07 サロス学院
「さぁ着いたよエリオン君。ここがこれから君が過ごすサロス学院だ」
「ここが⋯⋯」
馬車に揺られ続けて十日。
ついに王都に到着した僕は、ハンスさんに連れられて大きな建物へとやってきていた。
見上げれば首が痛くなるぐらいに高いその建物は、白色のレンガで造られており、とても綺麗だった。村には木造の家しかなかったから余計にそう見えるのかもしれない。
「おーい、エリオン君。興味津々なのはいいけど早く入ろう」
「はっ⋯⋯! ごめんなさいハンスさん! 今行きます!」
慌ててハンスさんの後を追って僕も学院の中へと入っていく。
外装同様に建物の中も凄く綺麗で、華やかな装飾品が散りばめられていた。
「うわぁぁ⋯⋯!」
「ハハハ、凄いだろう。何といっても王都一の学院だ」
「ハイ! もう全部凄いです! それに街も! いっぱいお店があったし、みんな凄くキラキラな服だったし! 本当に凄いよハンスさん!!」
「キラキラかぁ。エリオン君らしいな」
嬉しそうにハンスさんは笑うと僕の頭を撫でる。村のみんなもそうだけど、どうしていつも僕の頭を撫でるんだろう。もう子供じゃないのに。⋯⋯まぁ悪い気もしないのだけれど。
「でも安心したよ。その様子だと何とかやっていけそうだね」
「どうだろう。正直、不安もあるんです。三年で本当に強くなれるのか、とか。他の人と上手くやっていけるのか、とか」
馬車で移動した十日間で、これから先のことはハンスさんから聞かされていた。
このサロス学院には選ばれた優秀な人材が集められている。
ハンスさんのような騎士団や、ムスク姉ちゃんのような魔法使いを目指す人が来るところで、才能や実力が無ければ入学すらできないらしい。
つまり、周りはみんな何かしら普通とは違う特別な力を持っているってことだ。その中に僕は入って、三年後の卒業には魔王討伐の旅に出なくてはならない。正直、不安でいっぱいだった。
「なるほど。確かに気持ちはわかるが、君にはここにいる誰よりも優れた才能がある。それに君は他の三クラスとは違い、個別で指導することになっている」
ハンスさんは安心させるようにそう言ったが、それも僕には不安材料のひとつだった。
この学院は才能ごとに三つのクラスに分けられている。
剣術や斧術などの武器を用いた近接攻撃についてを主に学ぶ〝戦士クラス〟。
魔法などの遠隔攻撃についてを主に学ぶ〝魔法使いクラス〟。
治療などの女神の加護についてを主に学ぶ〝聖女クラス〟。
ハンスさんに教えられた知識だけだからざっくりにはなるけど、この三つのクラスを入学時点で選ぶことになっている。
そして、僕はこのどれでもなく個別で指導されるらしい。たまに他のクラスにも混ざって授業を受けることもあるみたいだけど、そこが一番の問題だった。
「僕、同年代の友達が村にいなかったんだ。だから個別だと悪目立ちしそうだし、話せる友達もできないかも」
「そういうことか。確かに友人を作ることも大切だ。それに魔王討伐の旅には各クラスの特に優秀な生徒をひとりずつ選び、協力を仰ぐつもりだ。連携やコミュニケーションも必要になる。ただ、まぁ大丈夫だろう。自己紹介する時間も今回作ってもらったし、同学年は女子ばかりと聞く。君の顔なら悪いことは起きないはずだ」
また安心させるようにハンスさんが言うが、僕は何一つ納得することはできなかった。
ムスク姉ちゃんもよく僕の顔がどうだとか言っていたけど、そんなことで友達ができるとは到底思えない。
「本当に大丈夫ですかね⋯⋯」
「大丈夫大丈夫。それと三年間の指導も任せてくれ。剣術は私がみっちりと叩きんであげよう。これでも王国一の剣士と言われているからね」
