14 卒業
サロス学院に入学して、僕の日常は大きく変わった。
多くの経験を得て、多くの友人を作り、多くの喜びを知った。
もちろん良いことばかりじゃない。時には泣いてしまいそうな夜だってあったし、投げ出してしまいそうなことだってあった。
それでも、僕はみんなのお陰で乗り越えることができたんだ。
一緒に笑って、一緒に食事をして、一緒に明るい未来について話す。そんな、些細な日常が確かに僕を支えてくれていた。
今の僕があるのは紛れも無く、この学院で出会った全てのひとたちのお陰だ。みんなとの繋がりが僕を強くしてくれた。勇気を与えてくれた。
サロス学院を卒業した今、僕の胸の内にあるのは感謝の気持ちだった。
「本当に卒業したんだ⋯⋯何だかあっという間な三年間だったね」
僕は王都の街並みをぼんやりと見つめる。
この景色も暫く見れないと思うと、何だか感慨深いな。
「少し、寂しいや」
ポツリ、と僕が小さく声を零すと、隣を一緒に歩いていた三人の女性が一斉に捲し立てた。
「いやエリオン君それ何回目? 昨日からずぅーっと言ってるよ?」
「だな。卒業してもう一日経つのに、そんなんじゃ先が思いやられるぜ」
『切り替えも大事なのサ! 感傷に浸るののいいけどぉ、ここは未来を見据えて即行動! マジこれっきゃないっしょ!』
「いやそうなんだけど⋯⋯」
僕はそこで彼女たちの方を見た。
純白な修道服と大き目な頭巾を身に纏うニオ。
鈍く光る銀色の鎧とマントを装備したティタ。
相変らずの仮面に黒いローブ姿で大きな杖を持つメーロン。
三人のその姿は、学院で過ごしていた頃とは大きく変わっていた。
「何? そんなジロジロ見ちゃって」
僕の視線に気が付いたニオが、どこか恥ずかしそうに体を両手で隠そうとした。
「いや、何だか慣れなくて」
「私たちもだよ! でも王様からわざわざ頂いたんだよ? 着るしかないじゃん!」
顔を赤くしてニオが叫ぶ。
別にそこまで恥ずかしがる必要は無いと思うけど。
「でも似合ってるよ?」
「そういう問題じゃないの。人目が気になるの! だってボディーライン丸見えだよ!? 腰とか、その、胸とか⋯⋯」
『マジそれな! 凄いエッチでドスケベだよニオちゃん!』
メーロンがそう言って何やら文字を作りだそうとした瞬間、ニオが「やめて!!」と凄い勢いで魔法を手で掻き消した。⋯⋯今のは見なかったことにしよう。
「ニオはどうだか知んねェけどな。アタシは気に入ってんぜ。鎧も斧も凄ェ軽いしな。相当いいもん貰ったんじゃねェか?」
騒ぐ二人を他所に、ティタは背負っていた斧を振り回す。その動きは確かに身軽だ。でも危ないから街中ではやめて欲しい。
「僕の装備も軽いよ。それに力が湧き上がる感じだ」
『あっ、ウチもウチも! もう魔力マシマシって感じぃ~』
「そりゃあ、私もだけど⋯⋯」
メーロンに続いて、ニオも頷く。
この装備はさっき国王から直々に渡された物だ。
僕たち勇者パーティのために用意したと言っていたけど、どうやら思っている以上に凄い装備のようだ。
「きっと、王様も期待してくれているんだよ」
「だろーな。にしてもエリオンは良かったのかよ。武器そのまんまで」
ティタの指摘に僕は腰に差された剣を見た。それは村を出る時にお父さんから譲り受けたものだった。
確かに王様からはもっと高価で性能の良い剣を進められた。魔王を倒すためには、その方が良かったのかもしれない。
けど、この剣は僕にとっては替えの利かないただひとつの宝物なんだ。だって、この剣にはお父さんの想いが籠められているのだから。
「⋯⋯うん。僕はこの剣がいいんだ」
「ふぅーん。まぁアタシはどっちでもいいけどよ。ただ魔王は倒さなきゃな。大金だって貰ったし、期待に応えなきゃバチが当たるぜ」
ニヤリ、と笑ってティタが取り出したのは、パンパンに膨れたひとつの袋。その中には大量の金貨が入っている。
