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逆境の徒花 ~女刑事・三上久美子の場合

作者: ビジョンXYZ

 時は西暦2058年。2020年代に長らく政権与党を担ってきた自由党が、与党から転落するという事変が起きた。当時日本はリベラル的な価値観が主にマスメディアによって広められ、マスコミや国際機関に忖度する日本政府は急激に左派に偏り、リベラル化政策を推し進めていった。


 しかしSNS全盛の時代にあって過度なリベラル化や外国偏重政策に反発する日本国民の声が次第に顕在化。それはやがて大きなうねりとなり、その潮流に乗って登場した『神国党』という新興保守政党が国会に議席を得る事となった。


 神国党は『古き良き日本』『強く豊かな日本を取り戻す』をスローガンに、自由党のリベラル政策を牽制。次々と保守、懐古的な政策を打ち出し、行き過ぎたリベラル社会に疲れ果てていた国民の熱狂的支持を得て更に躍進を重ね、急激に議席を伸ばしていき、遂には政権与党の座を奪うにまで至った。


 だが神国党には『もう一つの顔』があった事を、リベラル政権を打倒する事にだけ熱狂していた国民達は知らなかった。『古き良き日本』を標榜する神国党には、与党となった衆参合わせて400議席超のうち只の1人も(・・・・・)女性議員が存在していなかった。その意味(・・・・)に当時の国民達が気づく事はなかった。


 そして神国党が与党となり、長期政権を維持したまま30年ほどの年月が過ぎた現在……



******



「ふぅ……いよいよ今日からね。あの馬鹿げた法律(・・・・・・)が施行されるのは」


 警視庁捜査一課の警部補である三上(みかみ)公美子(くみこ)は、朝の自宅で出勤前だというのに憂鬱な気分でため息をついた。しかしいくら嘆いてみた所で現実は変わらない。自分はそれを承知で『警視庁に残る』事を選んだのだ。他の生き方は出来ないし、する気もない。今さら泣き言は言っていられない。


「為せば成る、だわ。しっかりするのよ、私!」


 公美子はそう自分に言い聞かせて、空元気を振り絞って家を出た。都心に程近いマンション街の一角に彼女が住んでいるマンションがあり、職場である警視庁までは専ら徒歩と電車通勤となる。


 駅までの道を颯爽と歩くパンツスーツ姿の公美子に、道行く人々の視線が集まる。


 年齢は今年で31歳と、女性として最も成熟した脂の乗った時期であり、露出の少ないパンツスーツの上からでも分かる、メリハリのある均整の取れた肢体。それに学生の頃から人目を惹いてきた派手な美貌が華を添える。やや茶色がかったロングヘアが風に靡く度に、すれ違う通行人が振り向く程であった。


 しかしそんな美貌のキャリアウーマンそのものといった風情の公美子の内心は、自信に満ち溢れる表向きの挙動とは異なり暗く、ともすれば陰鬱に沈みがちであった。朝の通勤で行き交う人々も、そして駅のホームで電車を待つ人々も、老若問わずその9割以上(・・・・)が男性であった。


 女性の姿が殆どない。例外はやけに際どいスカート丈の制服姿の女子中高生達くらいか。


 公美子と同じ社会人と思われる女性の姿は、この都心の通勤時間帯にあって本当に数える程度しか見かけなかった。しかも皆、2~30代と思われる若く美しい女性たちばかりであった。そしてそれら数少ない美人女性たちの表情は、例外なく今の公美子と同じく暗く沈んだ物となっていた。


 その理由は痛いほど理解できた。まさに自分も同じ理由で打ち沈んでいるのだから。


(……負けちゃ駄目よ。いつか……必ず、こんな社会は終わるはずだから。それまでの辛抱よ)


 それら数少ない貴重な同胞(・・)達を心の中で鼓舞する公美子。だが彼女自身、それが何の根拠もない希望的観測でしかない事を理解していた。


 電車の吊り広告には神国党のポスターが踊っており、そこには神国党総裁にして現内閣総理大臣である高平慶十郎の姿が、『強く豊かな日本を!』というスローガンと共に映っていた。彼女はそのポスターを親の仇のような目で睨んだ。



 散々注目を浴びながらも職場である警視庁ビルに着いた公美子。世界有数の巨大都市である東京の治安を統括する警視庁には、24時間犯罪や通報に備えて厳密には終業という概念がない。公美子が出勤した時間帯でも既にビル内部は稼働している状態だった。


 しかし忙しく行き交ったり公美子と同じように出勤してくる署員達は、右を向いても左を向いても男、男、男……。受付などの事務方に至るまで女性の姿が全く無かった(・・・・・・)。街中に輪をかけて女性が誰もいない。例外は公美子自身だけだ。


 もうこんな状況になって半年以上(・・・・)は経つので多少慣れてきてはいたが、それでもこの巨大な職場に女性が実質自分1人しかいないという現実を毎回突きつけられるこの風景に嘆息してしまうのは避けられなかった。


 それら男性署員達の目が一斉に公美子に集中する。勿論実質紅一点状態で注目を浴びる事は日常であったが、今日の彼らの目はいつもとは違い明らかな期待(・・)の色があった。彼らが何を期待しているのかを知っている公美子は増々憂鬱な気分となる。


