13 メーロン②
放課後。
一日の全ての授業と訓練を終え、僕は再び魔法使いクラスの教室に戻ってきた。
今はもう誰も居ないであろうこの教室に来るように、メーロンに誘われたんだ。僕の気になっていることを教えてくれるって。
でも、どうして僕が彼女の事を気にしているのがわかったんだろう。もしかして、自分で思っているよりもあからさまにメーロンのことを見ていたのかもしれない。
僕は扉を開けると、そのまま教室の中に足を踏み入れた。
ガラリとした寂しい空間。
授業では生徒が沢山居たけれど、今は僕を除けばたったのひとりしか居なかった。
「ごめん。待たせちゃったよね?」
教室の丁度真ん中に座るメーロンに僕は歩み寄った。
「ハンスさんとの訓練が長引いちゃって。本当にごめんね」
『大丈夫大丈夫! ウチも実は今来たとこだしね! ささっ、隣に座っちゃいなさいよ!』
人工的な音声を響かせたメーロンは、隣の椅子をバンバンと叩く。
言われるがまま僕はメーロンの隣に座ると、さっそく本題を切り出した。
「それでねメーロン。どうして僕を呼んだの? 教えてくれるってことだったけど」
『そりゃあコレについてっしょ。エリオンちゃん興味津々って顔してたぜ?』
メーロンは人差し指を奏でるように動かす。すると、彼女の周りにあの黄色い光が浮かび上がった。
やっぱり僕が興味を持っていたことがバレていたみたいだ。
「実はそうなんだよね。その光、どうやってるの?」
『コイツは魔法なのサ! ウチは雷属性・水属性・土属性の三種類の魔法を使えちゃうスーパーエリート様なので~す』
自慢げにメーロンが胸を張った。顔はやはり仮面で見えないけど、きっと自信満々に笑っていることだろう。
でも、確かにそれは凄いことだ。
魔法は才能のある人間にしか使えない。しかも使えるのは自分に合った属性の魔法だけで、基本的にひとつの属性しか魔法使いは扱えない。
僕のように二つの属性を持つ人も稀にいるらしいけど、メーロンのように三つの属性を持っている人はまずいないはずだ。
希少な魔法使いの中でもさらに希少。
もはや、メーロンの才能は僕なんかに計り知れなかった。
『で、コイツは複合魔法で編み出したウチのオリジナル。特殊な水を生成し、その水に電流を纏わせて動かしてるってわけサ! その名も〝お水ちゃんビリビリシグナル〟。全部魔法で生み出してるからいつでもどこでも意思疎通ができちゃうのよん! えっ? 天才だって? やだもぉ~褒めすぎぃ』
手で口元があるであろう部分を抑え、反対の手でパタパタと仰ぐように動かすメーロンの仕草は、表情が無くとも手に取るように感情が伝わった。
確かに天才だ。
魔法の複合何て僕には到底真似できないし、ましてやそれで文字を作るなんて不可能だ。⋯⋯ネーミングセンスは壊滅的だけど。
「本当に凄いよメーロン! じゃあその声も魔法なの?」
『イエース。ただしこっちはやり方内緒ね。天才魔法で声を創り出してるって認識でオーケーよエリオンちゃん』
堂々と右手でピースサインを作るメーロン。
だが、僕にはひとつの疑問があった。
「でもどうしてそんなことを? 顔だって隠す必要無いと思うんだけど」
『いやぁそれがウチ喉が使えないんだよね〜。だから苦肉の策的な?』
「喉が⋯⋯?」
その瞬間、僕は自分の察しの悪さを後悔した。
バカか僕は。
わざわざ魔法を使ってここまでしてるんだ。理由なんて大体見当がつくはずなのに。
「ごめん。嫌なこと聞いちゃって」
『気にすんな! てか少なくともこのクラスの人らは知ってるしね。ウチ、昔結構大きな街に住んでたんだけどサ。ある日真っ赤で巨大なドラゴンが来たんだよ! マジでっけぇのなんのって! んでぇ、そいつが暴れまわって家族も家もぶっ壊しちゃったんだ。火を噴いてドカーンってサ! 顔も体も火傷でドロドロ。喉は潰れてガラガラ。あら大変。だから顔隠して魔法でやり取りしてるんだ』
