落っこちるか……
俺は倉田美夏からのメッセージに対し、律儀に返信している。
茉敷の身に何か起きてからの縞那賀の精神面を想い、倉田との接触は控えていた。
茉敷は二日程病院で過ごしてその後は以前のように振る舞っていた。
茉敷が退院してから縞那賀が彼女と逢って涙を流しながらの抱擁を交わしたと聞いた。
金山から呑みの誘いは来ずに音信不通だ。
もう12月の中旬に差し掛かろうとする日だ。
縞那賀がクリスマスイブの予定を聞いて来ないことに不審に抱いていたところで、明石と横浜に出掛けると聞かされ、不安に駆られた。
宙に浮いた瞳に映る果実が不意に落っこちるかと不安になる感覚を覚えた。
己に行くなと言える資格がないことは重々承知している。
だが……二人で縞那賀と過ごしたいと打ち明けるのは何故か出来ない。
唇がカサついて、上手く言葉を発せない我がいた。
——どうしたの、祐斗?風邪でもひいた?
——あぁ……ううん。気を付けてね、沙奈。
——うん。祐斗も楽しんでね。
縞那賀の微笑を直視出来なかった。
己の精神世界は常に曇天の土砂降りだ。癒え無い傷が無数に刻まれていて、泥水が傷を侵して行くのだ。
倉田美夏に縋るにも己が、接触を拒んでいる身だ。
縞那賀の手を握っていてもいつまでも握り続けられない。俺の手から彼女の手が離れた瞬間は怖い。
言いようのない恐怖が俺に押し寄せてくる。
こんな未熟で脆い俺なんかを縞那賀は求めてくれる。
今更ながら……明石に縞那賀を奪われるのは恐怖を覚える。
クズと蔑まれる彼女に占領されるのだって、恐怖を覚える俺がいる。
形在るものが無くなるのなんて、俺ですら理解っている。
縞那賀と対峙している俺は両腕をだらんと垂らして、生気のない返答をした。
そんな俺に彼女は首を傾げながら、キッチンへと歩を進めた。
◇◇◇◇
倉田から届いたメッセージは未読になった。
俺は寝室のベッドに横たわり、身体を丸め、瞼を閉じて空想の世界へと沈んでいった。
俺は、瞳に映る宙に浮かんだ果実がいつ地面に落下するか注意深く凝視めた。
現実世界では俺の右肩に触れ身体を揺すり、返答を求める縞那賀がいる。
俺は縞那賀を無視した。
果実が落下するか不安だからだ。
まだ落下しない。
まだ落下しない。
手に触れられないあの果実は、いつ落下するのだろう?
まだ地面に落下せずにいる果実から瞳を離し、現実世界に戻った俺だった。
「起きてる。拗ねてなんかないよ。行ってくればいいよ、明石とさ」
「拗ねてるよね、なにさ。スる?そうしたら普段の祐斗に戻ってくれる?」
「シないよ、今日は。おやすみ」
「風呂に入ってから寝てよ、ねぇってば!」
再び身体を揺すられ、髪を掻きながら、身体を起こし、浴室に向かった。
俺は彼女の背中越しに聞いた溜め息に、なんの感情も湧かなかった。
この日は握りたかった彼女の手は握らず、皮膚を触れ合わせる恋人同士の営みも行わずに寝た。
この日の就寝後のみた夢はどんな内容だったか忘れた。
確か——だったように思う。
慰めるには自身では慰められない、だから求める曲を歌ってどうにか立っていられる。
別れの際に幸福だったと言えるようにあと何十年かの人生を——私を愛したい。
笑える馬鹿でも良いから、幸福を享受出来る人生を歩めたら良いと俺は思う。




