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umbrella

 私は覚醒した。

 起床して瞼を上げると黒い天井が見えた。

 カーテンが閉まっている。

 ざぁざぁ、と雨が窓の向こうで降っていた。

 シーツが何箇所も皺が出来ていた。胎児のように身体を丸めた体勢で起床した。

 寝室の扉が10cm程だけ開いていた。

 昨日、がちゃりというまで閉めた筈なのだけど……

 倦怠感が纏わりつき囚われた感覚がある。

 イッ……痛い、痛ァい……頭を鈍器かなにかで殴られたように痛い。

 頭ン中が痛い、重い……頭を持ち上げられそうにない。

 鉛が……脳が鉛に変じているようだ。

 京極夏彦の『邪魅の雫』に出てくる登場人物のような苦しみに苛まれている。

 不幸だ、不幸だ……私は友人を地獄に……常世(このよ

 )に戻れないようなことを強いた気がする。

 スマホを確認したい……確認せずにいられないが、あと一歩の勇気が湧かない。

 私は……茉敷千紗兎の友人である資格を剥奪されていやしないか……?

 雨が……雨音が私を責めてるように感じる。

「ゆぅ……祐斗ぉぅ……」

 八佐視祐斗を、恋人を呼んだ。

 呼んだ声は掠れていた。

 喉が痛い。

 私を地獄から掬い上げてくれるのは祐斗(あなた)じゃないの。

 寝室に近づいてくる脚音は聴こえない。無音だ。

「ゆぅっ祐斗ぉぅッッッ!!!」

「なぁ……なに?どうしたの?」

 漸く駆けてくる脚音が寝室に向かってきて、八佐視が姿を現した。

「どぅ……どうしたじゃ、ないィッッ!!昨日ぅ、連絡したよね……ハァハァ……なぁ、んでぇ……出ても返してもくれなかったの?わぁ、わた……私は辛くて辛くて悲しくて哀しくて哀しくて——どうにかなりそうだったのに……はぁ、ハァハァ……今日はちゃんと応えて、祐斗ぅっ!!」

「ごめん……沙奈がそんなだったとは思わず……悪かった、沙奈ァ」

 八佐視は深く頭を下げ、謝罪しベッドまで駆け寄り、床に額を当て土下座をした。

「……せめて、返すくらいはしてよ……馬鹿祐斗ぉッッ!!」

「ごめんなさい、ごめんなさい沙奈ァっっ!!」

「出てくッッ!追いかけて来ないで!!」

 私は謝り続ける彼を寝室に残し、裸足のままで寝室を出てリビングを通り過ぎ、玄関に向かった。

 その最中に壁に二度程身体をぶつけたが構わず玄関に歩を進めた。

「おっおぉいっ!おい、待ってくれェ!!出てくって何処にだよ!?何処に行く積りなんだ、教えてくれ!!」

 私はスニーカーに足を突っ込んだ刹那に、右腕の手首を彼に掴まれ、引き留められた。

「うっさい!!何処に行こうが勝手でしょ!?祐斗だって隠し事してんだからァッッッ!?私ぃ間違ってる?苦しんでる私をほっぽいて何処に行ってんのよッッ祐斗はッッッ!!!!応えてよッッッ!?」

「あぁ……うぅ……そぉ、それはそのぅ……——」

 彼は呻き声を漏らし、歯切れ悪くなって掴んでいた手の力が弱まる。

 私は彼に構わず玄関から飛び出し、外に出ていく。

 地面が土のところは既に泥濘んでいた。泥濘んでいる地面もスニーカーで踏み込んだ。

 時々泥濘に足を捕られ、転びそうになる。

 雨……あめ、アメ……雨…………あの本に雨女に苛まれて不幸だった男性の一生が掲載されていた。

 雨が降っている水溜りに女の顔が明瞭に映っていたとあった。


 雨……は…………嫌いだ。

 傘をささずにずぶ濡れだ。

 スニーカーに雨が染みて嫌な物音が聴こえる。

 金山に犯されている光景が脳内に甦る。

 きぃ……気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い——。


 クズに植え付けられた快感なんて無価値だ。そんなモノぉ、消し去りたい。

 祐斗の友人だと言っていたあの冴えない青年と皮膚(はだ)を重ね合わせたときの快感も煩瑣い。

 煩瑣い、煩瑣いうるさいウルサイ……煩瑣い。


 泥濘に脚を奪られ、囚われ……転んだ。


 あぁ……このまま死のう。死んで、友人を喜ばせよう。

 死んだら、喜んでくれるチサぁ……?

 頬を伝う雫は雨——だろう。雨でしょ、涙じゃ……泪なんかじゃ……ないもんね、神様。

 この場合、神様に聴くよりも死神が適しているのか……きっと。


 誰か私を殺してくれ!!通り魔だろうが逃走中の強盗犯だろうがなんだって良い……私を、私を殺してくれぇッッッ!!!!


 私をこの世から消してくれ、誰かぁ……!!!


 いつの間にか頭から腰にかけ、雨が当たらなくなった。脚には雨が当たり続けている。


 無情な世だ。無情で結構だ。もう……私は死ぬのだ。


 私の身体に愛を記して、刻む相手は誰も居なかった。居なかった……だろう。

 だというのに……八佐視の顔が泥濘の土で汚れた眼に瞳に——映った。

「こんなところで転んだままでいると、車に轢かれるよ。ほら、立って。帰ろう……沙奈」

 私の頭上から八佐視の穏やかな声が聴こえた。


 き、来たのか……追いかけてきたのか?


 彼と——八佐視祐斗と誰かの絵画で描かれてたような何処までも続く海が見える海岸で二人伴って歩きたい。

 不図……そう思った。


 私は立ち上がれそうになかった。



 帰るのか……帰るか……彼処に。


 死にたいのに……なぁ。


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