耳に聞こえる人工音と仕草。
どちらも明るくって、何も気にはしていないように思えるけど、そんなはずはなかった。
明るく振舞ってるだけなんだ。
じゃなきゃこんな悲惨な過去を話せるわけがない。やっぱり余計なことを聞いてしまったんだ。
「⋯⋯ごめん」
と、僕がもう一度頭を下げた瞬間、頬に痛みが走った。
何が起きたかわからずに顔を上げると、メーロンが掌を振り下ろしていた。
『だから謝んじゃないよバカちん! いい? エリオンちゃんが聞かなくたってウチはこれ言うつもりだったかんね。この世界に不幸じゃない人がどれだけいると思ってんの? 命あるだけありがたいわ!』
「そう、だけども。えっ、それより今叩いたの? 僕の顔」
『愛のビンタじゃ! ユーが悲しい顔すんのマジのマジで嫌だからねウチ。ウチのためならそーいう顔すんな! 次やったらグーだからねグー』
メーロンは拳を握りしめシュッシュッ、と交互に突き出している。
僕は痛みと混乱で回らなくなった頭で聞き返した。
「でも叩く? あの、結構痛いんだけど」
『大丈夫だダーリン。お前なら乗り越えられる』
「いや何が!?」
もう意味がわからなくなってきた。
でも、メーロンなりに励ましてくれたのかも。きっとそうだ。うん。多分。
『とにかく! ウチは気にしてない。だからエリオンちゃんも気にすんな! 以上!』
「⋯⋯うん、わかったよ。ありがとうメーロン」
『ビンタされてお礼!? まさかエリオンちゃんドM? まさかまさかのそっち系!?』
「違うよ! そういう意味じゃない!」
『オーケーボーイ。ウチは心が広い。男のそういう趣味にも寛大なのサ』
⋯⋯うん。
やっぱりメーロンのこと良くわからないや。もう、深く考えるのはよそう。
「でもわざわざ秘密を言うために僕を呼んだの?」
『いやもうだってエリオンちゃんの視線が凄くってぇ。それに、エリオンちゃんと仲良くなりたいなぁって』
「そっか。確かにあんまり学院内でも会わないもんね」
メーロンと会うようになったのは、魔法使いクラスで勉強を始めてからだ。
僕自身、彼女を初めて見た時から、容姿の興味だけではなく、純粋に話してみたいと思うようになっていた。きっとメーロンも同じ気持ちだったのだろう。
「もう少し会えればいいのにね」
『それな! でも厳しいんだよねぇ。だってウチ、天才過ぎて個別で魔法教わってるし」
「えっ、じゃあ僕と一緒だね!」
意外な共通点が見つかり、僕はつい嬉しくなり声を大きくしてしまう。
でも、一方のメーロンは何かを思い出したかのように手を叩くと、続けて勢いよく僕に向かって指を差した。
『そう、そうだった! エリオンちゃんのせいでウチ自己紹介最悪だったんですけど!』
「僕のせい⋯⋯?」
『イエス! ウチ十四歳で飛び級して、個別指導ですぅってするつもりだったのに、遅れて入学したら全く同じ人いるってそれマジかい!? って感じでサ! ユーのせいでウチのインパクトしょぼしょぼのしょぼよ』
落胆するように項垂れるメーロン。
彼女の頭上には『シクシク』という黄色い文字が浮かび上がっている。
器用だな、と思いつつも、僕は冷静に言い返した。
「そうだったんだ。でも僕のせいじゃないよね?」
『せいだよせい! だってだだかぶりじゃん!? まんまじゃん!? 二番煎じじゃんウチ!?』
メーロンが大袈裟に頭を抱えて見せる。
相変らずの派手な動きだ。もしかして表情を隠している分、動きを大きくして感情を伝えているのかもしれない。
「メーロンの気持ちはわかったけど。でも理不尽だよ。じゃあ僕の事嫌いだったの?」
『まさか! そりゃ会うまではこんにゃろめっ! とか思ってたけどサ。だってぇエリオンちゃん可愛かったんだもん。だからお友達になりたいな⋯⋯って』