「そうだね。王様も、みんなも僕たちを応援してくれている。⋯⋯絶対に魔王を倒さなきゃ」
力強く拳を握りしめる。
僕たちが魔王を倒さなくては世界が終わってしまう。王様や、ハンスさん。そして、村のみんなが傷つけられてしまう。僕たちが、絶対に倒さなくては⋯⋯。
圧し掛かった重圧。
気が付くと、僕の拳は不安で震えていた。
失敗はできない。死にたくない。怖い。そんな様々な感情が溢れだしてしまいそうになった時、僕の震える手をニオが握った。
「⋯⋯大丈夫だよエリオン君。私たちがついてる」
優しいニオの声。
それに続くように、ティタとメーロンも僕の拳に手を置いた。
「ったりめェだ。魔王何てアタシがぶった斬ってやんよ」
『いやいや。ウチの最強魔法でドカンドカンよ! だから安心しなダーリン』
「みんな⋯⋯」
拳に伝わった三人の温もりが、僕に向けられた笑顔が、心に広がりかけた不安を一気に払ってくれた。
気が付くと、僕の手はもう震えてはいなかった。
「ありがとう。みんなが一緒に来てくれて、僕は本当に恵まれている」
心の底からそう思う。
三人と出会わなければ、付いてきてくれなければ、僕はきっと折れてしまっていた。
サロス学院を卒業する一週間前。
各クラスで一番優秀な生徒をハンスさんは集めて、魔王を倒す旅に同行してもらうように協力を仰いだ。
集まったのは当然ニオとティタとメーロンの三人で、彼女たちはハンスさんの話を最後まで黙って聞いていた。そして、話を終えたハンスさんに二つ返事で旅の同行を了承したんだ。
三人にはもう僕が勇者であることや、魔王が誕生したことは話していたけれど、まさか迷わずに来てくれるなんて思いもしなかった。
きっと、彼女たちと共に魔王を倒す旅に出るのだろう。そう確信もしていたけど、やっぱり嬉しかったんだ。こうしてみんなと一緒に居られるのが。一緒に旅をすることができるのが。
「本当に感謝してるんだ。三人が一緒に居てくれるなら、僕何でもできそうな気がするよ」
握った拳を前に突き出して、僕は笑った。
「出たなぁ不意打ち。えへへ、でも私も嬉しい。そう言ってもらえて」
「アタシだって同じだ。エリオンといりゃあ、無敵だかんな。全員で倒そうぜ魔王!」
『この仲良し最強メンバーだぜぇ? 魔王だろうと何だろうと余裕に決まってっしょ!』
ニオとティタとメーロンはそう言うと、同じようにして拳を突き出した。
合わさる拳。
そうだ。僕たちならできる。絶対に魔王を打ち倒すことができる!
「じゃあ、魔王討伐の旅に出かけよう!」
僕の掛け声と共に、三人が「おぉー!」と拳を天高く上げた。
「よしそれじゃあ⋯⋯」
と、僕が王都を出るために歩き出そうとした時、お腹からぐぅーっ、と大きな音が鳴った。
「⋯⋯お腹空いちゃった」
僕がお腹を押さえると、呆れたようにニオが笑った。
「もぉ、締まらないんだから。でもどっちにしろ準備はしなきゃね。装備もお金も道具だって貰ったけど、必要な物はまだあるし」
「そんじゃまずは飯と買い出しだな」
『さんせ~い。ウチぬいぐるみ欲しい! ぬいぐるみ! それから時計をいっぱい!』
メーロンがはしゃぎ始めるけど、冗談のつもりだろう。
流石に貰ったお金でぬいぐるみは買わないはずだ。⋯⋯そうだと信じたい。
「それじゃあ一旦ご飯を食べて、それから分かれて買い出しをしよう」
僕の提案に全員が頷いた。
その後、僕たちは昼食を済ませ、別行動で必要なものを買い揃えていった。その方が時間も掛からず効率的だと判断したからだ。けど、それはどうやら間違いだったらしい。
大量のぬいぐるみと時計を買って集合場所にやってきたメーロンを見て、ニオとティタも同じように後悔したはずだ。
結果、メーロンの持っていたお金は全て没収され、結局四人で買い物をすることになった。




