22 荒野
イフリートとの激闘を終え、僕たちは荒野で野宿をしていた。
寝床を準備し、食事を取る。
そうしてようやく緊張が抜けた時、僕は焚火に当たりながらつい溜息を吐いてしまった。
「はぁ⋯⋯疲れた」
無意識に出た言葉だったけど、それが全てだった。
二時間前。
僕たちはこの荒野でイフリートと戦った。
五百年前から存在する伝説の魔物だ。
炎を自在に操る知能の高い魔物であり、間違いなく今まで戦ったどの相手よりも手強かった。
何とかイフリートには勝ったけど、もう僕たちは満身創痍だった。
食事をした時もみんな心ここにあらずというか、無言で手を動かしていたし、ティタに至っては食べながら眠っていた。でも無理も無い。あれだけの戦いだったんだ。特にティタは前衛で動きっぱなしだったし。
かくいう僕も気を抜けば寝てしまいそうだった。
「久しぶりにあんなに動いたよ」
乾いた笑いを僕が零すと、続くようにして隣で焚火に当たるティタが頷いた。
「マジでアイツはヤバかった。アタシですらぶっ倒れる寸前だったかんな。ニオの加護が無かったら間違いなくあの炎の渦で死んでたぜ」
珍しくティタが素直にニオを褒めた。
「どういたしましてティタ。正直、効果時間ギリギリだったけどねぇ~。まさかあんな炎の渦で閉じ込めるなんて想像してなかったもん」
ニオもどうやら予想外だったらしく「私も今回はダメかと思った」と弱音を付け加えた。
実際、イフリートの使った戦法は凄まじかった。
対峙前に僕たちは、イフリートの動きは広範囲の炎をとにかく撒き散らし、火力で一気に攻めてくるだろうと予想していた。
五百年前の勇者との戦いがそうだったと、残された文献に記されていたからだ。
でも、イフリートが取った戦法は炎の渦で僕らを包囲し、その中でじわじわと焼き殺すというものだった。
本来なら、イフリートの思惑通り僕らは炎の熱に耐えられずに倒れてしまっていただろう。けど、こっちにはニオの女神の加護があった。
女神の加護にはいくつかの種類と効果がある。
基本的には回復や身体能力を上げるものが多いけど、今回ニオが僕たちに付与した加護は〝魔物の力を受け流す〟というものだった。
イフリートの炎を直接防ぐことは無理でも、熱気から身を守り、呼吸を整え、無駄な体力の消費は抑えられるから、あの炎の中でも何とか動くことができたんだ。
「本当にありがとうニオ。ニオの力が無かったら僕たち死んでたよ」
「えへへ嬉しい。でもね、私だけじゃダメだったよ。ティタとエリオン君が動き続けて攻撃しなきゃもっと危なかったもん。それに何といってもメーロン! 君の魔法もね」
『いやぁ~どもども。ホラぁ? ウチって天才設定なんで』
褒められてまんざらでもない様子で頭を掻くメーロン。けど、彼女の魔法が無ければイフリートを倒せなかったのもまた事実だ。
メーロンは最初から持久戦になるとわかっていたみたいに、雷属性の魔法を敢えて隠していた。ずっと水属性と土属性の魔法しか使わないことで、イフリートに決定打がないと植え付けたのはかなり大きかった。
「でもよく咄嗟に雷属性の魔法を隠したよね。僕だったら焦って全部使っちゃうけど」
『チッチッチ。甘いねボーイ。能ある鷹は爪隠す。相手を騙すにはまず味方から。つまりそういうことサ』
うん。
相変らず言っている意味はよくわからないけど、その判断力は流石だ。
「極めつけはエリオンな。あの光属性と剣技を合わせた合体技。流石アタシが見込んだ男だぜ」
嬉しそうに隣に座るティタが僕の背中を叩いた。
「みんなが道を切り開いてくれたおかげだよ。僕の光魔法単体じゃイフリートには通じなかったし、合体技をするための時間かせぎ。ニオの加護。どれかひとつでも足りなければ勝てなかったよ」
心からそう思った。
僕ひとりじゃイフリートには勝てなかった。ここまで辿り着くことはできなかった。全部みんなのおかげなんだ。
「ありがとうみんな。それと無事でよかったよ」
僕が笑うと、釣られる様にしてみんなも笑った。
「こちらこそありがとう! ティタとメーロンもね!」
『サンキューベイベー。お陰でまたひとつ強くなれたよ』
「あぁーその、アタシも感謝してる。無事なのも含めてな。つーか、アイツの炎食らったらそもそも無事じゃ済まねェだろうけどな」
ティタの言葉に僕はそういえば、と思い出す。
イフリートの炎は魂に直接傷をつけるとされていた。触れてしまえば一生の傷になるって。
炎、傷。
その二つを考えた時、僕の視線はティタの顔に向いていた。
ティタの顔の右半分を覆う大きな火傷。
今まで理由は聞かなかったけど、何故だか今にして気になってしまった。
「ん? どうしたんだエリオン」
見られていることに気が付いたのか、ティタが不思議そうに首を傾げた。
「いや、その、聞きにくい事なんだけど⋯⋯ティタの顔の火傷って何でついたのかなって」
「あぁ、これか?」
僕としてはやっぱり踏み込みすぎた話かと気を遣ったつもりだったのだが、ティタは別段気にはしていない様子で火傷の跡に手を触れた。
「こいつは別に⋯⋯」
けど、そこでティタの表情が曇った。
言葉をなくし、硬直してしまったんだ。
「えっとティタ? 大丈夫?」
「大丈夫、だけどよ。その、いつ付いたんだっけこの火傷」
「え?」
思い掛けないティタの反応に、僕だけではなくニオまでも驚いて身を乗り出した。
「いやいやいや! 忘れないでしょう普通!?」
「あぁーそうなんだけどさ。生まれつきか? それとも魔物に襲われた時? まぁどうでもいっか別に」
興味なさげに大きな欠伸をするティタに、僕は戸惑いを隠せなかった。
てっきり何か深い事情があると思ったけど、覚えていないということが本当にあり得るのだろうか。
でも、ティタに嘘を吐いているような素振りは無い。じゃあ本当に覚えていないのか。あんなに大きな火傷を?
