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26 帰還


 僕たちの旅はついに終わりを迎えた。


 凶悪な魔王を打ち倒し、輝かしい未来を手に入れたんだ。


 世界を侵食しつつあった魔王の瘴気は消え、凶暴化した魔物も明らかにその数を減らしていた。馬車に揺られながら見る外の景色は、旅をしていたあの頃とはまるで違うように思えた。


 長閑だった。

 草も花も湖も。全ての自然が色濃く映り、生気に溢れていた。こんなにも自然は美しかったんだって教えてくれる。


 世界は救われたんだ。

 確かに実感する喜びとは裏腹に、僕の心は沈んでいた。


 一緒に長い旅を乗り越えてきたニオとティタも、今は無言で馬車から流れる景色を見つめている。


 きっと、僕と同じように頭に纏わりつく嫌な思考を捨て去ろうと必死なんだ。


 魔王を倒した。

 世界を救った。


 その結果だけを噛みしめて、現実から少しでも目を背けようとしている。あの時の、彼女の不可解な行動の意味を考えないようにしている。


 魔王を倒した日。

 彼女は⋯⋯メーロンは自ら命を断った。


 自ら進んで死を選び、笑って崖から身を投げ出したんだ。


 何が彼女をそうさせたのだろう。

 あのいつも明るく振舞っていたメーロンからは、想像もできない行動だった。


 いや、違う。

 僕はメーロンのことを何も知らなかったんだ。


 ドラゴンに襲われて醜くなった顔を隠すために、メーロンは仮面を身に着けていた。潰れた喉で声が出せないから魔法で文字と音を作り出していた。


 でも、それは嘘だったんだ。

 最後に見せたメーロンの顔には、傷一つ付いてはいなかった。声は透き通っていた。


 メーロンは僕たちを騙していたんだ。

 過去を偽って、何か別の目的のために顔と声を隠していた。


 でも、その目的がわからない。

 どうして顔と声を隠す必要があったのか。どうして彼女は死んだのか。何もかもが不可解で、考えたってわかるはずがなかった。


 ただ、ひとつだけ確かなことは、彼女の死は入念に計画されていたということだ。


 顔と声を何年も徹底的に隠し、時計を身に着け時間までも操作しているようだった。


 前日に僕たちに薬を盛ったのもそうだ。

 邪魔をさせないようにってメーロンは言っていたけど、つまり彼女はあの場で最初から死ぬつもりだったんだ。


 そこまで思考を巡らせ、僕は深い溜息をついた。


 ここまでの考えが正しかったとして、結局何も変わらない。僕がメーロンのことを何一つ知らなかったことは変わらないんだ。


 どうして過去を偽ったのか。

 どうして顔と声を隠したのか。

 どうして時間を気にしていたのか。

 どうして⋯⋯死んでしまったのか。


 僕にはわからない。

 答えを知る術も無い。


 だって、メーロンはもうこの世にはいないのだから。


 最後に僕が思い出したのは、メーロンの言葉。


『それじゃあねエオ君。幸せにね』


 涙を流しながら笑って彼女はそう言った。


 エオ君。

 それは僕が学院でメーロンに言った特別な呼び方だ。


 でも、僕自身こんな呼び方をされたことなんて一度だって無い。一度だって無いはずなのに、あの時の僕は無意識にその名を口にしていた。そして、最後にメーロンはその名前で僕を呼んだんだ。


