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06 出発


 宴が終わった次の日の朝。

 僕は荷物の入ったリュックを背負って、村の出入り口に立っていた。


 目の前には馬車が停まっていて、その隣にはハンスさんが少しだけ意外そうな顔でこちらを見つめている。


「本当に良かったのかい? 昨日の今日だ。もう少し考えてもいいんだよ?」


「大丈夫です。僕の気持ちは変わらないし、それに一日でも早く強くなって魔王を倒したいんです」


 それが僕の答えだ。


 昨日の晩、お父さんの話を聞いて僕は僕が何をしたいのかに気が付いた。魔王を倒して世界を平和にする。そのためにも早く王都に向かって、そこで強くなるんだ。


「なるほど。意志は揺らぎそうにないね。村の人たちには?」


「昨日の宴で伝えました」


「なんて言っていたんだい?」


「⋯⋯みんなが頑張ってね、と」


 てっきり怒られると思っていた。悲しんで、行ってほしくないと引き留めるだろうって。でも違った。みんなは驚いてはいたけれど、誰一人疑っていなかった。僕が勇者だってことも、魔王が誕生したことも。全員が僕の話を信じてくれたし、応援してくれたんだ。


「ハンスさんも良かったんですか? 魔王のこと。話してもいいって言ってくれたから、みんなには話しちゃったけど」


「構わないさ。村の人も話を広げないと約束してくれたしね。この村から情報が漏れることはないだろう。そもそもあと少しで国民には発表するつもりなんだ。村の皆さんが大切にしているエリオン君を預からせてもらうのだから、隠し事は失礼だろう?」


 爽やかにハンスさんが笑う。

 きっと、僕が村のみんなを騙したくないということもわかってそうしたのだろう。


「それじゃあ行きましょうハンスさん⋯⋯」


「オイ、エリオン!!」


 今まさに出発しようとした時、突然に声が聞こえてきた。後ろを振り向くと、そこにはランサさんが立っていた。


「ランサさん!? どうしたのこんな朝早くに」


「そりゃこっちの台詞だ! なぁに勝手に出発しようとしてんだよ。見送りぐらいさせろっての! ほら、見てみろよ」


 ランサさんが後ろを見るように促す。

 僕が覗き込むようにして背伸びをすると、目に飛び込んできたのは、こちらに向かって歩く村のみんなの姿だった。


「なっ、みんな!? どうして」


 僕の疑問にハンスさんが答える。


「私が伝えておいたんだ。エリオン君のことだ。皆が早朝に見送りにここまで歩いてくることを負担に思い、出発の時間を伝えていないだろうとね」


「そういうことだエリオン! いいか? 寝坊遅刻ばかりの俺だって起きようと思えばこんぐらい楽勝なんだぜ⋯⋯」


 と、ランサさんが言葉を続けるよりも先に、遮るようにして声が割り込んできた。


「コイツの場合は起きられる自信がないからと言って、昨晩は一睡もしておらんみたいだがの」


「ぬぅあぁ!? 村長!!」


 大げさに驚くランサさん。

 僕が見ると、この村の村長であるロンガンさんが、杖に手を置いてどっしりと構えていた。


「村長! わざわざ来なくたって。腰痛めているんでしょ?」


「馬鹿いうな。お前の勇気ある一歩を見守らずして村長が務まるか! いいか、エリオン。頑張ってくるんじゃぞ」


 優しい村長の声に、ランサさんが続けた。


「そうだぜエリオン。お前なら絶対ェに魔王をぶっ倒せるからよ! 戻ってきたら勇者エリオンの英雄譚聞かせてくれよな。それを肴に飲む極上の一杯まで、俺は酒を我慢すっからよ!」


「無理じゃな」

「無理無理」

「飲んだくれのランスじゃなー」


「オイ、うるさいぞお前らァ!?」


 ランサさんが声を荒げると、村のみんなが大声で笑った。村のみんなだけじゃない。気が付くと、いつの間にか僕も笑っていた。


「アハハ。ランサさんのためにも早く魔王を倒さなくちゃね」


「ぐぬぬ、エリオンまで⋯⋯。ハァ、もういい。兎に角だ! 応援してんぜエリオン!」


 親指を立てて笑うランサさんを皮切りに、村のみんなが声援を上げた。


「頑張れよエリオン!」

「絶対無事に戻ってきてね!」

「辛くなったらいつでも戻って来いよー!」


 と、みんなが声を張り上げて僕に笑顔を向ける。


 みんなも不安なはずなのに、辛いはずなのに。僕のために朝早くからここまで来て、温かく見守ってくれている。


 凄く嬉しい。体の内側がポカポカと温かくなる。やっぱり僕は⋯⋯この村が大好きだ。


「僕、この村に生まれて本当に良かった」


「そうだね。皆良い人ばかりだ。それにしても肝心のヨルゴスは来ていないのか。全くアイツは⋯⋯」


「俺がなんだって? ハンス」


 村のみんなが立つ中、人混みを掻き分けるようにしてお父さんが前に出た。その手には一本の剣が握りしめられている。


「悪いな。これを探していたんだ」


「これって⋯⋯」


 お父さんが僕に向けたのは真っ白な剣だった。


 柄も鞘も白く輝いている。

 綺麗だ。傷や使い古された跡もあるが、きっと手入れも行き届いているのだろう。何よりも、温かい力強さを感じる。こんなにも美しく心が熱くなる剣を、僕は今までに見たことがなかった。


