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最終話 未来を共に


 全てが終わった。


 長い旅の果て。

 全ての条件を満たして、私たちは魔王を倒すことができた。


 エオ君も、ニオちゃんも、ティタちゃんも倒れている。

 昨晩に呑ませた薬がちゃんと効いているんだ。この薬も何度もループして調合を試したんだから、失敗するわけもないんだけど。


 時間だってピッタリだ。まだ最初にエオ君が死んだ時間には数分だけ余裕がある。後は少しだけ話をしながら調節すればいい。


「魔王を倒したら話があるって言ったよね? だからネタバラシ。私はメーロン。あの頭の可笑しいメーロンだよ。ごめんね騙してて。顔こんなに可愛いんだ。それに声も結構自慢なんだ。だって、君が褒めてくれたから」


 白い仮面を脱ぎ捨てた。


 最後ぐらい、この顔を見て欲しい。

 もう私を好きになることはないだろうけど。


 君のお陰で私は私が好きになったんだ。

 顔も、声も、全部。私の大好きは全部君がくれたの。


「今回が正真正銘最後の旅。やっと終われるの。この呪いから解放される。私は自由になる。そして君も」


 そう、終われるんだ。

 この長い長い呪いから、君は自由になる。


 私の事は忘れてくれてもいい。

 新しい大切な人と、新しい未来を生きるんだ。きっと、凄く明るくて楽しくて幸せに溢れている。


 君のそんな未来を守れたのだから、私の人生にもきっと意味はある。この死は、無駄なんかじゃない。だから⋯⋯、


「じゃあねエオ君。幸せに」


 私は笑ってその身を投げ捨てた。


 底も見えない暗闇に、私は落ちていく。


 怖くは無い。

 もう何度も死んでいるんだ。


 感情だって失った。

 壊れた玩具が捨てられるだけ。誰も、悲しまない。


 これが私という人生の永い旅の終わりなんだ——。


「メーロン!!」


 誰かが私を呼んだ気がした。

 誰かが、私の手を掴んだ気がした。


 霞む目を見開くと、そこには満身創痍のエオ君の姿があった。


「なんで⋯⋯」


 薬が効いているはずだ。

 もう、動けないはずだ。


 そのはずなのに、エオ君は必死に私の右腕を掴んでいる。闇に呑まれていかないように必死に繋ぎとめている。


「ダメだよ。離してよ! 私はここで死ななくちゃいけないの!」


 懸命に振り払おうと藻掻く。

 もう、時間が無くなってしまう。


「離して!!」


「嫌、だ。絶対に離すもんか。もう、二度と⋯⋯!」


 エオ君の手に力が入る。

 どこにまだそんな力があったのか。振りほどこうにも、私の力じゃどうすることもできない。


「お願いだから離して! 意味がわからなくたっていい。でも、このままじゃ君は死んじゃうんだよ!?」


「知ってる! 全部アイに聞いた! 日記を、読んだんだ!」


 エオ君は左手を私の方に向ける。

 その手には一冊の日記が握られていた。


 あの日記だ。

 ボロボロで、もう文字だって読めない私の日記。私の⋯⋯大切な日記。


「何で、それをエオ君が」


「アイから受け取った! だから、知ってるんだよ! どうしてメーロンがこんなことをしているのかも全部! メーロンの愛も!」


 きっと嘘は吐いていない。

 だって、エオ君は人を騙せないんだ。


 日記を持っているのも、アイの名前が出たことも、真実を物語っている。でも、だからこそ、この手は離さなくちゃならない。


「だったらわかってるんでしょ!? 君はもう死ぬ。また繰り返す! この行動に意味なんてないの! 私が死ななくちゃ、君の未来はやってこない。私が死ぬしかないの! だから離してよ!!」


「メーロンは本当にそれでいいの!?」


「いいのそれで! 君が生きていればそれでいい。私は君のために死ぬのなら怖くなんてない!」


 私は君が全てなんだ。

 他には何もいらない。

 この気持ちだって、もう君にはわかっているはずだ。


 そのはずなのに、エオ君は諦めない。

 ただ真っすぐに全身全霊で叫んだ。


「じゃあ何でそんな悲しそうな顔をしているんだ! 泣いているんだ!!」


「っ⋯⋯!」


 頬を、暖かな涙が伝う。


 泣いているの?