「えっ、でもハンスさん仕事は?」
王国騎士団が何をする仕事なのかは詳しくは知らないけど、忙しいのは何となくわかる。昔、ムスク姉ちゃんも『魔法使いもヤバいけど、騎士団はもっとヤバイ。アレはもう魔物よりも過労で死ぬわよ』と言っていたぐらいだ。
「安心してくれ。国王から勇者育成に力を入れろと命を受けている。とはいえ、通常の仕事もしなくてはいけないし、付きっ切りというわけにはいかないがね」
相変らず優しく微笑むハンスさん。
でも、気のせいか少し疲れているようにも見える。確か馬車の中でも、ずっと大量の紙を睨みながら筆を動かしていたはずだ。
「無理はダメですよ?」
「心得ているよ⋯⋯っと、話していたらどうやら着いたようだね。エリオン君。この教室だ」
ハンスさんに促されて見ると、そこには扉がひとつ。その奥からはガヤガヤと話す声が漏れ出していた。
ここに僕と同じ学年の人たちがいるんだ。⋯⋯どうしよう。緊張で心臓が痛くなってきた。
「ちょっと中に入って話してくるよ。エリオン君は私が呼んだら入ってきてくれ」
それだけ言うとハンスさんは、ガラガラと扉を開けてそのまま教室の中へと入っていった。
自己紹介の時間を設けてくれるという話だったけど、何を言えばいいのだろうか。
勇者についてはまだ秘密だし⋯⋯いや大丈夫。平常心だ。ただいつも通りにすればいいだけ。僕が特別なことをみんなが知るわけもないのだから。
ふぅー、っと僕が深呼吸をすると中から「エリオン君。入ってきてくれ」と、ハンスんさんの呼ぶ声が聞こえてきた。
意を決して僕は教室の扉を開ける。
広い空間の中には三十人ほどの男女が座っており、全員が一斉に僕の方を見た。凄いプレッシャーだ。緊張しすぎて、次の瞬間には倒れてしまうのではないか、という程に足はガクガクと震えていた。
それでも何とか僕がハンスさんの横に辿り着くと、彼は笑顔でみんなに説明をし始めた。
「この子がエリオン君だ。十四歳ながら飛び級でこのサロス学院に入学した超優等生だ。そのせいで入学は皆とは遅れたが、ぜひ仲良くしてやって欲しい。ちなみにクラスは個別指導となっている。さぁ、エリオン君。自己紹介だ」
にこやかに手をハンスさんが広げるが、僕はそれどころではなかった。
圧倒的に跳ね上がったハードル。
そもそもとして、飛び級であることも初耳だったし、超優等生かつ個別指導ともなれば、周りの視線や興味が強くなるのは当然の結果だった。
ざわざわと、騒がしくなりつつある教室の中、僕はもはや半ば投げやりに覚悟を決めて自己紹介を始めた。
「は、初めましてエリオンと言います! その、田舎の小さな村からやってきました。どうして入学したのかは言えないけど、みんなとは仲良くなりたいと思っています! よ、よろしくお願いします!」
勢いのまま頭を下げた。
自分でも何を言ったのか既に記憶がない。ダメだ。完全に頭が真っ白になってる。少なくとも、面白いことも、良いことも言えなかったのは確かだ。
もう本当にダメかもしれない。
そう思ったと同時に、教室を埋め尽くすほどの歓声が上がった。
「キャー! よろしくエリオンさん!」
「待って。ヤバくない? めちゃくちゃ格好よくない?」
「可愛いぃ。何? 天使?」
「エリオン様~! こっち向いて~!」
などと、何やら予想とは全く違った反応でみんなが僕の方を見ていた。
状況が飲み込めず、困惑する僕の肩にハンスさんそっと手を置く。
「だから言っただろう?」
親指を立てて何やら得意げなハンスさん。
けど、僕はもう何もわからず、ただただ立ち尽くすことしかできなかった。