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33 勇者の未来を壊す旅⑤


 私はエオ君を助けるために、念入りに作戦を立てた。


 どう私は行動し、どうエオ君を動かせばいいのか。

 何度も何度も文字通り命を削って試行錯誤し、ひとつひとつの問題を解消していった。


 まずは私が自由に動け、考えることのできるだけの時間を確実に確保したい。現状ではサロス学院に入学するまでの村で過ごす日々は、私にとっては不都合な場合が多かった。


 魔法の研究も、ループに対する計画も、エオ君を助けるための全ての行動が制限されてしまっている。


 部屋にいくら引き籠ろうとも両親とは関わらなくちゃいけないし、お姉ちゃんもよく私の様子を見に来ている。そうなると私は幼く無知なメーロンを装う必要が出るし、無駄な時間を浪費することになる。


 とにかく邪魔だった。

 ループを繰り返したところで、今後正解の道筋を見つけ出したとしても、この家族の繋がりが障壁となってしまう可能性は十分に考えられる。


 だから、私は両親を殺す決意をした。


 ループを前提とした実験的な殺しじゃない。

 両親が生きている未来を完全に消し去り、私はエオ君を助けるための生贄にした。


 私は夜の森に両親を連れ出した。

 当然警戒はされた。でも、引き籠りだった娘の頼みだ。二人は断り切れずにノコノコと私と一緒についてきた。

 頭の悪いことだ。

 本当に、私のことしか考えていない。

 私が外に出るのなら、成長するためのきっかけになるのなら、両親は僅かな可能性にでも賭けてしまう。

 バカだ。

 普通、娘の頼みでも夜の森に赴いたりしないでしょ。

 ⋯⋯本当に、二人は大馬鹿だ。


 私はループで事前に魔物が現れる時間と場所を把握していた。

 両親を誘導し、魔物に襲わせた。

 二人は命懸けで私を守ろうとした。

 私の前に出て逃げろと叫んだ。

 そして死んだ。

 呆気なく死んだ。

 私は両親を殺した魔物に魔法を放った。

 魔物も死んだ。

 呆気なく、簡単に私は殺した。

 ⋯⋯本当に、大馬鹿だった。


 翌日、両親の死体は発見された。

 部屋に居た私に、お姉ちゃんが教えてくれたんだ。お姉ちゃんは泣きながら私を抱きしめてくれた。取り合えず私も涙を流してみる。もうこの頃には感情が無くなっていたようで、何も悲しくは無かった。悲しくないのに涙は出てくれた。それを見て、お姉ちゃんはさらに泣き出した。


 両親が死に、お姉ちゃんは魔法使いとして王都に行く決心をしたらしい。魔法の勉学に励み、優秀な魔法使いとして有名になっていった。


 有名になると当然王都にいることも増える。

 家に帰ってくることなんて殆ど無くなった。これで、私は自由を手にすることができた。


 両親を殺すことは成功だったみたいだ。

 私は何度も繰り返すループの中で、初めて取り返しのつかない殺人を行なったのにも関わらず、そんなことをぼんやりと考えていた。


 自由は得た。

 次は行動だ。


 私がしなくてはならないことは主に四つ。


 ・サロス学院に入学して、魔王を倒す旅の一員として認めらる。

 ・エオ君が他の誰かを愛するように手引きする。

 ・魔王を倒す。

 ・最初のエオ君が死んだ時間と同時に、同じ場所で私が死ぬ。


 これら全ての条件を満たさなければ、エオ君を死の呪いから解放することはできない。


 まずはサロス学院に入学すること。

 これは簡単だ。私の実力ならどうやっても入学できる。エオ君が王都に向かうタイミングで私も同行すればいい。


 そう考えていたし、実際その通りに事は進んだ。

 でも、サロス学院に入学した後で問題が発生した。


「メーロン、君のことが好きだ。だから、その、僕と付き合って欲しい」


 何度ループしてもエオ君から告白されてしまうのだ。


 嬉しい気持ちも湧き上がるけど、このままだとかなりマズイ。私を好きになったままだと、条件を満たすことができなくなってしまう。


 そもそも、エオ君が私を好きになるのは旅の途中のはずなのに。以前までのループでもそうだった。でも、エオ君が私に告白したのは学院内でだ。どうやら、エオ君の私に対する繋がりが強くなっているようだった。


 きっとループを繰り返しているせいだ。

 エオ君だけは他の人と違ってループの影響を無意識に受けてしまっている。魂に深く私との愛が刻み込まれてしまっている。


 だから、私は考えた。

 どうしたらエオ君は私を好きにならないのかを。


 村に居る時に関わらないようにしたらどうだろう。

 ダメだった。結局学院内や旅ではどうしても顔を合わせて話もするし、そうなるとエオ君は私を必ず好きになった。


 じゃあ学院にも旅にも同行しなければいい。

 ううん、それじゃあ元も子もない。私抜きでは魔王を倒すのは不可能だ。エオ君、ニオちゃん、ティタちゃん、そして私。この四人でないと魔王を倒せないことは既にループで確かめている。


