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エピローグ


 とある部屋の中にひとりの男がいた。


 歳は三十代前半ぐらいだろうか。

 金色の髪が、開いた窓から零れる朝日に照らされ輝きを放ち、深紅の大きな瞳はジッと一冊の本を見つめるばかりだった。


 木製の椅子に腰を深く下すその男は、手に持った筆を小刻みに動かしながら、本に文字を綴っていく。


「こんなところかな」


 筆を置き、男は一度大きく背を伸ばした。

 と、同時に部屋の扉がドンドン、と乱暴に音を奏で始める。


「パパぁ! 入ってもいいですかぁー!」


「はいどうぞ」


 男が軽く返事をすると、勢いよく扉が開かれた。


 立っていたのは少女が二人。


 ひとりは扉を開けた張本人で、派手な桃色の髪が特徴的だ。顔は年相応に幼いながらに元気に溢れ、部屋に入るや否や、まるで宝箱を開けたかのように目を輝かせていた。


 もうひとりは白く透き通る髪をしていた。こちらは達観したような落ち着きを醸し出し、もうひとりとは対照的に詰まらなさそうな半眼でただ男のことを見つめていた。


 どちらも歳は十にも満たないだろう。

 部屋に躊躇いも無く入ってきた彼女たちへと、男は微笑みかけた。


「おはようマーガレット。ベリィ」


「おはよう!!」


「⋯⋯おはようパパ」


 大声で元気よく挨拶するマーガレットと、恥ずかしそうに眼を逸らしてボソリと呟くベリィ。二人を見て、男は嬉しさを抑えきれない様子で抱き着いた。


「今日も可愛いな僕の娘たちは! ほらギューッ!」


「私もギューッ!」


「⋯⋯ギュ」


 微笑ましく互いに抱きしめ合う三人。

 男はもう暫く抱きしめていたかったが、ベリィが不機嫌そうな表情をし始めたので解放してあげることにした。


「それでどうしたのかな? パパと遊びたくなったのかい?」


「遊ぶぅ!」


 遊びという言葉に敏感に反応したマーガレットが部屋にある玩具を取り出そうとした時、隣に立つベリィがやんわりと止めた。


「違うよお姉ちゃん。まだ遊ばない。ボクたちママに言われたでしょ?」


「ハッ! そうだった!」


 マーガレットは両手に溢れんばかりに持っていた玩具を心惜しそうに片づける。


「ママが? なんて言っていたんだい」


「あのね! ママが手伝って欲しいって! ケーキだよ? おっきいの! で、おもちゃが来るの!!」


 身振り手振り全身でマーガレットが嬉しさを表現するが、男は少しだけ困ったように笑った。


「そっかぁ。じゃあ順番こだから、次はベリィが話してみてくれないかな」


「⋯⋯わかった」


 ベリィはやはり表情を崩さずただ頷いた。


「お母さんがお昼ご飯手伝って欲しいって。ケーキとかいっぱい作るからパパがいいって。あと、パパのお友達が来るから、お洋服とお部屋といっぱいやってねって」

「あぁ、そういうことか」


 ベリィの説明にようやく男も意味がわかったらしい。


 昼食の準備。お客さんが来ること。そのために自分がどのように行動すればよいのか。大体の状況を理解して、男は笑顔で二人の頭を撫でた。


「教えてくれてありがとうね。本当に二人は良い子だな」


「えへへへ」


「⋯⋯もっと撫でてもいい」


 頬を緩ませて笑うマーガレットと、まんざらでもなさそうなベリィ。姉妹であるにも関わらず、二人は性格の差が顕著だった。


 明るく元気な姉のマーガレット。

 体力も多く外で走り回ったり、花を育てるのが好き。


 落ち着いて冷静な妹のベリィ。

 外で遊ぶことは苦手で、家で本を読むことが多い。


 そんな二人を見比べながら、男は苦笑いを浮かべた。


「⋯⋯似るものだな」


「えぇ、何が?」


「ううん、何でもないよ」


 男は立ち上がると、開いたままとなっていた扉に向かって指を差す。


「よぉーし。それじゃあ競走だ! 最初にママにタッチした人が勝ちだ!」


「やるやる! 私一位!」


「⋯⋯ボクはいい」


 やる気に満ち溢れるマーガレットと打って変わり、ベリィは面倒くさそうに頭を振った。


「ベリィちゃんもやるの! やってやってやって!」


 マーガレットが抱き着いてベリィの耳元で騒ぎ始める。

 ベリィの表情は見る見るうちにやる気を無くしていたが、そこで何かを見つけたように男の背後を指差した。


「パパ。あの本なに?」


「ん、これかい?」


 男は机に置いたままとなっていた本を手に取った。