「俺が昔使っていた剣だ。親から貰ってな。昔の勇者が使っていたわけではないが、斬れ味は保証する。持っていけエリオン」


 手渡された剣を持つ。

 ずっしりとした重さが伝わると同時に、お父さんの温もりも感じられた気がした。


「ありがとうお父さん。大事に使うね」


「あぁ」


 お父さんが嬉しそうに頷く。


 村のみんなとお父さんの想い。

 全てを託され、笑顔を見れて、僕の心は今まで以上に幸福で満ち溢れていた。


 けど、ひとつだけ。

 僕にはまだ気がかりなことがあった。


「どうかしたのかい。エリオン君」


 キョロキョロと周りを見渡す僕に、ハンスさんが尋ねた。


「あの、せっかくならもうひとり会いたい人がいたんだけど、見当たらなくって」


「それはもしかしてムスクのことかな?」


「え、知ってるんですか!?」


「あぁ。彼女とは何度か仕事を共にしていてね。実は言伝を預かっているんだ」


 言伝。つまりムスク姉ちゃんはここには来れないのだろう。少し寂しいけど、時間を伝えていなかった僕のせいでもある。こればかりは我儘も言っていられない。


「それでムスク姉ちゃんは何て?」


「『エリオンなら必ずできる。任せたわ。頑張って』と。昨晩彼女に呼ばれてね。そう伝えて欲しいと頼まれたんだ。本当なら来るつもりだったんだろうがね。⋯⋯急用ができてしまったんだ」


 やはりムスク姉ちゃんは相当に忙しいみたいだ。

 そのことは知っていたし、仕方がないことだと思う。けど、言伝の中で一か所だけ頭に引っ掛かることがあった。


「⋯⋯任せたわ?」


 ムスク姉ちゃんの真意を探るように、僕は言葉を噛みしめた。


 任せる、とはどういう意味なのだろうか。

 この世界のことか。魔王討伐のことか。恐らくそういう意味なのだろうが、どこか腑に落ちない。僕の知るムスク姉ちゃんとは違う〝らしくない〟言い方だ。


「ねぇハンスさん。他にムスク姉ちゃんは何か言ってなかった?」


「特には言ってなかったよ。そもそも急用に手一杯で彼女も余裕が無かったみたいでね」


「そっか⋯⋯」


 ハンスさんがそう言うなら、きっと僕の考えすぎなのだろう。

 言伝の短さからも時間に余裕が無かったようだし、実際に会って話をする時とはまた違うはずだ。僕は違和感から目を背け、そう結論付けた。


「それじゃあそろそろ出発しようか。荷物は私が預かるよ」


 手を差し出したハンスさんに僕は荷物を渡して頷くと、村のみんなに精一杯手を振って馬車に乗り込んだ。


「よし、出してくれ」


 続いて乗り込んだハンスさんがそう言うと、馬の手綱を握る男の人が腕を振り上げた。


 ガタンガタン、と馬車が揺れる。

 ゆっくりと馬車が動き出すと同時に、後ろから大きな声が上がった。


「頑張れよエリオン!」


「体には気を付けるのよー!」


「元気でなぁ!!」


 村のみんながそれぞれ懸命に声を張り上げ、僕の門出を祝っている。その暖かな優しさが、僕の心を強く揺さぶった。


「みんな⋯⋯!」


 僕は馬車の窓から身を乗り出すと、村のみんなに向かってもう一度力いっぱいに手を振った。


「またねみんな! 絶対に魔王を倒して戻ってくるからね!!」


 涙で霞む視界に映った村のみんなは嬉しそうに笑っていた。寂しいはずなのに、不安なはずなのに、僕を心配させないようにしてくれている。


 僕はそんなみんなの顔を忘れないように、見えなくなるまでずっと手を振り続けた。


 これは最後のお別れなんかじゃない。僕は絶対にまた戻ってくるんだ。

 じんわりと温かくなった胸を押さえ、僕は馬車の座席に座りなおした。


「あっ、そうだ」


 僕は荷台に乗せられた荷物の中から小さな袋を取り出す。それは昨日サラク婆ちゃんが持たせてくれたおはぎだった。


 袋を広げておはぎを一口かじる。

 昨日食べたばかりのおはぎだったけど、この時は何故だか少しだけしょっぱいような気がした。


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