29 勇者の未来を壊す旅①
私は昔から自分の事が余り好きじゃなかった。
両親が付けてくれたメーロンっていう名前とか、顔とか、髪とか、声とか。全部好きじゃなくって、自分に自信が持てなくって、部屋に引き籠るようになっていった。
村のみんなは良い人ばかりだ。
わかっている。わかっているけど、どうしようもない。
見られるのが嫌。声を聞かれるのが嫌。どうしようもなくそう思っちゃうんだ。そして、そう思ってしまうような自分が大嫌いだった。
お父さんもお母さんも、無理に部屋から出るようには言わなかった。優しく微笑みかけて、自分のペースでいいからって言ってくれた。本当に優しくて、思いやりが伝わって、心苦しかった。
私には歳の少し離れたお姉ちゃんもいた。
私と違って明るくって美人なお姉ちゃん。誰にでも優しくて、誰からも好かれていた。
私もお姉ちゃんは大好きだった。
部屋に来て絵本を読んでくれるし、遊んでくれる。でも、どうしても時折こんなことを考えてしまう。私もお姉ちゃんみたいになれたらなって。でも無理だから、嫉妬してしまう。私はどこまでも最低だった。
そんなある日、お姉ちゃんが私を外に誘ったの。
いつもは無理には部屋から出そうとしないのに、その日だけは違った。
「家の前でいいから! 凄いもの見せてあげる!」
あまりに嬉しくお姉ちゃんが手を引くから、私も少しぐらいならいいかなって思ってしまったの。そして、私は何年かぶりに外に出た。
日差しが眩しかった。
私を笑うような雲一つない空は憎いほどに美しくて、外に出たことを直ぐに後悔した。
やっぱり戻ってもいい?
そう聞こうとした時、お姉ちゃんが庭にお花を咲かせたんだ。
色とりどりの花が咲き誇り、甘い香りが広がっていく。
「凄いでしょ? 魔法っていうの! 私才能あるみたいなのよ。メーロンは知らないだろうけど、最近冒険者が村に滞在していてね。魔法使いの人に教えてもらっているの!」
はしゃぐお姉ちゃんはそんなことを言っていたと思うけど、私は咲乱れる花に目を奪われていた。
凄い。
綺麗で、力強くって、不思議だ。
花もそうだし、何よりも魔法と呼ばれたそれが何よりも美しかった。
「「⋯⋯綺麗」」
無意識にそう呟いた声が、他の声と重なった。
声のした方を見ると、そこにはひとりの男の子が立っていた。
金髪の赤い目をした可愛い子。
初めて会ったけど、多分エリオン君だ。お父さんやお母さんが話していたの聞いていたから存在は知っていた。
「あら、エリオン? ねぇ見て見て凄いでしょう!」
自慢げに胸を張るお姉ちゃんに、エリオン君が笑顔を向ける。
「うん! 凄いよムスク姉ちゃん! すっごく綺麗!」
その余りにも無邪気で明るい笑顔に、私は目が離せなくなっていた。
理由はわからない。
でも、胸が熱くなる。キュッ、と締め付けられて痛い⋯⋯痒い? 何だか、不思議な気持ち。でも悪くは無かった。
すると、エリオン君が私にようやく気が付いたようで、お姉ちゃんに向けた時と同じ笑顔で私に手を伸ばした。
「僕エリオンって言うんだ! 君は?」
「わ、わた、私は⋯⋯」
うまく声が出ない。
顔も咄嗟に下を向いてしまった。
どうすればいいのかわからずオドオドして慌てる私の背中を、お姉ちゃんが優しく押してくれた。
「わ、私はメーロン⋯⋯」
言えた!