 私が?

 どうして?


 涙に気が付くと同時に、胸が強く締め付けられた。苦しくて苦しくてたまらない。


 エオ君の顔を見ると、涙が止まらなくなるの。一生懸命で、格好よくって、優しいその顔を見ると想いが溢れだしてしまう。


 ダメ、なのに。

 こんな我儘を言ったらダメなのに。


 死にたくないと強く思ってしまう。


「やめて、お願い。私は、大丈夫、だから! 大丈夫なの。私が死ねば全て丸く収まる。私が死んだって、誰も悲しまない!」


「僕が悲しむよ! ニオもティタも悲しんでいた! ムスク姉ちゃんも泣いていたんだ! みんな、メーロンが大好きで大切なんだよ!」


 ダメ。

 もう、やめて。


 これ以上はもう心が保てない。

 抑えてきたのに。我慢していたのに。また、生きたいと思ってしまうから。君と一緒に生きていたいと思ってしまうから⋯⋯!


「私は死にたいの! もう戻れない。私の手は汚れてしまった。お父さんも、お母さんも殺したんだよ!? みんなを殺したんだよ!? 私に、生きる資格は無い!!」


「そんなことはない! 正しい道を歩むのに、もう遅いなんてことは無いんだ! メーロンは間違ったのかもしれない。でも、まだ間に合うんだよ! 僕たちの未来は、まだこれからなんだ!」


 エオ君は日記を投げ捨てて、両手で私の手を握った。真剣な表情で私を見つめた。


「僕と一緒に未来を生きよう! 僕の隣で一緒に道を歩いてほしい! 僕もメーロンの過去を背負うから! だから生きてよメーロン!」


「ダメ。⋯⋯ダメ、なんだって。だって変わらないの。未来はもう、ダメなの。また、戻ってしまう」


 意味は無い。

 どうせまた直ぐに時間は戻る。君も、この情熱をまた忘れてしまう。


「じゃあ二人で探せばいい! 二人がダメなら四人で。四人がダメなら全員で! みんなが助かる方法を探そう! 何十回でも、何百回でも、何千回だって! 方法を探そうよ! 未来何て、最初からそうやってみんなで作るものだろう!? ひとりじゃできないことでも、手を取り合えば何だってできるんだ! この旅もそうだ。僕たち四人だから魔王を倒せたんじゃないか! ハンスさんや王様。学院や村のみんなが支えてくれたからここまで来れたんじゃないか! 僕たちはずっと、そうやって未来を紡いできたんだよ!」


「エオ、君」


 無理だ。

 何度だって私は試した。無理だったんだよ。


 そうやって否定しようとした私の心が、エオ君の叫びを聞いて揺らいでいた。


 私は独りじゃない。

 部屋に引きこもっていた私を、お姉ちゃんが外へと引っ張り出してくれた。エオ君が世界に色を付けてくれた。


 お父さんが、お母さんが、村のみんなが、私をここまで育ててくれたんだ。ニオちゃんとティタちゃんが支えてくれたんだ。


 私は、最初から独りなんかじゃなかった。


 この人生の旅にはいつだって、誰かが傍にいてくれた。


「わ、私は⋯⋯! 私は⋯⋯!!」


 震えていた。

 声も手も心さえも。


 絶望的だったのに。もうこれ以上の未来は無いと思っていたのに。エオ君が手を差し伸べてくれるから、また願ってしまう。


 君と一緒に未来を生きたいんだって。


「メーロンが犠牲になって生まれた未来何て僕は要らない! 君がいない世界何て、僕には意味が無いんだ! だから壊そう。一緒に。この悲しい未来を! そのための旅をまた始めようよみんなで! そして新しい未来をこの手で作るんだ! だからお願いだメーロン。僕と一緒に生きてくれ。この手を、離さないでくれェッ!!」


 エオ君の声だけが聞こえる。


 もう、私の頭には君しかいなかった。


「私は⋯⋯!」


 エオ君の温かい手。

 私はその手を強く握り返して——。


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