 つまり、私は旅に同行しつつもエオ君に顔も見せず、声も聞かせてはならないというわけだ。顔を見せれば一目惚れされてしまうし、声を聞いただけでも魂が反応してしまう。


 考えた末、私はくだらない妙案を思いついた。


 黒いフードで頭を覆い、白い仮面で顔を隠す。声は出さずに魔法で意思疎通を図る。馬鹿みたいだ。けど、これが上手くいったんだ。


 エオ君の魂は私を私と認識できていないようで、以前のように告白することも無くなった。


 念のため、村で会うことも止め、出生や過去も偽ろう。

 例えばドラゴンに村を滅ぼされて顔も声も失った、というのでもいい。ティタちゃんの過去を参考に考えてみたけど、別に問題は無かったので採用することにした。そのせいか、以前よりもティタちゃんと仲良くなってしまったような気がする。


 ともかく、問題は解決した。

 見た目や性格はまさに頭の可笑しな子だったけど、周りからの評価や視線何てどうでもいい。私はエオ君が助かる未来を全力で探すだけだ。


 そのためにも、エオ君には他の女性を好きになってもらう必要がある。


 私の中で選択肢は二人。

 同じ旅の仲間であるニオちゃんか、ティタちゃん。どちらもエオ君のことが最初から好きだし、任せることだってできる。と、いうより他の見ず知らずの女にエオ君を渡すなんてできるはずもなかった。


 問題は二人のどちらにエオ君を託すかだ。

 私は考えた結果、ニオちゃんを選んだ。理由は特にない。何だかニオちゃんの方がエオ君と相性が良い気がしたし、ダメならやり直せばいい。その程度の考えだった。


 後は私が陰から二人が愛し合うように誘導すればいい。

 ふざけた格好と性格のせいで、上手く発展させることは難しかったけど、私にはひとつの秘策があった。


 それはエオ君の未来予知だ。


 厳密には過去の映像を思い出しているに過ぎないのだけど、それを利用してエオ君がニオちゃんを助ければ二人の距離は縮まるはずだ。


 アイが言うには魂が何度も同じ経験をする。もしくは何か衝撃的な経験だった場合、同じような場面で魂が刺激されフラッシュバックするらしい。


 そこで私は都合の良い未来を作るため、敢えて同じ行動を繰り返しエオ君の前でしてみせた。


 まずは二人の出会うきっかけを作るために、サロス学院で私は土属性の魔法をわざとニオちゃんに向けて放った。


 未来予知が発動してエオ君がニオちゃんを助ければ、恋の物語としては最高のスタートになる。だからね。私はエオ君の魂に刻み込まれるまで、ニオちゃんに魔法を放ち続けた。何度も何度もループを繰り返し、ニオちゃんを殺し続けた。


 私の大切な人を渡すんだ。

 このぐらいは許されてもいいはずでしょ?


 それに未来予知以外にも、私は献身的にエオ君とニオちゃんのために働いたんだ。


 廊下で二人がすれ違うように調整した。

 聖女クラスの担任に、エオ君が先生の授業を受けたがっている、と嘘を吐いた。

 エオ君が医務室に来る時間を確認し、同じ時間にニオちゃんと待ち合わせをした。


 学院で君たちが出会って、話して、笑ってこられたのは一体誰のおかげだと思う?

 

「⋯⋯⋯⋯」


 偶然だって思っているんでしょ。

 違う。違うよ。全部私が仕組んだんだ。


「⋯⋯⋯⋯は」


 学院内だけじゃない。

 旅の中でだって私は愛をコントロールした。


「⋯⋯⋯⋯あはは」


 ダンジョンに入った時もそう。

 道が二手に分かれていたよね。どの道を、どのペアが進むか決めたのは他でもない私だ。私が正解の道を君たちに譲った。トラップを踏むように誘導した。


「⋯⋯あははは」


 ノウトでの祭りは?

 邪魔しようとしたティタちゃんを私が連れ出した。二人っきりになる時間を作った。花火を見るためのムードを作ってあげた。


「あはははははは!」


 ほらね。

 全部、私がしたんだよ。私のお陰なんだ。


 馬鹿みたいだ。

 こんなに何度も繰り返して、私は何度も殺して愛を積み上げさせて。


 時間もそうだ。

 ループを試してどの日に、どの時間に君が死ぬのか。また時間が戻るのか。正確な時間と猶予を私は導き出した。


 結果はたった一分の誤差しか許されないことがわかった。最初に君が死んだ時間から一分経過するまでに魔王を倒し、私も死ななくてはいけない。


 だから私は時計を買った。

 壊れてもいいように、針が狂ってもいいように、いくつも買ったんだよ。


 言ったよね?

 時計は大切なんだって。ずっと私は時間までも操って、君たちを動かして、魔王を倒すように仕向けていたんだ。


 全ては順調に進んでいた。

 もしかすれば、今回のループでこの長い旅もついに終わるのかもしれない。


 死んだ心に僅かな期待が生まれた時、私の前にアイが現れた。正確には一番最初と同じように、王都の中にあの魔道具店が現れたんだ。


 どうして今更?