 妙にねっとりとした粘り気のある視線に晒されながら女性用更衣室に向かう。今は実質公美子1人の専用部屋となっており、鍵も掛けられるので内勤で昼休憩時などによく利用している部屋だった。


 最も公美子は刑事であり、今までは(・・・・)出勤時のパンツスーツのままで仕事をしていたので、この部屋を本来の更衣室として使う事はほぼ無かった。だが今日からは違う(・・・・・・・)


「…………」


 更衣室の真ん中に置かれたテーブルの上に、透明なビニールに入った衣装(・・)が畳んだ状態で置かれていた。公美子は無言でその衣装を手に取る。これだ。これこそが公美子の憂鬱の原因であった。


 もう手に取って見ただけで、布地面積が少ない(・・・・・・・・・)事が明らかなこの衣装に、これから着替えなくてはならないのだ。公美子の喉がゴクッと鳴る。弱気が頭をもたげ尻込みしかけるが、朝のミーティングの時間は迫っており遅れる訳には行かない。


(やる……やってやるわ! 神国党や、それに迎合する下劣な男達なんかに絶対負けない……!)


 公美子は一大決心をして、気が変わる前にと強引に自らのスーツのジャケットに手を掛けた……



******



(な、何、この制服……。ただのコスプレ制服じゃない。尋常じゃないわ……!)


 支給された『制服』に着替え終わった公美子は、愕然とした表情で眼前の姿見に映った自分の全身を見やる。そこには水色をしたワンサイズ小さい(・・・・・・・・)警察官の制服を着て、紺色のショートパンツ(・・・・・・・)タイプの制服ズボンを履いた公美子の姿が映っていた。


 トップスはシンプルな警察官用の淡い水色をした半袖制服だが、サイズがキツいため公美子の豊満なボディラインがこれでもかと言わんばかりに露わにされており、胸部を突き上げる双丘の形がはっきりと分かるほど強調されていた。半袖もゆとりが全くなく、上腕のかなり肩に近い高さまでずり上がっていた。


 そしてボトムスは色と材質だけは普通の警察官が履く制服と似た紺色のズボンで、その裾だけを非常に短くしたショートパンツタイプの形状となっていたのだ。公美子の張りのある太ももが付け根近くまで大胆に露出されてしまっていた。


 ストッキングやレギンスの類いを履く事は許可されておらず、まだ30を過ぎたばかりの艶のある熟れた生脚が惜しげもなく晒されていた。


 靴は黒無地のベーシックパンプスのみで、それ以外の色や装飾の入ったパンプスは一切許可されていなかった。またパンプスのヒールの高さは最低でも3.5センチ以上と定められており、靴下も靴擦れ防止用にパンプスからはみ出ない、足指と踵を覆うタイプの物だけが許可されていた。


(あの気持ち悪い新上層部の事だとは思ってたけど、ここまでひどいセクハラ丸出しの制服なんて、嫌がらせとしか思えない……。31歳にもなってこんな格好しなきゃいけないなんて……)


 公美子は羞恥心から紅潮した顔で歯噛みする。神国党が与党となって以来少しずつ憲法が改正され、それに伴って次々と新しい法律が制定されていき、その度に男性の権利は強まり、反比例するように女性の権利は制限され弱まっていった。


 『女は家で男を立てて支えるべし』という隠された男尊女卑の理念を次第に露わにする神国党に、ようやく違和感に気付いた女性達が反発するが時すでに遅し。衆参両院を完全に掌握した神国党には女性議員が1人もおらず、また女性の権利を弱める事で相対的に合法になっていくセクハラや性接待、性上納といった恩恵(・・)によって、経済界や司法界(・・・)、そしてメディア等の各界を牛耳る男性たちも神国党と癒着し、ついには完全なる男尊女卑社会が誕生する事となった。


 警察法もまたそうした憲法改正の煽りを受けて変容した物の一つで、まさに本日から施行される新警察法には『女子の制服に関する規定』が厳格に定められていたのだ。その内容が今、公美子が着ているセクハラ制服という訳だ。なお民間でも同じような法律が今日から施行されており、それが通勤時の他の女性達も暗い表情をしていた理由だ。


 1年ほど前から事前にこの『制服規定』に関する説明が警察内で周知されていた為、公美子以外の僅かに残っていた女性職員達もこの『制服』を厭うて皆退職してしまっていた。



 因みに13歳以上の女子・女性は必ず各自治体の役所にある『専門部署(係員は当然全員男性)』で容姿の審査(・・・・・)を受けなければならないという法律がある。顔の美醜は勿論、身長や体重、BMI、座高やスリーサイズなどのプロポーション……全てが審査の対象だ。評価(・・)は5段階に分けられ、『A』が最も容色に優れているという評価で、逆に『E』が最も容姿が悪いという評価だ。


