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01 エリオン


 僕の暮らす村はとても小さい。


 人口は凡そ百人。

 周りには木々が立ち並ぶような、自然豊かな田舎村だ。


 若い人も少なく、六十代を超えるようなお爺ちゃんやお婆ちゃんが多い。若い人はみんな引っ越して、大きな街や王都で働いているらしい。


 出る人が多く、残る人が少ない。

 さらには子供だって増えないもんだから、僕の村は常に人手不足だ。


 もうこの村に残っている動ける十代の若者何て僕ぐらいなものだ。だけど、僕はこの村が大好きだった。


 勿論、不便なことも多い。

 特に同年代の友達がひとりもいないのは正直悲しい。


 でも、村を歩いているときにみんなが協力している姿や、みんなが笑いあっている姿を見ると、やっぱり僕はこの村が大好きなんだって思えた。


「だから僕はこの村からは出ていかないよ。サラク婆ちゃん」


 薪を割りながら、僕は家の縁側に物静かに座るサラク婆ちゃんに言った。


「本当かい? あたしは嬉しいがね。でもアンタはそれでいいのかい?」


 サラク婆ちゃんは皺が深く刻まれた顔にさらに皺を寄せ、心配するように見つめていた。


 きっと、僕のことを本気で思ってのことなのだろう。

 こんな田舎村じゃなく、都会に出た方が幸せじゃないのか。自分たち老人を気にして、出ていきたくとも我慢しているのではないか。大方、そんな風に心配しているのだと思う。


 最近になって、同じように村のみんなが僕に聞いてくるんだ。それも同じような理由で。


 その度に、僕は笑ってこう言う。


「安心してよ。僕はこの村が好きなんだ。どんな理由があっても出て行ったりなんかしないよ」


「そうかい⋯⋯」


 どうやら僕の本心が伝わったようで、サラク婆ちゃんは安心したように笑った。


 村のみんなとはもう長い付き合いだ。

 僕なんかの嘘はきっと通じないし、本心だって伝わってくれる。⋯⋯そもそも僕は嘘の吐き方なんて知らないけれど。


「よし、こんなところかな」


 僕は割った薪を丁寧に纏めると、サラク婆ちゃんへと報告する。


「終わったよサラク婆ちゃん。他に何かすることはある?」


「おや、もう終わったのかい? まだ一時間しか経っていないじゃないかい」


 驚くサラク婆ちゃんに、僕は自分の腕をまくり上げてみせた。


「何だか最近体の調子がいいんだよね。動き足りないぐらいだよ」


「嬉しいけど余り無茶はダメだよ。そうだ、丁度おはぎが余ってたね。どうだい、食べるかい?」


「えっ、おはぎ!?」


 思いもよらない言葉に、つい目を輝かせてしまう。ついでに涎も溢れだしているけれど、これは不可抗力というやつだ。多分。


 サラク婆ちゃんも僕の変わりように気が付いたようで、一度家の奥に消えたかと思うと、すぐさまに熱々のお茶と、黒いおはぎを三つ皿に乗せて持ってきてくれた。


 僕はその間に既に戦闘態勢に入っている。


 縁側に座り、おはぎが来たらどのように口に運ぶのかまでシミュレーション済みだ。そのせいでまた涎がとんでもないことになっているが、これも仕方がないことだ。多分。


 運ばれてきたおはぎに深く感謝してお辞儀をする。

 そして、間髪入れずに僕はひとつのおはぎを手に持つと、勢いよくかぶりついた。


 温かくもっちりとした食感。

 口に広がる小豆の優しい甘味。


 全ての調和が完璧すぎて、つい頬が緩んでしまう。


「どうだい。美味しいかい?」


「めちゃくちゃ美味しいよサラク婆ちゃん! あと百個は食べられる!!」


「そうかいそうかい。慌てて食べちゃダメだよ? 喉に痞えるからね」


「うん!」


 と、返事はしたものの、こんな美味しいものを前に理性を保つことなんて僕には無理だったらしい。気が付いたときには、二つ目のおはぎまで食べ終わっていた。


 一度熱いお茶を口に含み、喉に流し込む。

 落ち着く茶葉の匂いに冷静になった僕は、最後の一個に手を伸ばした。