 少しだけ。

 少しだけそのことが引っ掛かる。


 何か意味があるような気がするんだ。

 名前だけじゃない。メーロンの顔や声にも、僕はずっとある違和感を覚えていた。


 どこかで顔を見た。

 どこかで声を聞いた。


 有り得ない事なのに、不思議とそう思ってしまったんだ。


 この違和感に、謎の引っ掛かりに、全ての答えがあるような気がする。もう少しで何かを思い出せるような気がする。


 僕の頭が熱を帯び始めた時、馬車の揺れが止まった。


「着きましたよ。勇者様」


 前方から御者の声が聞こえた。


 僕が咄嗟に外を見ると、そこには懐かしい故郷が広がっていた。


◇◇◇◇◇◇◇


 魔王を倒し、無事に戻ってきた僕を村のみんなが歓迎してくれた。


 すぐに宴の準備が進められていき、その日の夜には村を上げての大宴会が始まった。


 村の広場。

 その中心には巨大な炎の柱が天へと上り、村中の人々が集まって踊り明かしていた。


 豪華な料理を食べながらお酒を飲みかわし、みんなの笑顔と明るい声が広がっていく。


 僕も懐かしい味をしっかりと堪能しながら、村のみんなひとりひとりに声を掛けていった。


「よぉ、エリオン。随分男前になりやがったな。それにこんな美人を二人も侍らせやがってよぉ。コノコノ!」


 ランサさんは酒を浴びるように飲みながら、笑って僕の胸を肘で突いた。

 約束通り、ランサさんは僕を信じてお酒を今まで我慢していたみたいだ。


「お帰りエリオン。疲れただろう? 今日はゆっくり休むんだよ」


 サラク婆ちゃんが優しく微笑む。

 もうかなりの歳だっていうのに、僕のために広場まで足を運んでくれたんだ。貰ったおはぎの甘味を堪能しながら、僕の胸はサラク婆ちゃんの思いやりで満たされていった。


「さすがじゃなぁエリオン。この村の村長としてワシは誇らしいぞ。⋯⋯本当にお前が無事でよかった」


 ロンガンさんが僕の頭を撫でる。

 昔は子供みたいだって嫌に思うことだってあったけど、今はただ嬉しかった。ロンガンさんの優しさと温もりがじんわりと全身に広がっていった。


「お帰りエリオン」


「ただいま。お父さん」


 両腕を大きく広げるお父さんの胸に、僕は我慢することができずに飛び込んだ。


 ずっと、ずっと、こうしたかった。僕のたったひとりの家族。僕をここまで育ててくれたお父さんに、僕はずっと会いたくって仕方が無かったんだ。


「よく頑張ったなエリオン」


 お父さんの小さなその言葉に、僕の目頭は熱くなった。


 世界を救いたかった。

 ただ、それだけだったんだ。


 みんなが笑えるように、平和に暮らせるように。

 そのために僕は勇者として頑張ってきたんだ。


 でも、僕はこの瞬間にようやく報われた気がしたんだ。


 たったひとこと、頑張ったなって褒められたかった。他の誰でもなく、お父さんにそう言ってほしかったんだ。


「お父さんみたいな大人になれたと思ったのに、まだダメみたいだ」


 温かい喜びが頬を伝って流れていく。

 今まで我慢していた想いが溢れだしていく。


「格好悪いや」


「俺から見ればお前はどれだけ成長しても可愛い子供なんだ。だから、俺の前でぐらい勇者じゃなくたっていい。ただの息子でいれば、それでいい」


 力強く抱きしめるお父さんの胸の中で、僕は暫く泣いていた。勇者であることも、周りの目も忘れて、ただひたすらに泣き続けた。


 そうして今までに溜め込んでいた想いを出し切った時、僕はお父さんからようやく離れた。


「⋯⋯ありがとうお父さん。何だかスッキリした」


「ひとりで溜め込むのがお前の悪い癖だからな。だが、今度からは一緒に歩きなさい。大切な人とな」


 お父さんの視線の先には、村のみんなに囲まれて笑うニオとティタの姿があった。⋯⋯どうやらお父さんには全てお見通しのようだ。


「うん、そうするよ。勇者の血も乗り越えて、必ず幸せにする」


「そうか。俺としては孫は三人は欲しいところなんだが」


「ちょっ、まだ早いって!」


「ははは、冗談だ冗談」


 大きな笑い声を上げるお父さんに、僕も釣られて笑った。


 やっぱりお父さんには敵わないな。

 僕は改めてそう思いつつ、お父さんと別れてニオとティタの元へと戻ろうとした。その時だった。


「だ~れだ?」


 突然背後から誰かに手で目を覆い隠されてしまった。


 懐かしい女性の声。

 僕の頭には、真っ先にひとつの顔が思い浮かんだ。


「もしかしてムスク姉ちゃん!?」


「正解! お帰りなさいエリオン!」


 目隠しを解いたムスク姉ちゃんは、今までに見たことが無い程に上機嫌だった。


「帰って来てたの!?」


「えぇ。可愛い勇者様のお陰で魔物が減ったからね。聞いたわよエリオン。見事な活躍だったんでしょう? 流石は私の一番弟子ね!」


 ムスク姉ちゃんが喜びのままに僕を抱きしめようと腕を伸ばす。


「まっ、待ってムスク姉ちゃん! 抱き着くのはダメだよ!」


「あら? どうして? 貴方も好きでしょう?」


 確かに昔は好きだった。

 と、いうか今だって正直好きだと思う。思うけど、昔とは僕だって考えが変わっているんだ。


「だって恥ずかしいし⋯⋯その、見られたくないんだ」


「ふぅ~ん。どうやら私の忠告がやっと伝わったみたいね」


 照れる僕の顔と、少し離れたところでチラチラとこちらを覗くニオとティタの二人を、ムスク姉ちゃんは交互に見つめた。


「まっ、私も今のエリオンと抱き合ったら正直失神しそうだし仕方ないわね。で、それよりもエリオン! ()()()はどこにいるの?」


「あの子?」


 キョロキョロと周りを見渡すムスク姉ちゃんに、僕は意味がわからずに聞き返した。


「誰の事?」


「誰ってメーロンよメーロン! 決まっているでしょう?」


 メーロンの名前がムスク姉ちゃんの口から出た瞬間、僕の心臓はドクン、と大きく脈打った。


 どうして⋯⋯?

 どうしてムスク姉ちゃんがメーロンを知っているんだ?

 どうして今その名前が出てくるんだ?


 凄く、嫌な予感がする。


「ムスク姉ちゃん。どうしてメーロンのことを知っているの?」


「そりゃあ知っているわよ。あっ、もしかして二人で私を騙そうとしてるんでしょう? 変だと思ったのよ。さっきから全然メーロンの姿が見えないもの。全くもぉ、嘘とか騙すのはダメでしょうエリオン⋯⋯」


 と、そこでムスク姉ちゃんの顔色が変わった。


 まるで血の気が引いていくかのように、肌から熱が消えていく。


「⋯⋯違う、そうよ。だってエリオンは嘘が吐けないのよ昔から。じゃあ、騙していないの?」


「騙すも何も、僕はどうしてムスク姉ちゃんがメーロンを知っているのかもわからないんだ! だから、まずは、理由を教えて欲しい」


 慎重に、決心を固めるように、僕は尋ねた。


 この先は聞いてはいけない。

 僕の頭には、さっきからそんな警告が鳴り響いている。


 でも、知らなくちゃいけない。

 もしかしたらムスク姉ちゃんが、メーロンの秘密を解く鍵になっているのかもしれないのだから。


 僕の緊張が伝わったのか、ムスク姉ちゃんも真剣な表情を作る。


 そして、意を決したように乾ききった唇を動かした。


「⋯⋯メーロンは私の妹よ?」


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