狂った女子たち
夏休みを終え、二学期に突入し、一週間が経過した火曜日。
私は登校し、教室を目指し廊下を歩む。
ある人物を警戒しながら、廊下で雑談を交わす生徒達に意識を集中した。
クラスメイトの美東亜実、である。
私にセフレという関係を築こうと迫ってきたあの日から、連日と連絡を寄越すようになった美東。
私はSNSのメッセージや通話を無視し、諦めるのを期待しているが一向に辞める気配がない彼女に精神が擦り減っていた。
私が所属するクラスの教室の前の廊下で、中庭に面した壁に背中をもたれさせた美東、明石と関の三人が楽しげに騒いでいるのが視界に入った。
私は美東に気付かれまいと気配を消しながら、教室との距離を縮め歩んだ。
私が彼女の正面を通過するかしないかという距離で、彼女に呼び止められる。
「紫恵美ぃ、おはよ!あんたと話したいことがあるんだけど、付き合ってくんない?」
「あっ……ごめん、無理だから」
「清水さん、いくらなんでもそれは感じ悪くない?」
関が私の断り方に苦言を呈した。
「良いよ、関。紫恵美はちょっとアレだから。ごめん、引き留めて。でさぁ——」
美東がすかさず関を宥め、引っかかる発言をしてから、私を解放して、雑談に戻る。
私はそのまま教室に脚を踏み込み、自身の席へと歩を進めた。
椅子に腰を下ろし、通学鞄に詰められた荷物を机の中に入れているとクラスメイトの佐藤が声を掛けてきた。
「はよ〜紫恵美。美東さんにあんな断り方するって、すごいね」
「おはよ。普通じゃない、ああいうの?」
佐藤の顔を一瞥しながら、荷物を机の中に入れる。
「あ、そうだね……昨夜のさ——」
佐藤が私の返答に冴えない表情を浮かべ、話題を変えた。
私が佐藤と会話を交わしている最中に、廊下から見られ続ける気配を感じ、廊下を一瞥した。
明石華菜子と瞳がぶつかり、佐藤との会話に意識を戻した。
午前の授業を終え、昼休憩に突入すると、明石華菜子が私を見下ろしながら佇んでいた。
「清水、10分程で済むから付き合って」
「明石さん……美東に関した用件ですか?」
「まあ、そっ。私のせいであんたが危害を被ったようだし、謝っとかないとってのもあるから。で、どうする?」
「どこに……ですか?」
「警戒されすぎてんじゃん。アミのやつ、どんだけやりすぎたんだよ……私が言えたもんでもねぇか。まぁ、来てよ」
「……分かりました」
私は椅子から立ち上がり、明石の背後について従った。
生物室の前に到着した明石は、生物室に脚を踏み入れた。
私は彼女の背後について、入室した。
「清水、アミがあんたに危害を加えたこと、悪かったと思ってる。ごめん」
「明石さんが謝るのは……」
「いや……私がアミに、アミが清水にやったことをしたからあんたが被害を受けた。だから……あんたに謝るんだ。ほんと、ごめん。あいつを落ち着かせるには、清水にあいつの要求を呑んでもらうしかないんだ。一度だけで良いから……あいつの要求を——」
「セフレですよっ!?美東の要求はセフレになろうって無茶な要求なんですよ、分かってんの明石さんっっ!?」
「……うん。清水も分かってるだろうけど、あいつは欲求に抗えない。これ以上、あいつに構われたら今よりも辛いのが続くんだよ。それで良いの、清水?」
「でもっ……明石さんにもどうにか出来ないの?セフレなんて、嫌だよ……私は」
私は握りしめた拳を震わせ、涙が流れそうになるのを堪える。
「清水にしか頼めないから、あいつはあんたにしか頼んでない。どうか、一度だけで良いから……清水、お願いだよ」
明石が私の肩に手を置いて、必死に説得してくる。
私は逡巡した末に、有耶無耶な返答をした。
明石を生物室に残し、教室に戻った頃には10分は既に過ぎており、昼食を済ませられる時間はなかった。
◇◇◇◇
私は清水紫恵美の有耶無耶な返答を聞き、生物室をひと足先に出ていった彼女の返答で頭を抱えその場に屈んで、動けなかった。
午後の授業の予鈴が鳴ったが、生物室を出られずに授業に出なかった。
帰宅しても頭を抱え、時間が溶けていく。
私が美東に手を出さなければ、清水が被害を受けることはなかったのに……なんてことを、したんだ。
私は就寝すると、悪夢にうなされた。
◇◇◇◇
私は明石華菜子から届いたメッセージに、返信を送れずにいた。
「華菜子……あんたが私をおかしくしたんだよ」
私はベッドに横たわりながら、呟く。
壁に掛けられた時計は、19時40分を示していた。
清水に迫っているセフレという関係性は如何にか築きたい。
清水以外には、私が抱く歪んだ願望を知られたくない。傷付きたくない、一人は……独りにはなりたくない。
交際している彼氏とは違った同性から感じる快感に浸りたい。
もう、私は以前までの正常な身体を取り戻せない。
明石華菜子によって、私の身体は一生治ることのない病に罹った。
私がこうなったのは、明石のせいだ。
「紫恵美……シたいよぅ、紫恵美ぃ」
私は明石のメッセージに返信をせずに、清水に連絡をする。