「えっ! 本当に!? なら早く言ってよ! なろうよ友達!」
僕は嬉しさのままに手を伸ばした。
それを少しだけ見つめた後で、メーロンも手を伸ばして握手をする。
『やったぜ! よろしくねエリオンちゃん!』
「こちらこそメーロン! でもエリオンちゃんはやめてよ。⋯⋯恥ずかしい」
『だって可愛いじゃないのぉ。じゃあ何て呼べばいいのかしら?』
「エリオンでいいよ」
『やだ。もっと特別なのがいい!! ウチだけが呼べるやつ!』
何故だかメーロンは全く食い下がらない。寧ろ、駄々をこねる始末だ。
けど、僕にそんな特別な呼び方は無い。
みんなはエリオンと呼んでいるし、他の言い方なんて⋯⋯、
「エオ」
気が付くと、僕は無意識にそう呟いていた。
『⋯⋯なにそれ?』
「えっと、呼び方⋯⋯かな? 確か昔そう呼ばれていた気がするんだけど」
『何でエオ? エルとかリオンじゃなくて? エオは呼びにくいよぉ?』
確かにそうだ。
それに昔呼ばれていたと言ったけど、一体誰にそう呼ばれていたのだろうか。
僕が思い出そうと懸命に頭を回していた時、教室の扉が乱暴に音を立てて開かれた。
「オイこらエリオン! アタシとの練習断ったかと思えば、何いちゃついてやがる!」
「本当だよエリオン君。何してるの?」
「ティタとニオ⋯⋯?」
突然教室に入ってきたティタとニオによって、僕の思考は停止した。
「どうして二人がここに?」
「テメェがこそこそしてっからだ! なーんでメーロンと一緒にいやがんだ?」
「そうそう。メーロンも。ちゃーんと教えてよね」
「二人ともメーロンを知っているの?」
当たり前のようにメーロンを呼ぶ二人に僕が尋ねると、彼女たちは頷いた。
「そりゃダチだかんな」
「私もね。聖女クラスは魔力を使う点で同じだから、よくこっちのクラスとも授業するんだ」
「⋯⋯二人に友達」
つい零してしまった言葉に僕はハッ、と口に手を当てた。でも、その時にはもう遅く、僕は二人に頬をつねられていた。
「こ~ら? 酷いこと言っちゃダメだよエリオン君?」
「アタシにダチがいちゃ可笑しいのか? アァん?」
「ひ、ひがうっへ!!」
涙目になりながらも何とか二人を説得するために口を動かす。
少しの間二人に頬をつねられていたけど、何とか開放してもらえた。さっきのメーロンのビンタに続いてもう顔が痛みでいっぱいだった。
「それでメーロン。ここで何してたの?」
『聞いてよニオちゃん! ウチ、ようやくエリオンと友達になったのよぉ。だからぁ、みんなのお昼ごはんウチも明日から混ざっちゃいまーす! マジよろしく!』
堂々と二人に向かって親指を立てるメーロン。その瞬間、ティタとニオが初めて食堂で出会った日のように教室内の空気が変わった。
「なるほどね⋯⋯」
「チッ。またぶっ倒さなきゃいけねェ相手が増えちまった」
『ウチは結構手ごわいですぜ?』
ふっふっふっ、と三人の不気味な笑い声が聞こえてくるようだ。
どうして毎回こうなるんだろう。
不穏な空気が漂う中で、僕は三人を見つめた。
純白で清潔な雰囲気に包まれた聖女クラスの生徒、ニオ。
強気な眼差しに力強さを感じさせる戦士クラスの生徒、ティタ。
仮面に顔を隠し、三種の属性を操る魔法使いクラスの生徒、メーロン。
そんな三人を見て、僕の心臓は不思議と高鳴っていた。
この学院で出会った特別な友達。
彼女たちと一緒なら、きっとこの先も大丈夫だ。卒業も、そして魔王を倒すことも⋯⋯。
各クラスの優秀な生徒に協力してもらい、一緒に魔王を倒す旅に出る。誰になるかは卒業までわからないし、そもそも魔王を倒す危険な旅に一緒に来てくれる生徒がいるのかもわからない。
でも、僕はこの時確信したんだ。
彼女たちと一緒に、僕は魔王を倒すために旅立つんだって。