 この5段階のうち男性と同じ職業に就く(・・・・・・・・・・)事が許されている(・・・・・・・・)のは『A』と『B』のみで、『C』以下の判定を受けた女性は保育士や一部の清掃業、スーパーの品出しや調理補助、縫製業など女性専用(・・・・)と定められた職業にしか就く事を許されず、早期の結婚及び専業主婦が推薦されていた(『これら『C』以下の女性と所帯を持った男性には国から補助が出る)。


 『A』や『B』の評価を受けた女性は『就業許可証』が発行され社会人として好きな職業に就けるが、1年に1回この許可証の更新のために『容姿の審査』を受けねばならないという規則があった(幸い?にして公美子は今のところ『A』をキープし続けていた)。また当然査定などは男性に比べて不利な上、セクハラなども余程直接性行為に及ぶようなものでない限り受容する事を義務付けられているといった難点はあったが。



 そこに持ってきて今回の新法の施行である。セクハラ社会もここに極まったという感じだ。だがここで逃げれば神国党やそれに迎合する下劣な男達に屈した事になり、それは彼女のプライドが許さなかった。これは公美子と下劣な男達との戦い(・・)でもあった。断じて負ける訳には行かない。


 このまま項垂れていても仕方ない。この格好でミーティングに向かうしか彼女には選択肢がなかった。最後に紺色のポリスキャップを被ってから(これも規則で定められている)、まるで戦場に向かうような心持ちで更衣室を後にしていった。



******



 ミーティングのために捜査一課のオフィスに向かう公美子。廊下を通りかかった署員達が早速目を丸くして、そして次の瞬間には好色そうな厭らしい笑みを浮かべて公美子のコスプレ制服姿を視姦(・・)してくる。


(……っ。今までいくつもの凄惨な事件現場に遭遇してきたけど、こんな侮辱的で屈辱的なのは初めてかも……)


 早速の洗礼に怯みそうになる公美子だが、ここで下手に恥ずかしがったりすると余計に下劣な欲望の対象にされるだけだ。公美子は敢えて胸や脚を隠したりするような仕草を取らず、むしろ見せつけるように胸を張って颯爽と歩く。


 内心は羞恥の炎に炙られながら堂々と廊下を歩く公美子は、やがて自分の部署である捜査一課のオフィスに到着する。一大決心をしてオフィスに入ると、そこには同僚の刑事達が既にミーティングのために集まっていた。


 同僚たちの視線が一斉に、入ってきた公美子に集中する。彼らの視線が一様に彼女の制服と、そこから露出された二の腕や生脚を舐め回すのを文字通り肌で感じた公美子は怖気が走る。だがそれを驚異的な克己心で耐え抜き、表面上は平静を装う。


「おはようございます。今日も宜しくお願いします」


 深くお辞儀して、女性である公美子にのみ義務付けられている(・・・・・・・・・・)朝の挨拶をする彼女に、セクハラを絵に描いたような人物が近寄ってきた。


「ほぅ……胸だけデカいと思っていたが、脚も相当美脚なんだな? くくく!」


 捜査一課の課長で公美子の上司に当たる小松課長だ。予想できていた反応に公美子はイラっと睨みつける。これが天下の警視庁捜査一課の課長だと思うと情けなくなる。


「ジロジロ見ないでください」


 と冷たくあしらうも、小松は怯むこともなく油っぽい顔を近づけてくる。


「これから毎日これが拝めると思うと楽しみが増えるな。なあ、皆?」


 小松の振りに他の刑事達が、あながち追従とも言えない下品な笑い声を上げて賛同する。しかし1人だけ笑っていない刑事がいた。1年前に捜査一課に配属になったばかりの新人刑事である原島翔だ。


 だが彼以外の同僚は皆、悪意に満ちた笑みを浮かべている。女性とは正反対に男性署員の服装規定は非常に緩くなっており、特に刑事達はスーツの色や柄も自由で、中には私服に近い姿の者すらいた。そんな中でたった1人、セクハラ仕様のショーパン半袖制服姿で帽子まで被っている公美子の浮きっぷりは半端ではなく、内心で羞恥と屈辱と惨めさが増幅される。それらを怒りに変換して公美子は彼等をギロッと睨みつける。


「今日は現場捜査がありますから着替えて良いですか?」


 強い眼差しで訴えるも、小松は気持ち悪い笑みでニタニタ笑いながらかぶりを振る。


「ダメだ! 基本、女警察官は現場もその服か、もしくは指定された超ミニスカスーツだ」


 制服規定の説明にはその『指定された超ミニスカスーツ』の詳細もイラスト付きで添付されていた。『膝上25センチのミニスカートのみ』という記述があり、結果として公美子は今のこの制服を選択せざるを得なかったのだ。何故なら……


「あのスーツで現場じゃ、パンツ見えちゃうぞ? ははは!」


 小松の大きな声に反応したのか、他の刑事達も呼応してニタニタ笑う。そう。あれではちょっと屈んだだけで下着が丸見えになってしまう。それよりはまだ今のショーパン制服の方がマシであった。


「まぁ、現場の連中はお前のミニスカ楽しみにしているよ」


「あんな服で現場とか嫌です!」

 

