅーーーっ。』
あ、やっちまった。油断してしまった。
俺は、赤ちゃん。あの頃の俺よりも力は弱い。
ちょっと気を抜いただけだったが、肛門括約筋まで力を抜いてしまった。
「あら、周理!オムツ交換しなくちゃ!」
…なんて屈辱だ。高校生にもなって…。
いくら赤ちゃんになったからって気を抜きすぎだ…。
「たしか、オムツは、あそこら辺に…あったあった…。」
手を伸ばしてどうした?
空中にオムツは無いぞ?
「アトラクト!」
アトラクト?何呪文みたいなの唱えてるんだ。
もしかして、厨二病?同族なのか?
って、あれなんでオムツが浮いてこっちに向かってきてるんだ?
そして、それを難なくキャッチ。
何が起こってるんだ?
「よーし、オムツ交換したらいっぱい寝るんだぞ周理!」
いや、待ってさっきの現象について聞かないと!
とんでもないことが起こってたよ!
「よし、オムツ交換しましょうねー。」
そうじゃなくて!
「そうだ。パパ火を起こしてもらって良い?周理が寝る前にお風呂に入れないと。」
「あぁ、良いぞ弱火球!」
伸ばしたてからスーッと暖炉に火の球が飛んでいった。
もう、ダメだ考えるのをやめよう。
多分、これはそう、魔法ってやつだ。
そして、これはそう、異世界転生ってことにしとこう。
ん?異世界…転生…?
ま、まさか、そんな…転生は転生でも…異世界かよぉぉぉぉぉぉ!!!
「オギャーーーーッ!!!」
ーーー