たったこれだけのことだけど、私にとっては凄く嬉しかった。
「メーロン⋯⋯可愛い名前! 初めましてメーロン。よろしくね!」
「っ⋯⋯!」
握手をした手に一気に熱が込み上げる。
熱い。
顔も胸も熱い。
でも、今私の名前が可愛いって言ってくれた。エリオン君が可愛いって。
「あ、ありがとう!」
気が付くと、私も笑っていたんだ。
君の笑顔が、優しさが、私の心をこの時に救ってくれたの。まだまだ緊張だってするし、私は私を好きにはなれてはいなかったけど、それでも本当に嬉しかったんだ。
この日から、私は少しづつ部屋から出るようになった。
理由はもちろんエリオン君に会うためだ。
お姉ちゃんも一緒に居てくれるお陰で、外に出るのはそこまで怖くなかった。そして、エリオン君に会っていっぱいお喋りをした。遊んだりだってした。
凄く楽しかった。
でも、もっとエリオン君の注意を引こうと考え、私は魔法の勉強にも取り組むようになったんだ。
お姉ちゃんや、長期にわたり滞在していた冒険者さんに教えてもらいながら、私も次々に魔法を習得していった。
「凄い⋯⋯! 凄いわメーロン! 魔法を三種類も使えるなんて! 流石私の自慢の妹ね!」
事あるごとにお姉ちゃんは私をそうやって褒めてくれた。笑ってくれた。まるで自分の事のように。
嬉しかった。
やっぱりお姉ちゃんが大好きなんだって思えたし、この頃にはもうお姉ちゃんに対する嫉妬心も無くなっていた。
「凄いやメーロン! また新しい魔法を覚えたの!?」
エリオン君も凄く喜んでくれた。
私にとっての魔法は、もうエリオン君に見せるためのものになっていた。
「でもエリオン君も魔法を覚えたんでしょ? 剣術だって凄いし私なんかまだまだだよ」
「そんなことない! 魔法じゃメーロンに敵わないもん! だから自信持って! 詠唱だって大きな声で言った方が格好いいよ?」
「でも、その、私この声好きじゃないし⋯⋯」
「僕は好きだよメーロンの声! だって聞いてて落ち着くもん!」
そうやってまたエリオン君は無邪気に笑った。
いっつもそうだ。
人の事も気にせず自分の思ったことを真っすぐに言う。
そんな君に、一体私はどれだけ救われているのだろう。
エリオン君のお陰で、私はどんどん自信が付くようになった。村のみんなとも当たり前に話せるようになったし、笑えるようになったの。
全部、全部君のお陰。
君にとっては些細なことなんだろうけど、私には特別なことだった。
あの日、お姉ちゃんが部屋から連れ出してくれなかったら、私は魔法を知ることも無かった。エリオン君と出会うことも無かった。こうして笑う日が来ることも無かった。
ありがとうお姉ちゃん。エリオン君。
世界がこんなにも楽しいなんて、思いもしなかった。
ずっとこのままお姉ちゃんと、エリオン君と一緒にこの村で暮らせればいいな。
そんな私の何気ない願いは、いとも簡単に崩れ落ちることとなる。
「⋯⋯僕、勇者の末裔なんだって」
森の魔物が倒されたことを祝う宴の場で、エリオン君はそう話を切り出した。
この日、王様の使いが村を訪れた。
名前はハンスさん。王国騎士団の団長らしい。
ハンスさんはこの世界に誕生した魔王を倒せる存在を探していて、勇者の血を引くエリオン君に会うためにこの村に来たの。
そして、エリオン君に王都に来ないかと誘った。それをエリオン君は迷っているみたいだった。
「魔王を倒したい。それは本心なんだけど、不安なんだ。僕ひとりじゃ怖いんだ」
震えるエリオン君の手を私は握った。
「じゃあ私が一緒に行ってあげるよ! ほら、天才な私の魔法が必要でしょ?」
「危険だよメーロン!」
「大丈夫! だって君と一緒だもん。君が私を守って、私が君を守る! ほら完璧!」
強がって笑ってみせた。
本当は不安でいっぱいだったんだけどね。
けど、君がいるなら大丈夫。
それだけは確かだった。
「⋯⋯ありがとうメーロン」
エリオン君もいつも通りに笑った。
こうして、私たちは一緒に王都に向かうことになったの。
私は馬車に揺られながら君の手を握った。
正直、かなり勇気を出した私なりのアピールだったんだけど、君はただ笑うだけで何も思っていないようだった。ムカつく。
でも、せっかくエリオン君と一緒に王都の学院に入学して、一緒に旅をするんだもん。絶対に私のことを好きにさせてやる!
私は決意してエリオン君の横顔を見つめた。




