15 旅の始まり
『あのぉ、マジ反省してるんで許してくんないッスか? ウチ、お金欲しい。お願いお金。お金大好き。お金返して』
僕らの後ろを遅れて歩くメーロンが、魔法を操りさっきからずっとこんな調子で文字を飛ばしてくる。
遠隔でこれだけの魔法を使えるのはやっぱり凄いことだけど、それ以上にメーロンの奇行は昔っから目立っていた。
授業でふざけるのもそうだし、嘘も平気で吐くし。
もちろん、彼女の良いところもいっぱいある。場を和ませるのが上手かったり、相手の気持ちや考えを読み取る能力も高い。そういうところが僕は好きだし、一緒に居て楽しいことばかりだ。でも、流石に今回に関しては僕でも擁護はできなかった。
「ダメ、メーロン。君には今後一切お金は渡しません! 目も絶対に離さないんだから」
隣を歩くニオがプンプン、と見るからに怒った様子で頬を膨らませた。
「私、まさかメーロンがそんな子だなんて思わなかった。王様から頂いたお金を無駄に使うなんて。信じらんない!」
『むっ、無駄じゃないやい!』
「じゃあ何? そのぬいぐるみ。何に使うの?」
一度ニオは立ち止まると、後ろを振り向いた。そこには、大きな熊のぬいぐるみを大事そうに抱きしめるメーロンの姿がある。
『これはウチのファミリー! 食事とかぁ? 読書とかぁ? 寝る時とかぁ? ウチの心を癒してくれるのサ! 見てよコレェ! 超超かわいいんだけど! マジ最高』
ぬいぐるみを抱きしめながらクネクネと体を動かすメーロンは、顔は見えないけど反省していないということだけは伝わった。
きっとニオも僕と同じだったのだろう。
ぬいぐるみに対して追及することは諦め、次にメーロンが身に着けていた時計について指摘した。
「⋯⋯じゃあその時計は?」
『そりゃ時計は時間を確認するために決まってるじゃん! 別におかしくないっしょ』
「ううんおかしい。だって、そんなに沢山の時計は絶対要らないもん!」
ニオの言う通りだ。
確かに時計は必要だと思うけど、メーロンが買ってきたのはひとつやそこらじゃない。左腕にびっしりと着けられた数々の腕時計。首から下げられた懐中時計。それに歩くたびに服のポケットから何やらジャラジャラと音がするあたり、あの中にもいくつかあるみたいだ。
「僕もそんなに時計は要らないと思うんだけど⋯⋯」
『ヘイ! 何もわかってないねお二方。時計は世界で一番大切な存在。時間という目に見ることもできない概念を具現化したもの! つまり⋯⋯』
「つまり?」
もしかして魔法的に何か意味がある物なのだろうか。
一瞬だけそう思ったけど、そんな話は聞いたことも無かった。案の定、メーロンは身に着けた時計を見せびらかせながら言った。
『超超超かわいいってことサ! このフォルム。針と文字! どれを取っても唯一無二! 最っ高のコレクション! マジでずっと見てられる!』
時計に顔を近づけて頬ずりをしだすメーロンに、僕は反論するための言葉を失った。
「ねぇニオ。メーロンに絶対お金は渡しちゃダメだよ」
「わかってるよ。ありゃダメだ」
互いに頷く僕とニオ。
すると、今まで黙って事の成り行きを見ていたティタが、突如その口を開いた。
「前々から頭のネジがぶっ飛んだ奴だとは思ってたがな。ただ、まぁ。少しは大目に見てやろうぜ。アイツの過去を考えたら、さ」
どこか悲し気な表情を覗かせるティタに、僕の胸は少しだけ締め付けられた。
メーロンは故郷をドラゴンによって滅ぼされている。
喉も顔も体もボロボロになって、心も不安定なのだろう。大切な人を失って、居場所を失って。それでも懸命に明るく振舞うメーロンは、本人が気づかないぐらいに苦しんでいるはずだ。
ティタも一緒だ。
彼女だって同じように魔物に全てを奪われた。だからかな。学院に居た頃から、ティタはメーロンをどこか気遣っているようだった。