「つーわけで気にすんなテメェら。女の傷は勲章だしな」
「そんなわけないじゃん! 女の子は顔が命なのに!!」
『うわーお。それ言っちゃうニオちゃん。そしたらウチは死んでることになんだけど? どうなんだいそこんとこ』
「うっ、いや違くて。⋯⋯ごめんねメーロン」
逆にメーロンから痛いところを突かれ、落ち込むニオ。そんな彼女のことをメーロンが優しく抱きしめた。
『冗談に決まってんじゃん! 大丈夫だよニオちゃん。ウチはニオちゃんのこと大好きだからな』
「うぅ、ありがとうメーロン」
そうやって何故か抱き合うことになった二人を見つめながら、ティタが呆れたように言う。
「何やってんだかあの二人。ともかくこの話はしめェな。大事なのは明日は決戦だってことだろ。違ェか?」
ティタの言葉に僕は荒野の奥を見た。
そこには大きく聳え立つ黒い城。
あれこそが僕たちの旅の目的地であり、魔王の待つ場所だった。
「ここまで来たんだね。明日、全てが決着する」
ようやくだ。
今までの長い旅が明日終わる。
多くの困難を乗り越え、希望を拾い集め、ここまで来たんだ。
手は震えていない。
決意は揺らがない。
僕の胸の内にあるのはただひとつ。絶対的な信頼だけだ。
「みんなとならできる。魔王を倒して世界を救うんだ!」
僕はみんなに向かって拳を突き出した。
それにニオが、ティタが、メーロンが拳を合わせていく。
「うん! やるよぉみんな! 打倒魔王!」
「しゃあ! 気合入ってくんぜ! 絶対ェに魔王をぶっ倒す!」
『ウチも見せてやるサ究極魔法! これで旅も終わるしね。天才の底力見せちゃうよ!』
みんなの拳から熱い想いが伝わってくる。
旅を始めたあの日も、こうやってみんなで拳を合わせたんだっけ。
でもあの日とは違う。
僕らは成長したんだ。僕らなら、絶対に魔王を倒せる!
「よし! じゃあみんな明日は頑張ろう!」
「オー!!」
気合の入った掛け声が荒野に響いていく。
そうして今日はもう寝ようと僕が提案した時、メーロンがガサゴソと荷物を漁って何かを取り出した。
『そんじゃみんなこれ飲んでね!』
「⋯⋯何コレ」
手渡されたのは謎の紫色の液体が入った小瓶だった。
『ウチ特性の超元気マシマシドリンク! これ飲んで寝たら疲れぶっ飛び。元気百倍だよん!』
「何かポコポコ泡が出ているんだけど」
『いいから飲みなって! それともぉ? ウチが進めてるのに飲めないってか?』
メーロンの圧に屈し、意を決して僕は液体を口に流し込んだ。
苦みが口いっぱいに広がるけれど、意外と悪くは無かった。
「確かに元気が出てきた気がする⋯⋯!」
「味は、うん。微妙だけど」
「つーか最低だな。オエっ」
ニオとティタもしっかりと飲み干したみたいだが、強烈な苦みに顔を顰めていた。
「じゃあ今度こそ寝よっか」
「あっ、待ってエリオン君」
今度はニオが僕の動きを止める。けど、その表情は今までにないぐらいに真剣なものだった。
「どうしたの?」
「⋯⋯もしね。魔王を倒したら、その後で大事な話があるんだ」
「大事な話?」
僕が聞き返しても、ニオは黙ってこちらを見るだけ。代わりにティタが凄い剣幕で声を荒げた。
「はぁ!? 抜け駆けかよ! じゃあアタシもだ! アタシも言いてェことがある!」
『あっ! じゃあウチも言っちゃおうかなぁ? ふっふっふ。可愛くて天才なウチにだって、言う権利ぐらいあるからね!』
「ティタにメーロンも?」
まさか二人も僕に話があるなんて。
驚いたけど、僕は落ち着いて頷いた。
「⋯⋯うん。わかった。じゃあ明日魔王を倒したらみんなの話を聞くよ」
「ありがとうエリオン君」
ニオが頬を赤く染めて笑った。
そうして今度こそ、僕たちは互いの寝床に入ることにした。
みんなが寝静まったであろう夜中。
僕の頭はニオのことでいっぱいだった。
何の話なのかは、正直見当がついている。
だって、僕も君に話そうとしていたから。
もしかしたら、ティタとメーロンも同じなのかな。だとしたら⋯⋯正直怖い。この関係性が壊れてしまうことが、堪らなく怖い。
でも楽しみでもあるんだ。
もしかしたら、君の今までに見たことの無かった顔が見られるかもしれないから。
いや、こんな妄想はやめよう。
今考えることは魔王を倒すこと。そして、そのためにリラックスして一刻も早く眠ることだ。
僕は思考を放棄し、ゆっくりと瞼を閉じる。
段々と失われていく意識の中、最後に浮かんだのは彼女の顔だった。