 私は何食わぬ顔でエオ君と話すアイを見て驚いた。心の底から恐怖した。まさか、何か良からぬことを考えているんじゃ。そう警戒した。


 でも、やっぱり旅は順調だった。


 そして、ついに魔王城の前にまで辿り着いたんだ。大丈夫。抜かりはない。調合した薬だって全員に呑ませた。絶対に、大丈夫だ。


 本当にここまで長かった。苦しかった。

 苦しくて苦しくて、私の心は完全に壊れてしまっていた。


 嬉しくも無いのに笑いが止まらない。

 悲しくも無いのに涙が止まらない。

 白くて綺麗な両手は、いつだって真っ赤な血で汚れて見えた。


 でも、やっぱり私にとっては些細なことだったんだ。

 だって、私が苦しむだけで君は幸せを手にすることができるんだよ。未来を生きることができるんだよ。


 魔王を倒して、愛する人と長閑な村で暮らして、子供だってできるかな? きっと君に似た可愛くって格好よくって優しい子だ。私の子供じゃない。私の未来じゃない。いいんだよそれで。君の未来が確かにそこにあるのなら、それでいい。


 だって私は⋯⋯君を愛しているのだから。


◇◇◇◇◇◇


 僕の意識は現実に戻っていた。


 メーロンの部屋。暗く、汚れ、壊された異質の空間。今ならわかる。この部屋はメーロンの心の現れだったのだ。


 メーロンはずっと僕のために戦っていた。

 僕を助けるために、今までの全てを投げ捨てて、苦しんで、この未来を作り出してくれたのだ。


「⋯⋯僕は、何も知らなかったのか」


 握りしめたボロボロな日記。

 いつの間にか、僕の手は震えていた。


 悔しさ。悲しさ。そして怒り。

 様々な感情が僕の中で混ざり合っていく。


 僕のためにメーロンは苦しんでいたのに、何も気づいてあげられなかった。思い出すことができなかった。ただ僕は村で過ごして、学院で学んで、旅で魔王を倒しただけだ。一体、僕は何をした? 何を自分で選択して来たんだ? あの旅は全部、メーロンの作り上げた道を歩いていただけじゃないか。


「気に病むことは無い。ボクの魔道具は特別だ。思い出すことができなかったのは当然なんだよ」


 アイが悲し気に笑った。


 メーロンの日記から読み取ったお道化る姿はそこにはない。もしかしたら、これも演技なのかもしれない。でも、僕には後悔しているように見えた。


「全てはメーロンが選択したこと。エリオン。君のせいじゃない」


「じゃあ、何で僕の前に現れたんだ。この日記を手渡したんだ!」


 僕は声を荒げた。

 この溢れて止まらない想いを誰かにぶつけたかった。


「メーロンが勝手にしたことだっていうのなら、僕に教える必要もなかったはずだ!」


「そうだね。ボクがこれ以上関わる余地は無かった。それが正しいのかも。だが、伝えたかったんだよ。メーロンの愛を。歪んだ愛かもしれない。でもね、ボクには美しく思えた。儚く、脆く、淡い。まさに人間の愛だ。だから、エリオンにも知ってほしかったんだ」


 想いを真正面から受け止めるアイに、僕の心も落ち着きを取り戻していった。


 冷静になり、呼吸を整えていく。

 そして、混ざり合った感情が溶けあい最後にひとつの形となった。


「女神様。僕を⋯⋯もう一度メーロンに会わせてくれないか」


 心の奥底に残ったのは、メーロンへの愛。

 思い出された彼女との日々が、鮮明に描かれていく。


 もう一度、君に会いたい。

 ただ、そう強く願っていた。


「メーロンが死ぬ前の時間に戻りたい。もし可能ならお願いだ。協力して欲しい」


「⋯⋯本気かい? メーロンが必死になって君のために掴んだこの未来を壊すと? また同じ苦しみが流れるだけだよ」


「そう、なのかもしれない。間違いなのかも。でも、もう一度メーロンに会いたいんだ! 僕の気持ちを

知ってほしい! 僕の愛を伝えたい! だから⋯⋯」


 僕は深く頭を下げる。


「どうか、お願いします」


「⋯⋯わかったよエリオン」


 僕の肩にアイの手が置かれる。


 熱も無く、感覚だって無いその小さな白い手から、僕の中に何かが流れ込んでいく。


「でも、これが最後だ。もう時間は戻せない。どんな結末になろうとも後悔はしないで。それが君たちの愛の形なんだ」


「ありがとう。女神様」


 僕は顔を上げた。


 目に映るアイの顔はやはり悲し気だったけど、何故だか満足しているようにも見えた。


「行ってきなよエリオン。彼女との未来を掴むために。この悲しい未来を壊すために」


 今まで聞いた中で一番の優しい声色が心を包み込んだ時、僕の意識は純白の光によって再び掻き消された。


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