見てくれと中身の境界は?
清く正しく、賛否両論ありそうな短編を目指して。
注意:スカッと展開はありません。陰キャに厳しいお話です。NTR、BSSは雰囲気程度。
「ユナちゃ~ん。ねぇ、い~っしょ? 行こ~よ、絶対楽しいからさ~」
「う~ん、どうしよっかなぁ……」
教室の一角で陽キャグループが楽しそうに放課後の予定を話している。
対照的な陰キャの真面目くんグループに属する桐原カズトは、昼食の菓子パンをぱくつきながら彼らの周囲を気にしないデカい声に内心ウンザリしていた。
それでもただ五月蠅いだけなら自然と無視できていただろう。だがその一人がかつて親しくしていた幼馴染というだけで、カズトの耳と意識は否応なしに彼らの会話に吸い寄せられていく。
「ねぇ~ってば~」
「でも、葛城くんって変な先輩とか呼びそうだからな~」
「呼ばねって! 二人っきり!」
「……それはそれで怖いかも」
「何でさ!」
輪の中心にいる男女二人のやり取りを周囲がキャハハと囃し立てるように笑う。
男の方は葛城ハルマ。勉強もスポーツも特別何ができるわけではないが、顔が良くてコミュ力が高いためいつも話題の中心にいるタイプの男。
女の方は高原ユナ。高校入学当時は絵に描いたような地味な文学少女だったが、高一の二学期からファッションに目覚めイメチェン。眼鏡をコンタクトに、カラスのような黒髪を校則違反にならない程度に淡く染め、今時の高校生らしい風貌にモデルチェンジしていた。
それ以降もどんどん垢抜けていき、今では学年でも評判の美少女に。二年に上がってからは、同じクラスになった葛城がこうしてユナにちょっかいをかける光景が馴染みとなっている。
ここまで語れば凡そお決まりの展開として予想頂けているだろうが、この高原ユナという少女が、僕──桐原カズトの幼馴染。
高校に入学した頃までは親しくしていたが、彼女がイメチェンした頃から何となく話しかけづらくなって、今ではすっかり距離が出来てしまった。
僕がずっと片思いしている相手である。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「──あ」
放課後。所属している美化委員の清掃当番を終え、荷物を取りに教室に戻ると偶然ユナと遭遇し、おかしな声がでる。
当然、ユナが自分を待っていたなんてベタな展開はなく、彼女も僕に気づいて驚いた表情をしていた。
「あれ、カズトくん? こんな時間まで何やってたの?」
「……美化委員の当番。そっちこそ今日は皆と遊びに行ったんじゃないの?」
「ああ、うん。その予定だったけど途中で教室に忘れ物しちゃって」
そう言って彼女は手に持ったスマホケースを掲げて見せた。
「──って、あれ? 何で私が遊びに行く予定だったって知ってるの?」
「……毎日誰かと遊んでるみたいだから適当に言っただけだよ」
「あ、そっか」
まさかグループの会話に聞き耳を立てていたなんて思われたくない。実際、ユナは放課後はほぼ毎日のように友人と遊びに行っていたので、特に疑う様子もなく笑ってその言い訳を信じた。
それ以上特に何か話題があるわけでもない。僕は無言で自分の机に掛けたカバンを手に取り、そのまま立ち去ろうとする──と。
「それにしても、こうして話するのも随分久しぶりだよね。同じクラスなのに何か変な感じ」
僕はグループ──スクールカースト──が違うからと話しかけ辛さを感じていたが、ユナにそうした気まずさのようなものはないらしい。知り合いと久しぶりに接する機会ができて嬉しいのか屈託なく話しかけてきた。
「去年の今頃は良く一緒に勉強したりしてたのにね」
「……そっちは色々忙しそうだしね」
──そっちはオシャレやら遊ぶのに忙しくて勉強どころじゃなさそうだしね。
反射的に口を突いて出そうになった言葉を呑み込み、ぼかした言葉を返す。言った後で厭味ではなかったかと心配になるが、ユナは言葉に潜んだ棘に気づくことなくふざけて見せた。
「そうかな?──まぁ、そうだね。こう見えて私も色々やることが多いのですよ」
「……自分で言っといてなんだけど、何がそんな忙しいわけ?」
厭味が漏れた。だがユナはそれに気づいた様子を見せない。
「え~? ほら、私って去年まで全然見た目とかオシャレとかに無頓着だったでしょ? 最近の話題とかもそうだし、ボーッとしてたらすぐについていけなくなりそうでさ」
「……ふ~ん」
──結局見てくれ気にしてるだけかよ。
ドロリとした感情を無関心の鎧で覆い隠し、素っ気なく呟く。
「あ。自分で聞いといて何よ、その反応は~! カズトくんも高校生何だし、もう少し見た目とか気を遣った方がいいよ? そのもさっとした髪型やめて、清潔感のある感じにすれば大分印象違うと思うしさ──」
そう言って何気なくユナの手が僕の前髪に伸びる。
「やめてくれよ」
──パシッ!
