心臓に悪い
私は橋本に身体を弄ばれた日から一週間も経たずに、彼と再会した。
再会というのは大袈裟か、街中で彼を見掛け、気付かれずに帰宅できた。
私が駆け込むように玄関扉を開けると、八佐視が佇んでおり、驚き、叫んでいた。
「おかえり、沙奈。お化けが出たみたいな悲鳴はやめてよ。びっくりするじゃん、どうかしたの?」
「……え?あぁ、祐斗かぁー……もう帰ってたんだ。ごめん……」
「それで、どうかした?」
「ぁあーっと……橋本、くんを見掛けて……」
「コウセイくん?彼が襲ってきたとか……流石に彼はそんなことしないな」
「違くて……その、思い出して。あの日のこと……」
「そぉーう。コウセイくんとヤりたいって話し?」
「そうじゃないってぇ!?私は祐斗とシたいだけで——」
「そ、はいはい。わかったから、パンプスを脱いで、上がって落ち着こ。ね、沙奈」
「祐斗ぅっ、あしらうことないじゃん!ねぇ、祐斗ってばぁ!酷いよ、もうーっ!」
私はリビングに足早に歩いていく八佐視の背中に声を荒げ、訴えていた。
遅れて脚を踏み入れた私に彼は両腕を背中に回し、抱き締め、甘い言葉を耳もとで囁いた。
「あしらってないよ、沙奈。沙奈と過ごす時間を最優先に考えて生きてるんだよ、俺。沙奈、俺はキミを離そうとはしてない。このことは心に留めてるよね、沙奈」
「そう……なの?私も祐斗といる時間が幸せだよ。だから……私と長くいて、私と身体を重ねてるときに楽しそうにして、私の身体だけを抱き締めて、私の唇にだけキスして、私の耳もとで幸福になれる甘く言葉を名前を呼んで、私の身体だけを触れていて。私を永遠に愛して」
「沙奈が満足するように隣で満たしてるよ、俺。沙奈の幸せを考えて——」
「違うじゃん、祐斗ぅっはっ!私が幸せそうにしてる?無理……してることに、気付いてないの、祐斗ぉっ?」
私は両腕の拳を震わしながら、声を震わし、悲痛に訊ねた。
「無理してる……?そう……か。俺はこんなに沙奈を愛し——」
「私は祐斗とセックスしたいのっ!祐斗以外の男なんてシたくないって、いつも言ってんじゃん!」
「何度も聞いてるよ、それは。沙奈はそれで満足だろうけど、俺はそんなんじゃ満たされないんだよっ!恋人が、沙奈が、俺以外にヤられ、喘いで、絶頂って、快楽に溺れていく様でようやく満たされる。金山くんとヤったのはどうしてなんだ、それじゃあ?俺以外とヤったのは言い逃れの出来ないことだろ!経緯がどうであれ、俺以外と寝たんだよ沙奈はぁあっっ!」
「金山……くんがヤらないと、帰してくれなかったからぁっ!仕方なかったんだよ、あの日はっっ!祐斗が様子を見に来てくれたらあんなことせずにすんだよ!アイツとあんな……」
「沙奈……謝りながら、土下座しながら……俺を責めていたのか?」
「……ぁあっ……今のはそうじゃ……私が悪いよ。我を失ってつい言ってしまって。祐斗には……責任なんてないから……」
私は祐斗が背中を曲げ、涙を流し訊いてきたのを瞳が捉え、狼狽えながら自身の罪を認める。
「……沙奈、今から少し出てくるから。色々と悪かったな……食事は一人で済ますから、好きにしな」
八佐視が私を通り過ぎ、玄関へと歩き出した。
「ちょっと待って!祐斗、出てかないで!ごめんなさい、ごめんなさい言い過ぎたよ私ぃ!祐斗のせいじゃないから、私が悪いの!ちょっ、祐斗ぉっ!」
私の手を振り払い、彼が玄関扉を開け、出ていく。
私は彼の背中を追いかけることも出来ず、玄関扉が閉まって、静寂が訪れた。
私は玄関で膝から崩れ落ち、号泣しながら嗚咽を漏らし、自身を責めて責めて、責めた。
二時間経ち、ようやく玄関を離れられ、壁に衝突しながら寝室に向かい、着替えもせずに、ベッドに倒れた。
私が意識を取り戻したのはベッドに倒れ意識を失ってから三時間ほどが経過した21時過ぎだった。
私は胃に何かを入れようとリビングでインスタントのカップ焼きそばを収め、浴室でシャワーを浴びて、汗を流した。
私はリビングでダイニングチェアに腰を下ろし、彼が帰宅するのを待ったが姿を現しそうになく、23時20分にベッドに横たわり、就寝した。
翌日になり、起床した私はスマホを確認したが、何も届いてなかった。
起床した15分後の5時30分に脂汗をかいていた身体を洗うために浴室でシャワーを浴び、リビングで朝食を摂る私。
8時過ぎた頃に、玄関扉が開く物音と控えめな声が聞こえた。
「ただいまぁ……沙奈、起きてるか?」
「祐斗ぅ、おかえりなさいっ。起きてるよ」
「昨日は沙奈に酷いことして悪かったよ。ごめんなさい……沙奈が言うことは極力きく。それでなんだけど、やっぱりアレだけはやめられない。堪えられないなら、今日を最後に別れ——」
リビングに脚を踏み入れた彼は深く頭を下げ、謝罪した。
「私こそ、祐斗に酷いこと言って、ごめんなさい。私は祐斗と別れたくない!祐斗じゃなきゃ嫌だ!スるから、棄てないで祐斗ぉっ!新しい男じゃなければ、いい……から。私と……これからも、居てよ。ねぇ、祐斗……」
私は彼の言葉を遮って、頭を下げて謝罪して、変わらない思いを告げた。
「わかった。俺も善処する、沙奈。愛してる、沙奈」
私は彼に両腕を背中に回され抱き締められ、幸福を感じていた。
私は八佐視祐斗に傷付けられる刹那より、彼でしか摂取られない快楽を採った。
私は彼と共に歪な生物らしい。
貴方が、縞那賀沙奈を見掛けたら、笑ってやってください。
私は、貴方に向かって満面の笑みを見せますから。
幸せそうに、ね。