「これは日記って言うんだ」


「日記?」


「そう。一日にあったことを書いたりするんだ。例えば昨日マーガレットがオネショしましたぁとか」


「いやぁ!?」


「昨日ベリィが勝手にパパのおやつを食べましたぁとか」


「⋯⋯ごめんなさい」


 絶叫するマーガレットと、申し訳なさそうに謝るベリィを見て、男は声を出して笑った。


「ははは。例えばだよ。ごめんごめん」


「じゃあパパは何を書いてたの?」


 マーガレットが興味津々というように日記を覗き込む。


「読めない⋯⋯」


「ちょっと難しいかな。これはね、昔のお話を書いていたんだよ。今日夢に見たお話だ」


 日記を持つ男は、どこか懐かしいものを思い出すかのように遠くを見つめた。


「あるところに勇者がいました。勇者はみんなに悪さをする魔王を、お友達と一緒に倒しました」


「それ私の好きなお話!」


「⋯⋯ボクも」


 男から語られる話に、マーガレットとベリィは座って耳を傾ける。


「勇者は喜びました。これでみんなが嬉しい気持ちになるからです。でも、勇者のお友達は違いました。お友達は悪者のせいでずっと泣いているのです。悲しくて、泣いて、そして真っ暗な穴の中に落ちていきました」


「可哀そう⋯⋯」


 マーガレットがしょんぼりと悲し気に下を向く。一方のベリィは結末を知っているので変化は無く、寧ろ毎回感情的になれる姉を不思議に感じていた。


「お姉ちゃん。でもお友達助かるよ?」


「知ってるけど悲しいもん!」


「そうだね。すっごく悲しいお話だ」


 男はマーガレットの頭を優しく撫でる。嬉しそうに笑うマーガレットを、羨ましそうにベリィが見つめた。仕方なくベリィの頭も撫でた後で男は続ける。


「でも、ベリィの言うようにお友達は勇者が助けました。手を伸ばして、穴に落ちたお友達を助けたのです。こうして世界は平和になり、勇者とお友達は末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」


「やったぁ!」


 喜んで両手を上げるマーガレットを無視して、ベリィは尋ねた。


「そのお話を夢に見たの?」


「うん。ちょっと違うけどね。助けたお友達とパパが⋯⋯遊ぶ夢、かな?」


「何して遊んだの?」


「⋯⋯いろいろだよ」


「いろいろだ!」


 無邪気に笑うマーガレットから逃げるように男は日記を再び机に置くと、二人を立ち上がらせた。


「はいこれで終わりだよ。勇者とお友達は助かって、いろいろ遊びました! ってことをパパは日記に書いたんだよ。どう? 二人も遊びたい?」


「遊ぶ! よーいドンのやつ! ママにタッチする!」


「⋯⋯ちゃんと覚えてた」


 ベリィが残念そうに呟く。

 どうやら走りたくないという理由で話を誤魔化すべく、男の日記を指差したらしい。


(お母さんに似てベリィは頭が良く、マーガレットは優しくて明るいな。きっと、大きくなったら美人になるんだろうな)


 男は娘たちの明るい未来を想像して、胸の奥が温かくなるのを感じた。


「よーし、今度こそ出発だ! ほら、ベリィも頑張って。パパに勝ったら大好きな綿菓子をあげちゃうかもなぁー?」


「わかった。じゃあよーいドン!」


「あっ、ズルいよベリィちゃん!」


 突然やる気を出したベリィが勝手に競争を開始し、後を追うようにマーガレットも走り出す。


「ははは。怪我はしないようにな。じゃあパパも行くぞぉ?」


 男は優しい笑みを浮かべて部屋を出ると、扉をそっと閉めた。


 誰も居なくなった部屋の中。

 開かれていた窓から暖かな風が迷い込んだ。


 風に吹かれてパラパラと捲られていく日記。

 何も書かれていない白いページは、どこまでもどこまでも先へと続いていた。


これにて今作は完結となります。

最後は駆け足だったように感じますが、エピローグは決めていたので個人的には満足しています。想像の余地を持たせる、というのも良いかなと。


ですが、一応この後に短編を投稿しますので、そちらを読んで頂ければ全ての伏線と謎は回収できるかなと思います。


ここまで読んでくださった皆様、お付き合いいただき本当にありがとうございます。最後にですが、よろしければ評価ポイントを頂けると嬉しいです。勿論、素直な点数で構いません。今後の方針やモチベーションに繋がりますので、お手数をおかけしますが何卒よろしくお願い致します。

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