反射的に。決して強くはないが、明確に拒絶の意思を以って彼女の手を弾いていた。
「え、と……」
ユナは弾かれた手を押さえ驚いた様子で僕を見ている。
勝手な思い込みでしかなかったが、その態度がまるで僕を非難しているように思えて、僕はつい言うべきではないことを口にしていた。
「……僕はそういう見た目に拘る様なことはしたくないんだ」
──例え地味でも、目を引くような美人じゃなくても、何でもない些細なことで一緒に笑ってくれる君が好きだったのに。
だがユナはそんな僕のドロリとした感情に気づくことなく──あるいは気づかないフリをして、取り繕った笑みを浮かべる。
「あはは……別に特別オシャレした方がいいとかじゃなくてさ。ほら、よく『人は見た目が9割』って言うでしょ? やっぱり身だしなみとか見た目にも気を遣っていかないと……」
──そうやって見てくれに気を遣った結果が、あの騒がしい連中との付き合いだろ。
「……悪いけど。見た目より先に、気にしなきゃいけないことがあると思うんだ」
「あ。でもね──」
「そんな時間があるなら僕は勉強でも何でも中身を磨くことに時間を使うよ」
「────」
その時のユナの表情の変化を、その意味を、僕は理解できなかった。
失望、落胆、幻滅──何故、自分がそんな目で見られなくてはならないのか。
それについて僕が何か口にするより早く、ユナは仮面のような笑みを浮かべ一線を引いていた。
「……そっか。変なこと言ってごめんね」
「あ──」
「私、先帰るね。じゃあ、バイバイ!」
彼女はそう言うと、それ以上のやり取りを拒むようにサッと教室から去って行った。
「…………」
残された僕は何故彼女があんな失望した目をしていたのか理解できず、しばらくその場に立ち竦む。
「あ~あ。あれは良くないね~」
「────」
パッと声のした方に目をやると、陽キャグループの葛城が教室の中に入ってくるところだった。
先ほどのやり取りを聞いていたのだろう。端正な顔立ちにニヤニヤとした笑みを浮かべ、僕の方に近づいてくる。
「女の子相手に、まるで“見た目しか取り柄のない馬鹿女”みたいな言い方をするのはさ──桐原くん」
その言葉を聞いた最初の感想は『こいつ、僕の名前知ってたんだ』というもの。言葉に含まれた毒より何より、自分が陽キャグループに認知されていたことに驚いた。
僕が反応を返さなかったことで、何故か葛城は戸惑った反応。
「……あれ? 桐原カズトくんだよね?」
「あ……うん」
「あ~良かった。無反応やめてよ。ユナちゃんから名前は聞いてたけど、話したことなかったから人違いかと思って焦ったじゃん」
意外に人懐っこい表情を見せる葛城に驚き、僕は彼が何故ここにいたのか、そしてユナではなく自分に話しかけてきた理由を尋ねることさえ一瞬忘れていた。
葛城は反応の薄い苦笑して先ほど言った言葉を繰り返す。
「改めて言うけど、あれは良くないね。キレイになろうと頑張る女の子はちゃんと褒めてあげないと。馬鹿にするようなこと言っちゃ駄目でしょ」
「……別に、馬鹿にはしてないよ」
「してたでしょ。見た目より中身って、明らかに馬鹿にしてたよね」
「…………」
葛城の笑みに反論を許さぬ圧を感じ、黙り込む。
確かに僕は見た目にばかりこだわるユナに批判するような態度をとった。だがそれは一々葛城に文句を言われるようなことか? こんな見た目しか取り柄のない男に。
肯定も否定もせず無言で顔を顰める僕に顔を近づけ、葛城は馬鹿にしたように言う。
「あ~あ。これだから上っ面しか見てない人間は」
「…………は?」
何を言われたのか理解できず頭がフリーズする。僕がユナの上っ面しか見ていない? こんな見てくれだけの男が、僕にそう言ったのか?
