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27 妹


 ムスク姉ちゃんから語られたメーロンの正体に、僕は驚きの余り声を出すこともできなかった。


 今、ムスク姉ちゃんはメーロンを自分の妹だって言った。ずっと家に引き籠っていたあの妹こそが、メーロンなんだって。そんなの有り得ない。有り得るはずがないんだ。


 違う。

 嘘だ。


 僕の心は強く否定していた。

 大好きなムスク姉ちゃんの言葉を受け入れられなかった。


 でも、僕は直ぐに気が付いた。

 否定していたのは、僕がただ認めたくなかったからなんだって。


 ずっと謎だったメーロンの正体が、こんなにも身近にあったことを。そして、それに気が付くことができなかった自分の無力さを認めたくなかったからなんだって。


「⋯⋯全部、話してくれないかな。ムスク姉ちゃんが知っていることを全部」


 だからこそ、僕は真実を知らなくてはならない。


 目を背け、否定し、逃げるわけにはいかないんだ。


 だって⋯⋯メーロンは大切な旅の仲間だったのだから。


「えぇ、わかったわ」


 小さくムスク姉ちゃんは頷いた。


 ムスク姉ちゃんも僕の変化を感じ取ったのだろう。

 今はただ何も聞かずにあの日のことを話始めたんだ。僕とハンスさんが出会ったあの日のことを——。


◇◇◇◇◇◇


 あの日、私は村の宴に参加せずに家で過ごしていたの。


 だってメーロンを置いてはいけないでしょう?

 いつも私がいない間も家から出ていないのはわかっていた。だから、せめて帰ってきた時は家にいるようにしていたの。もしかしたらメーロンが部屋から出てきてくれるかもしれない。そんな期待もあったわ。


 けど、どれだけ時間が経ってもメーロンは私に会いには来てくれなかった。


 そうして日付も変わり、私もそろそろ寝ようかと考えた時だったわ。階段を下りる足音が聞えてきたの。


 えぇ、メーロンよ。

 もう何年も顔を見ることすら叶わなかった私の妹が、そこに立っていたの。


 嬉しかった。

 私は感極まってメーロンを抱きしめたわ。


 辛かったね。

 頑張ったね。

 ありがとう。


 確か、そんなことを言った気がする。


 とにかく嬉しかったの。

 だってメーロンは私にとってはたったひとりの家族だから。


 でもね。

 メーロンはどこか様子がおかしかったの。


 顔が、その表情が虚無だった。


 悲しみも、苦しみも、喜びも、何も感じられない。ただの無。メーロンの冷え切った瞳からは、何を考えているのか読み取ることはできなかった。


 抱きしめる私の体を無理やり引きはがしてメーロンは言ったの。


「私、サロス学院に行く」


 耳を疑ったわ。


 だってそうでしょう?

 急に何の突拍子も無く言うんですもの。それに、メーロンはまだ十四歳。学院に入学するには幼かったわ。


 だから私は言ったの。

 まずは落ち着きましょう。心が疲れているんだわ。無理に外に出ることだってないのよ。そうやって宥めるようにメーロンの頭を撫でたの。


 けど、メーロンは一歩も引かなかったわ。


「ハンスさんに会いたい」


 メーロンは相変らず何を考えているのかわからない色の無い表情で、ただそう言ったの。


 どうしてメーロンがハンスさんのことを知っているのか。どうして今、部屋から出てきたのか。何を企んでいるのか。


 そういった疑問を全て私はメーロンにぶつけたわ。でも、メーロンは何一つ答えずに「ハンスさんに会いたい」と言って利かなかった。


 きっとこの時の私は冷静じゃなかったのね。

 私は言われるがままに村長の家に停泊していたハンスさんを連れ出して、メーロンに会わせたの。


 ハンスさんも最初は状況が飲み込めていないようだったわ。


 それでもハンスさんは優しい笑顔を作ってメーロンに手を伸ばしたの。


「初めましてメーロン。私に何か用かな?」


 ハンスさんの差し伸べた手を無視して、メーロンはまた私を驚かせる行動を取った。


 魔法を使ったのよ。

 それも雷と水と土の三つの属性を同時に。詠唱も破棄して自由自在に私たちに使ってみせたわ。


 もう、何もかもが信じられなかった。

 魔法使いは血筋にも左右される。だから、妹のメーロンが魔法使いとしての才能を持っていたとしても、何らおかしなことではないわ。


 けど、魔法を使うことはできないのよ。


 だって、私はメーロンに魔法の使い方を教えてはいない。いくら才能があっても、学ぶ方法がなくてはどうしようもないんだもの。


 しかも、三属性の魔法を同時に、詠唱だってせずによ?