「うん、わかってるよティタ。メーロンは紛れも無い僕たちの仲間なんだ。嫌ったりするわけないだろ?」
「もちろん私だってメーロンのことは大好きだよ! ただお金は渡さないけどね」
「ハハ。わかってるよそんぐらい。そんじゃあ、気分転換に最後全員で何か買いに行こうぜ!」
安心したようにティタが笑う。
その顔はいつも通りの強くって元気な彼女に戻っていた。
「そうだね。でも、必要な物は全部買ったし⋯⋯」
と、僕が街中を見渡した時、ふと一軒の建物が目に映った。
派手で綺麗な街並みと打って変わり、オンボロでどこか寂しい空気を纏う木造建築のお店。周りと比べると逆に目立っているけど、あんなお店あっただろうか。
「どうしたのエリオン君?」
固まってしまった僕に、ニオが不思議そうに尋ねた。
「あれ、あのお店。あんなのこの街にあったんだね」
「本当だ。私も初めて見た」
「アタシも。つーか何の店だ? そもそもやってんのか?」
『うわーお。こりゃとんでもないね』
みんなの様子からしてやっぱり知らないみたいだ。
でも何故だろう。凄く惹きつけられる魅力を感じてしまう。
「ねぇ! ちょっと入ってみない? 凄く面白そうだ!」
はしゃぐ僕の姿にニオが笑った。
「エリオン君ってたま~に子供みたいになるよね」
「うっ⋯⋯そ、そうかな?」
「うん! すっごく可愛いよ! それじゃあそんな可愛い勇者様のご希望に応えようかみんな! さっ、レッツゴー」
ニオを先頭に、続いてティタとメーロンがお店の中に入っていく。
子供みたい、か。
僕も大きくなったつもりだったけど、まだまだお父さんのような格好いい男には程遠いらしい。
「待ってよみんな!」
僕は頭を切り替えて走り出すと、みんなの後を追ってお店の中に足を踏み入れた。
入った瞬間に目に飛び込んできたのは、乱雑して置かれた様々な小道具だった。
天井、壁、棚、テーブル。
お店のありとあらゆるところに見たことも無い物が飾られており、自然と心が躍り出してしまう。
「うわぁ凄い。何コレ⋯⋯」
「これは〝魔道具〟ですよ。お客様」
お店の奥からそんな声がした。
咄嗟に振り向くと、そこにはひとりの人間が立っていた。
茶色い布を巻くようにして全身を覆い隠し、頭からはフードを深く深く被っているため、顔もわからなければ性別だってわからない。声からして女性のように思える。
「えっと、もしかしてお店の人ですか?」
「その通りです。わたくし、この店の店主をしております。名前は⋯⋯まぁ必要ありませんかね。好きなようにお呼びくださいませ勇者様」
店主さんの言葉に、僕は驚いて聞き返す。
「なっ、どうして僕が勇者だって? 国民のみんなは知らないはずなのに」
魔王誕生については一週間前に発表されたばかりだ。
同時に勇者についても明かされたけど、僕の希望で正体は秘密のままとなっている。だから、みんなが知っているのは魔王が誕生した事実と、魔王を倒すために勇者パーティが結成されて旅立ったことぐらいのはずだ。
「これは失礼。驚かせてしまいましたね。わたくし、商売とは別にある特技がありましてね。それは人間の運命が見えるのです。俗に言う、占いというものだと思っていただいて構いません」
「占い?」
「ハイ。例えばそちらの聖女様は幼い頃に母親を亡くされていますね。戦士様は村を滅ぼされている。そして魔法使い様も同じように悲しい過去を背負っている。どうですか? 合っているでしょう?」
的確に、自信満々に店主はそう言った。
合っている。
僕だけじゃない。みんなの過去まで全部。
「何で⋯⋯私の過去を?」
「アタシのもだ」
『⋯⋯これマジ?』
みんなも驚いたように動きが止まってしまっている。そりゃあそうだ。店主さんのそれは占いや特技の域を遥かに超えていた。
「本当に凄いです。一体どうやって?」