 その情景を想像した公美子は羞恥で顔を赤らめて抗議する。


「つべこべ言うなら上層部に掛け合え。嫌なら他の刑事に行ってもらう。所詮、女刑事より今の警察は男を必要としてる」


「わかりました……この服で現場に向かいます」


 公美子は不承不承頷いた。どうせ上層部に掛け合った所で、結果は火を見るより明らかだ。小松達はそれが分かっているからいくらでも強気に出られる。このままゴネていると本当にあのミニスカスーツで現場に行く羽目になってしまう。ここらで引き下がる他なかった。


(いいわ。こんな格好でも実績上げてやるから)


 結局はそれしかない。こいつらが何も言えないくらいの実績を上げて立場を固めていくしか無いのだ。公美子は今回の事件で何としても手柄を上げてやると、一層意気込んだ。



******



「先輩、いつも課長達がすみません、本当に……」


 羞恥と屈辱にまみれたミーティングを終えた公美子は、飛び出すようにして現在捜査を担当している『世田谷区連続強盗殺人事件』の事件現場に向かっていた。隣で車を運転しているのは、1人だけ公美子の格好を笑わなかった原島という刑事だ。


「はぁ……もう毎度の事で慣れたけどね。アレが天下の警視庁捜査一課と思うと情けなくなるけど」


 公美子は盛大に嘆息した。


「でも、先輩が辞めたりしなくて本当に良かったですよ。今回の法改正でいよいよ先輩の我慢も限界超えるんじゃないかと心配してましたから」


 世辞ではなく本心から言っているらしい原島。彼は赴任してきた当初から公美子に対しても敬意を持って接してくれており、神国党政権下のこの男尊女卑社会にもまだこのような男性がいたのかと安心したものだ。公美子はここで少し悪戯心が芽生える。


「あら? どうして私が我慢の限界(・・・・・)を迎えると思ったのかしら?」


「え? それは……その、ほら……制服の件で……」


 原島が目に見えて動揺する。公美子は悪戯心を増幅させる。


「制服の件? 私の制服がどうかしたの? どこか変かしら?」


 助手席に座る公美子はわざと隣の原島に見せつけるように、紺色のショートパンツから付け根まで剥き出された生脚を艶めかしく動かし、半袖制服を突き上げる双丘を強調させるように胸を張って伸びをする。原島が息を呑むのが解った。


「せ、先輩、ちょっと……マズいですよ……!」


「マズい? 何がマズいのかしら? 言ってくれないと解らないわよ?」


 顔を赤くして必死にこちらを見ないようにする原島の反応が可愛くて、増々調子に乗って密着する。常に一方的にセクハラを受け続けて下衆な男達の欲望の対象にされてきた鬱憤を晴らすかのように、後輩刑事への逆セクハラを楽しむ公美子。


「せ、先輩! 現場です! 現場に到着しましたよ……!」


 だが残念ながら、ささやかな娯楽の時間は終わりのようだ。少し名残惜しく感じながらも公美子は気持ちを切り替える。浮ついた気持ちで事件は解決できないし、何よりこれからまた好奇と情欲の目に晒される事になるのだから、気を引き締め直さねばならない。


「ふぅ、仕方ないわね。行きましょう」


 公美子は一息ついて心の準備をすると、敢えて強気を装って車から降りた。現場は世田谷区の閑静な住宅街の一角。


 最近になって世田谷区を中心に、深夜に窓を割って民家に侵入し、一家皆殺しの上で金品を強奪していく凶悪な押し込み強盗事件が多発しており、手口の類似性などから同一犯の仕業と断定され、公美子達が担当となって捜査を任されていた。というよりこの手の凶悪事件の捜査担当は誰もやりたがらない為、むしろ手柄を挙げるチャンスだと公美子から志願して担当となったのだ。原島はそんな公美子を放っておけずに、やはり自ら相方として名乗り出たのであった。


 今回の犯行現場となった家にも既に鑑識のテープが張り巡らされて、多くの署員が現場保全や交通規制などで忙しく動き回っていた。そこに公美子達がやってきた。


 鑑識から制服警官、更には野次馬まで、その場にいた人間達の視線が一瞬でショーパン制服姿の公美子に集中するのが解った。それと同時にその場で大多数を占める男性達の視線がほぼ例外なくねっとりと好色な物に変化し、自分の生脚や二の腕、胸部、そして面貌などあらゆる性的ポイントを文字通り舐め回すように視姦してくる。


「……っ」


 原島の時とは全く違う。悪意のあるなしでこれほど差が出るものなのか。


 公美子は再び全身が燃えるような羞恥の炎に炙られる。男達の視線が集中する部位に焼け付くような熱を感じる。余りの羞恥心に視界が霞んで呼吸が乱れる。足に力が入らず立っていられない。思わずその場に崩れ落ちてしまいそうになり……


「先輩、しっかりして下さい。彼等を見返してやるんでしょう?」


「……! は、原島……」


 その声と言葉に公美子は正気(・・)を取り戻す。そうだ。これは男連中との戦いでもあるのだ。こんな初っ端から挫けていては、その戦いに勝つ事など到底不可能だ。自省した公美子は気合を入れ直して、何とか崩れる事なく踏み留まった。


