12 メーロン①
ハンスさんやティタ。そして、戦士クラスのみんなと一緒に訓練を続ける内、僕の剣術や近接能力は格段に成長していた。
基礎体力も入学前とは比べようも無い。
最近はハンスさんの動きにも余裕を持ってついていけるようになったし、一歩ずつだけど間違いなく強くなっている実感があった。
もうすぐ入学して一年。
順調に強くなる肉体とは裏腹に、僕にはまだ避けては通れない壁がある。
それは魔法だ。
僕の扱うことのできる魔法は火属性と光属性のふたつ。これらは魔王と戦う際に間違いなく僕の武器になる。特に光属性は勇者にのみ与えられる特別な魔法だとハンスさんが教えてくれた。攻撃にも防御にも使える汎用性。そして、何よりも魔物に特化した〝聖なる光〟は、唯一魔王を倒すことのできる可能性を秘めている。
剣術だけじゃダメなんだ。
僕は僕の持つすべての力を最大限に引き出して、魔王を討つ。そのためにも魔法の習得は必須だった。
今までは一日の殆どを剣術に注いでいたけれど、最近では半日は魔法使いクラスの授業に混ざって魔法について勉強している。
魔法は剣術と違って肉体の強さよりも知識が大事だ。
だから基本は座学が多い。ずっと教室で先生の話を聞いている。正直、頭を使うのは苦手だけど、魔法は別腹だ。それに全ては魔王を倒すために必要なことだし、頑張らないと。
そう自分に言い聞かせて、今日も僕は集中して魔法使いクラスの授業を受けていた。受けていたのだけれど⋯⋯。
『むにゃあ。むにゃむにゃ』
隣に座って眠るひとりの生徒に、僕の集中は搔き乱されていた。
名前はメーロン。
彼女とは今まで学院内で全く顔を合わさなかったけど、この授業を受けるようになってからは何度か見るようになった。
何故かわからないけど、彼女は授業をよく欠席しているようだった。そのため会う回数は少なかったが、名前と顔は嫌でも覚えてしまう。いや、正確には顔は覚えていない。覚えることが不可能だという方が正しいのかもしれない。
僕の視線の先には机を見下ろすように俯くメーロンの姿。彼女は恐らく眠っているのだろうが、確かめることはできない。だって、メーロンの頭には黒いフードが深々と被され、顔には大きな白い仮面を身に着けているのだから。
フードは無地で一見してどこにでもあるような物に思えるが、滑らかな質感に澄んだ夜空のような煌めき。確信は無いが、どことなく高級な代物に見えた。
一方の仮面は色こそ白いが、色褪せ汚れも目立っていた。いや、汚れではなく模様なのかな。両目にあたる部分には小さな穴があり、その下には流れるような茶色い二重線が描かれている。
フードと仮面。
その二つで頭も顔も完全に隠してしまっているメーロンの姿を不思議に思うのは、きっと僕だけでは無いはずだ。
だが、僕が今こうして授業中にも関わらずに集中力を欠いているのには、もうひとつの大きな理由があった。
『⋯⋯ZZZ』
「何、この文字」
コクリコクリ、と頭を何度も上下に動かすメーロンの頭上に、先ほどから謎の黄色い光が浮かんでいるのだ。
黄色い光は小さな点が集まり合っているようで、それらが生きているかのように動き、並ぶことで、空中に文字を作り上げていた。
さらに光は気が付くと勝手に動いて、また別の文字に変わったりする。さっき見た時は『むにゃあ。むにゃむにゃ』だったのに、今はよく分からない文字になっている。一体どうやっているのだろうか。不思議だ。本当に興味が尽きない。この状況で授業を受けるなど、僕には到底無理な話だった。
「こら、メーロン! 貴方また寝ているのですか!!」
僕の興味を分断するように、魔法使いクラスを担当するマギア先生の怒号が教室に響いた。
『⋯⋯むにゃ?』
メーロンはどこかわざとらしく大きな背伸びをすると、キョロキョロと辺りを見渡した。
『ありゃりゃここ教室じゃーん。めーっちゃいい夢見てたんだよね今! いやもう忘れちゃったんだけどね。でもウチはさぁまだまだ眠かったりするのでぇ。もうちょっと寝ててもいい? ねぇいい? マジ超眠いから』
「ふざけないでください! 全く、貴方という人はいつもいつも⋯⋯」
と、マギア先生が疲れたように説教をし始めた。
周りの生徒もやれやれ、とまるでいつもの光景だと言わんばかりに、別段に興味を持つことも無く、教科書を読んだり、近くの生徒同士で話をしている。
だが、僕は初めて聞いたメーロンの声に驚きを隠すことができなかった。
人間の声ではない。
高いとか低いとか、そういう次元の話ではない。人間から発せられる声ではなく、どこか人工的な、男性とも女性とも大人とも子供とも捉えられない、そんな掴めない声だった。
「とにかく。貴方が優秀なのは認めます。ただし、私の授業を受けるからには真面目に聞いてください。確かに貴方にとっては眠ってしまいたくなるほど退屈でしょうが」
説経を終えたマギア先生が、大きな溜息と共にメーロンを睨んだ。
『違うってばマギアちゃん。ウチ、これでもちゃ~んと聞いてたよ? ホラ、この仮面のせいでわかんないと思うけどぉ、めっちゃ聞いてたから』
「ではこの黒板に続きをどうぞ。これはただの問題ではないので、いくら天才の貴方でも私の話を聞いてなくてはとてもじゃないけど無理でしょうが」
バンっ、とマギア先生が黒板に掌を押し付ける。
どうやら相当怒っているみたいだ。それもこれも、全部メーロンが悪いのだけれども。
でも、確かにさっきまでのマギア先生の話を聞いていなくては書けないはずだ。教科書の範囲だって超えていたし、寝ていたら間違いなくわからないだろう。
素直に謝るのかな。
そんな僕の予想を裏切るように、メーロンは足早に黒板の前に移動すると、サラサラと止まることなく文字を書いていった。
『あらよっと! どう? こんなとこっしょ!』
「⋯⋯合っている。まさか本当に授業を聞いていたなんて」
『だぁーから言ったっしょマギアちゃん。それにウチ結構好きだよマギアちゃんの話。まっ、今回みたいに余りにも授業から離れた奴は、ほどほどにしといたほうがいいかもだけどね~』
メーロンはお道化るように手を振ると、そのまま元の席に戻って何事も無かったかのように座った。
「⋯⋯コホン。では、授業を再開します。ただしメーロン。もう変な文字を作って遊ぶのはやめるように」
『善処しまぁ~す』
「全く」
メーロンとやり取りをした後で、マギア先生は教科書通りに授業を再開した。
変わりなく進む授業。
でも、やっぱり僕の頭の中は、隣に座る彼女のことでいっぱいだった。
何故フードを被り、仮面を身に着けているのか。
あの光の点は何なのか。
考えれば考える程、気になって仕方がなかった。
「これじゃダメだ。とにかく集中して⋯⋯ん?」
広げた教科書の上に、いつの間にか黄色い光が浮かび上がっていた。それは紛れも無く、メーロンが文字を書くために使っていたものだった。
『気になるかいエリオンちゃん? しゃぁないな! 教えてあげるから放課後またこの教室に集合しやがりな』
「これって⋯⋯」
教科書に書かれた文字に、僕は咄嗟にメーロンの方を見た。
目に映った彼女は、僕に向かって投げキッスをするように指を動かしていた。