 そんなことは私にだって⋯⋯いいえ、この世界の誰にだってできないはずだった。


「どこで、それを?」


 何も言えずにいた私の代わりに、ハンスさんが尋ねてくれた。


「独学です。とにかく、私にはサロス学院に入学する権利がある。魔王を倒すのにも必ず役立ちます。そっちにとっても悪い話じゃないでしょう?」


 メーロンは魔王の誕生も知っていた。


 有り得ない。

 その話を知っているのは限られた極僅かな人だけ。メーロンが知っている訳が無かった。


「どこで魔王のことを?」


 優しかったハンスさんの目が鋭く光った。


 機密事項を知っているメーロンを疑っている。

 私は咄嗟にメーロンを庇うために嘘を吐いた。


 メーロンには私が教えた、と。

 魔王も、エリオンのことも、サロス学院のことも。全部私が教えたことだと必死に説明したわ。


「なるほど。まさか君が勝手に情報を漏らしていたとはね。ただ、私も今しがた村の皆さんに報告したところだ。今回は大目に見るが、家族だろうとせめて私に一声掛けてくれ」


 申し訳ありません。

 私が頭を下げた時、横に立っていたメーロンが笑ったの。


 気のせいかもしれないけど、口の端が上がったように見えた。まるで、私の行動が思い通りのものだったかのように不敵に笑っていた気がするの。


 怖かった。

 あんなにも愛していたメーロンは、もうそこにはいなかった。まるで別人のように思えたの。


 結局、メーロンはサロス学院に入学することになったわ。ハンスさんの権限でね。


 あれだけの魔法を使うメーロンを、ハンスさんが野放しにするわけもない。全てはメーロンの思い通りだった。


 でも、それだけじゃない。

 さらにメーロンはいくつかの条件までハンスさんに提示した。


 ・私のことはエリオンには黙っていること。

 ・私の入学はエリオンよりも後にすること。

 ・私と学院で会っても他人のように振舞うこと。

 ・私が学院でどんな風に過ごそうとも目を瞑ること。


 この条件を全て了承してくれるなら、魔王討伐に協力する。

 メーロンはどこまでも強気だったわ。


 きっと、もうハンスさんの中でメーロンを入学させ、勇者パーティに加えることは決定事項だったのよ。それをメーロンも見抜いていた。自分の価値ならば、これぐらいは融通が利くだろうって。


 目論見通り、ハンスさんは渋々頷いて了承したわ。

 これで、メーロンは晴れてサロス学院に入学できる。私には不安しかなかったけど、もうメーロンを止めることはできなかったわ。


 絶対にサロス学院に入学する。

 入学して、エリオンと一緒に魔王を倒す。

 誰にも邪魔はさせない。


 そんな底知れない覚悟を感じたの。


 だから、私は何もできなかった。

 お姉ちゃんとして、何をしてあげればいいのかもわからなかった。


 そもそもメーロンは私の事なんて眼中には無かったの。悲しかった。怖かった。でも、それ以上にやっぱり嬉しかったの。メーロンがこうして部屋から出たことが。自分で歩き出してくれたことが。


 せめて入学の準備を手伝ってあげよう。

 私はそう決めて、身支度を手伝ってあげた。急なことだったから、朝になっても終わらなかったんだけどね。そして全ての準備が整った時、メーロンは家から出て行ったの。⋯⋯私にいってきますも言わずにね。


◇◇◇◇◇◇


 ムスク姉ちゃんの話を全て聞き終わった僕は、不思議と落ち着いていた。


 この村から出発した日。

 ムスク姉ちゃんだけは見送りには来てくれなかった。


 急用ができたとハンスさんは言っていたけど、それはこのことが理由だったんだ。


 言伝もそうだ。

 〝エリオンなら必ずできる。任せたわ。頑張って〟。この任せたわ、という部分が引っ掛かっていたけど、〝妹を任せたわ〟という意味が込められていたのだろう。


 考えれば考える程、ムスク姉ちゃんの言葉には信憑性が増していった。


「これが私の知っている全て。それ以降は会うことも手紙だって貰っていない。だから、お願いエリオン。教えて。メーロンは⋯⋯妹はどこにいるの!?」


 取り乱すように、ムスク姉ちゃんは僕の肩を掴んだ。


 話をしている最中も、気が気ではなかったはずだ。

 ずっと、ずっと心配していた。愛していた。そんなこと、僕にだって痛い程伝わっている。


「⋯⋯ムスク姉ちゃん。メーロンは」


 僕は全ての事実を隠すことなくムスク姉ちゃんに伝えた。


 メーロンが学院でどのように振舞っていたのか。どのように旅をしてきたのか。そして、どのように死んだのか。


 僕の話を聞いたムスク姉ちゃんは膝から崩れ落ちると、人目も気にせずに大粒の涙を流した。


 今まで一度も見たことの無かったムスク姉ちゃんの涙に、僕は何も言うことができなかった。


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