「……ありがと、原島。さ、行くわよ!」


「はい!」


 公美子は敢えて男共にショートパンツから露出した生脚を見せつけるように、堂々とした態度で現場入りしていく。持ち直した彼女を見て原島も嬉しそうに頷いて、彼女の後に続いて現場に入っていった。



******



 署でも現場でも、常にショーパン半袖制服姿を男達に存分視姦されながらも驚異的な克己心で耐え抜き、懸命な捜査を続けた結果、公美子は遂に強盗殺人犯の手がかりを掴む事に成功した。犯人の盗品の換金ルートを徹底的に追跡し続けた結果だ。


「犯人は在日中国人の『(リー)嘉懿(ジャーイー)』と『(ワン)(ウェイ)』、そしてベトナム人の『グエン・ヴァン・キエット』の3人。前回の事件で強奪された「傷のあるサファイア」のネックレスを換金した闇市から裏を取ったので間違いありません」


「ご苦労さま、原島。ようやくここまで来たわね」


 警視庁のブリーフィングルームで原島からの報告に頷く公美子。神国党は行き過ぎたリベラル社会の反動から日本人ファーストの政策を掲げており、外国人移民の就業や帰化にはアラブ首長国連邦並の厳しい制限を課していた。それによって日本人の権利や生活は保護されたが、反面冷遇された外国人達がそれを不満として犯罪に走るケースが多発していた。尤も外国人に対する取り締まりも強化されている為、今回のような凶悪犯罪にまで至るケースは稀ではあったが。


「同じ闇商からの情報で、連中が隠れ家としている廃旅館の場所も突き止めてあります。本部に応援を要請して一網打尽にしてしまいましょう」


 普通に考えればそれが順当だ。だが公美子はかぶりを振った。


「駄目よ。そんな事したら手柄を全部課長達に持っていかれるわ。折角ここまで追い詰めたのよ? 私達だけで奴等を検挙するわ。他の誰の手も借りずにね」


 女の公美子はただでさえ捜査一課で立場が低いので、応援など要請したら手柄を全てそいつらに奪われるのは間違いない。


「え……でも、危険ですよ! 連中はもう押し込みで何人も殺している凶悪犯です。万が一の事があったら……」


「刑事が犯人を恐れてどうするのよ。凶悪犯といっても殺してきたのは、禄に抵抗の手段もない一般人ばかりでしょ。それも寝静まった所を夜中に押し入って一方的にね」


「確かにそうですけど、連中は、その……性犯罪(・・・)方面でも危険な存在ですから……」


「……!」


 原島が何を危惧しているのかを悟った公美子は若干顔を赤らめる。確かに国の容姿審査で常に最上の『A』をキープし続け、尚且つ今のショーパン半袖制服姿の公美子は、性犯罪者共からしたら鴨が葱を背負って来たかのように映る事だろう。


 だがそんな事くらいで怯んではいられない。むしろただでさえ肩身が狭い女性に更なる追い打ちをかける卑劣な犯罪者共に対する怒りが燃え上がる。


「行くと言ったら行くのよ。あなたが来ないなら私一人でも行くわ」


「ちょ、ちょっと待って下さい、先輩! 行きます! 行きますから……!」


「じゃあさっさと付いて来なさい」


 その怒りに後押しされるように公美子は拳銃や手錠を携行すると、その足で署から飛び出していく。時間は敵だ。原島が慌ててその後を追いかけていった。



******



 東京都23区より外に位置する青梅市。曲がりなりにも東京都に属する市であるが、市街地域から一歩外れると鬱蒼とした木々が生い茂る山林地帯となる。ここの山道をしばらく登っていくと、朽ち果てた大きな廃旅館が再建もされずに打ち捨てられている。


「あそこが連中の拠点ね。薄汚い犯罪者どもに相応しい根城だわ」


 少し離れた目立たない場所に停めた車の中から廃旅館を見据えた公美子が吐き捨てる。運転席で拳銃を取り出して弾丸を確認した原島が彼女の方を向く。


「連中は3人もいますので、最初から脚などを狙って無力化しつつ制圧します。先輩はここで待っていて下さい」


「は? 馬鹿言わないで。私も行くわ!」


 自身も拳銃を取り出してチェックしていた公美子は目を吊り上げて原島を睨む。だが今回ばかりは彼も譲らなかった。


「荒事になる可能性が高いんです。まずは僕が先行して奴等を制圧します。先輩はその後で来て下さい。それなら逮捕するのは先輩ですから、先輩の手柄になりますし問題ありませんよね」


「でも……!」


「たまには僕の言う事も聞いて下さい。先輩を守りたいんです」


「……っ」


 真摯な目線で射抜いてくる原島に、何故か公美子は気圧されて言葉を詰まらせる。それだけでなく純粋に自分の身を案じてくれる彼に対して、少しドギマギした物を感じてしまう。