気がついた時には僕は、陽キャ相手に真っ向から言い返していた。
「……ユナの見てくれに惹かれて言い寄ってる君が、それを言うのか?」
「言うよ」
しかし葛城は胸を張る。
「あのさぁ。桐原くんって、人の見た目を“お手軽なもの”だって馬鹿にしてない?」
「────」
「図星だ。見た目ってさ、そんな簡単なもんじゃないんだよ」
僕が内心“見てくれだけ”と馬鹿にしていた男は、揺るぎない自信をもって言い切った。
「俺はガキの頃、糖尿の気があってさ。身体はぶくぶくでニキビだらけ、フケとか体臭も酷くて、お世辞にもイケてなかったわけ」
突然の告白に驚く僕を無視して葛城は続ける。
「最初は健康のためにって簡単な食事制限や運動を始めたんだけど、やってる内に体重だけじゃなくて肌とか髪とか色んなとこが改善していってさ。そっからだよ。色々と美容やファッションに気を遣うようになったのは」
そういう葛城の見た目はとても健康的で清潔感があり、とてもそんな悩みがあったとは思えない。
「君なんかはさ、どうせ見てくれなんて生まれ持った顔のパーツや骨格で決まるもんで、後は適当に美容師に髪切らせて流行りの服着ときゃいいなんて思ってるかもしんないけど、そうじゃないんだよ。俺みたいのはちょっと極端にせよ、どんなに顔が良くてもブクブクに太って脂ぎった肌、パサパサの髪、糞ダサい服着てたんじゃ話になんない。食生活や運動、日頃の節制やケア、ファッションへの感度、本気で見た目を整えようと思えば相応の努力ってのが必要になるんだよ」
「努力って……」
大袈裟な、と言いそうになった僕を鼻で嗤い、葛城は続けた。
「スポーツ選手とかはさ、見てる人もみんな才能だけじゃなくて努力も人一倍してるから凄いんだって、ちゃんとわかってるわけ。でも見た目はさ、残念ながらそうじゃないよね。見た目が良くても、それは生まれ持った顔の良し悪しで決まるもんだって、努力や人の内面とは無関係だって思ってるんだよ。猫背で髪ギトギト、肌はカサカサ、野暮ったいセンスの欠片もない服着た、見た目の何のコストも払ってない奴に限ってさぁ」
「…………」
「アニメや漫画じゃないんだ。現実に、ただ生まれ持った顔が良いだけで見た目の良い人間なんているわけがない。この見た目を作って、維持するのに俺らがどれだけの努力をしてるのか、理解しようともせずに、見てくれだけ見てさ。──中身がないのは一体どっちなんだか」
そこまで言われてようやく僕はユナが見せた表情の意味を理解した。
同時に葛城はそんな僕を蔑み、安堵したように微笑む。
「正直さ、君のことはユナちゃんから幼馴染だって聞いて警戒してたんだよね。野暮ったい見てくれだけど成績は良いし、将来性は高そうだから彼女は君みたいなのが好みなのかもって」
「…………」
立ち尽くす僕の肩をポンと叩いて、彼は言った。
「──でも良かったよ。上っ面だけで人を判断して、その中身を見ようとも理解しようともしない男に、彼女が振り向くはずがないもんね」