「いえいえ、ただの特技です。ただのお遊び。気にせずにお買い物を続けてくださいませ。もしお気に召した商品がありましたら、どうぞこの先にある箱にお金だけ入れて持ち帰って頂ければ。それではよい旅を勇者様」
店主さんは話は終わりだというように一度お辞儀をすると、そのままお店の奥へと姿を消した。
もしかしたら、僕の未来予知のような能力なのかもしれない。
可能性としては低いが、念のためもう少し詳しく話をしてみたかった。いや、それだけじゃない。何故だろう。あの店主さんからはもっと特別な何かを感じる気がした。
「凄かったね。あの店主さん」
「うん。ちょっと怖いぐらいだよ」
「ハッ、ビビりだなニオは。でもよ、こっちの方が案外堪えたみてェだな」
ティタが視線を落とすと、そこには彼女の体に密着して震えるメーロンの姿があった。
「本当だ。大丈夫メーロン?」
『マジ無理。ウチ、あぁいうのホント無理。超怖い』
どうやら本気で怖がっているらしい。
確かに、あんなことされたら無理も無い。普通は興味や関心よりも、恐怖が勝ってしまうはずだ。
僕は震えるメーロンの頭を撫でて落ち着かせた後で、再び店内を見渡した。
「とにかく見て回ろう。面白そうなの沢山あるし」
「だね~。何に使うのかわかんないのばっかだけど」
ニオの返事を皮切りに、僕たちはそれぞれ店内を見回ることにした。
ごちゃごちゃとした店内は古い内装と相まって、どこか窮屈に感じられが、寧ろ隠された宝物を探しているようで、意外と楽しむことができた。
そうして暫くお店の中を見て回り、僕が様々な商品を堪能していると、ふとニオの姿が目に映った。
彼女は一冊の本を手に取っており、何やら神妙な面持ちで考え込んでいるようだ。
「ねぇニオ。それ何の本?」
「本じゃないよ。日記みたい」
ニオに見せてもらった白色の日記帳には、何も書かれていないようだった。
「これも魔道具かな?」
「どうだろ。他の商品と違って魔力感じないよ? うーん⋯⋯」
再び何かを考えるようにニオは顎に手を当てたが、次の瞬間には決心したように頷くと、日記を高々と持ち上げた。
「決めた。私これ買う!」
「日記を?」
「うん! だってこれから先の長い旅を記録したいもん。みんなとの日々を、ここに書いていくんだ!」
みんなとの日々⋯⋯。
この旅はきっと険しい道のりになるはずなのに、ニオはあんなにも嬉しそうに笑っている。まるでこの先の未来が、明るく照らされていると確信しているかのように。
いや、きっとそうだ。
僕たち四人のこの旅は、この先の未来は、きっと楽しいことで溢れている。
「じゃあニオは記録係だね! 魔王を倒すこの旅の始まりと終わりを書き記すんだ」
「そ、そんな大袈裟だよ!」
『ひゅ~ニオちゃん大役ぅ! それじゃあウチは応援係ってことで』
「アタシはニオが飽きて最後まで書けないに一票だ!」
茶化すメーロンとティタに、ニオは日記を握りしめた。
「書くもん! 絶対!」
珍しくムキになったようにニオは店の奥に行くと、お金を支払って戻ってきた。
「お金も入れてきたし、これで私の物だよ!」
『無駄遣いはダメなんじゃ?』
「私のお小遣いで買ったもんね~。ホラ、早く行くよ!」
急ぐようにニオはお店の外に出て行った。
「急に何をそんな慌ててんだアイツ?」
『それなそれな』
「慌ててるんじゃないよ。きっと早く旅に出たいんだ。みんなと一緒にね」
僕がそう言うと、ティタとメーロンは互いに顔を見合わすと、軽い足取りでお店の外へと出て行った。
彼女たちも楽しみなのだろう。
何が起きるのかわからない。魔物の脅威も魔王の強さだってわからない。それでも、僕らの未来が確かに明るいものになるという確信があるんだ。
僕も同じ気持ちだ。
あんなに怖くて不安だった旅の始まりが、今ではこんなにも嬉しく感じているのだから。
「⋯⋯さぁ。旅の始まりだ」
誰も居なくなったお店の中で僕はひとり呟くと、開かれた扉から注がれる眩しい程の光へ向かって歩き出した。