「僕が先行します。制圧が完了したら携帯でお知らせします。それまではここで大人しく待っていて下さい。いいですね?」


「…………分かったわ。でも……気をつけてね」


 譲歩する気配のない原島の様子に、公美子は渋々折れて拳銃を腰のホルスターに戻す。


「ありがとうございます、先輩。大丈夫ですよ、任せて下さい。連絡を待っていて下さい」


 原島はそう告げて車から降りる。そして拳銃を構えると、森の木々に紛れるようにして廃旅館の方に進んでいき、公美子の視界から消えてしまった。



「…………」


 それからしばらく助手席に座ったまま、言われた通り大人しく待つ公美子。苛々と何度も腕時計を確認するが、待っているだけだと時間の進みが異様に遅く感じる。


(……原島、大丈夫かしら? 何か不測の事態があったんじゃ……)


 やる事がないと悪い想像ばかりが膨らむ。元々活動的で、待っているのが性に合わない公美子にとっては拷問に等しい時間。すぐに居ても立ってもいられなくなり、我慢も限界を迎えようとした時……


「……!」


 視界の隅で何か人影のようなものが動いた気がした。寂れた道路には車の一台も通っていないし、徒歩で来るには街から遠すぎる。嫌な予感がした公美子は、腰から拳銃を抜くと慎重に車から降りた。だがここで彼女がやるべきは、下手に車から降りずに電話で原島に連絡する事だったかも知れない。


 人影が動いたように見えた方向に銃を構えて慎重に進む公美子。だが……


「動くナ」


「……っ!?」


 突如至近距離から男の声が聞こえると同時に、驚いて振り向く間もなく、背後から首筋にナイフのような刃物を突きつけられる感触に硬直した。


「その格好、例の警察法改正とやラの影響か。俺達(・・)にわざわざご褒美をくれるとハ、日本の警察も粋な計らイをしてくれルぜ」


 北京語訛り(・・・・・)のある日本語。そして公美子が警察の人間であり、尚且つここにいる事を驚いていない。


(こいつ、まさか……!?)


 後ろから刃物を突きつけられており顔が見えないので誰なのかまでは分からないが、今回の事件の犯人の1人である事は間違いない。何故こいつがここにいるのか。しかも警察が来ている事にそれほど驚いている様子がない。


「銃を捨てろ。そレから両手を後ろに回せ」


「……!」


 男の意図を察した公美子は本能的に拒絶しようとするが、喉に突きつけられた刃物が押し付けられる感触に再び硬直する。


「早くシろ!」


「……っ」


 ドスの効いた声で威嚇され、公美子は躊躇いながらも銃を捨てて、両手を腰の後ろに回した。男が公美子の腰から手錠を奪うと、それを彼女自身の両手に掛けた。自分の手錠で後ろ手に拘束される公美子。そして口もダクトテープのような物を貼られて塞がれる。



「これで良シ。もう出てきていイぞ」


「……!!」


 男が前方に声を掛けると、道路を挟んだ反対側の茂みから1人の男が出てきた。先程人影が見えた場所だ。それは中国人の男で、犯人たちの顔は写真で見ていた公美子には、それが『(ワン)(イー)』である事が解った。では今、背後から公美子を捕らえているのは『(リー)嘉懿(ジャーイー)』の方か。


「旅館の方には囮役のキエットがいるだケだ。あいつは短絡的でボロを出しやすいかラ、どっちみち切り捨てる頃合いだっタ。お前の相方の刑事と共倒れにでモなってくれれば万々歳ってとこダな」


「っ!」


 最初から待ち伏せされていたという事か。恐らくいつ警察が来てもいいように事前に準備していたに違いない。公美子達を見て与しやすそうだと判断して、こうして大胆な行動に出たのだろう。応援を要請しなかった公美子はまんまとこいつらの思惑に嵌まってしまったのだ。


「さて、その間に俺達は隠してある車を使って別の隠れ家に向かうゾ。おっと、勿論携帯はここに置いてってもラうぞ。GPSで追跡されちゃ堪らんカらな」


 李は久美子のショートパンツのポケットをまさぐって携帯を取り出すと、森の中に放り投げた。ついでに公美子が捨てた銃を回収する。


「くく、思わぬ拾い物だ。この女もシンジケートに高く売れそうだシな。まあその前に楽しませてモらう(・・・・・・・・)のも良さそウだ」


「……っ!!」


 李や王の目が明らかな情欲に満たされ、ショーパン半袖制服姿で後ろ手錠を掛けられている公美子を無遠慮に視姦してくる。彼女は悍ましさから全身鳥肌が立つ。今ほど自分の露出制服が心許ないと思った瞬間は無かった。王が近寄ってきて、そんな彼女を容赦なく引っ立てる。


(は、原島……助けて)


 為す術もなく連れ去られていく公美子に出来る事は、ただ心の中で原島に助けを求める事だけだった……



******



 山奥にあるどこか見知らぬ工場のような廃屋。ここに連れてこられた公美子は、太い柱に背中を預けるような形で改めて後ろ手に手錠を掛け直されて拘束されていた。後ろ手に柱を通して手錠で繋がれているので、その場から動くことが出来ない。