「ああそういえば。エリオン、今日は他に用事はあるのかい?」


 隣で座っていたサラク婆ちゃんが、まるで何かを思い出したかのようにそう尋ねた。


「ううん、サラク婆ちゃんで最後だよ。屋根の修理も手伝ったし、庭の手入れもしたし、薬草も配ったし⋯⋯うん、やっぱり今日の予定はもうないかな」


 改めて思い返してみると、今日も沢山みんなのために動けた気がする。

 みんなの笑顔を見れて、助けになれて、少しでも幸せを作り出せたのだとしたら、今日は僕にとって最高の一日だ。


「毎日毎日ありがとうね。エリオンが居なかったら、あたしらもう困り果ててしまうとこだよ」


「そんな大げさだよ。僕はみんなの笑顔が好きなんだ。だからお礼はいいよ。照れちゃうし」


「そうかい」


 嬉しそうに笑うサラク婆ちゃんを見て、僕もつい笑みが零れる。たったそれだけの瞬間が一日に溢れていれば十分だった。


「アレ、そういえばサラク婆ちゃん。さっき何か思い出したみたいだったけど?」


「あぁ、そうだった。年寄りは物忘れが激しくて嫌だね。エリオン。あんた、もうムスクちゃんには会ったのかい?」


 サラク婆ちゃんの口から出た名前。

 それを聞いた僕は驚きの余りに言葉を失った。


「どうしたんだい固まって。まさか忘れたのかい?」


「いや、そうじゃなくって! ムスク姉ちゃん帰ってきてるの!?」


 遅れて脳が理解したようで、声が出たのと体が前のめりになったのは同時だった。


「あぁ、あんたが来る少し前にね。やっぱり知らなかったのかい」


 サラク婆ちゃんは「先に言っておけばよかったね」と申し訳なさそうに続けたが、そこは別に問題ではなかった。

 仮にこの家に着いた時に話しを聞かされていたとしても、やっぱり僕は薪割を優先しただろう。


 とはいえ、ムスク姉ちゃんが帰ってきていたなんて。

 一日の予定を全て終えた今、一刻も早く会いに行きたいというのもまた本音だった。


 僕は手に持った最後のおはぎを見つめる。

 残すつもりはないけど、時間も無い。さっさと口に放り投げて飲み込めばいいだけだが、せっかくサラク婆ちゃんから貰ったんだ。味わって食べたい。寧ろ食べ足りないぐらいだ。


 どうしたものか、と僕が悩んでいると、隣に座っていたサラク婆ちゃんが無言で立ち上がった。


 部屋の奥に消えたサラク婆ちゃんを不思議に思っていると、右手に小さな布切れを持ってすぐに戻ってきた。


「少しいいかい?」


 サラク婆ちゃんに言われるがまま、僕は持っていたおはぎを手渡す。


 それをサラク婆ちゃんは慣れた手つきで布に包むと、優しい声色で言った。


「持っていくといい。明日になっても食べられるとは思うけどね、なるべく早く食べるんだよ」


「うん! ありがとうサラク婆ちゃん!」


 やっぱり村のみんなは僕の考えていることなんて手に取るようにわかるのだろう。

 言葉になんかしなくたって想いは伝わる。優しさは伝わる。だから、僕はこの村が大好きなんだ。


 おはぎの包まれた布を受け取ると、僕は立ち上がって走り出す。


「あっ、そうだ。ねぇサラク婆ちゃん!」


「どうしたんだい?」


 急に立ち止まったからか、少しだけサラク婆ちゃんが心配そうに僕を見つめた。


「森の魔物が倒されたそうだから、もう森にも行けるんだって! だから今夜はきっと宴だよ!」


「それは良かったねぇ」


「うん! だから夜も少し話せると思うんだ。村のみんなとも! あっ、でも無理に集まりに来なくても大丈夫だからね? 足、悪いんだから。その時は僕の方から顔を見せるよ」


「そうかい。ありがとね」


「あとそれから⋯⋯大好きだよサラク婆ちゃん!」


 僕は最後にそれだけ言って、手を思い切りに振った。


 もう二度と会えない訳でもない。

 それに、いちいち言わなくても伝わっているはずだ。


 でも、そうだとしても、ちゃんと言葉にして伝えたいことだってある。


 特に今日は何故だかそういう気持ちだった。


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