 車の中ではずっと目隠しをされていたので、ここがどこか全く分からなかった。今は目隠しは外されており(口のテープはそのままだったが)、李も王も外で車を隠したり何なりしているようでここにはいなかった。逃げるなら今が絶好の機会だが、あいにく柱に後ろ手錠で繋がれており、どれだけもがいても手錠が外れる訳もなく逃げる事は不可能であった。


「くく、大人しく待ってたよウだな。感心感心」


「……っ」


 そうこうしている内に二人が戻ってきてしまう。何とか逃げようと無駄な努力を続けていた公美子を嘲笑う李。そして王と二人で、柱に繋がれ逃れる術もない公美子の、紺色のショートパンツから露出した肉感的な生脚やヒールの高い黒のパンプスのみの足部、サイズのきつい半袖制服の胸部を突き上げる双丘などにねっとりとした好色な視線を這わせてくる。


 犯罪者どもの下劣な視線で存分に視姦される恥辱とおぞましさに、公美子は後ろ手に手錠で繋がれている両手を拳に握って必死に耐える。


「本当にいい女だ。しかもこンな素晴らしい格好で俺達の目を楽しませテくれる。新警察法様々だな」


「……なあ、李。俺はもう我慢でキん。少しくらい構わんダろう?」


 熱を帯びた視線で公美子の艶姿を凝視していた王が、主犯格らしい李に許可を求める。李は笑って頷く。


「勿論だ。ただシやり過ぎるナよ?」


「んん!? んんーーー!!」


 王が異様に興奮した目と態度で公美子に迫ってくる。危険な物を感じた彼女は必死に逃げようとするが、無情にも手錠の鎖がそれを阻む。逃げる事も抵抗する事も出来ない甘美な獲物と化した公美子に、増々興奮した王の手が伸びる。公美子は観念して思わず目をギュッと瞑り――



「――動くなっ!!」



「「「……っ!?」」」


 聞き覚えのある声による警告と共に、廃工場の入口に新たな人影が現れた。公美子は目を見開いてその姿を凝視した。信じがたい事にそれは……


(は、原島……!?)


 間違いなく廃旅館で別れたきりの後輩刑事である原島本人であった。スーツは汚れて皺だらけになり、所々負傷している様子であったが、油断なく銃を構えて李達を牽制している。


「ち……キエットの奴め、失敗したノか。だが何故ここが分かっタ? 車やこの女の携帯など足が付くものは全て置いてきたはズだぞ」


 一瞬の驚きから立ち直った李が状況を把握して舌打ちする。原島は何故か少し複雑そうな表情になる。実は容姿審査で『A』評価となった女性には、誘拐などの犯罪対策として常に発信機能が備わった特殊なイヤリングの装着が義務付けられている。


 各女性ごと異なる発信信号に対応する受信信号をインストールする事で、スマホでいつでもその女性の位置情報を追跡出来るのだ。原島は公美子の相棒になった時に、許可をもらって彼女のイヤリングの受信信号をインストールしていた事を思い出した。


 李達は外国人である為に、『A』女性のイヤリング発信機能の事を知らなかったようだ。



「……それを一々お前達に説明する義理はない。さっさと先輩を解放しろ! 抵抗したらあのベトナム人と同じように容赦なく射殺するぞ!」


「ま、待て待て、分かっタ。すぐに解放するトも。だから――」


 李が殊更大仰な身振りで原島の視線と注意を引いた瞬間、そこから逸れた王が跳躍するような勢いで原島に飛びかかった!


 乾いた銃声が轟いた。抜群の反射神経で反応した原島が、飛びかかってきた王の胸に銃弾を撃ち込んだ。悲鳴すら上げずに即死する王。だが原島の意識を一瞬でも引き付ける役割を果たしていた。その隙に李が公美子から奪った銃を原島に向ける。


(あ、危ない!!)

「んんっ!! んんーー!!」


 原島の危機を認識しながらもテープで塞がれた口では、くぐもった呻き声しか漏らせない。だが原島には通じたらしく、彼は反射的に回避行動を取る。ほぼ同時に李が公美子の銃を発砲。


「ぐっ!!」


「んんっ!?」

(は、原島……!?)


 原島のうめき声が聞こえて公美子は顔を青ざめさせる。咄嗟の回避行動のお陰で致命傷は免れたものの、肩に銃弾を食らって銃を取り落としてしまう原島。



「くく、手こずらセやがって。舎弟を殺してクれた礼だ。俺はコイツ(・・・)で獲物を直に斬り刻むのが好きなんダよ」


 満身創痍の原島を見て勝ちを確信した李が、銃を放って代わりに刃渡りの長いナイフを取り出す。公美子を脅した時にも使っていた凶器だ。押し込み強盗でも刃物で斬り刻まれた被害者が大勢おり、恐らくこいつの仕業と思われた。


「シャッ!!」


「……っ!」


 李が鋭いナイフ捌きで切りつけてくる。必死にそれを回避する原島。だが既に傷だらけのため動きが鈍い。それを見て取って増々嵩にきて切りつける李。結果として原島は一方的に追い詰められる。


(原島……!!)

「んん!! んっ……!」


 原島の危機に公美子は柱に後ろ手錠で拘束された身体を必死にもがかせる。すぐ近くの拾える位置に自分の銃が落ちている。これを拾う事さえ出来れば……。


 だが当然というか公美子がもがいたくらいで手錠から抜け出せるはずもなく、すぐ近くに落ちている銃を拾う事も出来ず、柱に後ろ手錠で拘束されたまま原島が危機に陥っているのを見ている事しか出来ない。あまりのもどかしさに頭がおかしくなりそうだった。



「死ネ、小僧!」


 公美子が無駄に足掻いている間にも壁際に追い詰められていく原島。そしてついに李が勝利を確信して、彼の心臓にナイフを突き立てようと一気に踏み込んだ。公美子が青ざめてテープの下でくぐもった悲鳴を上げる。だがここで初めて原島が前に出た。


「……!!」


 止めを刺そうと単調になった李の突きを躱して距離を詰めた原島は、至近距離で奴の顔面に強烈な頭突きを食らわす。


「ガ……!?」 


 額に頭突きをもろに食らった李が怯んで後退する。そこに原島が追撃で奴の鳩尾辺りを狙って前蹴りを叩き込んだ。急所に全力の蹴りがクリーンヒットした李は白目を剥いて倒れ込んだ。


「ぐぬ……」


「んん!? んーー!!」


 だが原島の方も限界を迎えたのか、呻いてその場に膝をついてしまう。公美子は再びくぐもった呻き声を上げる。


「うぅ……せ、先輩、すみません。今助けます」


 傷を押して立ち上がった原島は、自分の手錠の鍵を取り出すとそれを使って公美子の手錠を外した。



「んん!! ……ぷはっ! は、原島、大丈夫!?」


 久方ぶりに手錠から解放された公美子は、その開放感に浸る間もなく即座に口を覆うテープを剥がすと、再び膝をついた原島を介抱する。ただ拘束されていただけで無傷な自分に比して、満身創痍といった体の原島の姿に罪悪感で呻吟する公美子。


「せ、先輩……まだ仕事が残ってますよ。先輩が、奴を逮捕するんです」


「……ッ! 原島…………分かったわ。ちょっとだけ休んでて」


 この状況でまだ公美子の手柄の事を気にする原島に対して胸に来るものがあったが、ここは彼の意を汲んで公美子は決然と立ち上がった。そして気絶している李に歩み寄ると、奴に手錠を掛けた。手下の二人は原島が射殺したが、主犯の李は逮捕できた。


「犯人……確保よ!」


 公美子は宣言した。こうして彼女の長い一日は終わりを迎えたのであった。



******



「今回は連続通り魔事件か。全く……神国党政権下でもしょっちゅう凶悪犯罪だらけじゃない。何が『日本を強く豊かに』よ。ちゃんちゃらおかしいわ」


 押し込み強盗事件解決から数カ月後。手柄を挙げた公美子だったが、一つの事件解決だけで現状が変えられるはずもなし。彼女の目標達成にはまだ長い道のりが必要であった。そんな訳で今日も署で男達のセクハラに耐えつつ新たに任命された担当事件で、怪我が完治した原島と現場に向かう車の中で現政権に対する不満を愚痴る公美子。


「まあ政治の事は僕らだけじゃ中々どうにも出来ませんけど……。でも僕は先輩が辞めずにいてくれるだけでも充分満足ですよ」


「原島……」


 公美子は少し目を瞠って原島の顔を見やる、あの事件以降、彼への感情も少しだが変化してきていた。いつも彼女の味方でいてくれる原島に、ちょっとしたご褒美(・・・)をやろうと思いつく公美子。


「うふふ、そう思ってくれて嬉しいわ、原島。そういえば……何で私に辞めてほしくないのか、まだその答え(・・)を聞いてなかったわね?」


「え……? それは、その……先輩は、尊敬できる刑事ですし……」


「あら、それだけ? 他には無いの?」


 以前にはぐらかした問いを蒸し返されて動揺する原島に、公美子は悪戯っぽい笑みを浮かべて、相変わらず着用を義務付けられているセクハラ仕様のショーパン半袖制服に包まれた官能的な肢体を悩ましげにくねらせる。原島の動揺が大きくなり顔が僅かに紅潮する。


 この上なく頼もしく勇敢な刑事だったあの時とのギャップに、増々彼を可愛く感じてしまう公美子。だが……



「せ、先輩! もうすぐ! もうすぐ現場です! ほら、見えてきました! あそこの交差点です!」


「……! もう! またこのパターン? ……まあいいわ。それじゃ準備しましょうか」


 公美子はため息を付きながらも原島から身体を離した。露骨にホッとする原島。その反応を憎らしく思いながらも、まだ彼を籠絡(・・)する時間はたっぷりあると思い直す。今は眼の前の事件に集中しなければならない。


「さあ、行くわよ。こんな事件、ちゃちゃっと解決してやるわ!」


「先輩、無茶だけはしないで下さいよ……!」


 原島の心配を他所に、気合を入れて車を降りる公美子。それと同時に現場の男達が一斉に、彼女のセクハラ制服姿に下卑た好色な視線を集中させてくるのが解った。


 今日もまた公美子にとって長い一日が始まりそうであった。




end

 

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